【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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021:お前、何者なんだ?

 

 食堂の喧騒は、ジョージにとって遠くで響く雑音に過ぎなかった。

 金属製のトレイに乗せられた食事――ミートローフ、マッシュポテト、缶詰の豆――を淡々と口に運ぶ。

 

 通路側の端。

 左利きの肘が誰にもぶつからない場所。

 それが、いつの間にか“落ち着く場所”になっていた。

 味気ないが、別に味わおうとも思わない。

 ただ、エネルギーを補給するための行為。

 

 誰も寄り付かない場所。

 それがジョージにはちょうどよかった。

 だが、今日は違った。

 周囲のざわめきの中に、確実に自分の名前が混じっていた。

 それも、ひそひそとした囁きではなく、明らかに話題の中心になっている。

 

「あのちっこい新兵、軍曹をのしたらしい」

「マジかよ? あのバーンズ軍曹をか?」

「なんか柔道っぽい動きだったってよ」

 

 聞こうとしなくても、耳に入ってくる。

 ジョージは気にする素振りも見せず、黙々と食事を続ける。

 スプーンを口に運んだその時、目の前に影が落ちた。

 

 ジョージは視線を上げる。

 

 そこにいたのは、大柄な黒人の男だった。

 190センチ前後だろう。

 

 

 ジョージの脳内で、警告音が鳴った。

 本能的に背筋が強張り、皮膚の奥がざわつく。

 圧倒的な体格。影が落ちるだけで、全身が反射的にこわばった。

 喉が引きつりそうになるのを、無理やり飲み込む。

 息を吐くふりをしながら、どうにか表情を崩さないようにした。

 

 食堂の蛍光灯が、彼の肌をほんのり照らしている。

 

 アフリカ系としてはやや明るめの褐色。

 南部の陽射しを受けて熟れた土のような色合いだった。

 

 瞳は黒に近いが、光の角度によってかすかにヘーゼルの混じる色がのぞき、目元の印象を柔らげていた。

 

 軍服の上からでもわかる分厚い胸板と、無駄のない筋肉の流れ。

 ただ、その体格に見合わぬほど、彼の動きにはゆとりと余裕があった。

 周囲の兵士たちがざわめく中、彼は食堂の空気に流されることなく、自分のリズムだけでそこに“いた”。

 

 他の兵士たちと違い、彼は驚いた様子もなく――ただ、興味深そうにジョージを見ていた。

 

「俺はヴィンセント・モロー」

 

 ヴィンセントという男はお構いなく続ける。

 

「今日のアレ、見てたぞ。

 すげぇな、新兵ジョージ・ウガジン」

 

 ジョージは軽く眉を動かしたが、それ以上の反応は見せなかった。

 

「……どこで俺の名前を?」

「そりゃ聞いたさ。面白い奴の名前くらい、な」

 

 ヴィンセントはそう言うと、迷いなくジョージの向かいに腰を下ろした。

 トレイには、大量の食事。肉もポテトも、ジョージの3倍はある量だった。

 

 ヴィンセントは、ジョージを見つめながら、ゆっくりと肉を頬張った。

 そして、ジョージの小さな食事量を見て、眉をひそめる。

 

「おいおい、なんだその量。お前、鳥のエサか?」

 

 ジョージはスプーンを止めたが、特に反応せずに答えた。

 

「食べる量は足りてます」

「嘘つけ。そんなもんで足りるわけねぇだろ」

 

 ヴィンセントは豪快にポテトをかき込みながら、楽しそうに笑った。

 

「もしかして、味が気に入らねぇ?」

「……食に興味がないだけです」

 

 ジョージの淡々とした返答に、ヴィンセントは目を丸くする。

 

「おいおい、軍にいる限り、メシは唯一の楽しみだぞ?」

「そうですか」

 

 ジョージはまたスプーンを口に運ぶ。

 ヴィンセントは目を細めた。

 

「つまんねぇ奴だな」

「よく言われます」

 

 即答するジョージ。

 その反応に、ヴィンセントはますます面白そうな顔をした。

 

「なぁジョージ、お前さ……何者なんだ?」

 

 ジョージはスプーンを置き、無表情のままヴィンセントを見つめた。

 

「何者……?」

「そうだ。お前、ちっこい新兵なのに、やることがいちいちズレてんだよ」

「ズレてますかね」

「ズレてるな」

 

 ヴィンセントは笑いながら、水を飲んだ。

 

「射撃はクソ、だけどチビのくせに近接戦は軍曹を転がすレベル。

 しかも、メシはほとんど食わねぇし、話してても感情が読めねぇ」

 

 ヴィンセントはジョージをじっと見つめた。

 

「俺の知ってる新兵とは、ぜんっぜん違うな」

 

 ジョージは少しだけ目を細める。

 

「あなたは?」

「ん?」

「あなたは……普通の新兵ですか?」

 

 ジョージの問いに、ヴィンセントは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。

 

「俺か?  俺は普通の軍人だよ。

 ——ただ、普通じゃない奴を見分ける目は持ってる」

 

 ジョージは無言で視線を下げ、水を一口飲む。

 ヴィンセントは、ジョージの微細な仕草を見逃さなかった。

 

「お前、過去に何があった?」

「……」

「いや、言いたくないならいい。

 別に深掘りするつもりはねぇ」

 

 ヴィンセントは大きく伸びをした。

 

「ただな——」

 

 ジョージが視線を戻す。

 

「お前、なんか抱えてるよな?」

 

 ヴィンセントの声は、どこか確信を持っていた。

 ジョージは少しだけ、表情を引き締めた。

 

「……それは、関係ありますか?」

 

 ヴィンセントは肩をすくめた。

 

「ないな。ただ、俺は面白い奴が好きなだけだ」

 

 その言葉を聞いて、ジョージは再びスプーンを動かす。

 

「……変な人ですね」

「よく言われる」

 

 ヴィンセントはケラケラと笑い、トレイの肉をまた一口頬張った。

 

「まあ、お前みたいな変わり者が軍にいるのも悪くねぇ」

 

 ヴィンセントは少し目を細め、満足そうに笑った。

 ジョージは呟くように言った。

 

「命に、所有感がないんです。

 生きてるというより、“生かされてる”感じが強い。

 だからせめて、使い道ぐらいは自分で決めたいと思った。

 なんか意味を持たせないと……借り物にしては雑だなって」

 

 ジョージは視線をコップの水に落とした。

 

「軍隊がたまたま最適解だっただけです」

 

 ヴィンセントは一瞬だけ無言になった。

 次の瞬間、声を出して笑った。

 

「ははっ!

 お前頭良さそうに見えて、結構拗らせてんなー。哲学者かよ。

 ますます面白れぇ!

 気に入った!!」

 

 ヴィンセントは笑いながら、ふと手を動かした。

 親指と中指で、胸のあたりを軽くつまみ、それをジョージの方に押し出した。

 

 ジョージは何も言わなかった。

 

 それ以上、ヴィンセントは詮索しなかった。

 しかし、その日の会話を、()()()()()()()()()()()()

 

 

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