【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
USBを解析していた男が、小さく顎を引いた。
顔色が変わる。わずかに唇が開く。
低く、抑えた声がマリチェンコの耳元に落ちた。
「……横流しの記録、複数あります。
輸送ログと裏口座、すべて一致。
完全に……クロです」
その言葉に、マリチェンコの目が細められた。
が、表情は変えない。
ただ、顎をわずかに動かした。
即座に、男たちが動いた。
黒いスーツの2人が、キングスリーの左右に滑り込むように近づく。
彼は一瞬の遅れで気づき、椅子を軋ませて立ち上がった。
「待て! 誤解だ、俺はそんな――っ」
言葉の続きは、腕を取られる音にかき消された。
もう片方の男が肩を極め、肘関節を逆に撓らせる。
「やめろ! マリチェンコ! 俺はお前に忠誠を――!」
声が途切れた。
口元に白い布。
力づくで膝を折らされ、額を床に押しつけられる。
拘束されたキングスリーは、目を見開いたまま、足をばたつかせた。
汗が噴き出す。
髪が額に貼りつき、スーツの背はじっとりと濡れていた。
だが、誰1人、彼の呻きを拾わなかった。
マリチェンコは時計を見るように手首をちらりと確認し――
指をひとつ、鳴らした。
銃声。
乾いた音。反響すらない。
キングスリーの体が短く痙攣し、床に崩れ落ちた。
赤い液体がカーペットにじわりと広がる。
だが、思ったよりも血は少なかった。
騒ぎもない。動揺もない。
ただ“処理”が始まっていただけだった。
誰も言葉を発しない。
ジョージも動かない。
スイッチを握った左手に、力がこもっている気配はなかった。
ただ、指はまだその位置に残っていた。
部屋に、ようやく空調の低い唸りが戻ってくる。
マリチェンコは静かに顔を上げた。
そのまま、ジョージを見据える。
敵でも、味方でもない。
同類にだけ向ける、鈍く研がれた眼差しだった。
「……お前を見てると、昔じいさんから聞いた神風特攻隊を思い出す」
静かな声だった。
言葉というより、遠い記憶の残響のように響く。
「片道燃料で飛んでって……標的にぶつかって死ぬ。
“生きて帰る”って選択肢が、最初からない。
お前からは、それに似た匂いがする」
ジョージは何も返さなかった。
呼吸が浅くなる。
口の中に、乾いた血の味。
奥歯の裏に金属をなめたような苦味が残る。
視界がじわじわ滲み、重力が身体の芯を引きずり下ろす。
――そのときだった。
まぶたの裏で、五歳の“誠”がふと、顔を上げた。
◇
夕暮れの縁側。
風鈴が、湿った風にかすかに揺れていた。
祖父は背筋を伸ばしたまま、黙って空を見ていた。
誠は隣に座り、アイスを舐めながら、祖父の手をじっと見つめていた。
節の浮いた指。土に染まった爪。
まるで、山に埋まる根のような、揺るぎのない手だった。
「ひいおじいちゃん……ほんとに、かえってこなかったの?」
まだ“死”を知らなかった少年の声。
「……かえりたくなかったの?」
祖父は少しだけ間を置いてから、短く答えた。
「帰りたかったさ。……だが、帰れなかった」
それきり、沈黙。
風鈴だけが、音をつないでいた。
◇
ジョージは、わずかに目を細めた。
「違う」
その声に、迷いはなかった。
「命令でここに来たんじゃない。
俺の意思で来た。
そして――俺の意思で帰る」
その言葉に宿る熱は、怒りではなかった。
自らを矢として放つ、射手のような静かな確信だった。
マリチェンコはふっと笑った。
それは皮肉ではなく、“理解”の揺らぎだった。
「……なら、“帰り道”は通してやるよ。
お前のその足でな」
ジョージはゆっくりと左手を下ろした。
指に巻かれたラップ越しのスイッチは、まだ外さない。
だが、握っていた力はすでに抜けていた。
腹部に染みつく痛みが、体温を削っていく。
だが、表情は変わらなかった。
右手を自然に下ろす。
肩にかけたサブマシンガンのストラップを微調整し、
銃身を腰の脇に流すように捌く。
その視線の先――テーブルの上に、未開封のタバコと簡易ライター。
ジョージは、無言のままそれらをつまんだ。
ポケットに滑らせる動きは、まるで元から自分の所有物であるかのような自然さだった。
誰も、それに触れようとしなかった。
静かに踵を返す。
処刑が終わった空間を、音も残さず後にする。
ただ一人、何も背負わせず、何も奪わせず。
夜の外気へと、足を踏み出していった。
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