【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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024:-スニーカーの電線掛け-警告

 ジェシカはふいに視線を逸らし、横にある黒い鞄に気づく。

 

 そのまま、何の断りもなく手を伸ばし、好奇心のまま中身を覗き込んだ。

 

 視線を逸らした隙に、ジョージはわずかに肩を動かした。

 裏腰のホルスターのボタンを静かに留めた。

 

「何これ、ガラクタばっかり……?」

 

 ジェシカは鞄の中を覗き込み、呆れたように言った。

 

 そこには、小さな基盤や古びた電子部品。

 バッテリーパック。配線コード。

 破損した時計のケース。使い古された懐中電灯のヘッド。

 さらには外されたスマホのカメラモジュールまで。

 雑多なものが詰め込まれていた。

 

 ジェシカは一つずつ手に取ってみるが、何に使うのかさっぱり分からない。

 

「……ねえ、これって何の役に立つの?」

 

 ジョージは肩をすくめた。

 

「知恵と工夫次第で、いくらでも使い道はある」

 

 そう言いながら、彼は作業台から手を伸ばし、ジェシカが持っていたバッテリーパックを指で示した。

 

「例えば、それとそのLEDモジュールを繋げば、小型の懐中電灯が作れる」

「懐中電灯?」

「ああ。もっと言えば、スマホのカメラモジュールと赤外線フィルターを組み合わせれば、即席のナイトビジョンにもなる」

 

 ジェシカはキョトンとした顔でジョージを見た。

 

「……なんでそんなことできるの?」

「必要だから、覚えた」

 

 ジョージは淡々と答えた。

 鞄の中から細いワイヤーを引き出し、手元で器用にねじる。

 

「このワイヤーとバッテリー、それにこのスイッチを組み合わせれば、簡単なトリップワイヤーが作れる」

「罠?」

「例えばドアに仕掛ければ、誰かが開けた瞬間に警報を鳴らせる。

 それに……昨日説明したセンサーカメラも、俺が組んだものだ」

 

 ジェシカは目を瞬かせながら、改めて鞄の中を覗いた。

 ガラクタにしか見えない。

 しかし、ジョージの言葉によってひとつひとつ意味を持ち始める。

 

「……こういうの、好きなの?」

 

 ジェシカがぼそっと聞いた。

 

 ジョージは、一瞬だけ手を止める。

 そして、鞄の中から精密ドライバーを取り出し、ネジの頭を弄りながら短く答えた。

 

「嫌いじゃない」

 

 ガレージの中に、微妙な沈黙が流れる。

 

 ジェシカはジョージの手元をぼんやりと眺めた後、「ふーん」と呟いた。

 それ以上は何も言わない。

 ジョージは静かに息をつき、電子部品を戻しながら、ジェシカに視線を向ける。

 

「そろそろ寝るんだ」

 

 ジェシカは不満げに唇を尖らせたが、しばらくして立ち上がる。

 

「……わかったよ、おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 彼女はガレージのドアを開け、ゆっくりと家の中へ戻っていった。

 ジョージは一度だけ彼女の背中を見送り、それから再び作業台の上に視線を落とした。

 

 

 しかし、何かが引っかかる。

 静かすぎる。

 

 この時間帯の住宅街なら、遠くの車の音や犬の鳴き声、木々を揺らす風の音が微かに聞こえるはずだ。

 だが、今は妙な静寂が支配している。

 

 ジョージはわずかに眉をひそめ、椅子から立ち上がった。

 ガレージの奥へと歩み寄り、車の影から慎重に外の様子を窺う。

 

 視界の端に、何かが動いた。

 道路の向こう。街灯の薄暗い光の下。

 ゆっくりと歩く人影がある。

 

 黒いパーカーを目深に被り、フードの影が顔を隠している。

 姿勢は猫背気味で、足取りは妙にゆったりとしていた。

 

 一見すれば、ただの通行人。

 

 だが、ジョージは違和感を覚えた。

 この住宅街は人通りが少ない。

 特にこの時間帯に歩いている住人は、ほとんどいない。

 ましてや、あの男の歩き方には、奇妙な間がある。

 

 ジョージは身を潜めつつ、男の様子を観察する。

 すると——

 男が突如、懐から何かを取り出した。

 黒い影が宙を舞い、ゆるやかな弧を描いて電線へと向かう。

 

 クンッ

 

 小さな衝撃音と共に、それは電線に引っかかった。

 紐で結ばれた一足分のスニーカー。

 ジョージの目が細くなる。

 背中を駆け上がる、わずかな戦慄。

 これは偶然じゃない。

 

 「スニーカーの電線掛け」

 

 ただのイタズラに見えるが、これはストリートの世界では特定のメッセージとして使われることがある。

 

 —— 「ここは俺たちの縄張りだ」

 —— 「ここで取引が行われる」

 —— 「誰かが死んだ場所」

 

 地域によって意味は異なるが、どれもロクなものではない。

 少なくとも、これが偶然の産物でないことは確かだ。

 

 男の動きは、妙に計算されたように見えた。

 普通のイタズラなら、投げた後に振り返ることもある。

 

 だが、彼は何の未練もない。

 スニーカーが電線に引っかかった瞬間に踵を返した。

 それは、まるで「任務が完了した」とでも言うような、迷いのない動きだった。

 

 後を追うべきか?

 いや——今はその時ではない。

 

 ジョージは一歩後退し、静かにガレージの中へ戻った。

 すぐにヴィンセントへメッセージを打つ。

 

[家の近くに不審者。電線にスニーカーをかけていった]

[この辺りの意味を調べてくれ]

 

 

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