「ふああ、おはよう。もう起きていたんだね」
翌朝、セイアが目を覚ますとすでに模倣セイアはベッドにおらず、ソファに腰掛けて窓の外を眺めていた。
『やあ、おはよう姉さん。いい朝だね』
「そうだね、格好のお出かけ日和だ。ところで昨日、何か怖い夢でも見ていたのかい?うなされているようだったけど」
『えっ!?ど、どうだろう……覚えていないね。ちなみに、寝言とかは言っていたかい?』
「ええと確か、『まだやり直せる』とか、『それでも愛してる』とかかな」
『は、恥ずかしい……』
模倣セイアは手で顔を覆って俯いている。
もともとセイアには夢を通して未来を見通す力があったがすでに失われており、ミメシスの生まれた時期的にも模倣セイアもその能力は持っていないはずだ。
なので悪夢を見たといってもそれが実現することは無いだろうが、セイアは少し心配だった。
「いや、すまない。踏み込みすぎたね。何も無いならそれでいいんだ」
『ああ、大丈夫だよ……』
「ところでなんだが……」
「君にはいるのかい?その、愛を誓いあったパートナー……つまり、恋人とか……」
『言った側から踏み込むね君は!いるわけないだろうこの性格で!』
自虐と反撃を同時に行う模倣セイアに思わず感心してしまった。
さすがにこれ以上踏み込むのはよそう。
セイアは二人分の朝食を用意し、友人たちとの待ち合わせに向けて準備を進めた。
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準備を整えた二人はトリニティを出て、待ち合わせ場所であるD.U.中央広場まで向かっていた。
寮の出口で模倣ヒフミと出会って、自分もついて行くと模倣セイアにしがみついた時にはさすがのセイアも少し焦った。
しかし幸い、その場にいたハナコが引き離してくれたので事なきを得た。
どうやら補習授業部も遊ぶ予定があるらしく、模倣ヒフミをその輪に加えてくれた。
こうしてセイアたちは待ち合わせ場所への歩を進めた。
「そういえば、噂話で私と同じ姿をした生徒がアルバイトをしていたというのを聞いたことがあるんだが、あれは君かい?」
『……ああ、見られていたか。君に迷惑がかからないようトリニティ自治区からできるだけ離れたところを選んだつもりだったのだけどね』
少しばつが悪そうな顔をして模倣セイアは語り始める。
『私たちは食べなくても生きていけるが、嗜好品を買うにも何をするにも資金は必要だ。そのために働いていたのさ』
『ケーキ屋やカフェをアルバイト先に選んだのは、賄いで甘いものが食べられるからね』
「そういうことか……」
噂話を聞いた直後は自分の顔でいったい何をしてくれているんだとも思ったが、理由を聞いて責めるという考えは消え去った。
何ならミメシスの方が自分よりも逞しく生きているのかもしれない。
そうこうしているうちに待ち合わせ場所に到着した。
すでにセイアたち以外のメンバーは揃っており、先生の姿もあった。
『先生はわかるが他の生徒に見覚えはないな……』
「後で紹介するよ。おーい先生、ナツ、みんな!」
セイアが声をかけると一人の少女が振り返った。
「おや、二人のセイアが来たようだね」
放課後スイーツ部所属、柚鳥ナツである。
「あっ、セイア様!こんにちは!」
「ほ、本当に二人になってる……」
「一人はセイアさんでしょ?で、もう一人の方を何て呼ぶかだよね」
アイリ、カズサ、ヨシミも気づいたようだった。
「紹介するよ。彼女たちが放課後スイーツ部にして私の友人、アイリ、カズサ、ナツ、ヨシミだ」
『初めまして、でいいのかな?百合園セイアのミメ……分身のようなものさ。よろしくね』
「まあ、私の妹みたいなものだと思ってくれればいい」
模倣セイアは驚いていた。
まさかセイアの方から妹扱いを認めるとは。
「『……』」
そしてその直後、ふいに模倣セイアとナツの目が合う。
しばしの間、互いに無言で見つめ合う時間が続いた。
