【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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【番外編】ヴィンセント・モロー②:沈黙の裁判

 

 翌朝。

 

 いつもなら誰よりも早く、まだ空が白むうちから動いていたジョージが、珍しくベッドに横たわったままだった。

 

 眼は開いている。

 けれど何も見ていないような、その視線は、裂け目のように天井に吸い込まれていた。

 

 無音。無表情。無感情。

 

 ──ただ、動かない。

 

 時間が、乾いた風とともに過ぎていく。

 

 集合時刻ギリギリになって、ようやくジョージは体を起こした。

 洗顔もせず、髪も整えず、軍帽も忘れたまま、無言でダイニングテントへと歩いていく。

 

 食事はもう、ほとんど終わっていた。

 朝のざわめきが遠ざかる中、唯一まだ席を立たずにいたのはヴィンセントだった。

 彼の前には、空の食器と紙コップ。

 その皿にこびりついたスクランブルエッグの残りかすは、すでに乾きかけていた。

 

 それが、この朝の長さを物語っていた。

 

 ジョージは無言で配膳台に向かう。

 

 冷めた朝食をよそい、カップを二つ取り出す。

 ポットから注いだコーヒーを一つ、自分の分。

 もう一つは、ヴィンセントの前へ。

 

 トン、と音を立てずに置かれたその紙コップ。

 

 ジョージは、言葉もなく、そのままヴィンセントの隣に座った。

 向かいではなく、少し間を開けた隣に。

 

 視線を合わせることもせず、スクランブルエッグを黙々と口に運ぶ。

 いつも通りの無表情だが、その無表情が、この朝は異様に静かだった。

 

 ヴィンセントはしばらく、コーヒーを見つめていた。

 ジョージから渡されたそれは、まるで「沈黙の手紙」のようだった。

 

 やがて、無言のまま受け取り、唇を湿らせる。

 

 生暖かい苦味が喉に落ちていく。

 それでも、彼はふっと、わずかに鼻で笑った。

 

「……相変わらず、まずいな。これ」

 

 それだけ言って、また黙った。

 けれど、その声に、昨夜の怒りも涙もなかった。

 

 このコーヒーはジョージなりの謝罪だった。

 言い訳も、目を合わせることさえもできない男が選んだ、たった一つの贈り物。

 

 無言のまま、ジョージはパンを噛みしめた。

 ヴィンセントは喉の奥から乾いた笑いを出した。

 

「もう、てめぇには何も期待しねぇよ」

 

 笑いを含み、諦めに似たそのつぶやきが、重く、ジョージの胸を締め付けた。

 

 

 あの夜から、ジョージの頭の内では、ずっと裁判が続いていた。

 法廷は静かだ。傍聴席もない。検察官も、弁護士も、自分自身。

 

「なぜ動かなかった?」

「どうせ何も変わらない、と決めつけたのは誰だ?」

「それは見殺しと、何が違う?」

 

 毎夜、声なき声が頭の奥で問いかける。

 ジョージは沈黙でしか応じられない。

 けれど、その沈黙こそが、有罪を認めたようで──たまらなく、苦しかった。

 

 

 そして、あの夜を境に、空気も変わった。

 

 爆発のような感情が交わされたわけではない。

 ましてや、拳の一発で帳消しになるような関係でもなかった。

 

 ただ――

 ヴィンセントの中で、何かが静かに死んでいた。

 

 任務は続く。

 どれだけ地獄じみた現場でも、彼らは淡々と動く。

 コンビネーションは依然として正確だった。

 ジョージの動きも変わらない。ヴィンセントの指示に、無言で従う。

 

 だが、ヴィンセントの声から、温度が消えた。

 

「ウガジン、右側のドアを確保しろ」

「……了解」

 

 短いやりとり。その中にあったはずの、信頼ゆえの軽口も皮肉も、すべて消えていた。

 そこにあるのは、ただの任務。職務。必要最低限のコミュニケーションだけだ。

 

 それでも、ジョージは命令に従う。

 誰よりも正確に動き、誰よりも先に地雷を踏みに行くような危険地帯に足を向ける。

 それは贖罪か、反射か、自殺願望か、本人ですらわからなかった。

 

 ただ、ヴィンセントの背中を見ている時だけ、ふと、胸の奥に疼くような感覚が残る。

 

「あの人を失ってしまった」

 

 その事実だけが、言葉にならず、ジョージの無表情の奥で鈍く燃え続けていた。

 

 

 虚ろな証言台の前で、弁護士の顔をした自分が言った。

 

「お前は、変わりたいんじゃない。

 ヴィンセントに、戻ってきてほしいだけなんじゃないのか?」

 

 その一言が、銃声のように胸に響いた。

 答えは沈黙だった。だが、それが最も痛い答えだった。

 

 

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