【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
「……今ここで、接近戦が得意って証明してみろ」
訓練場の空気が変わった。
射撃訓練をしていた兵士たちが、一斉にこちらを振り向く。
「軍曹、それマジっすか?」
「また始まったぞ……新兵がボコられるやつだ」
「接近戦で軍曹に勝てた奴、まだ誰もいないよな」
兵士たちはヒソヒソと話しながらも、興味津々な様子で周囲を囲み始めた。
「ルールは簡単だ」
軍曹はジョージの前に歩み寄り、ベルトからゴム製のナイフを抜いた。
「お前が俺に一本取れたら、お前の言い分を認めてやる。
俺が勝ったら、お前は今後一切、口答えせず射撃訓練に集中しろ」
ジョージはそのルールを聞いても、何の感情も示さなかった。
ただ、淡々とゴムナイフを受け取る。
「どちらかが完全に制圧するか、俺が終わりと判断したら終了だ。いいな?」
「了解しました」
ジョージが短く答えた瞬間、軍曹が仕掛けた。
素早い踏み込みから、鋭いナイフの突き。
新兵ならまず反応できないはずだったが——
「……お?」
軍曹の攻撃は、紙一重でジョージに避けられた。
ジョージは無駄な動きを一切せず、上半身だけをわずかにひねって刃を回避する。
そして、そのまま軍曹の腕を掴み、流れるように体を入れ替えた。
「……ほぉ」
軍曹の目がわずかに細められる。
しかし、すぐさま態勢を立て直し、ジョージの肘を押し返すようにして距離を取る。
(反応が速い……だが、まだ新兵の動きだ)
軍曹はそう判断し、次の一撃に移った。
低い姿勢からのフェイント。
ナイフを左に振ると見せかけて、素早く右のボディーブロー。
普通の新兵なら、これで動きを止められる。
——だが、ジョージは動かなかった。
むしろ、目を輝かせていた。
軍曹の拳が迫る。
その瞬間、ジョージの表情がふっとわずかに緩んだ。
一泊、軍曹の視界が揺れる。
ジョージはその隙に躊躇なく踏み込んだ。
腕を取り、力の流れを崩す。
重心を奪った。
「お、おぉっ!?」「マジか!」
周囲の兵士たちがざわつく。
軍曹の巨体が地面に倒れる。
その直前、ジョージは腕を捻った。
ラバーナイフの切っ先が喉に。
ピタリと止まる動き。
「……」
軍曹は仰向けになりながら、ジョージの表情をじっと見つめた。
息一つ乱さず、冷静に軍曹を見下ろしている。
……いや、よく見れば、少し口角が上がっている。
「……楽しいか?」
軍曹が低い声で問うと、ジョージは僅かに肩をすくめた。
「……まあ、嫌いじゃないですね」
軍曹は呆れたように短く息を吐いた。
「クソが……お前、マジで新兵か?」
「はい」
「……」
周囲の声が響く。
「やべぇな、チビのくせに……」
「いや、あのサイズだから逆に動きが読めねぇんだよ」
「しかも左利きだろ。タイミングずらされるんだ、あれ」
「芯がブレねぇんだよな……あんな細身でよ……」
軍曹はジョージをにらみつけた。
諦めたように大きく息を吐き、ゴムナイフを地面に叩きつけた。
そのまま頭を抱えた。
「……クソ、ヤバいのがきちまったな……」
ヒソヒソ声が聞こえてくる。
「マジで新兵か? こいつ……」
「近接戦が楽しい? え、そういう人いるんだ……」
「……どこの時代から来たんだよ、あいつ」
軍曹は大きくため息をつき、ジョージの胸倉を掴んだ。
「いいかウガジン……近接戦が得意なのは、もう分かった」
「……」
「でもな、それとこれは別問題だ」
「……はあ」
軍曹は額を押さえ、ひと呼吸ついてから叫んだ。
「お前は今日から、射撃訓練百発追加だ!
毎日だ! 日課にしろ! 飯より先に撃て!!」
ジョージは微動だにせず、ただ短く答えた。
「了解しました」
その一言で、軍曹のこめかみがピクリと動いた。
「……お前なぁ……“了解しました”って言えば全部済むと思ってんのか!?」
「……いえ」
「じゃあ何か言え!!」
「…………感謝、してます?」
兵士たちが肩を震わせ、誰かが吹いた。
「……クソがぁああああッ!!」
ヴィンセントはそのやり取りを遠目に見ていた。
唇と肩を小刻みに揺らしていた。
「……面白ぇ奴が入ってきたな」
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