【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
車内は、沈んでいた。
深く、重く。
白のサバーバンが夜の街を切り裂いて走る。
フロントガラスに映る光が、揺れもなく滑っていく。
助手席のジョージは窓の外を見たまま、ひと言も発さない。
ヴィンセントの指が、ステアリングの表面をゆっくりとなぞっていた。
スマホを閉じる。
深く息を吸い、吐く。
そしてダッシュボードに放るように投げ出した。
「……お前、マジで頭おかしいだろ」
声は低い。だが火がくすぶっていた。
ジョージは変わらぬ表情で応じる。
「合理的な判断だ」
「どこがだよ!!」
ヴィンセントの手がハンドルを叩いた。
怒りと呆れ、そして焦りが同時に噴き出す。
「契約解除? ふざけんな。
そんなもんで、お前を切り離せるとでも思ってんのか?」
ジョージが視線をこちらに向けた。
目に宿るのは静かな覚悟。揺れはなかった。
ヴィンセントは鼻で笑い、乾いた声を漏らす。
「……なるほどな。言いたいことは分かったよ」
ギアを踏み直す。車が再び滑り出す。
街灯の明かりがボンネットをかすめていく。
「つまり、お前の中じゃ“ΩRMを巻き込まない”って判断なんだろ。
正義感か責任感か知らねぇけどさ」
ジョージは頷く。
「そうだ。……もし俺が何かを吹き飛ばしても、
“契約は切れてる”。表向き、ΩRMには責任は及ばない」
「……だったら最初から俺を呼ぶなよ」
ヴィンセントの声が低く割れた。怒りと、哀しみが混じる。
「俺たちは“仕事”で動いてんじゃねぇんだよ。
契約解除? 他人? そんなもんで割り切れる関係だと思ってんのか」
「それでも……これは俺個人の判断だ」
「個人?」
ヴィンセントが鼻で笑う。乾いた、皮肉な笑いだった。
「ハッ! お前に“個人の判断”なんて概念があったとはな。
驚きだよ」
ちらりと横目で睨む。
「でもな、教えてやる。契約解除しても――ΩRMはお前を切れねぇ」
ジョージがひとつ、瞬きをしただけ。
それでも声は崩れない。
「契約上は、切れている」
「だから契約じゃねぇって言ってんだろうが!!!!!」
怒声が車内を叩いた。
抑えていた感情が、ついに噴き出した。
「俺はお前の書類にサインしてねぇし、今後もしねぇ!
てめぇが一方的に解除しても、俺の中じゃ“無効”だ!」
「……それは、法的には無効にならない」
「知るか!! 法なんざクソくらえだ!!!」
ハンドルが再び拳で叩かれた。
「法だの契約だの、そんなもんで全部終わると思ってんのか?!
今お前をこの車に乗せてんのは、俺だ!!
命張ってんのも、俺なんだよ!!!
契約解除でチャラになると思うな!!」
ジョージは言い返さなかった。
ただ、その怒りを真正面から見つめていた。
ヴィンセントは荒い呼吸を整えながら、吐き捨てた。
「……お前が“死ぬ前提”で話してるのが気に食わねぇんだよ」
「……俺が死んでも、お前たちの責任はない」
「お前なぁ……」
拳が握られ、そして静かに開かれた。
ヴィンセントは一度、深く息を吐いた。
「それしか……責任の取り方を知らねぇのかよ、お前は」
沈黙。
ジョージは答えない。
「お前が死んだら、
それこそ俺たちの責任だっつってんだろ」
「だが、契約上――」
「だから!! 契約上の話じゃねぇっつってんだろがよォ!!!!」
ブレーキが踏まれた。
サバーバンが路肩に寄る。
ゴォン、と車体が静かに揺れた。
ヴィンセントはジョージを睨む。
肩が上下し、声が震える。
「お前の“合理性”ってのはな、
現実も、気持ちも、人との距離感も、全部無視してんだよ!!!
だからズレてんだよ、ずっと!!」
ジョージは黙っていた。
その沈黙は否定ではなかった。
ヴィンセントは、顔を逸らす。
しばらく、沈黙が続く。
やがて、小さく呟くように言った。
「……いいさ。好きにしろ。
契約解除でも何でもやれ」
車が再び動き出す。
ヴィンセントはスマホを取り出し、ロックを解除。
ジョージの前に差し出した。
「ただし――お前が生きて帰ってきたら、もう一度契約の話をしてやる」
ジョージがスマホを見た。
ほんの一瞬だけ、表情が揺れた。
微かに、口元が動く。
「……分かった」
ヴィンセントは舌打ちした。
「Putain de merde.」
罵りの裏に、祈りが滲んでいた。
言葉にはまだ怒りの熱が残っていたが――
その奥にあるのは、拭えない願いだった。
ハンドルを握る手が、強く締まる。
顎を引き、前を睨む。
だがその目の奥には、熱があった。
瞬きすらしなかった。
見せてはならない。
弟のような相棒に、あの男にだけは――絶対に。
――生きて帰ってこい、ジョージ。
それだけが、ヴィンセントの胸に渦を巻いていた。
白のサバーバンは、夜の闇を貫いて走っていた。
遠ざかる街の灯が、ひとつ、またひとつ、背後に溶けていった。
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