【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
無音の車内に、iPhoneの振動音が短く響いた。
『ターゲットから100メートル以内。ご注意ください』
ジョージは目線を滑らせて、モニターをちらりと確認する。
目的地は教会。
正確には、今は廃墟と化したそれだった。
「閉業」という文字が浮かんでいる。
ジョージは慎重にハンドルを握り、気が付かれないようヘッドライドを消した。
リッジラインのタイヤが、ぬかるんだ道をゆっくりと踏みしめる。
月に濡れた泥土を巻き上げながら、静かに廃教会の前に滑り込む。
暗闇の中に、朽ちた外壁と崩れかけた十字架を浮かびあがってきた。
礼拝堂だった建物は半ば崩れ、ステンドグラスは跡形もない。
それでも、その場所には祈りの記憶だけが、どこかに残っていた。
ジョージは何も言わず、エンジンを切る。
ドアが開く音が、ひときわ冷たく響いた。
夜風に煽られ、廃教会の扉がわずかに軋んだ。
外壁は崩れ、柱には蔦が絡んでいる。
月明かりすら入り込まない薄闇の中、ジョージは歩を止めた。
「ここから先は俺1人で行く」
そう言うと、ワラビーを脇の石垣の陰に押しやった。
瓦礫と草に覆われたその影に、少年の巨体は意外なほどすっぽりと収まった。
「気配は消しておけ。何があっても、合図があるまで動くな」
「……はい」
ワラビーの声は小さく、腹の底から絞り出されたものだった。
ジョージはそれを確認すると、身を沈めた。
廃墟の骨組みに沿って、気配を断ち、影に紛れる。
歩幅、呼吸、視線の動き。
どれも特別なことじゃない。
体が勝手に思い出しただけだ。
昔、何度もやらされた。兵士時代。
行けと言われ、ひとりで行って、見つけて、始末して、黙って戻る。
あの頃は「生きて帰れ」なんて誰も言ってくれなかった。
むしろ戻ってこない前提で動くほうが、楽だった。
……いや、ただ1人、あいつだけは別だった。
あの頃は、それが煩わしくて仕方なかった。
もう二度と、こんな仕事はしないと思ってた。
戦うためじゃなく、守るための訓練をし直したつもりだった。
だけど気づけば、またひとりで暗がりを歩いている。
――何が変わったんだか。自分でもよく分からない。
そして、ある一点で、ふと立ち止まる。
中央の礼拝堂ではない。
周囲を囲む小部屋のひとつ、かつて告解室だったであろう半壊の一室。
そこだけ、空気の流れが鈍い。
人がいる。
ジョージは何も言わず、扉の隙間に目を滑らせた。
光はなかったが、視線を感じた。
少女の怯えた呼吸が、かすかに壁越しに伝わってくる。
そのとき、足音が響いた。
別の部屋から回り込むようにして、男が一人、巡回してくる。
手には拳銃。
だが、訓練されていない。歩き方に迷いがある。
ジョージは一瞬で動いた。
音を立てずに背後に回り込み、顎を持ち上げて首を落とす。
制圧までにかかった時間は、3秒もなかった。
さらにもう一人。背中を見せていた男。
扉の裏から足を引っかけ、崩れた瞬間に肘を喉元へ。
そのまま気道を潰して、静かに昏倒させる。
2人。
それだけでこの空間は安全になった。
ジョージは扉を開けた。
その奥で、涙に濡れたジェシカの目が見開かれる。
一瞬だけ、瞳の奥に安堵の色が滲んだ。
ジョージは人差し指を口に当てる。
「静かに」――そう告げる仕草だけを残して、無言のまま彼女に近づいた。
口に貼られたガムテープを、慎重に剥がす。
続いて手足の拘束にも手を伸ばした。
それはまるで、彼女から奪われていた人としての時間を、一つひとつ返していく儀式のようだった。
ジョージは目を細める。
「遅くなった」――そう言いたげなまなざしを、ほんの一瞬だけ彼女に向けた。
そして、とっさに上着を脱ぎ、彼女の肩にかける。
ジェシカは薄着だった。震えていた。
だが、それ以上の乱れがなかったことに、ジョージは黙って安堵した。
そのままジェシカを背負った。
外に出たとき、ワラビーは物陰の中で硬直したままだった。
ジョージが姿を見ると安堵したような顔を見せた。
「無事だ」
ジョージの腕に背負われたまま、ジェシカは小さく震えていた。
外の空気に触れた瞬間、張り詰めていたものが切れた。
肩がびくりと揺れる。
ジョージは膝を着き、ジェシカをそっと地面に下ろした。
彼女の手がしがみついてくる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……こわかった……」
声は震え、涙と嗚咽が混ざっていた。
ジョージは一瞬だけ目を閉じた。
そのまま、壊れ物でも扱うように、だが決して離さぬように。
その体を引き寄せた
短く、静かに言った。
「……無事でいい。今は、それで充分だ」
だが、それ以上の言葉は口にしない。
彼は顔を上げ、ワラビーに視線を送った。
「泣くのは後だ。今は逃げるぞ」
ジェシカはぐしゃぐしゃの顔のまま、うなずいた。
ジョージは2人を促しながら、廃教会の外周を抜けてリッジラインの方角へ向かう。
歩きながら、周囲の空気に目と耳と皮膚をすべて使って馴染ませていく。
そのときだった。
微かに、風向きが変わった。
湿った金属臭。焦げたようなオイルの匂い。
そして、あまりにも静かすぎる――。
ジョージは歩みを止めた。
次の瞬間、低く、鋭い声を発した。
「伏せろ!!」
彼は咄嗟にジェシカとワラビーを引き寄せ、2人をかばうように覆いかぶさる。
胸で押さえつけるようにして、肩と頭を守る。
その直後だった。
――リッジラインが、
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