【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
数日が過ぎた。
空気に、わずかな緩みが差した。
ジェシカの視線も、針のような尖りを失い始めていた。
リリーは完全にジョージに懐いた。
夜には彼の隣で絵本を広げるのが日課になっていた。
ジョージは毎晩、セキュリティのチェック。
日中は学校とジムの巡回。
壊れた椅子。軋むドア。外れかけたポスト――
見つけ次第、無言で修理していった。
見た目は平穏。
だが、油断はない。
チャットとの連絡は、夜の定例になっていた。
静かな待機。
その中で、時間だけが粛々と進んでいく。
ある土曜、ナンシーは仕事へ向かい、子どもたちはジョージに預けられた。
昼過ぎ、3人でモールへ出かけ、帰り際に雨に打たれた。
リリーが玄関に飛び込む。
「ただいまー!」
声が明るく響く。靴はその場で脱ぎ散らかされた。
ジョージがあとに続く。水を吸ったジーンズが重い。
ソファには買い物袋が放り投げられ、室内は既に雑然としていた。
「リリー、片付け――」
ジェシカが言いかけた瞬間、妹は一直線にバスルームへ走り込んだ。
「お風呂入りたーい!」
ジェシカがため息まじりに追いかける。
「リリー、ちゃんと髪洗うんだよー」
「はーい!」
浴室のドアの前で、ジェシカが振り返った。
いたずらっぽく笑い、指を立てる。
「……見ないでよ!」
挑発。
ジョージは一瞥だけくれて、平坦に返す。
「見ねぇよ」
ジェシカは満足げに笑い、浴室へ消えていった。
ドアが閉まり、湯を張る音が響き始める。
ジョージは濡れたシャツの背中を気にしながら、無言でガレージへ向かった。
外と繋がる空間は、室内よりもひときわ冷えていた。
Tシャツが肌に張り付き、ジーンズの裾が足首にまとわりつく。
ラックから乾いたシャツを引っ張り出し、袖を通す。
指先がじんと冷えているのに気づき、軽く開いたり閉じたりする。
靴下もズボンも替えた。体温が少し戻ってきた。
短く息をつく。肩を回し、リビングへ戻る。
浴室のほうから、リリーのはしゃぐ声が聞こえていた。
「わー、泡いっぱい!」
「リリー、ちゃんと流してってばー!」
ジョージはそれを背に、静かに袋の整理を始めた。
食料品をひとつずつ、所定の位置に入れていく。
湿った空気が室内を満たしていた。
ジョージはスマホを手に取り、手慣れた口調で注文を入れる。
「Mサイズのペパロニと、チキンウィングのセット。
……ああ、20分後でいい」
電話を切り、ソファに腰を下ろす。
窓の外、遠くで雷が鳴った。
夜の静けさに、雨の音がかすかに混じっている。
穏やかな夜――だった。
「ちょっと! バスタオルがない!!」
浴室からジェシカの声。
「ジョージー!! 取ってきてーー!!」
ジョージは目を閉じた。
つい数分前の「見ないでよ」が蘇る。
「……言ったばっかりだろ」
ひとりごとのように呟き、洗濯済みの山からタオルを引き抜く。
2枚。さらに確実に予備を持って、ドアの前へ。
「ほら」
視線を逸らしながら、ドアの隙間から差し出す。
内側から手が伸び、タオルを奪い取る。
「助かった!」
声が弾んでいた。
ジョージは何も言わず、ソファに戻る。
スマホを手に取ると、いくつか通知が並んでいた。
そのひとつに、目が止まる。
チャット(2時間前):
[水曜と木曜、君との極秘デート、予約完了。
ドレスコードは成金スタイルな!]
ジョージは表情を変えず、ナッツをひと粒、口に放った。
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