【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
"クラブ・ドミニオン" 裏路地/午前0時過ぎ。
コンクリートは濡れていた。
腐敗した排水、安物の香水、胃液の匂い。すべてが混ざっていた。
その上で、1人の男が喘いでいた。
壁に背中を打ち付けられたまま。
「……ボスっ……!
俺、本当に……っ!」
首を絞める腕が、鉄のように動かなかった。
動きは機械的で、情け容赦ない。
しかし、顔は笑っていた。
男は爪で壁を引っかき、足をばたつかせた。
肺は空気を求めて悲鳴を上げ、視界が端から滲んでいく。
しかし、辛うじて理性は残っていた。
締め付ける腕に爪を立てたら、もう後戻りはできない。
「“調べろ”って言ったよな?」
耳元で囁く声が、刃物のように皮膚を裂く。
「やっ、やりました……!
でも、でも……!」
眉が、わずかに動いた。
次の瞬間、空気が裂けた。
乾いた音を立てて飾り立てた指輪の拳が、男の頬を斜めに割った。
崩れ落ちる。血が石畳に散り、滲んでいく。
キングスリーはしゃがみ込み、血まみれの顔を覗き込んだ。
「“やった”? じゃあ……情報は?」
「で、でも……そいつの経歴が、どこにも……っ!」
「“ない”ってのが、通用するとでも思ったか?」
髪を掴まれ、無理やり顔を引き上げられる。
口の端から血と唾液が混ざって垂れた。
「名前は……ジョージ・ウガジン。
ΩRMって会社にいるらしいです。
でも、それ以上は……」
「“らしい”ってのは、情報じゃねぇ。
ただの寝言だ」
次の動きは速かった。
膝が跳ね上がり、顎を打ち抜いた。
男の身体が地面を滑る。
喉から小動物の断末魔のような声が漏れた。
鼻血がさらに地面に滴る。
重い靴が、足を踏みつける。
ねじ込みながら、キングスリーは低く囁いた。
「俺が欲しいのは、“値打ちのある情報”だ」
「は、はい……!」
「ジョージ・ウガジン。
どこから来た。何者だ? 過去は? 実績は? 軍歴は?
ひとつでも抜けてたら、次は口から指突っ込んで内側から引き剥がすぞ」
「……チャールズという男が、副社長だそうで
……彼に少しだけ話を聞けました」
「チャールズ?」
「はい。軽口ばかりで、何を考えてるか分かりませんでしたが……
あの男によれば、ジョージは契約ボディガード。
配送業上がり、軍歴は不明。
射撃は下手、だが近接戦に妙に長けていると……」
沈黙が落ちた。
キングスリーは立ち上がり、煙草を取り出した。
火を点け、ゆっくりと煙を吐く。
「なるほど。“外注”ってわけか」
「たぶん、ナンシーが個人的に雇ったものかと……」
ククッと喉の奥で笑った。短く、鋭く。
「会社が動いてると思ってたが……違うらしいな
そうか、個人か……」
煙草を咥え、ライターを弾く。
白い煙がゆっくりと立ちのぼる。
口元は緩み、目尻は下がっていたが、歪んでいた。
「そうだよなぁー。
ナンシーの金じゃ、正規のボディガードなんて雇えるわけねぇよなぁ〜。
ははっ、もしかしてアイツ、片腎売って渡米してきた系だったりしてな。
どーせ、ビザも切れてんだろ?
アイツは所詮、行き場のねぇゴミだ。
犬と同じさ。命令すりゃシッポ振って動くが、頭ぁ使う芸は仕込まれてねぇ」
キングスリーは煙を吐き出しながら言った。
その目に宿るのは、獣の光。飢えた支配者の瞳。
「なら話は早い」
「は……はい」
「幻想なんざ、ぶっ壊すんじゃねぇ。
ゆっくり腐らせてやるんだよ。
“守られてる”って勘違いさせたまま、全部奪う。
助けが来ないってわかった瞬間の顔――あれが一番、価値がある」
煙草の火が、夜にじわじわと溶け込んでいく。
「電線に吊っとけ、靴ごとメッセージをな。
“ここはお前の場所じゃねぇ”って、骨の髄まで思い知らせてやれ。
ま、空気読めるガキなら、びびってとんずらするだろうさ。
読む頭さえ無かったら、ナンシー共々腐らせるだけだ」
「……了解しました」
キングスリーは背を向け、夜の奥へと歩き出した。
闇に沈む背中。その目には、野犬のような光が宿っていた。
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