「ナ、ナツ?セイア?二人ともどうしたの?」
「いえ、あれは多分……」
いきなり連れてきて仲良くできるか心配する先生に対し、アイリは冷静だった。
そして……。
『なるほど、馴染めるかどうか心配する必要はなかったわけだ』
「ああ、共に行こうじゃないか。楽園への水先案内人なら任せてくれたまえ」
『何と!存在の証明すら難しい楽園に既に至っていると?』
「ロマン。その一言さえあれば私たち華のJKはどこへでも行けてしまうのさ」
「やっぱりこうなるワケ!?何か変な電波でも出てるんじゃないの!?怖いんだけど!」
「えっ、アイリもヨシミもこうなることはわかってたの!?」
突然ナツと模倣セイアが通じ合ったかと思えば、スイーツ部のメンバーはまるでそうなることがわかっているようだった。
何が起こっているのか理解できていない先生に、カズサがセイアとの出会いについて語る。
「あー、先生。この間ミレニアムEXPOあったじゃん?あの時たまたまセイアさんとナツが出会っちゃって、んでさっきみたいにソッコー意気投合して、今に至るって感じ」
「まあ、最初は距離感とかわかんなかったけど、話してみると案外私たちとそんなに変わらなかったりで、今ではスイーツ部みんなとも仲良くなったんだ」
「ティーパーティーっていう肩書きだけでその人を見ちゃってたら、今みたいにはならなかったんだろうね。ナツは意味わかんないこと言ってること多いけど、こういとこはすごいと思う」
「なるほど。え〜、知ってる生徒同士が仲良くなるのなんかこっちまで嬉しくなるなぁ」
先のミレニアムEXPOでは先生はセイアにほとんど構わず、彼女の判断に全てを委ねる形となった。
重大な事件などの話は聞いていたが、まさかこんなところでも良い結果を生んでいたとは。
どうやら心配は無用だったようだ。
「よし、じゃあメンバーも揃ったことだし、そろそろ出発しようか!」
先生の声かけの後、彼女たちは最初の目的地へと出発した。
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道中、周囲に聞こえない声量でセイアが先生に話しかける。
「先生、そういえばユスティナに奪われた端末やカードについて進展はありそうかい?」
「今のところは見込めないね。あっちのナギサからの情報提供を待つしかない状態かな。まあ、こんな時に遊んで過ごすのは少し気が引けるけど、他に今すぐできることはあまり無いからね」
「そうか……」
そんな中、模倣セイアが話しかけてきた。
『そういえば聞いていなかったね。今はどこへ向かっているのかな?』
「ああ、君は行ったことがない場所かもしれないね」
セイアは少し得意げだった。
アルバイトなど本物にはない経験をしたみたいだが、こちらだって本ばかり読んでいたわけじゃない。
「まあ華のJKが遊ぶ場所といえばいろいろあるけれど、やはり最初は……」
セイアが指差すビルの上には、マイクのマークが配置されたカラフルな看板が掲げられていた。
「カラオケさ」
『おお。おお……!』
模倣セイアは目を輝かせている。
歌はセイアにとって特別なもので、本当の気持ちを伝えるためのコミュニケーションツールでもある。
感情表現が苦手な自分の生き写しと親睦を深めるのであれば、これ以上に適した場はない。
単純に言い換えるなら、友達とカラオケに行って仲良くなるということである。
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「ふう、こんなもんかな♪」
『おお……!』
「やっぱカズサは歌うまいな〜!」
トップバッターはカズサだったが、盛り上がる曲調の上に彼女の歌唱力もあって大盛り上がりだった。
「カ、カズサ。君はずいぶん歌が上手じゃないか……」
「え、そう?ちょっと照れるかも。ありがと!」
(食われてしまう!アイデンティティが!予想もしないところで!)
