【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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029:月曜と木曜に、クラブの王が消える

 

 ホロウェイ地区・カフェ・ソルスティス

 

 地図にも載らないようなカフェがひとつ、通りの影に潜んでいる。

 名前は「カフェ・ソルスティス」。

 レンガ造りの壁、煤けた看板。外から見れば、ただの古びた店。

 

 だが、出入りする顔ぶれを見れば、話は違う。

 フリーの情報屋。

 足を洗った元犯罪者。

 あるいは過去に踏み潰された誰か。

 忘れられた者たちが、ここに集う。

 

 店の奥の席で、ジョージがブラックを飲んでいた。

 手元のカップが、熱を持ったまま無言を保っている。

 時間は13時58分。

 

 ドアが開く。

 

 風鈴の音がひとつ鳴って、男が現れた。

 レザージャケットにTシャツ、ジーンズ。

 肩幅が広く、重心が低い。

 無駄のない歩幅——軍仕込みの動き。

 

 男の目が走る。壁、客、出口。

 

 そして、ジョージと視線がぶつかる。

 ジョージは軽く頷き、空いている椅子を引いた。敵意は見せない。

 男は黙って腰を下ろした。

 

「……来るとは思わなかった」

 

 声は低い。喉の奥を擦ったような音。

 ジョージはカップを置き、淡々と応じた。

 

「DMひとつで信用しろとは言わない。

 だが、来たことに礼は言う」

 

 男は鼻を鳴らし、ウェイトレスを呼ぶ。

 

 「アメリカン、ブラックで」

 

 短く、それだけ。

 

 沈黙が落ちる。

 空調の音と、遠くの通行人の笑い声だけが漂っている。

 

 やがて、男が口を開いた。

 

「……で、お前は何者だ?」

 

 目が鋭い。ただの好奇心じゃない。

 嗅覚のある人間の目だ。

 警戒と疑念、その奥に探知機のような視線。

 

「俺は、セキュリティ業界の調査をしている」

「探偵か、FBIか。どっちだ」

「それを言う必要があるか?」

 

 ジョージの声には熱がない。

 だが、冷気を帯びていた。

 

「……まあ、スパイでなきゃいい」

 

 男はカップを受け取り、一口。

 

「で、なぜキングスリーのクラブを?」

「単純な理由だ」

 

 ジョージは視線を伏せずに答える。

 

「あそこは、不安定すぎる」

 

 男の眉が動いた。

 

「最近、スタッフの入れ替わりが激しい。

 外部から見ても、異常だ」

「……確かにな」

 

 指先がテーブルの縁をなぞる。

 その動きに、無意識の癖が出ていた。

 

「お前が辞めた理由も、それか?」

 

 指が止まった。

 男は、短く笑った。

 

「……鋭いな」

「昔からの癖だ」

 

 ジョージの返しに、男は目を細める。

 

「俺はな、多少のクソ仕事でも、カネさえ良けりゃ耐えるほうだ。

 だが、あそこは……無理だった」

「理由」

「キングスリーは壊れてる。

 敵も味方も区別できねぇ。

 気分で人を消す。部下でもな」

 

 言葉が落ちた瞬間、空気がわずかに沈む。

 

「……ひと月前、ガードのひとりが失踪した。

 誰も言わねぇが、皆分かってる。

 あれはキングスリーにやられた」

 

 ジョージはカップを置いた。

 

「それで、あんたは抜けた」

「ああ。あいつの命令で動くのは、もうごめんだ」

 

 男は、深く息を吐いた。

 

「で、お前は何が知りたい?」

「キングスリーが店を空ける日。

 VIPフロアの構造。

 監視カメラの死角。

 警備の流れ——全部だ」

 

 沈黙。男の目が狭まる。

 

「……それ、知ってどうする?」

「調査だよ」

 

 ジョージは笑わない。

 だが、唇に微かな弛緩が滲んだ。

 男は少しだけ肩を揺らした。

 

「……月曜と木曜。

 キングスリーは『面接』って名目で女を選びに出かける。

 クラブにはいねぇ」

「時間は?」

 

「17時から、深夜2時まで。ほぼ確実だ」

 

 ジョージは頷いた。

 

「なるほど」

「VIPは2階だ。

 ラウンジ、カジノ、そして奥に個室がある。

 取引はいつもそこで行われる」

「死角は?」

「2つ。バーカウンター横と、トイレと廊下の間。

 スタッフ専用エリアの入口手前だ。

 奥が個室につながってる」

 

 ジョージがカップの縁を軽く叩いた。

 

「つまり、スタッフカードがいる」

「そう。特にカジノのディーラーが持ってる。

 ()()()()()()()()()

 例外は……()()()()()()()()()()()()だな」

 

 その言葉に、ジョージは視線を外さない。

 男は鼻で笑った。

 

「セキュリティなんてガバガバさ。

 誰もあの野郎に忠誠なんか誓っちゃいない。

 金がいいから仕方なく従ってるだけだ」

「不在の日なら、なおさらだな」

「ああ。ダレ切ってる。客もスタッフもな」

 

 ジョージは、無言で一口コーヒーを飲んだ。

 その瞬間、男の表情が変わる。

 

 ふっと、陰が落ちた。

 冗談の色が消えた目で、男が言う。

 

「……だが、バレたら終わりだ」

 

 声が低くなる。空気が締まる。

 

「地下に連れてかれる。

 ()()()()()()()()()()()な。

 逃げられなきゃ、そこで終わりだ」

 

 ジョージは応じない。聞くだけだ。

 男はカップを握る指を擦りながら続ける。

 

「何が起きてるかは誰も知らねぇ。

 誰も知りたがらねぇ。

 戻ってきた奴は……壊れてる。

 声がもう、人間じゃねぇ」

 

 ジョージの目が細まった。

 

「生きて帰れるだけマシか」

「袋に詰められて出てくるやつもいる」

 

 しばらく、何も言わなかった。

 車の音が、遠くで流れているだけ。

 

「それでも潜る気か?」

 

 男の問いに、ジョージは頷いた。

 

「決めたことだ」

 

 男は舌打ちした。

 

「お前、狂ってるな」

「よく言われる」

 

 そのやりとりを最後に、男はコーヒーを飲み干した。

 ジョージは紙幣を無造作にテーブルへ置く。

 

 それを見た男が手を伸ばす頃、ジョージのスマホが震えた。

 低く、短いブザー音。画面には1行。

 

 —— 緊急通知。位置情報確認。ジェシカだ。

 

 

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