【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
ジェシカはふいに視線を逸らし、横にある黒い鞄に気づく。
そのまま、何の断りもなく手を伸ばし、好奇心のまま中身を覗き込んだ。
視線を逸らした隙に、ジョージはわずかに肩を動かした。
裏腰のホルスターのボタンを静かに留めた。
「何これ、ガラクタばっかり……?」
ジェシカは鞄の中を覗き込み、呆れたように言った。
そこには、小さな基盤や古びた電子部品。
バッテリーパック。配線コード。
破損した時計のケース。使い古された懐中電灯のヘッド。
さらには外されたスマホのカメラモジュールまで。
雑多なものが詰め込まれていた。
ジェシカは一つずつ手に取ってみるが、何に使うのかさっぱり分からない。
「……ねえ、これって何の役に立つの?」
ジョージは肩をすくめた。
「知恵と工夫次第で、いくらでも使い道はある」
そう言いながら、彼は作業台から手を伸ばし、ジェシカが持っていたバッテリーパックを指で示した。
「例えば、それとそのLEDモジュールを繋げば、小型の懐中電灯が作れる」
「懐中電灯?」
「ああ。もっと言えば、スマホのカメラモジュールと赤外線フィルターを組み合わせれば、即席のナイトビジョンにもなる」
ジェシカはキョトンとした顔でジョージを見た。
「……なんでそんなことできるの?」
「必要だから、覚えた」
ジョージは淡々と答えた。
鞄の中から細いワイヤーを引き出し、手元で器用にねじる。
「このワイヤーとバッテリー、それにこのスイッチを組み合わせれば、簡単なトリップワイヤーが作れる」
「罠?」
「例えばドアに仕掛ければ、誰かが開けた瞬間に警報を鳴らせる。
それに……昨日説明したセンサーカメラも、俺が組んだものだ」
ジェシカは目を瞬かせながら、改めて鞄の中を覗いた。
ガラクタにしか見えない。
しかし、ジョージの言葉によってひとつひとつ意味を持ち始める。
「……こういうの、好きなの?」
ジェシカがぼそっと聞いた。
ジョージは、一瞬だけ手を止める。
そして、鞄の中から精密ドライバーを取り出し、ネジの頭を弄りながら短く答えた。
「嫌いじゃない」
ガレージの中に、微妙な沈黙が流れる。
ジェシカはジョージの手元をぼんやりと眺めた後、「ふーん」と呟いた。
それ以上は何も言わない。
ジョージは静かに息をつき、電子部品を戻しながら、ジェシカに視線を向ける。
「そろそろ寝るんだ」
ジェシカは不満げに唇を尖らせたが、しばらくして立ち上がる。
「……わかったよ、おやすみ」
「おやすみ」
彼女はガレージのドアを開け、ゆっくりと家の中へ戻っていった。
ジョージは一度だけ彼女の背中を見送り、それから再び作業台の上に視線を落とした。
しかし、何かが引っかかる。
静かすぎる。
この時間帯の住宅街なら、遠くの車の音や犬の鳴き声、木々を揺らす風の音が微かに聞こえるはずだ。
だが、今は妙な静寂が支配している。
ジョージはわずかに眉をひそめ、椅子から立ち上がった。
ガレージの奥へと歩み寄り、車の影から慎重に外の様子を窺う。
視界の端に、何かが動いた。
道路の向こう。街灯の薄暗い光の下。
ゆっくりと歩く人影がある。
黒いパーカーを目深に被り、フードの影が顔を隠している。
姿勢は猫背気味で、足取りは妙にゆったりとしていた。
一見すれば、ただの通行人。
だが、ジョージは違和感を覚えた。
この住宅街は人通りが少ない。
特にこの時間帯に歩いている住人は、ほとんどいない。
ましてや、あの男の歩き方には、奇妙な間がある。
ジョージは身を潜めつつ、男の様子を観察する。
すると——
男が突如、懐から何かを取り出した。
黒い影が宙を舞い、ゆるやかな弧を描いて電線へと向かう。
クンッ
小さな衝撃音と共に、それは電線に引っかかった。
紐で結ばれた一足分のスニーカー。
ジョージの目が細くなる。
背中を駆け上がる、わずかな戦慄。
これは偶然じゃない。
「スニーカーの電線掛け」
ただのイタズラに見えるが、これはストリートの世界では特定のメッセージとして使われることがある。
—— 「ここは俺たちの縄張りだ」
—— 「ここで取引が行われる」
—— 「誰かが死んだ場所」
地域によって意味は異なるが、どれもロクなものではない。
少なくとも、これが偶然の産物でないことは確かだ。
男の動きは、妙に計算されたように見えた。
普通のイタズラなら、投げた後に振り返ることもある。
だが、彼は何の未練もない。
スニーカーが電線に引っかかった瞬間に踵を返した。
それは、まるで「任務が完了した」とでも言うような、迷いのない動きだった。
後を追うべきか?
いや——今はその時ではない。
ジョージは一歩後退し、静かにガレージの中へ戻った。
すぐにヴィンセントへメッセージを打つ。
[家の近くに不審者。電線にスニーカーをかけていった]
[この辺りの意味を調べてくれ]
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