【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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077:“死ぬな”じゃない。“戻ってこい”。命令だ

 「……よし。次だ」

 

 ジョージは低く呟き、ノートPCの前に腰を下ろした。

 カーテンの隙間から、朝の光が一本、机の縁をかすめている。

 

 無言で背後に立つヴィンセントの気配。

 ジョージはそれを意識することなく、手を動かす。

 

 IT班が残していたバックドアコードを起動。

 解析済みの暗号鍵を通し、組織の上層部用セキュアIDにアクセスする。

 応答したのは一つだけ。間違いなく、本物だ。

 

 ジョージは、その宛先に短い一文を送信した。

 

[証拠を持っている。

 あなたが処理すべき案件だ。

 説明の機会を与えるだけだ。

 ハドソン通り、パラゴンホテル地下駐車場にて。

 15分間、面会を希望する。]

 

 同時に、30秒の映像データを添付。

 クラブ・ドミニオンのVIPルーム。

 キングスリーが横流しの手口を語る場面──

 日付、コード、外部ルート。証拠は十分だった。

 

 挑発ではない。

 これは、“引き金”だ。

 

 あとは、応じるかどうか。

 

 部屋には、沈黙だけが満ちていた。

 ヴィンセントは壁にもたれたまま、何も言わない。

 ジョージの横顔を、黙って見ている。

 

 13分後、返信が届いた。

 

[その場所は受け入れられない]

 

 さらに3分後、もう一通。

 

[26:30。クラブ・ドミニオン、地下ブラックルーム。

 時間厳守。独りで来い]

 

 クラブ・ドミニオン──

 あの夜、地下にだけは近づかせなかった場所。

 ブラックルーム。誰も語らない、密室の処刑場。

 

 中で何があったか、生きて出た者の口からは聞けない。

 死なずに済めばマシ。袋に入って戻る者もいる。

 今、その場所が「公式に」指定された。

 

 ジョージはPCを閉じ、椅子に深く背を預けた。

 

 沈黙の後、ヴィンセントが低く言う。

 

「……向こうが場所を選んできたってことは、本気だな」

 

「ああ」

 

「行くのか」

 

「当然だ」

 

 ヴィンセントは目を伏せ、深く息を吐く。

 言葉が口の中で渋滞したまま、重たく唸る。

 

「……俺も行く。車で待つだけでも構わねぇ」

 

 ジョージの目がわずかに鋭くなる。

 だが声は平静だった。

 

「ダメだ」

 

「は?」

 

「お前がいなくなったら、ΩRMは崩れる。

 チャットだけで運営が続くと思うか」

 

 ヴィンセントは口を開きかけて、言葉を止めた。

 そして、小さく苦笑した。

 

「……無理だな。5日で事務所がナイトクラブになる」

 

「3日だろ。あいつ、もう天井に“サンキャッチャー”とか言って、

 どう見てもクラブのミラーボールにしか見えねぇのぶら下げてんだろ」

 

「ああ、これな。あのバカ」

 

 ヴィンセントは天井を仰ぎ、頭をかいた。

 ──笑ってる場合じゃない。しかし、笑わずにはいられなかった。

 

「……冗談で済むうちに、止めてぇんだけどな」

 

「だから、止めるな。

 俺は使い潰される歯車でいい。

 お前は違う。……社長だ」

 

「“社長”で止めるのかよ。らしくねぇ」

 

「肩書きじゃない。責任で止めてる」

 

 ジョージは目を伏せ、しばらく黙ったあと、静かに言った。

 

「……4年前、助けられたことは忘れていない。

 あの時のお前の判断、俺は否定してない」

 

 ヴィンセントの眉がわずかに動いた。

 

「だから今度は、俺の判断に口を出すな」

 

 目線は逸らさない。

 言葉は淡々としていた。だが、揺らぎはなかった。

 

「助けに来るな。今度は……お前に背負わせない」

 

 ジョージは椅子を引いて立ち上がった。

 その背を見送るヴィンセントの目が、細まる。

 

「……で、お前の責任ってのは?」

 

「俺が撒いた火種は、自分で回収する。

 ……それに、お前を撃ち抜く弾は、全部こっちで引き受ける」

 

 ヴィンセントもゆっくり立ち上がる。

 机を挟んで、ふたりが向かい合う。

 

「お前な……全部背負って、勝手に死ぬ気かよ」

 

「違う」

 

ジョージは短く言い切った。

 

「……誰かを死なせないために、俺が行く」

 

 怒りとも焦りともつかない表情が、ヴィンセントの顔に浮かんだ。

 視線を少しだけ外し、ひとつ、深い呼吸をする。

 

 そして、短く踏み出して言った。

 

「……せめて約束しろ。

 “死ぬな”じゃねぇ。

 “戻ってこい”。それが条件だ」

 

 わずかな間。

 

 そして、ぽつりと続けた。

 

「……たとえ生きてなくてもいい。

 どんな形でも、俺はお前を迎えに行く」

 

 ジョージはその目を見返し、短く頷いた。

 口元に、皮肉のような、苦いような笑みを刻む。

 

「命令ってことで、受け取っておく。社長」

 

 ヴィンセントは鼻で笑った。

 

「社員でもねぇフリーランスに命令しても、無駄だって分かってんだけどな」

 

 その笑いには、かすかに滲む寂しさがあった。

 

 ジョージはΩRMの社員ではない。

 自分が死ぬ前提で生きていることを、誰より本人が分かっていた。

 だからこそ、自由契約。

 どれだけ信頼されても、線は引く。そういう男だった。

 

 それでも、ヴィンセントは言う。

 

「もう一度言ってやるよ。

 お前がどう思ってようが関係ねぇ。

 “戻ってこい”──それが命令だ」

 

 






「……たとえ生きてなくてもいい。
 どんな形でも、俺はお前を迎えに行く」

 ヴィンセントのこの言葉。
 これは生還の約束ではなく、“存在の回収”としての誓いです。
「死体でも、声でも、記憶でも、魂でも──
 何かを抱えて帰る」

 仮に爆発で何も残らなかったとしても、
ヴィンセントは「探しに行く」。
何か一片でも見つけて、それをΩRMに持ち帰る。
その場所に花を手向ける。
それだけでも「迎えに行く」なんです。

「死ぬな」ではなく、「見捨てない」
「生きろ」ではなく、「俺が見つける」

“孤独な死”を許さないというヴィンセントの宣言であり、戦友としての約束です。

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