【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
ジョージは寝室の前に立ち、ノックを一度。
返事はない。
一拍。
ノブを回す。軋む音ひとつ立てず、静かに扉を押し開けた。
薄暗い部屋。
ベッドではナンシーが浅い呼吸を繰り返していた。
ジョージは脇に膝をつき、呼吸の隙を見計らって、肩に手を添える。
「……ナンシー」
低く、くぐもった声。
空気を震わせる程度の音量だった。
まぶたがわずかに動き、ナンシーが目を開ける。
「……ジョージ……?」
「緊急だ。起きてくれ。すぐ避難する」
その一言で、眠気が引いた。
ナンシーは起き上がり、顔が引き締まる。
「リリーは俺が起こす。
抱いて連れていく。
君はジェシカを頼む。手短に。
だが、警戒させすぎないように」
「わかった」
ナンシーは迷いなく立ち上がり、パーカーを羽織った。
目はすでに、次の動きを読んでいた。
「荷物は?」
「最小限。ID、財布、携帯、薬、着替え二着。それでいい」
それだけ言い残し、ジョージは部屋を出る。
リリーの寝室へ。扉を開け、中へ入る。
暗がりの中、リリーは布団に包まれていた。小さな寝息。柔らかい音。
「……リリー、起きて。行くぞ」
ジョージは膝をつき、静かに肩を抱く。
リリーは目を開けず、眠ったまま体を預けてきた。
廊下の奥から、ジェシカの声がこぼれる。
「なに、避難って……夜中に意味わかんないし」
ナンシーが低くなだめる声。階段を下る足音が続く。
ジョージはリリーを抱いたまま玄関へ。
しゃがみこみ、靴を履かせる。
そのまま、玄関の外へ。
リッジラインの後部ドアを開け、リリーをチャイルドシートに収める。
シートベルトを締め、ブランケットを掛けようとした、その時だった。
「……ユニコーン……どこ……?」
リリーが目をうっすら開け、掠れた声で呟いた。
「……ピンクの……いない……」
ジョージは一瞬だけ動きを止め、低く返す。
「待ってろ。すぐ持ってくる」
再び家に戻る。
足音は殺し、廊下を抜ける。
リリーの部屋は真っ暗だったが、迷わず入る。
床を見回し、すぐ見つけた。
──ピンクのユニコーン。左耳がほつれている。
それを拾い、部屋を出る。鍵を確認し、再びリッジラインへ。
後部ドアを開けると、リリーがうっすらと目を上げる。
「……あった……」
ジョージは無言でそれを渡した。
リリーはそれを抱きしめ、再び眠りへと沈んだ。
ナンシーは助手席に乗っていた。
ジョージの気配に気づき、声を落とす。
「ねえ……後ろの子、誰?」
バックミラー越しの視線。
後部座席には、フードをかぶったまま顔を伏せた少年。
空気ごと影を連れているような存在感だった。
そのとき、もう一つのドアが開く。
「ちょっと……なんなのよ、いきなり避難って……」
ジェシカが文句を言いながら乗り込もうとし──動きを止めた。
「……ライル!? なんで、ここにいるの……?」
その名に、少年が肩をすくめた。
視線が合う。
だが、声が出ない。口だけが動く。
ジョージが短く言う。
「訳あって保護した。知り合いか」
ジェシカはわずかにためらい、頷いた。
「……うん。同じ3限の生物取ってたんだ。
でも、しばらく学校に来てなくて……
心配してた」
声には戸惑いと、微かな安堵が混ざっていた。
ライルはその言葉を聞いて、小さく目を伏せる。
ジェシカが座ろうとすると、ライルは身体を縮め、隅へ身を寄せた。
チャイルドシートの隣、限られた空間に体を押し込むように。
「きついが、しばらく我慢してくれ」
ジョージは最後に後部ドアを閉め、運転席に乗り込む。
シートベルトを締める。
エンジンが始動する音が、夜の静寂に溶けた。
リッジラインは闇を切り裂くように、前へ進んだ。
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