【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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093:撃たれた青年。売られる少年。

 「ヴィンセントに電話をしましょう」

 

 その言葉が、どこか遠くから聞こえた。

 

 ジョージは、かろうじてうなずこうとした。

 けれど、もう身体は動かなかった。

 手足の感覚が薄れていく。

 温かいはずの誰かの手が、遠くなっていく。

 

 意識が滑り落ちていった。

 

 ――暗転。

 

 次に浮かんだのは、雪のように冷たい夜だった。

 

 ジョージの意識は、深く、過去に引きずられていった。

 

 

 夜の空気は乾いていた。舗装された地面に油と煙の匂いが染みついている。

 その真ん中で、8歳の少年は兄に抱きしめられていた。

 

 腕が強く、逃げられないほどだった。

 しかし、その時はまだ怖くはなかった。兄の手だったからだ。

 兄は20歳だった。

 

「誠」

 

 その声で、何かが胸の奥で波打った。

 兄の声が、震えていた。今まで一度もそんな声を聞いたことがなかった。

 

「何があっても……生き延びろ。いいな?」

 

 少年は首を振った。意味なんていらなかった。ただ嫌だった。

 死の匂いがしていた。

 喉がつまった。腕の力が入らない。

 

「……兄さん、やだ……行かないで……」

 

 兄は少年にふっと笑いかけると背を向け、手を上げ、抵抗する意志がないことを示しながら敵に向き直った。

 そして二度と振り返ることはなかった。

 

「約束を守ってもらう。

 俺の命と引き換えに、おとう――」

 

 乾いた小さな破裂音が、夜の濡れた空気に響いた。

 次の瞬間、兄の言葉が止まった。

 そのまま、ひとつも声を発さずに板のようにまっすぐ倒れた。

 

 背中の左側――肩甲骨の下あたりに、弾痕が開いていた。

 銃弾は心臓の後壁を貫いたのだろう。

 

 呼吸は戻らなかった。

 

 少年の口から、獣のような咆哮が漏れた。

 魂が裂ける音だった。

 

 誰かが「黙れ!」と叫び、こめかみに拳が飛んできた。

 痛さは感じなかったが、重さは残り、世界が揺れた。

 

 手が伸び、口が塞がれた。

 そのまま、腕がねじられ、背後から押し倒された。

 縄。袋。空気がなくなる。

 見えない。呼吸もできない。

 

 そのままバンに無造作に投げ入れられた。

 積載用にシートは外され、むき出しの鉄の床が、少年の頬を容赦なく裂いた。

 鼻を打ち、血が滲む。

 しかし、叫びは止まらない。

 

 バンのスライドドアが閉まり、世界から光と空気が遮断されたその瞬間――

 

 少年は、壊れたように泣き出した。

 しゃくりあげ、声にならない声を繰り返し吐き出しながら、泣きじゃくった。

 

 バンが走り出しても、泣き声は止まなかった。

 息が吸えない。

 吸おうとするたびに喉が痙攣し、むせかえるような嗚咽になった。

 吐いた息で喉が焼ける。

 胸が締めつけられ、心臓が暴れる。

 意識がかすむほどに、少年は泣き続けた。

 

 それでも止まらない。

 涙と鼻水と涎が顔中に張りついて、視界を滲ませていた。

 

 車体の揺れに転がり、何度も身体を打ちつけながらも、ただ泣いた。

 

 誰も止めなかった。

 誰も、聞いていなかった。

 バンの中は、冷たく、残酷な密室だった。。

 

 何時間も何時間も揺られた。

 たまにわずかな時間、停車したが、すぐに車は動いた。

 

 知らぬ間に少年のズボンはびっしょりと濡れていた。

 

 そしてふと、すべてが止まった。

 喉は枯れ、胸はひゅうひゅうと苦しい音を立て、涙も出なくなっていた。

 

 しゃくりも、嗚咽も、声も。

 まるで心臓ごと静かに冷えきったように。

 

 鉄の床に背を預けたまま、少年は虚ろな目で天井を見上げていた。

 

 麻袋越しにバンの天井が見える。

 怒りも、恐怖も、悲しみも……何ひとつ残っていなかった。

 その奥に、何かが、冷たい影のように芽を出し始めていた。

 

 “ソレ”は、痛みを感じず、恐怖を抱かず、ただ世界を見つめていた。

 

「ガキの値段、どんくらいだ?」

 

 男の声が少年の耳に突き刺さった。

 その言葉は耳から全身に広がって行った。

 

「市場次第だな」

「足つく前にさっさと売るぞ」

「後どのくらいで着く?」

「20分ぐらいだな」

 

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