【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
深夜。
家の中が静まり返る。
ジョージはその静寂の中で、自分の時間に移ることにした。
台所の奥にあるガレージドアを開ける。
暗闇が広がり、ほんのりと油の匂いが鼻をかすめた。
壁際には工具箱と棚。
ナンシーが使わなくなった雑貨が並んでいる。
天井の蛍光灯を点ける。
冷たい青白い光がガレージ内を照らした。
ローグの横に置かれた小さな折り畳み椅子に腰を下ろし、ジョージは静かに息を吐いた。
夜は冷えているが、それがちょうどいい。
ゆっくりと背中に手を回す。
ホルスターからHK P30SKを抜く。
次に、胸元のホルスターからタクティカルナイフを取り出した。
ジョージは、無言のままそれらを木製の作業台に並べ、静かに見下ろしていた。
◇
――10年前。ジョージ・ウガジン新兵時代。
訓練場には、乾いた砂が舞い上がる。標的までの距離は50メートル。
新兵たちが息を殺し、次々と引き金を引いていく。
規則正しく響く銃声。
撃つたびに「ターゲット、ヒット!」の声が飛ぶ。
だが——
「ターゲット、ミス!」
ジョージの射撃だけが、ことごとく外れていた。
スコープ越しにターゲットを確認していた教官の軍曹が、露骨に眉をひそめる。
銃のボルトを引きながら、ジョージは表情を変えない。
「おい、ウガジン……お前、ちゃんと撃ったか?」
「撃ちました」
「いや、どこにも当たってねぇんだけど?」
横にいた兵士の一人が、こらえきれずに咳払いで誤魔化す。
50メートルのターゲットをことごとく外す新兵なんて、ほぼ都市伝説レベルだった。
軍曹が、ジョージの背後にズカズカと歩み寄る。
「……なぁ、お前の弾、どこ行った?」
「……たぶん外れました」
「フザけんな!!」
怒声が訓練場に響く。
ジョージは特に動じず、ただ銃を整える。
兵士たちがヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「なぁ、こいつマジでどこ狙ってんの?」
「弾、別の次元に飛んでったんじゃね?」
「いや、ひょっとして警告射撃のつもりだったのか?」
軍曹は深いため息をつき、額を押さえた。
「お前は日本人か? アメリカ人か?」
「……アメリカ人です」
「なら何でこんなに射撃が下手なんだ!?
お前の家、銃禁止のヒッピー族か!?」
「いいえ」
軍曹の苛立ちが加速する。
「お前の問題点をまとめてやる! 聞け!
呼吸のタイミングがクソ!
トリガーの引き方がクソ!
構え方がクソ!
狙い方もクソ!
つまり、お前の射撃は——」
ジョージは無表情のまま補足した。
「……クソ?」
「そうだ!!!」
訓練場のあちこちで、必死に笑いをこらえる兵士たちの肩が震える。
軍曹は拳を握りしめ、ジョージの肩をがっしり掴んだ。
「いいか、お前みたいなのは初めてだ……
イチから叩き込んでやる!!」
「お願いします」
「ありがたく思え、クソ新兵!!」
軍曹は屈み込み、ジョージの肩をガッと掴んだ。
「まず構えろ!!
肩のラインをターゲットにまっすぐ合わせる!!
クソが、何だそのフォームは!?
俺の祖母でももっとマシな構えをするぞ!!」
「祖母さんも、軍人でしたか?」
「黙れ!!!」
誰かが大笑いし、膝をついて崩れた。
軍曹が、苛立たしげにジョージのライフルを正しく構え直させる。
「いいか……息を整えろ……
トリガーは引くんじゃなく、押し込むように……」
ジョージは指示通りに呼吸を整え、トリガーを引く。
乾いた音が一発。
「……ターゲット、ヒット!」
軍曹が腕を組み、深く息を吐く。
「ったく……お前、なんでこんなに不器用なんだ?」
ジョージは無言のまま立ち上がり、ズボンに着いた砂埃を払った。
「僕、近接戦の方が得意でして」
「はぁ?」
軍曹が目を細める。
「距離を詰めた方が、確実に仕留められるので」
ジョージの声は淡々としている。
だが、その発言を聞いた瞬間、兵士たちの表情が変わった。
「……え?」
「え、なに? こいつ距離詰めるのが好きなの?」
「ちょっと待って、それって……」
軍曹の顔に、一瞬だけ 「マジで理解不能」 という表情が浮かんだ。
「……お前、もしかして……
銃撃つより、ナイフのが好きとか言わねぇよな?」
「好きか嫌いかで言えば……
そっちの方が慣れてます」
軍曹は絶句した。
訓練場が、不自然な静寂に包まれる。
軍曹はしばらく沈黙し、ジョージの顔をじっと睨みつけた。
そして、ゆっくりと腕を組み、口元を歪めた。
「……面白ぇ」
ジョージは軽く眉を上げた。
軍曹は口を閉じたまま、数秒間ジョージを睨んだ。
空気が張り詰める。
「……今、ここで、接近戦が得意って証明してみろ」
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