【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
「……よし。次だ」
ジョージは低く呟き、ノートPCの前に腰を下ろした。
カーテンの隙間から、朝の光が一本、机の縁をかすめている。
無言で背後に立つヴィンセントの気配。
ジョージはそれを意識することなく、手を動かす。
IT班が残していたバックドアコードを起動。
解析済みの暗号鍵を通し、組織の上層部用セキュアIDにアクセスする。
応答したのは一つだけ。間違いなく、本物だ。
ジョージは、その宛先に短い一文を送信した。
[証拠を持っている。
あなたが処理すべき案件だ。
説明の機会を与えるだけだ。
ハドソン通り、パラゴンホテル地下駐車場にて。
15分間、面会を希望する。]
同時に、30秒の映像データを添付。
クラブ・ドミニオンのVIPルーム。
キングスリーが横流しの手口を語る場面──
日付、コード、外部ルート。証拠は十分だった。
挑発ではない。
これは、“引き金”だ。
あとは、応じるかどうか。
部屋には、沈黙だけが満ちていた。
ヴィンセントは壁にもたれたまま、何も言わない。
ジョージの横顔を、黙って見ている。
13分後、返信が届いた。
[その場所は受け入れられない]
さらに3分後、もう一通。
[26:30。クラブ・ドミニオン、地下ブラックルーム。
時間厳守。独りで来い]
クラブ・ドミニオン──
あの夜、地下にだけは近づかせなかった場所。
ブラックルーム。誰も語らない、密室の処刑場。
中で何があったか、生きて出た者の口からは聞けない。
死なずに済めばマシ。袋に入って戻る者もいる。
今、その場所が「公式に」指定された。
ジョージはPCを閉じ、椅子に深く背を預けた。
沈黙の後、ヴィンセントが低く言う。
「……向こうが場所を選んできたってことは、本気だな」
「ああ」
「行くのか」
「当然だ」
ヴィンセントは目を伏せ、深く息を吐く。
言葉が口の中で渋滞したまま、重たく唸る。
「……俺も行く。車で待つだけでも構わねぇ」
ジョージの目がわずかに鋭くなる。
だが声は平静だった。
「ダメだ」
「は?」
「お前がいなくなったら、ΩRMは崩れる。
チャットだけで運営が続くと思うか」
ヴィンセントは口を開きかけて、言葉を止めた。
そして、小さく苦笑した。
「……無理だな。5日で事務所がナイトクラブになる」
「3日だろ。あいつ、もう天井に“サンキャッチャー”とか言って、
どう見てもクラブのミラーボールにしか見えねぇのぶら下げてんだろ」
「ああ、これな。あのバカ」
ヴィンセントは天井を仰ぎ、頭をかいた。
──笑ってる場合じゃない。しかし、笑わずにはいられなかった。
「……冗談で済むうちに、止めてぇんだけどな」
「だから、止めるな。
俺は使い潰される歯車でいい。
お前は違う。……社長だ」
「“社長”で止めるのかよ。らしくねぇ」
「肩書きじゃない。責任で止めてる」
ジョージは目を伏せ、しばらく黙ったあと、静かに言った。
「……4年前、助けられたことは忘れていない。
あの時のお前の判断、俺は否定してない」
ヴィンセントの眉がわずかに動いた。
「だから今度は、俺の判断に口を出すな」
目線は逸らさない。
言葉は淡々としていた。だが、揺らぎはなかった。
「助けに来るな。今度は……お前に背負わせない」
ジョージは椅子を引いて立ち上がった。
その背を見送るヴィンセントの目が、細まる。
「……で、お前の責任ってのは?」
「俺が撒いた火種は、自分で回収する。
……それに、お前を撃ち抜く弾は、全部こっちで引き受ける」
ヴィンセントもゆっくり立ち上がる。
机を挟んで、ふたりが向かい合う。
「お前な……全部背負って、勝手に死ぬ気かよ」
「違う」
ジョージは短く言い切った。
「……誰かを死なせないために、俺が行く」
怒りとも焦りともつかない表情が、ヴィンセントの顔に浮かんだ。
視線を少しだけ外し、ひとつ、深い呼吸をする。
そして、短く踏み出して言った。
「……せめて約束しろ。
“死ぬな”じゃねぇ。
“戻ってこい”。それが条件だ」
わずかな間。
そして、ぽつりと続けた。
「……たとえ生きてなくてもいい。
どんな形でも、俺はお前を迎えに行く」
ジョージはその目を見返し、短く頷いた。
口元に、皮肉のような、苦いような笑みを刻む。
「命令ってことで、受け取っておく。社長」
ヴィンセントは鼻で笑った。
「社員でもねぇフリーランスに命令しても、無駄だって分かってんだけどな」
その笑いには、かすかに滲む寂しさがあった。
ジョージはΩRMの社員ではない。
自分が死ぬ前提で生きていることを、誰より本人が分かっていた。
だからこそ、自由契約。
どれだけ信頼されても、線は引く。そういう男だった。
それでも、ヴィンセントは言う。
「もう一度言ってやるよ。
お前がどう思ってようが関係ねぇ。
“戻ってこい”──それが命令だ」
「……たとえ生きてなくてもいい。
どんな形でも、俺はお前を迎えに行く」
ヴィンセントのこの言葉。
これは生還の約束ではなく、“存在の回収”としての誓いです。
「死体でも、声でも、記憶でも、魂でも──
何かを抱えて帰る」
仮に爆発で何も残らなかったとしても、
ヴィンセントは「探しに行く」。
何か一片でも見つけて、それをΩRMに持ち帰る。
その場所に花を手向ける。
それだけでも「迎えに行く」なんです。
「死ぬな」ではなく、「見捨てない」
「生きろ」ではなく、「俺が見つける」
“孤独な死”を許さないというヴィンセントの宣言であり、戦友としての約束です。
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