【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
「なぁ、ヤニ……吸っていいか?」
「やめろやめろ、これは禁煙者だ。あ!」
ヴィンセントが手を伸ばすより早く、ジョージは軽く身をひねってタバコに火をつけた。
そのまま、唇に咥えたまま、こちらをちらと見る。
挑発するような目だった。
そして、大きく吸い込む。
ヴィンセントは舌打ちし、全席の窓を一斉に開けた。
「せめて自分の窓ぐらい自分で開けやがれ、このバカ」
助手席に体を沈め、ドアにもたれるように座ったジョージは、珍しく上機嫌だった。
風が吹き込んでくる。
その風に、火のついたタバコと、彼の無防備な笑みが揺れていた。
まるで、少年のようだった。
――こんな顔、見たことがあっただろうか。
ヴィンセントは思った。
その笑みは、静かな達成感と多幸感に満ちていた。
通り過ぎる街の灯りを、ぼんやりと眺めていた。
「お前をそこまで突き動かすものは何だ?」
「何が?」
「……普通なら、あそこで死ぬだろ」
ヴィンセントは前を向いたまま、声を低くした。
「いやマジで。俺、崖の下から、這い上がってきたって聞いた時、俺は本気で引いたよ。
崖の下から這い上がってくるとか、なんのホラー映画だよ!
お前、ゾンビか?何回倒れても立ち上がりやがって……
もう執念とか超えてて、若干気持ち悪いんだよ、ほんと!!」
ヴィンセントは抑えられない怒りを、ハンドルにぶつけた。乱暴に叩いた。
だんだんとヴィンセントの怒りのボルテージは上がり、声は大きく早口になっていった。
「――お前なぁっ!!
依頼人のためなら命なんかどうでもいいって顔して突っ込んで!
そのくせタバコはやめられねぇ!
お前、それ破滅願望って言うんだよ!
全部ズタズタのくせに、何食わねぇ顔してんじゃねぇよ!!
なんでそこまでして自分を傷めつけんだ!?
なんでそこまでして生き残んだよ!?
死にたいのか!? 生きたいのか!?
どっちだよ、はっきりしろ!!」
右手拳でセンターコンソールを殴る。
ジョージは笑っていた。タバコの煙と一緒に、息を吐くように。
「お前、マジで頭おかしいよ……
……まさかとは思うが、てめぇ……!
痛い目見てると生きてる実感でも湧くってか!?
お前の壮大なSMプレイに、俺は何年付き合わされてんだよ!!
……いい加減にしろよ、ジョージ!!」
ジョージは声を上げて笑った。
いつもの乾いた笑いではなかった。
どこか無邪気で、どこか子供のような――咳き込むまで笑った。
そして、ヴィンセントを見た。
「……ふざけんなよ」
声が少し、落ち着いていた。
「なぁ、教えてくれよ。
この先また同じ状況になった時、俺はどうすりゃいい?
戦友としても、雇い主としても――
お前が何を考えて、何を選ぶのか、分かってなきゃ守れねぇだろ。
……何なんだよ、お前を突き動かしてるモンは。
教えてくれよ……頼むからさ……」
しばらくの沈黙があった。
ジョージは、小さく笑った。
子供のような声で、明るく、それでいて皮肉めいた調子で言った。
「別に意味なんかねぇよ……ただ……」
軽く笑った。
「生きてるうちは……生きるしか、ねぇだろ」
「ふざけんな、理由がねぇわけがねぇだろ!」
ヴィンセントが噛みつくように言ったが、ジョージはもう答えなかった。
沈黙が、車内を満たしていく。
「……おい。黙るなよ。答えろ、ジョージ」
ヴィンセントが横を見る。
ジョージは眠っていた。
とても穏やかな顔だった。
唇の端には、フィルターの近くまで吸われたタバコがかかっていた。
火は消えかけていた。
「……タバコの始末ぐらい、自分でしろよ」
そう言いかけた瞬間、ヴィンセントは表情を変えた。
急ブレーキを踏む。
背後からクラクションが響くが、構わなかった。
「……ジョージ。ジョージ!
おい! ジョージ!!」
頬を叩いた。名を呼んだ。
反応は、なかった。
さっきの笑顔が、脳裏をかすめた。
無邪気で、どこか遠くを見ていたような――あの表情。
喜びじゃない。何かがおかしかった。
ヴィンセントの喉が鳴る。
呼吸が一瞬止まった。
あれは、“最期”の顔だ。
戦場で見たことがある。
命が尽きる直前にだけ現れる、静かな光。
ヴィンセントの顔が歪んだ。
「バカが……」
アクセルを踏み込んだ。
タイヤが鳴いた。
「死ぬなよ、ジョージ」
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