【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
その夜。
ナンシーの家には、昼間とは異なる種類の緊張が漂っていた。
ダイニング。
チェアに座るジェシカの前に、ナンシーが腕を組んで立っている。
顔には怒り――静かに抑えられた本気のそれが滲んでいた。
「ジェシカ」
低く、よく通る声。
部屋の空気が、言葉と一緒に引き締まる。
「学校から連絡があったわ。校長先生から」
ジェシカは何も返さず、俯いたまま椅子の背に沈んでいた。
「あなた、何を考えてるの?」
ナンシーの声音には苛立ちが混じる。
「ふざけ半分でジョージを巻き込んで、学校で騒ぎを起こして……
一歩間違えたら、警察沙汰になってたのよ?」
「……別に、そんなつもりじゃ……」
ジェシカの声は小さかった。
その小ささが、かえって火を足した。
「そんなつもりじゃない? ふざけないで」
ナンシーが目を細める。
「あなたの悪ふざけのせいで、ジョージは学校に出入り禁止になったのよ?」
ジェシカの肩が一瞬だけ震えた。
「……それは……」
「何か言い訳があるなら言ってみなさい」
ナンシーの口調は冷静だったが、張り詰めた怒気がその下に見えた。
「あなた、自分が何をしたのか、ちゃんと理解してるの?」
ジェシカは唇を噛み、視線をそらした。
そのまま、沈黙が数秒。
――そして。
「……そのくらいでいいんじゃないか」
静かな声。
部屋の隅で聞いていたジョージが、ソファの肘掛けに片肘をついたまま、ようやく口を開いた。
ナンシーが振り返る。
目が驚きと困惑で揺れる。
「ジェシカは反省している。それ以上、責める必要はない」
声のトーンは一定。
淡々と、だが断言だった。
「でも――」
「事態はもう収束した」
ジョージの言葉がかぶさる。
静かだが、線を引くような音だった。
「学校の処分も決まったし、ジェシカも罰を受ける。
それ以上は責めても意味はない」
ナンシーの口がわずかに開いたまま止まる。
ジョージは、じっと彼女の目を見た。
「ナンシー」
名前を呼ぶ。その一音で空気が変わる。
「大事なのは、ジェシカが何を学ぶかだ。怒鳴ることじゃない」
言葉に熱はない。だが、含みはあった。
ナンシーが言い返せずに、言葉を飲み込んだ。
「……ジョージ」
「それに」
少しだけ間を置いて、ジョージは続けた。
「今回のこと、俺はそこまで気にしていない」
「……ほんと?」
「嘘を言ってどうする」
表情も変えずに言うその姿に、ジェシカの肩がわずかに緩んだ。
ナンシーはしばらく黙ったまま、ジョージを見つめ、そして静かにため息をついた。
「……はぁ、もう……」
肩の力を抜くようにソファへ腰を下ろす。
視線が、ジェシカへ戻る。
「次はないわよ」
ジェシカは真っすぐ頷いた。
「……うん」
ナンシーがもう一度ため息を吐き、ジョージに横目を向ける。
「あなた、本当にそう思ってるの?」
「思ってる」
短く答える。語尾にも揺れはない。
そしてそのまま立ち上がる。
「もう遅い。そろそろ寝るんだ」
ジェシカが、かすかに笑ったような表情で頷く。
ナンシーは呆れたように目を伏せ、やれやれという顔でジョージを見た。
「……あなたって、本当に変わってるわよね」
ジョージは何も言わず、ただ肩をひとつ、すくめた。
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