【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
家の中が眠りに沈む。
ガレージの奥に、微かな電子音と金属が擦れる音がこだましていた。
テーブルにはパーツの山。
その前でジョージは、静かに指を動かしていた。
手先は正確だった。
薄暗いランプの光の中、迷いのない動きが続いていた。
そのとき、背後でわずかな足音。
ジョージは視線を作業から離さず、気配だけを拾う。
躊躇いのにじむ歩み。声より先に誰かが立ち止まった。
「……ジョージ」
声が小さい。だが聞き覚えがある。
振り返るまでもなく、ジェシカだった。
ジョージは溜めていた息をそっと吐き、作業を続けた。
「まだ起きてたのか」
「……うん」
ジェシカは静かにガレージへ入ってくる。
いつもの勢いはない。足取りが控えめだ。
ジョージの隣に立ち、手を握りしめながらぽつりとこぼす。
「……ごめん」
ジョージの眉がわずかに動いた。
だが、手は止めなかった。
「もう終わったことだろ」
「でも……」
「謝るのはもう十分だ」
声は淡々としていた。乾いたようでも、突き放すものでもない。
「ナンシーにも怒られただろ? 俺がこれ以上言うことはない」
ジェシカは口を開きかけて、閉じる。
そのまま視線を横にずらし、ジョージの横顔を盗み見る。
「……本当に強いのね」
ジョージは手を止めた。
わずかに間を置いて、作業を再開する。
「何がだ?」
「何がって……」
ジェシカは肩をすくめる。
「今日、ワラビーを軽く投げたし、何されても全然動じなかったし……
それに、さっきみたいに何も気にしてないし」
ジョージは小さく鼻を鳴らす。
「強いってのは、そういうもんじゃない」
「じゃあ、どういうの?」
ジェシカが身を乗り出す。
好奇心の温度が少しだけ上がった。
ジョージは手を止め、ドライバーを静かにテーブルへ置く。
視線を前に泳がせながら、低く言った。
「……俺は、元々は弱かった」
ジェシカの目が大きくなる。
「え?」
「子供の頃、痩せてて、体が小さかった。
今でも小さいけど、あの頃はもっとな」
「へぇ……身長、なんで伸びなかったの?」
問いは純粋だった。無邪気なまま。
「……伸びるタイミングを、間違えたんだろうな」
淡々とした口調だった。
成長は10歳前後で鈍っていた。
医者に言わせれば、彼の場合、原因は飢餓とストレス。
見えない複数の手が背骨を1本ずつ、じわじわと押し潰していた。
「だから、よくいじめられたよ。
転校も多かったし、性格も暗かった。
……周りにアジア人もほとんどいなかったしな。目立ったんだろう」
言葉に感情の起伏はない。ただ事実の並列。
「殴られるのも、押し倒されるのも日常だった。
抗おうとしても、力じゃどうにもならなかった」
ジェシカが眉を寄せる。
「助けてくれる人はいなかったの?」
少し間を置いて、ジョージは言った。
「いなかったわけじゃないが、自分でどうにかするしかなかった」
「それって辛かったでしょ?」
「……そうだったかもな」
まるで他人の人生を語るような声だった。
「私なら、ジョージのこと助けたのに」
その言葉に、ジョージはゆっくり瞬きをした。
口角が、わずかに上がる。
純粋な言葉は、時に一番鋭い。
“なぜ誰も助けなかったのか”と、過去の自分に問うように響いた。
「それは頼もしいな」
言葉だけをそっと返す。
ジョージは彼女を責めない。ただ、そこにいた。
「……それで? いじめられて、どうなったの?」
ジェシカが訊いた。
ジョージは語りを継ぐ。
「最初は、仕方ないと思ってた。
体が小さいなら勝てない。抗えない。
そういうもんだって、自分に言い聞かせてた」
言いながら、拳を軽く握る。
「でも、ある時、柔道を知った」
「……」
「力で押し返すんじゃない。
相手の力を使って崩す。
自分の体をどう動かせば、どう倒れるか――
“正面突破だけが戦い方じゃない”って、そこで知った」
ジェシカは息を殺して聴いていた。
「真っ直ぐ進めないなら、横道でも探せばいい」
そこでふと、呟くように付け足した。
「……どこかで見たな、
“挫折しそうなときは、左折しよう”(※)
絵本のタイトル、だったかもしれない」
声に感情はなかったが、そこには諦めとは違う静かな意志があった。
「体が小さくても、方法さえ知っていれば抗える」
「それで、いじめられなくなったの?」
ジョージは目を細めた。
「そう簡単にはいかなかったけどな」
わずかに笑う。その笑みは、過去と距離を取るためのものだった。
「だが少なくとも、ただ殴られて終わる日は確実に減っていった。
もっと強くなるために、他の武術も学んだ」
ジェシカはうつむき、考えるように黙った。
沈黙。
だが、ふと視線を上げた彼女は、唐突に訊いた。
「ねえ、そういえば、ジョージ。……彼女いるの?」
◇
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