【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
朝、家の中はいつものように慌ただしい空気に包まれていた。
ナンシーはキッチンでフライパンを動かしながら、もう片手でスマホを滑らせていた。
動きに無駄はない。慣れている。
ジェシカは食卓でトーストを齧っている。
スマホに目を落とし、気怠そうにしていた。
リリーはミルクボウルを前に、スプーンを握ったまま歌っている。
シリアルは渦を描きながら沈んでいた。
ジョージは家の外。
リッジラインとローグの点検を終えたばかりだった。
ドアが開く音。
振り返ると、リリーがナップサックを背負って駆けてくる。
勢いがよすぎて、靴が浮いた。
その後ろからジェシカ。言葉はない。
リリーが不意に立ち止まった。顔を上げる。
「……あれ?」
小さな指が空をさす。
ジョージの目も、反射的にその後を追った。
電線を指差していた
ジョージは何も言わず、その視線の先を追った。
電線にぶら下がるスニーカー。
昨夜、黒いパーカーの男が投げたものだ。
「おくつが引っかかっている!」
リリーが驚いたように言い、目を丸くする。
「なんであんなところに?」
ジョージは答えに詰まった。
が、答えるよりも早く、リリーが先に結論を口にする。
「ねぇねぇ! だれかがおくつをなげてあそんでたら、ひっかかっちゃったのかな?」
純粋な推測。疑問も警戒もない、ただの子供らしい発想。
ジョージは一瞬スニーカーを見上げる。
それから穏やかな声で答えた。
「そうかもしれないな」
リリーは「ふーん」と呟きながら、再びジョージの方を向いた。
「とれなくてこまってるかもね」
「そうだな」
ジョージはそれ以上は何も言わなかった。
スニーカーを視界の端に留めながら、リリーの手を軽く引く。
「行くぞ」
「はーい!」
リリーは素直に頷き、後部座席へ駆け込んでいく。
ジェシカも無言のまま乗り込む。電線にも興味を示さなかった。
ジョージは最後にもう一度スニーカーを見上げた。
それから何事もなかったように運転席へ乗り込んだ。
エンジンをかけると、リッジラインの車内に低い振動が伝わる。
ミラーを確認。ギアを入れ、車を静かに発進させた。
学校へ向かう、いつもの朝。
だが、ジョージの頭には、あの黒いパーカーの姿がまだ焼きついていた。
◇
2人を送ったあと、ジョージは近くのスーパーの駐車場にリッジラインを停めた。
静かな社内。
スマホを取り出し、潜入用アカウントへ切り替える。
ターゲットは、クラブ・ドミニオンの元スタッフ。
DMを送る。狙いは情報。足取り。裏の動き。
使うのはΩRMが用意した偽のアカウント。
表向きはライター、バー経営者、セキュリティ関係者――どれもAIで丁寧に作られた偽装プロフィール。
投稿もすべて、生成された過去だ。
ジョージはSNSの検索窓にいくつかのワードを打ち込む。
[クラブ・ドミニオン][辞めた][最悪][クソ]
──反応あり。
店を辞めたばかりの元スタッフが数人。
中には怒りをぶちまける者もいれば、黙って傷を晒すだけの者もいた。
ジョージは3人を選び、DMを送る。
1人目:バーテンダー(@MixologyJay623)
投稿:
客層がマジで最悪だった。
スタッフに手出すクズばっか。
上も知らん顔。限界で辞めたわ。
DM:
こんにちは、突然すみません。
クラブ業界をリサーチしているライターです。
ドミニオンに関する投稿、拝見しました。
よければ、お話を伺えませんか?
2人目:ホステス(@VelvetRisa77)
投稿:
店のマネージャーが最悪。
給料未払い、セクハラ放置、女の子泣かせて平気。
もう無理。
DM:
こんにちは。投稿を拝見しました。
クラブ業界の実態を調べており、現場で働いていた方の声を集めています。
少しだけでも、お話聞かせていただけませんか?
3人目:ボディーガード(@IronSentinel87)
投稿:
俺に金払わず、こき使おうとした。
ふざけんな。舐めすぎなんだよ、あの店。
DM:
どうも、突然失礼します。
セキュリティ業界の調査をしています。
元ボディーガードの方の視点で、ドミニオンの話を伺えたら助かります。
スマホを膝に置く。
すぐに返事が来る保証はない。
ジョージは一度、息を吐いた。
背もたれに体を預ける。
上着のポケットからプロテインバーを取り出す。
包装を破り、無造作に齧る。
固いチョコレートの甘さが、口の中に広がった。
味はどうでもいい。
栄養。それだけで十分だ。
助手席のカップホルダーから、ブラックコーヒーを取る。
ダイナーで買ったもの。
まだ温い。
ひと口。
喉を通る温度と苦味が、神経をゆるく叩いた。
──待つしかない。
奴らが動くのを。
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