【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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074:「緊急だ。起きてくれ。すぐに避難する」

 ジョージは寝室の前に立ち、ノックを一度。

 返事はない。

 一拍。

 ノブを回す。軋む音ひとつ立てず、静かに扉を押し開けた。

 

 薄暗い部屋。

 ベッドではナンシーが浅い呼吸を繰り返していた。

 ジョージは脇に膝をつき、呼吸の隙を見計らって、肩に手を添える。

 

「……ナンシー」

 

 低く、くぐもった声。

 空気を震わせる程度の音量だった。

 まぶたがわずかに動き、ナンシーが目を開ける。

 

「……ジョージ……?」

 

「緊急だ。起きてくれ。すぐ避難する」

 

 その一言で、眠気が引いた。

 ナンシーは起き上がり、顔が引き締まる。

 

「リリーは俺が起こす。

 抱いて連れていく。

 君はジェシカを頼む。手短に。

 だが、警戒させすぎないように」

 

「わかった」

 

 ナンシーは迷いなく立ち上がり、パーカーを羽織った。

 目はすでに、次の動きを読んでいた。

 

「荷物は?」

 

「最小限。ID、財布、携帯、薬、着替え二着。それでいい」

 

 それだけ言い残し、ジョージは部屋を出る。

 リリーの寝室へ。扉を開け、中へ入る。

 暗がりの中、リリーは布団に包まれていた。小さな寝息。柔らかい音。

 

「……リリー、起きて。行くぞ」

 

 ジョージは膝をつき、静かに肩を抱く。

 リリーは目を開けず、眠ったまま体を預けてきた。

 

 廊下の奥から、ジェシカの声がこぼれる。

 

「なに、避難って……夜中に意味わかんないし」

 

 ナンシーが低くなだめる声。階段を下る足音が続く。

 ジョージはリリーを抱いたまま玄関へ。

 

 しゃがみこみ、靴を履かせる。

 そのまま、玄関の外へ。

 

 リッジラインの後部ドアを開け、リリーをチャイルドシートに収める。

 シートベルトを締め、ブランケットを掛けようとした、その時だった。

 

「……ユニコーン……どこ……?」

 

 リリーが目をうっすら開け、掠れた声で呟いた。

 

「……ピンクの……いない……」

 

 ジョージは一瞬だけ動きを止め、低く返す。

 

「待ってろ。すぐ持ってくる」

 

 再び家に戻る。

 足音は殺し、廊下を抜ける。

 リリーの部屋は真っ暗だったが、迷わず入る。

 床を見回し、すぐ見つけた。

 

 ──ピンクのユニコーン。左耳がほつれている。

 

 それを拾い、部屋を出る。鍵を確認し、再びリッジラインへ。

 

 後部ドアを開けると、リリーがうっすらと目を上げる。

 

「……あった……」

 

 ジョージは無言でそれを渡した。

 リリーはそれを抱きしめ、再び眠りへと沈んだ。

 

 ナンシーは助手席に乗っていた。

 ジョージの気配に気づき、声を落とす。

 

「ねえ……後ろの子、誰?」

 

 バックミラー越しの視線。

 後部座席には、フードをかぶったまま顔を伏せた少年。

 空気ごと影を連れているような存在感だった。

 

 そのとき、もう一つのドアが開く。

 

「ちょっと……なんなのよ、いきなり避難って……」

 

 ジェシカが文句を言いながら乗り込もうとし──動きを止めた。

 

「……ライル!? なんで、ここにいるの……?」

 

 その名に、少年が肩をすくめた。

 視線が合う。

 だが、声が出ない。口だけが動く。

 

 ジョージが短く言う。

 

「訳あって保護した。知り合いか」

 

 ジェシカはわずかにためらい、頷いた。

 

「……うん。同じ3限の生物取ってたんだ。

 でも、しばらく学校に来てなくて……

 心配してた」

 

 声には戸惑いと、微かな安堵が混ざっていた。

 ライルはその言葉を聞いて、小さく目を伏せる。

 

 ジェシカが座ろうとすると、ライルは身体を縮め、隅へ身を寄せた。

 チャイルドシートの隣、限られた空間に体を押し込むように。

 

「きついが、しばらく我慢してくれ」

 

 ジョージは最後に後部ドアを閉め、運転席に乗り込む。

 シートベルトを締める。

 エンジンが始動する音が、夜の静寂に溶けた。

 

 リッジラインは闇を切り裂くように、前へ進んだ。

 

 

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