焦るセイアをよそに、ナツが先生の隣に座る。
「どうだい先生、女子を侍らせて楽しむカラオケの気分は?」
「いや言い方。まあ、楽しいけどね!」
「ちょ、ナツ!!なんかあんた近くない!?先生も満更でもなさそうだし!!」
マイクを手に持ったまま大きな声を出したせいで、部屋中にカズサの怒りの声が響く。
「ご、誤解だよカズサ。ただの遊びさ」
「いやあんたの言い方も大概でしょ」
すると今度は先生の反対隣に模倣セイアがぴったりと座ってきた。
『おや、この間私に犬の芸を仕込んだじゃないか。そういう趣味があるのは間違いではないだろう?』
「えっ、このタイミングでその話する?しかもまるで自分が被害者みたいな言い方で」
「せ、先生そんなことしてたんですか……?」
「……違うんだアイリ。仕方なかったってやつだよ」
「やめなさいよカスの押し問答するの」
これ以上続けるとヨシミの突っ込みが追いつかなくなりそうだったので、先生は次の曲を入力した。
「カズサ、マイク貸して?」
「はい、どうぞ。次の当番楽しみにしてるから」
「……」
「おお〜キャスパリーグは獲物を逃す気はないみたいだね」
少し調子に乗りすぎたと先生は反省するのだった。
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程なくして先生の入力した曲が流れ始めた。
選んだのはアニメの主題歌で、人類には太刀打ちできない巨人によって虐げられる人々の怒りを表現した歌だった。
「あっ、これ知ってる!アニメ見たわよ!」
「なっ、先生も存外歌が得意な人だったんだね……」
「セイアほどじゃないさ。次歌うかい?」
「ああそうさせてもらおう。これ以上黙っていたらみんな私の存在を忘れてしまいそうだからね」
次に歌うのはセイアのようだ。
歌唱力が高いのは既にわかっているので、むしろどういう歌をチョイスするかの方が先生は気になっていた。
セイアが選んだのは意外にもアニメの主題歌だった。
長命種のエルフが短命種の人間とほんの短い間共に旅をして、巨悪を討ち取った後の物語。
「おお、このアニメ私も見てたよ!セイアもアニメとか見るんだ?」
「まあ、少しだけね」
少しは威厳を取り戻せたようだ。
そしてその横では模倣セイアが歌う曲を選んでいる。
『おっ、この曲なら盛り上がりそうだ』
(盛り上がる?私の記憶の中にそんな曲あっただろうか……?)
『姉さん、そんな心配そうな顔をしないでくれ。大丈夫さ、こんなこともあろうかと暇さえあれば電子の海を泳ぎ回って、みんなで楽しめる曲を見つけておいたのだから』
「要はネットサーフィンじゃない。あんまり誇ることじゃないわよそれ……」
ヨシミの指摘はもっともだ。
自分のイメージに合わない歌を選ばないか心配するセイア。
そしてその悪い予感は見事に的中するのであった。
『お料理得意なんです!』
ポップな曲に合わせて、模倣セイアが普段のイメージからは想像もつかないような可愛らしいダンスをふりふりと踊っている。
「だっはははははは!これティックモモックで流行ってるやつよね!?料理失敗するやつじゃない!」
「んぐっふふ、ヨシミ笑いすぎ……!」
「おお〜。ロックな選曲」
「ふっ、振り付けまで覚えてるの面白すぎる!ひぃ〜!」
ヨシミたちはまだいい。
しかし先生までもが爆笑しているのはセイアにとって耐え難い屈辱だった。
『ふう、次はナツの番だね。どうだい姉さん?心配することなんて何も無かっ』
悪びれもしない妹に姉からのお仕置きが入るのは避けられなかった。
しかし、彼女の悲鳴はナツの歌声によってかき消されてしまった。
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『くそー顔がゲマトリアになるぐらいなぐりやがって……!』
「だ、大丈夫ですか……?」
「やはり君に選曲を任せたのは間違いだった。ほら、次はこの曲を一緒に歌うよ」
「じ、じゃあ私は飲み物とってくるよ。セイア妹は何がいい?」
『たんさんすい……』
模倣セイアの顔を拭くアイリに次の曲を選ぶセイア。
先生は逃げるように部屋を出ていった。
「まあ、馴染めているのはいいことだよね……ん?」
ドリンクバーに向かうため部屋を出たところ、扉の前の通路に白い羽根が落ちているのが見えた。
この店にはトリニティの生徒も来るので別に珍しいことではない。
しかし、他にゴミが一つも無い通路に一枚だけ落ちているのがどうにも気になった。
「まあ見つけちゃったし、捨てておこうか」
先生はドリンクバー横のゴミ箱に羽根を捨て、飲み物を補充して部屋に戻る。
すると先ほどまでとは打って変わって、セイアと模倣セイアは仲良くデュエットしていた。
よかったと安心するとともに、部屋の利用時間が終わりに差し掛かっていることに気づく。
「そろそろ時間だけど、延長する?」
「あー、でもこれ以上長居すると次の場所が混雑する時間帯に着く感じになりそう。そろそろ出よう?」
カズサの意見に反対する者もおらず、一行はカラオケを後にした。