【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
校長室の重たい扉が、背後で音を立てて閉まった。
空気が変わる。重く、硬い。
蛍光灯の下、静けさが張り詰める。
ジョージ、ジェシカ、ワラビーの3人が並んで椅子に座り、正面には腕を組んだ校長。
目の前のデスクには数枚の書類。
その端を、指先で軽く押さえながら、校長はため息を吐いた。
「……今回の件、非常に重大な問題として扱うべきだと考えている」
声に抑えはあるが、怒りはその下にくすぶっていた。
校長の視線が、真っ直ぐジョージに向けられる。
「まず、君。
君はグレナン家のボディーガードとして雇われているそうだが、なぜ学校内で生徒と戦うような真似をした?」
ジョージは一切の動きを見せず、その視線を正面から受け止めた。
「不可抗力でした」
校長の眉が、わずかに動いた。
「不可抗力?」
「挑発に乗ったわけではありません。
相手を無力化するために、最も安全な方法を選択しました。
彼に怪我はありません」
「安全な方法?」
校長は顔をしかめ、目を細める。
「君は武術の心得があるんだろう?
だったら、むやみに技を使えば生徒に危害が及ぶことも分かるはずだ」
そのときだった。ワラビーが急に声を上げた。
「いや、違います!
ジョージさんは俺を傷つけるつもりなんてなかったんです!」
校長がワラビーを見る。
ジョージも、目線だけを少しだけ向けた。
「……どういう意味だ?」
ワラビーは胸を拳で叩きながら、はっきり言った。
「俺が殴りかかって、それを止められたんです。
しかも、俺みたいなデカい奴をあっさり投げたくせに、一切怪我させなかった。
あんな技、普通できませんよ!」
言葉には、感情が混じっていた。
後悔、畏敬、少しの興奮。
校長は少し意外そうな顔を見せ、今度はジェシカに目を向けた。
「ジェシカ、お前はどうなんだ?」
ジェシカは逸らさず、真正面からその問いを受け止めた。
「全部、私のせいです」
校長の目が一瞬だけ細まる。
「……どういうことだ?」
「私がジョージを呼び出しました。
通知を送って、彼をここに誘導したのも、試すようなことをしたのも全部私の判断です」
沈黙。
校長は額のこめかみに指をあて、ひと呼吸を置いた。
「……つまり、君は彼をからかうつもりで呼び出した、と?」
ジェシカは唇を噛み、頷いた。
「はい」
校長はもう一度、深く息を吐いた。
視線を、今度はワラビーに向ける。
「では、お前はどうだ?
なぜ、手を出した?」
ワラビーは鼻の頭をかき、少し気まずそうに言った。
「最初は……ただの悪ふざけのつもりでした。
でも、ジョージさんが全く動じなかったから、カチンときて……
本気でかかっていっちゃいました」
「つまり、君が仕掛けたと」
「はい。だから……悪いのは俺です」
校長は、2人を数秒見つめたまま沈黙する。
そして、再びジョージへと視線を戻した。
「……それでも、私は外部の人間が、学校内で生徒と乱闘をすることを、認めるわけにはいかない」
「ごもっともです」
ジョージは即答した。
無駄も弁明もない、ただ事実への同意だった。
「ですが、私はあくまで自己防衛の範囲で対応しました。
怪我をさせる意図はなく、実際にワラビーも無傷です」
校長は腕を組み直し、考え込むようにデスクの端を見つめた。
「それでも、警察に報告するのが本来の手順だが……」
言いかけて、沈黙。
ジョージはその間隙を突くように、落ち着いた声を投げた。
「ここで問題なのは、私が生徒に暴力を振るったかどうかではなく、なぜこのような状況になったのか、では?」
「……何が言いたい?」
「私が強要したわけでも、積極的に関与したわけでもありません。
むしろ、被害を最小限に抑えようと努めました。
そして、生徒2人が自ら自分の過ちを認めています」
校長の表情は崩れない。
だが、その口元の緊張がわずかに緩んでいく。
やがて、沈黙を破って吐息が落ちた。
「……分かった」
ジョージの目が、ほんの少しだけ細められる。
「警察には連絡しない。ただし——」
校長の視線がジェシカとワラビーを貫く。
声の調子が、明確に厳しくなる。
「君たちには、1か月の奉仕活動を命じる」
ジェシカが安堵の色を見せる。
ワラビーは思わず聞き返した。
「え、停学じゃなくて?」
「本来ならそうだが……反省の意思が見える」
校長の視線が、真っ直ぐ2人に突き刺さる。
「ふざけた気持ちでこれを受けるなら、停学処分に切り替える。どうする?」
ジェシカとワラビーは、目を合わせ、迷いなく頷いた。
「やります」
「もちろんっす」
「よろしい」
校長は頷き、最後にジョージへ視線を向ける。
「そして君は……学校への立ち入りを禁じる」
ジョージは何の表情も見せず、ただ静かに頷いた。
「分かりました」
「次に問題を起こした場合は、警察へ報告する。
これははっきり言っておく」
「はい」
それ以上、校長は何も言わなかった。
書類を整え、言葉少なに告げる。
「では、解散してよし」
ジョージが椅子を引く。音は控えめだった。
立ち上がった彼の背を、ジェシカとワラビーが黙って見送る。
顔には後悔と、謝罪と、何かを学んだ跡。
ジョージは一度だけ、彼らを振り返った。
声は低く、感情はなかった。
しかし、それで充分だった。
「2度目は、ない」
その言葉に、2人は黙って頷いた。
それが、すべてだった。
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