【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
乾いたアスファルトの上を、ゆっくりと一歩、また一歩。
ジョージは歩いていた。
ふらつきながら、泥まみれの足を引きずるようにして、舗装路を進む。
ジョージの背後に、わずかな気配が生まれた。
風ではない。獣でもない。
呼吸と、わずかな靴音。それだけで、ジョージの体がぴたりと止まる。
意識はぼんやりとしている。
脳の奥で鐘が鳴り続け、視界の隅は霞んでいた。
それでも“何か”がこちらに向けられているのは分かる。
獣ではない。人間の殺気だ。
「動くな。手を挙げろ」
低く、よく通る声だった。
猟銃の金属音が、夜気に溶ける。
ジョージはゆっくりと、傷だらけの両腕を上げた。
肩の関節が軋む。左はほとんど感覚がなく、血で袖が固まっていた。
「もう一歩動けば、撃つぞ」
男の声は、迷いのない狩人の声だった。
ジョージは返事をしようと口を開いたが、言葉が出てこない。
舌がもつれる。喉が乾ききっている。
「っ……でん……」
何か言おうとしたが、声にならなかった。
一歩、踏み出してしまった。
「膝をつけ!」
その声は鋭く、撃鉄が落ちる直前の緊張を孕んでいた。
ジョージは言われた通り、舗装されたアスファルトの地面に膝を落とす。
痛みで眩暈が走ったが、耐える余裕すらなかった。
背後から、男がゆっくりと近づいてくる。
猟銃の銃口は、ぶれずにジョージの背中を捉えていた。
「お前は何者だ? 体格は子供に見えるが……顔は大人だな。
不法移民か? それとも、麻薬関係か?」
ジョージは首を横に振るが、うまく動かない。
言葉が出ない。
それでも、男の問いは止まらない。
「なんでそんなに血まみれなんだ。何があった。答えろ」
「……ちが……」
絞り出すように答えようとするが、喉の奥で声が潰れる。
そのとき、ハンクの目が、ジョージの背中に気づいた。
黒い防弾チョッキ。
表面には、銃弾の衝撃で生じたくっきりとしたへこみが二つ。
撃たれていた。
ハンクの眉がわずかに動いた。
ただの遭難者じゃない。こいつは何かを知っている。
どこかで訓練を受けている目だ。反応だ。無言の構えだ。
それが、逆に恐ろしい。
ジョージは、ただ、「頼むから撃つな」と、目だけで語っていた。
ハンクは、しばらく無言だった。
銃口だけが、揺れずにジョージを見ていた。
風が二人の間を吹き抜ける。
沈黙は、銃声よりも重かった。
膠着したまま、時間だけが過ぎていった。
ハンクの指は、トリガーの上で止まっている。
どちらも動かない。どちらも、まだ判断がつかない。
その時だった。
暗闇の向こうから、エンジン音が近づいてきた。
舗装路の先に、ひときわ明るいヘッドライトが現れる。
ライトに照らされたのは、白のSUV。
よく手入れされた車体。運転席には、姿勢のいい女性。
助手席には、がっしりとした大柄の男が座っていた。
車が二人の傍らにぴたりと止まり、窓が開いた。
「ちょっとハンク、何してるのよ。こんな夜中に子供相手に銃なんて!」
運転席の女は、70代とは思えないほどしっかりとした口調だった。
背筋が伸び、銀色の髪はきっちりまとめられている。
紺のワンピースにショール。明らかに山に来る服装ではない。
ハンクは目だけで彼女を見やると、短く返した。
「子供じゃねえ。マルタ。よく見ろ。身体は小せえが、顔つきは完全に大人だ。不法移民に違いねえ」
「だからって、こんなに血まみれの人に銃向けてどうするのよ!
怪我してるじゃない!」
言い返す余地もない調子だった。
ジョージはまだ膝をついたまま、言葉も出せずに俯いていた。
助手席の男が「やれやれ」といったようにため息をつき、ゆっくりと車を降りる。
ややきつそうなスーツ。
結婚式か何かの帰りだろう。ネクタイを緩めながら、ハンクに言った。
「おいおい、また誰か撃つ前にマルタに怒られてるのか。懲りねえな、あんたも」
「黙ってろピーター」
「はいはい。で、この子は喋れんのか?」
ピーターの声は大きいが、どこか飄々としていた。
その大きな手がポケットに入ったまま、ジョージを一瞥する。
視線は優しくもなく、怖くもない。ただ、観察する目だった。
マルタがドアを開け、ヒールの音をコツコツと鳴らしながらハンクの横に立つ。
そしてため息をついた。
「放っといたら、今に倒れるわよこの子。肩、脱臼もしてるじゃないの」
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