【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
白色蛍光灯の光が、冷たくテーブルの表面をなめていた。
ジョージは椅子に座っていた。
背筋はまっすぐ、表情に乱れはない。
だが身体は嘘をつけない。
呼吸が浅い。速い。
膝に置いた両手が、わずかに震えている。
シャツの襟元には脂汗、額にも細かい水滴。
全身が痛みを訴えているにもかかわらず、顔だけが何も語らなかった。
ヴィンセントは医療用ケースを開き、薬剤をひとつずつ並べていく。
注射器。錠剤。アンプル。
全てが整然と置かれ、沈黙の下で意味を持ちはじめる。
ジョージはシャツの袖を無言でまくり上げた。
皮膚には古傷と新しい瘢痕が入り混じっていた。
ヴィンセントは低く言った。
「……まず、モダフェニル。覚醒維持だ。
30分後に効き始める。集中力は3〜4時間持続する。
中枢刺激、依存性は低い――が、脳の切り替わりに耐えろよ。
混濁と覚醒が一度に来る」
錠剤をひとつ、掌に落とす。
ジョージは水も使わず、そのまま喉奥へ送り込んだ。
「次。ケタニン。痛みと情動制御。
少量だ、幻覚は出ない。ただし、冷えるぞ。
世界がガラス越しに見えるようになる」
アンプルを割る音。
ヴィンセントは無駄のない手つきで薬液を吸い上げ、
ジョージの腕に針を刺した。
針は深く正確に入った。押し込まれた薬が筋肉を染めていく。
ジョージの肩がわずかに揺れたが、声は出さなかった。
「デキサメタゾン。
脳圧、炎症、その他もろもろを一時的に抑える。
今のお前、放っときゃ途中で倒れる」
もう1本。
太腿への筋肉注射。
ヴィンセントの動きにためらいはなかった。
ジョージの身体はそれを受け入れるように、ただ沈黙していた。
すべての薬剤が処理されたテーブルに、静けさが落ちる。
ヴィンセントは視線だけで問いかけた。
――行けるか?
ジョージが微かにうなずきかけた、そのとき。
「……あとひとつ、頼む。
フィンタニル・ロリポップ」
数秒、時間が止まった。
ヴィンセントはジョージを見つめたまま動かなかった。
まばたきも忘れたように。
声が落ちる。低く、重く。
「……ああ?」
怒気が滲んでいた。静かに、しかし確実に。
ジョージは視線を逸らさなかった。
「PMC経由でくすねたやつ、まだストレージに残ってるはずだ。
軍用のロット。……知ってる」
ヴィンセントの目が細くなった。
数秒、沈黙の硬直。
やがて吐き出すように言った。
「……お前、勝手に俺の倉庫を漁ったのか」
「いや。
“そういうものを隠し持ってる”と踏んだだけだ。
合ってたろ」
「フィンタニルが何か、分かってんのか。
アレはな……終わる直前に舐める、“戦場の飴”だ。
生きてるうちに使うもんじゃねぇんだよ」
ジョージは静かに首を振る。
「……ふざけてない。分かってる。
だが、今の俺には必要だ。
“これが最後じゃない”と断言できない以上、持っていたい」
その言葉で、ヴィンセントは立ち上がった。
椅子が床を蹴る音が、部屋に刺さる。
「お前なあ……!」
拳が固まる。
怒鳴ろうとした声が途中で詰まる。
怒りの核にあるのは、恐れだった。
弟のような相棒が、もう帰ってこないところに向かっていると、知っているからだった。
ジョージは目を逸らさず、短く言った。
「……頼む」
その一言に、ヴィンセントはようやく拳を解いた。
肩の力が、重力に引かれる。
しばらく、沈黙が流れた。
そして彼は、ポーチの奥から小さな透明ケースを取り出す。
中には、紫のスティックが1本。
それをテーブルの上に置く。
渡しはしない。音だけが、沈んだ。
「……舐めるなら、車に乗ってからにしろ。
ここで使ったら、その場でぶん殴る。分かったな」
ジョージは頷いた。
そのスティックを、静かに左胸の内ポケットへしまう。
まるで、何かを封じるように。
言葉はなかった。
ヴィンセントは、黙ってひとつのものをテーブルに置いた。
タバコと、ライター。
ジョージはそれを見た。
一瞥だけ。
だが、手は伸ばさなかった。
ヴィンセントは目を閉じた。
脳裏に、あのやりとりが蘇る。
――「まさかタバコ吸っちゃいねぇだろうな」
『なぜだ』
――「今、ジッポの音がしたぞ。もし本当に――」
『バカ言え、吸っちゃいない。今回の依頼では、一切吸わないって決めている』
タバコの箱は、そのまま残された。
封も開いていない。
ライターも、火をつける相手を待ったままだった。
そしてその場には、ただ静けさだけが残った。
薬の効能と沈黙の中で、時間だけがゆっくりと溶けていった。
ふたりの間に交わされた最後のやりとりは、
それでも、言葉ではなかった。
それは、“分かってる”という沈黙だった。
そして、“戻ってこい”という願いだった。
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