【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

13 / 161
005:女子3人の家に、知らない男が泊まるってどうなの

 

 ナンシーは眠れずにいた。

 ――自分の判断は果たして正しかったのかどうか?

 ΩRMのチャールズ・フィンリーという男の言葉を思い出していた。

 

「ミセス・グレナン。これは私の勘ですが――」

 

 フィンリーの声は穏やかだった。

 だが、その下に研がれた刃のような静けさがある。

 

「この“勘”ってやつ、昔はポーカーと逃げ道のない交渉でしか使わなかったんですが……今は、人の命に使うようになりましてね」

 

 わずかに皮肉が滲む。

 それでも声色は崩れず、プロの顔を保っていた。

 

「今回のケース。女性エージェントをご希望とのことでしたが……

 私の率直な意見としては、男性の方が適任です。

 もちろん、ご不安は理解しています。

 

 自宅に男を入れるのは、なにより警戒すべきことです。

 でも――この状況で安心と対処力を両立できる人間は、数が限られている」

 

 ナンシーが黙っていると、フィンリーはふっと笑いを混ぜた声で言った。

 

「無理にお選びいただくつもりはありません。

 うちは強引に押すのが商売じゃない。

 ただ……そうですね。

 

 他社が百貨店なら、うちは“裏路地にある本物の店”みたいなものでして。

 看板は小さいが、ナイフは研いである」

 

 一呼吸置き、トーンをさらに低くする。

 

「もし私の提案を受けていただけるなら――

 基本料金は誠実に調整します。

 追加料金も、極力抑える方向で動きます。

 

 そして。私が最も信頼している、我々のエースを派遣いたします。

 

 彼は、言葉よりも先に動く男です。

 ご家族を守るという一点において、ブレることはありません」

 

 まるで劇中の一幕のような、静かで張り詰めた間。

 それすら計算に入れているような、説得のトーンだった。

 

 そして今日、ナンシーは扉の向こうに立つ男を見て、一瞬、言葉を失った。

 思っていたより、小柄で若かった。

 

 それが率直な感想だった。

 もっと大柄で、威圧感のある男を想像していた。

 いかにも“ボディーガード”らしい、壁のような体格の持ち主を。

 

 だが、現れた男は違った。

 

 背は低く、体格も控えめ。

 鍛えられた体は服越しにも分かるが、強さを見せびらかす雰囲気はない。

 通りすぎてしまいそうな、静かな存在感。

 

 ほんの少し、落胆が胸をよぎる。

(この人に、家族を任せていいのだろうか……)

 

 黒髪はわずかに癖があり、額に影を落としている。

 目鼻立ちは整っている。

 輪郭も骨格も、端正な顔立ちの部類に入る。

 

 けれど、何かが違った。

 図面通りに完成したはずのその顔には、どうしても“にじみ”がある。

 まるで、精密に引かれた設計図に、あとからインクをこぼしたような――そんな違和感。

 

 失った何か。背負った何か。

 本人すらもう形を忘れかけたそれらが、表情の奥で干からび、貼りついている。

 

 壊されて、貼り合わせて、また裂けて――

 そうしてようやく今、かろうじて“ひとりの人間”として立っている。そんな顔だった。

 

 そして、その男がこちらを向いた。

 

 無表情で、まばたきの少ない目。

 若く見えたはずなのに、年齢が読めない。

 体は未完成に見えるのに、目だけがやけに冷たくて、よく訓練された獣のようだった。 

 

 黒い瞳だった。

 吸い込まれるような深さはない。

 ただ、何も映さず、何も拒まない。

 

 感情の揺らぎは見えないのに、不思議と目を逸らしたくなる。

 見透かされたような気がして、けれど、それが何を意味しているのか分からない。

 一言でいえば――得体が知れなかった。

 

 そもそも、男性でよかったのだろうか?

 母親と娘2人の家に、見ず知らずの男を入れて、本当に大丈夫なのか。

 料金の安さにつられて決めたけれど、それが娘たちを危険に晒すことにならないか――

 矛盾した感情がぶつかり合う。

 

 その時、廊下の向こうからジェシカの足音が聞こえた。

 ナンシーは思わず身を起こし、ドアを少しだけ開けて、リビングの様子をうかがう。

 

 ジェシカは相変わらず生意気な口をきいていた。

 それに対し、ジョージは、いちいちムキになることなく、軽くいなすように応じている。

 流すのではなく、軽やかに受け止め、適度なユーモアを交えながら。

 

 ナンシーはそっと息を吐いた。

 ジェシカにはまだ説明しそびれていた、家のセキュリティのこと。

 そして、SNSの管理についても。

 

 ジョージはすでにナンシーとアカウントを相互フォローしているが、彼女の投稿のほとんどはジム関連のものばかりだ。

 

 耳を澄ませると、リビングの空気がわずかに張り詰めるのがわかった。

 ジェシカが何か反発したのだろう。

 次の瞬間、ジョージの静かな声が響いた。

 

「ボディーガードの使命は、生命だけじゃない。生活も守る」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ナンシーの中で、張り詰めていたものがふっと緩んだ。

 

 ――この人なら、大丈夫かもしれない。

 

 確信とまではいかない。

 だが、漠然とした不安の隙間に、小さな安心感がそっと入り込んでくるのを感じた。

 

 ジェシカが不機嫌そうに部屋へ戻っていく。

 謝らなきゃ。そう思いながらも、ナンシーは一瞬ためらった。

 そして、そっとドアを開ける。

 

 ダイニングを覗くと、ジョージが背を向け、椅子から立ち上がろうとしていた。

 

 その背中は、夜の闇のように静かで冷たい影を落としていた。

 

 暗さのせいかもしれない。

 でも、どこか近寄りがたかった。

 

 まるで日本のサムライのようだった。

 背筋がまっすぐに伸び、どこか張り詰めた空気を纏っている。

 戦場に立つ者の、静かで揺るがぬ覚悟がそこにあった。

 

 ナンシーは迷った。

 声をかけようとして。

 だが、喉が詰まるような感覚に襲われた。

 

 結局、言葉にならないまま、そっとドアを閉じた。

 

あなたの年代と性別を教えてください。(読者の傾向を知りたい)

  • ~20代男性
  • 30~50代男性
  • 60代~男性
  • ~20代女性
  • 30~50代女性
  • 60代~女性
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。