【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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109:笑い

「なぁ、ヤニ……吸っていいか?」

「やめろやめろ、これは禁煙者だ。あ!」

 

 ヴィンセントが手を伸ばすより早く、ジョージは軽く身をひねってタバコに火をつけた。

 そのまま、唇に咥えたまま、こちらをちらと見る。

 挑発するような目だった。

 そして、大きく吸い込む。

 

 ヴィンセントは舌打ちし、全席の窓を一斉に開けた。

 

「せめて自分の窓ぐらい自分で開けやがれ、このバカ」

 

 助手席に体を沈め、ドアにもたれるように座ったジョージは、珍しく上機嫌だった。

 風が吹き込んでくる。

 その風に、火のついたタバコと、彼の無防備な笑みが揺れていた。

 

 まるで、少年のようだった。

 

 ――こんな顔、見たことがあっただろうか。

 ヴィンセントは思った。

 その笑みは、静かな達成感と多幸感に満ちていた。

 

 通り過ぎる街の灯りを、ぼんやりと眺めていた。

 

「お前をそこまで突き動かすものは何だ?」

 

「何が?」

 

「……普通なら、あそこで死ぬだろ」

 

 ヴィンセントは前を向いたまま、声を低くした。

 

「いやマジで。俺、崖の下から、這い上がってきたって聞いた時、俺は本気で引いたよ。

 崖の下から這い上がってくるとか、なんのホラー映画だよ!

 お前、ゾンビか?何回倒れても立ち上がりやがって……

 もう執念とか超えてて、若干気持ち悪いんだよ、ほんと!!」

 

 ヴィンセントは抑えられない怒りを、ハンドルにぶつけた。乱暴に叩いた。

 

 だんだんとヴィンセントの怒りのボルテージは上がり、声は大きく早口になっていった。

 

「――お前なぁっ!!

 依頼人のためなら命なんかどうでもいいって顔して突っ込んで!

 そのくせタバコはやめられねぇ!

 お前、それ破滅願望って言うんだよ!

 全部ズタズタのくせに、何食わねぇ顔してんじゃねぇよ!!

 

 なんでそこまでして自分を傷めつけんだ!?

 なんでそこまでして生き残んだよ!?

 死にたいのか!? 生きたいのか!?

 どっちだよ、はっきりしろ!!」

 

 右手拳でセンターコンソールを殴る。

 ジョージは笑っていた。タバコの煙と一緒に、息を吐くように。

 

「お前、マジで頭おかしいよ……

 ……まさかとは思うが、てめぇ……!

 痛い目見てると生きてる実感でも湧くってか!?

 お前の壮大なSMプレイに、俺は何年付き合わされてんだよ!!

 ……いい加減にしろよ、ジョージ!!」

 

 ジョージは声を上げて笑った。

 いつもの乾いた笑いではなかった。

 どこか無邪気で、どこか子供のような――咳き込むまで笑った。

 

 そして、ヴィンセントを見た。

 

「……ふざけんなよ」

 

 声が少し、落ち着いていた。

 

「なぁ、教えてくれよ。

 この先また同じ状況になった時、俺はどうすりゃいい?

 戦友としても、雇い主としても――

 お前が何を考えて、何を選ぶのか、分かってなきゃ守れねぇだろ。

 

 ……何なんだよ、お前を突き動かしてるモンは。

 教えてくれよ……頼むからさ……」

 

 しばらくの沈黙があった。

 

 ジョージは、小さく笑った。

 子供のような声で、明るく、それでいて皮肉めいた調子で言った。

 

「別に意味なんかねぇよ……ただ……」

 

 軽く笑った。

 

「生きてるうちは……生きるしか、ねぇだろ」

 

「ふざけんな、理由がねぇわけがねぇだろ!」

 

 ヴィンセントが噛みつくように言ったが、ジョージはもう答えなかった。

 

 沈黙が、車内を満たしていく。

 

「……おい。黙るなよ。答えろ、ジョージ」

 

 ヴィンセントが横を見る。

 

 ジョージは眠っていた。

 とても穏やかな顔だった。

 唇の端には、フィルターの近くまで吸われたタバコがかかっていた。

 

 火は消えかけていた。

 

「……タバコの始末ぐらい、自分でしろよ」

 

 そう言いかけた瞬間、ヴィンセントは表情を変えた。

 急ブレーキを踏む。

 背後からクラクションが響くが、構わなかった。

 

「……ジョージ。ジョージ!

 おい! ジョージ!!」

 

 頬を叩いた。名を呼んだ。

 反応は、なかった。

 

 さっきの笑顔が、脳裏をかすめた。

 無邪気で、どこか遠くを見ていたような――あの表情。

 喜びじゃない。何かがおかしかった。

 

 ヴィンセントの喉が鳴る。

 呼吸が一瞬止まった。

 

 あれは、“最期”の顔だ。

 

 戦場で見たことがある。

 命が尽きる直前にだけ現れる、静かな光。

 

 ヴィンセントの顔が歪んだ。

 

「バカが……」

 

 アクセルを踏み込んだ。

 タイヤが鳴いた。

 

「死ぬなよ、ジョージ」

 

 

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