【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

127 / 161
【番外編】ヴィンセント・モロー③:それでも、分からない。

 二か月が経った。

 

 昼下がりの陽光が、乾いた土埃に揺れている。

 進行中の車列。エンジン音が鳴り響く中、警戒態勢の部隊が慎重に前進していた。

 

 そのとき――

 

 一人の年老いた女性が、兵員輸送トラックの前に飛び出した。

 

 腰が曲がり、髪は灰のように白い。

 顔の皺には、歳月と過酷な日常が刻み込まれていた。

 両手を掲げ、涙に濡れた声で何かを叫んでいる。

 

 言葉は、現地語のさらにローカルな方言で、ほとんどの兵士には通じなかった。

 だが、その必死の訴えだけは、誰の胸にも刺さった。

 

「なんだ、あれ……?」

「また誰か、身内をやられたのか……?」

 

 誰かが呟いた。

 

「……俺らじゃねぇだろ? ここの件、関与してないはずだぞ」

 

 確かに、この村での衝突には関与していない。

 むしろゲリラ同士の抗争か、民兵による襲撃の可能性が高い。

 

 それでも、女は泣き叫ぶ。

 足元には、焼け焦げた布と、誰かの遺影らしき写真が転がっている。

 

 隊員たちは車の陰から顔を出し、困惑していた。

 

「どうするよ……止めるか?」

 

 その声に、ヴィンセントが一歩、前に出た。

 

「俺が行く」

 

 その声に、ジョージが素早く振り向いた。

 

「待て」

 

 ヴィンセントの肩を手で制し、ジョージは目を細めた。

 

「お前はデカすぎる。相手が怖がる」

 

 一瞬、視線がぶつかる。

 ヴィンセントは眉をひそめたが、何も言わずに引き下がった。

 

 ジョージは無言で足を踏み出し、ゆっくりと、女性の方へ歩き出した。

 背筋を伸ばし、だが手は見える位置に出し、威圧感を与えないように。

 

 女は、最初こそ泣き叫んでいたが、ジョージが近づいても逃げなかった。

 震える手で写真を掲げ、乾いた言葉を投げかける。

 ジョージには、それが何を意味するのか、正確にはわからなかった。

 けれど、その声の震えと、写真に焼き付けられた少女の笑顔が、すべてを物語っていた。

 

 ――この子は、もういない。

 ――この子は、消えた。

 ――せめて、聞いてほしい。わかってほしい。

 

 女の言葉は途切れ、風に飲まれていく。

 ジョージは、しばし無言のまま彼女を見つめた。

 そして、ゆっくりと手を伸ばし、頭に被ったままだったヘルメットのバックルを外した。

 カチリと音がして、ヘルメットが静かに浮き、腕に抱えられる。

 

 砂埃の中であらわになったその顔は、まだ若く、小柄で、兵士というよりただの青年に見えた。

 その瞳には怒りも恐れもなく、ただ、理解しようとする意志だけがあった。

 

 ジョージはそっと膝を折り、地面に座り込む。

 写真を見つめ、目を細める。

 相手の目線の高さに自分を下げ、何も言わずにそこに“いる”。

 

 そして、静かに呟いた。

 

「……俺も、家族を失った。

 ……それでも、生きてきた。

 そして、ここにいる」

 

 言葉は通じなかったかもしれない。

 それでも、ジョージの声の奥にあった震えが、老婆の表情をわずかに揺らした。

 

 女の涙は止まらなかった。

 だが、叫びは次第に小さくなり、代わりにひとつの言葉を、何度も繰り返した。

 ジョージには意味はわからない。

 けれど、静かに頷いた。

 声を出さずに、ただ一度だけ。

 

 

 遠く、陽炎の揺れる道の向こう。

 ジョージがヘルメットを脱いだのを見た瞬間、ヴィンセントの眉がわずかに動いた。

 

 「……まさか、あいつ」

 

 冗談でも茶化す気にはなれなかった。

 あのジョージが、自分から防具を外した――それだけで、何かが変わったと知れた。

 

 彼は、老婆の前に静かに膝をついた。

 体格で言えば、子供のように見えるジョージが、老人と目線を合わせて座っている。

 兵士でも、警護でもない。ただの“誰か”として。

 

 ヴィンセントは、トラックの陰から一部始終を見ていた。

 銃口に手を添えたまま、撃つ必要のない戦場を見つめていた。

 

 ──しばらくして、老婆の泣き声は小さくなった。

 肩を震わせながらも、彼女はそっと脇に退き、足元の写真を拾って立ち上がった。

 道は、静かに開かれた。

 

 ジョージは何も言わずに立ち上がり、ヘルメットを脇に抱えたまま戻ってくる。

 その歩幅も、表情も、以前と変わらない。

 けれど、ヴィンセントにはわかった。

 

 ──こいつの中で何かが軋んだ。

 そうじゃなきゃ、あの行動は取らない。

 

 近づいてくるジョージに、ヴィンセントは問いを投げた。

 あえて、いつものように簡潔に。

 

 「……何か、変わったか?」

 

 ジョージは、ふと目を細めて、空を見上げるような仕草をした。

 そして、ヘルメットを被らないまま、ただ一言だけ呟いた。

 

 「……分からない」

 

 その声は、風にまぎれて聞き取りづらかったが、たしかに届いた。

 ヴィンセントはそれ以上何も聞かず、ただ一度だけ、深く息をついた。

 

 「……そうか」

 

 あとは、言葉は要らなかった。

 この男が何を抱え、何と闘っているか、わざわざ聞くまでもない。

 それを“問う”ことはできても、“答えさせる”権利は誰にもないと、ヴィンセントは知っていた。

 

 そして、再びトラックが動き出した。

 エンジン音の中で、誰の声もかき消される。

 

 けれど、ジョージの背中は、確かに――

 二か月前とは、少しだけ違って見えた。

 

あなたの年代と性別を教えてください。(読者の傾向を知りたい)

  • ~20代男性
  • 30~50代男性
  • 60代~男性
  • ~20代女性
  • 30~50代女性
  • 60代~女性
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。