【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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【079話番外編】チャールズ・フィンリー②:人質

 少し時間が流れていた。

 ターミナルの天井はすっかり明るくなり、白い光が床のタイルを均一に照らしていた。あれから小1時間。

 

 チャットは手荷物検査レーンに並びながら、腕時計に視線を落とした。

 

 まだ余裕はある。

 彼はそう思いながら、前方の列を緩やかに進む足音のリズムに合わせて体重を移す。

 長い列の数人先――あの少女と母親の姿があった。

 赤ん坊を抱えた母親が、係員の案内に軽く会釈し、少女はクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。

 

 チャットは心の中で「王国の騎士、しっかり任務中」とでも書き添えながら、列を一歩進めた。

 

 その時だった。

 

 低い怒鳴り声が、列の右手奥から割って入ってきた。

 

 最初は単なる言い争いかと思った。

 

 係員と乗客のトラブルなど、空港では日常茶飯事だ。

 だがその声は異様に大きく、そして言葉が引っかかる。

 

「……爆弾だ! 本当だ、俺は見た! 飛行機に……仕掛けられてる!」

 

 その瞬間、空気の密度が変わった。

 

 振り向く者、ざわめく者、歩みを止める者――列全体が一瞬で凍りつく。

 

 チャットも視線を向けた。

 そこにいたのは、中年の男。

 上着は汗で濡れ、髪は乱れている。

 

 目の焦点が定まらず、何かに追い立てられるように言葉を吐き続けていた。

 

 係員が静止しようと手を伸ばすが、男は突き飛ばして進もうとする。

 周囲に緊張が走る。

 係員の無線が入る。

 警備員の姿が複数、視界の端に現れた。

 

「やめろって……!

 本当にあるんだよ! 俺は知ってるんだ!」

 

 チャットの隣の乗客が小さく息を呑む音が聞こえた。

 その男の視線が、ふいに列の中へと泳いで――止まる。

 

 あの少女だった。

 母親の手を握っていた小さな手が、思わずきゅっと強くなる。

 男が動いた。駆けるように、列を割って入り込もうとする。

 

 そして、銀色の刃が光った。

 

 男は一気に距離を詰め、列の隙間から少女に手を伸ばした。

 

 母親の悲鳴と、何人かのどよめきが同時に上がる。

 次の瞬間には、少女の細い手首が男の手に掴まれていた。

 

「来るな! 近づくなよ!」

 

 怒鳴り声が響く。

 男は少女を半歩引き寄せ、彼女の身体を盾にするように立ち塞がった。

 

 刃物――折りたたみ式のナイフが、ちらりと陽の光を受けて鈍く光る。

 

 刃先は、はっきりと見えた。長くはない。

 だが刺すには十分すぎる。

 

 少女は声を出していなかった。

 

 ただ、目を大きく見開いたまま動けずにいる。

 くまのぬいぐるみは、もう彼女の手から落ちていた。

 

「警備を呼んだんだろ!

 あいつらはグルだ、分かってるんだ……!」

 

 男は何かに取り憑かれたように叫びながら、手元のナイフをわざとらしく振るわせた。

 視線は焦点が合っておらず、どこか現実と噛み合っていない。

 

 周囲はすでに制止されていた。誰もが息を呑み、動けない。

 警備員が近づこうとすれば、それが刺激になるのは明らかだった。

 

 チャットは動かなかった。

 いや、まだ動かないでいた。

 彼はじっと男を見つめた。

 

 動作の乱れ。

 呼吸の浅さ。

 声の揺れ。

 視線の動き。

 手元の力の入れ方。

 足の開き方。

 

 ――“やる気”はない。だが、“引けない”。

 

 チャットはゆっくりと、足を一歩だけ動かした。

 

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