【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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【番外編】ヴィンセント・モロー⑤:沈黙の判決

 上官が無言で書類を手に取り、読み始めた。

 

 そして、ページをめくるごとに、表情が変わっていく。

 驚き。静かな焦り。信じられないものを見たような目。

 

 「……この座標……この数……こいつ、捕まってる間に……」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 

 そこに書かれていたのは、ただの現地情報ではなかった。

 潜伏ルート、敵の移動パターン、構造、指揮系統、村の地形図、

 そして、廃工場の地下に監禁されている人身売買の被害者たちの記録――

 

 

 後に、その一連の情報は「フィールド戦術教本・特殊索敵編」の一節として軍に記録されることになる。

 「一人の兵士が、命を賭して集めた知識が、人命を救った実例」として。

 後日、ジョージに支払われた多額の非公式な報奨金は、後にΩRM会社設立の大きな資金となる。

 しかし、この時のジョージは知る由も無かった。

 

 

 ジョージの字はさらに乱れ、文字というより、刻まれた“意志”のように読めた。

 

[ここに書いたのが全部だ。

 これで13人、助けられるなら。

 それで、少しは許されるなら。

 それだけでいい。

 

 あとは、任せる。

 もう書けない]

 

 そして、ページの端に、最後の力を出し切るように書かれた最後の一文。

 

[DO NOT TURN THEM INTO ME (※)]

 

 最後の一文字を書き終えたジョージの手が、ピクリと震えた。

 そのまま、握っていたペンがトンと地面に転がる。

 

 ヴィンセントが手を伸ばすより早く、ジョージの体はすうっと沈み、

 呼吸が穏やかに落ちていった。

 

 眠った。

 やっと、何も背負わずに、眠った。

 

 上官の手には、文字の詰まった数十枚の紙が、乾いた風にかすかに揺れていた。

 

 軍医が脈を取り、「大丈夫だ。意識は回復する」と短く告げる。

 それだけで、ヴィンセントの肩の力が抜けた。

 

 

 作戦は即日動き出した。

 現地に急行した特殊部隊が突入し、

 廃工場の地下で、子供たち13人が解放された。

 

 その中には、顔を上げる力もなかった幼い少女が1人、

 涙でぐちゃぐちゃになりながら、「ありがとう」とだけ呟いたという。

 

 だがその頃、

 ジョージはまだ、昏い眠りの中にいた。

 

 ヴィンセントは、その枕元に静かに座り、ため息のように呟いた。

 

「……前は目を逸らしたくせによ……

 今度は、命張ってまで助けに行くとか……

 ほんとに、お前……加減ってもんを知らねぇな」

 

 

 だが、その声には、もはや怒気も棘もなかった。

 ただ、ひどく優しい諦めと、深い誇りが滲んでいた。

 

 

 次の日も、ジョージは起きなかった。

 ただ、静かな呼吸が、胸を上下させている。

 点滴の管が揺れ、風がテントの布を優しく叩く。

 

 ヴィンセントはしばらくその様子を見ていたが、

 やがて肩をひとつ回して、重い空気を振り払うように言った。

 

「……おい、いい加減起きろよ。

 いつまで寝ている気だ。……給料泥棒も大概にしろっての」

 

 当然、返事はない。

 

「……ま、今だけは許してやる。

 でも起きたらな、まず風呂入れ。

 臭ぇぞ、マジで。

 あと髪も切れ。

 なんだそのボロ雑巾みたいな頭」

 

 ベッドに向かって一方的に言葉を投げつけながら、ヴィンセントの目尻は、ほんのわずかに緩んでいた。

 

 看護兵が横を通りかかり、ちらりと振り返る。

 ヴィンセントはバツが悪そうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

 

「……なに見てんだよ。

 こっちはただの世話焼きだ。別に心配してたわけじゃねぇ」

 

 そう言いながらも、彼はジョージの掛け布団をひょいと直した。

 起きたときすぐ飲めるように水のボトルを手の届く位置に置いてやった。

 

 そして立ち上がりかけたが、何かを思い出したように、もう一度ジョージの枕元に腰を下ろす。

 

「……あとな。

 今度また黙ってどっか行ったら、

 俺はてめぇのGPSに鈴でもつけてやるからな。猫かお前は」

 

 笑っているのか、怒っているのか、本人にもよく分からない。

 けれど、その声音には、確かにヴィンセントが戻ってきた気配があった。

 

 ジョージは眠ったままだったが――

 彼の耳に、どこか心地よさそうな安堵の吐息が、かすかに届いていた。

 

「これで目ぇ覚まして第一声が『腹減った』だったら……俺、キレるからな」

 

 冗談半分にそう吐き捨てて、その場から立ち去ろうとした、そのときだった。

 

 ――ごく、かすかに。

 

「……コーヒー」

 

 ヴィンセントの足が止まった。

 振り返る。

 ジョージの瞼はまだ閉じられたまま。だが、唇が、確かに動いた。

 

「……コーヒー……ちゃんとしたやつ……」

 

 かすれた声。

 半分夢の中の、無意識の呟き。

 

 ヴィンセントは一瞬、何かが胸の奥で溶けるような感覚を覚えた。

 そして、ゆっくりと鼻で笑う。

 

「おう。

 今度は……インスタントじゃねぇの、淹れてやるよ」

 

 それだけ言って、背中を向けた。

 足取りはいつもどおり、大きく、堂々としていた。

 

 

 

 






※ DO NOT TURN THEM INTO ME
  →子供たちを、俺と同じにはするな

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