【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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序章:④お前のせいで辞めることになったぞ

 

 ヴィンセントは、久しぶりに軍の医療施設を訪れた。

 ――実に、1ヶ月ぶりだった。

 

 ジョージは病室のベッドに横たわっていた。

 目を瞑っていたが、意識はあった。

 

 胸の上には1冊の本が伏せられている。

 擦れた表紙に、うっすらと銀の文字が読めた。

『Notes from Underground-地下室の手記-』。著者: フョードル・ドストエフスキー。

 

 ヴィンセントはそれをちらりと見て、わずかに眉をしかめた。

 

「……地下室かよ。

 お前、そんなとこにまだ潜るつもりか?」

 

 冗談めかした口調で言いながら、彼は傍の椅子に腰を下ろした。

 ジョージは少しして、ゆっくりと目を開けた。

 

「……生きてたのか」

 

 その声には、ほんの微かな驚きが滲んでいた。

 まるで、本当にもう二度と会わないと思っていたかのように。

 ヴィンセントは肩をすくめた。

 

「……ま、ギリな。3週間、檻の中だったけどな。

 お前のために軍のルール破った代償ってやつ」

 

 そして、軽く息を吐きながら、側の椅子に座った。ポケットからスマホを取り出す。

 指先で回転させながら、気だるげに言う。

 

「……お前のせいで辞めることになったぞ」

 

 ジョージは静かに、本を胸から下ろし、脇に置いた。

 

「……そうか」

 

 ただ、それだけだった。

 

「まあ、いいさ。

 俺は自分のやるべきことをやった。

 後悔はねぇ」

 

 ——ただ、ここで相棒ともお別れだ。

 そう思うと、ふと視線がジョージの顔に落ちた。

 いつも通りの無表情。

 だが、これを見るのも、もしかしたら最後かもしれない。

 

 ジョージの事だ。

 きっと、これからも軍に残り続けるだろう。

 

 ヴィンセントはほんの一瞬、目を伏せた。

 だが、それを悟られないように、スマホを指で弾いて画面を点ける。

 通知はなかった。

 

 ただのクセだ。無意識に確認してしまう。

 それでも、今はなぜか、それが少しだけ気休めになった。

 

 少しの間、沈黙が流れた。

 やがて、ジョージがぽつりと口を開いた。

 

「俺も負傷兵で除隊になった。

 ……傷が深かったらしい。後遺症も残るそうだ」

 

 ヴィンセントは一瞬だけ目を見開いた。

 

「……後遺症?」

 

「ああ、腹をやられた。腸だ。

 食えば、そのぶんだけ、鈍く痛む。

 ……もう、満腹も、酔うのも無理だ」

 

 あまりにも淡々とした口調だった。

 それが冗談でないことは、表情を見るまでもなく分かった。

 

 いつものように気にした様子もなく、窓の外に目をやっていた。

 まるで、そういう体になったことさえ、ただの「仕様変更」に過ぎないと言うように。

 

 一方のヴィンセントは返す言葉を見つけられなかった。

 食べることが、こいつにとっては罰になった。

 

 そう思った瞬間、喉の奥がひどく詰まった。

 あの夜、ジョージは撃たれ、血まみれになりながらも敵を引きつけようとした。

 その回復が簡単で済むはずがなかった。

 

 戦場で使えなくなった兵士は、軍にとっては負債だ。

 除隊は、必然だった。

 

 ヴィンセントはスマホをポケットに戻し、立ち上がってジョージを見下ろした。

 

「除隊か。まぁ、ちょうどいい」

「何が?」

「俺たちの会社を作ろう」

 

 ジョージは微かに眉を寄せた。

 

「会社?」

 

 ヴィンセントは手を広げ、いつものように豪快に笑った。

 

「ああ、俺たちの会社だ。

 軍を辞めても、戦いの場はある。

 俺たちみたいな奴を必要とするやつらは山ほどいる。

 俺たちが、本当に守りたいものを守るための会社だよ!!」

 

 ジョージはしばらくヴィンセントを見つめていたが、やがて静かに目を閉じた。

 

「……お前がやるなら、好きにしろ」

 

 ヴィンセントはニヤリと笑った。

 

「お前も軍を辞めたなら、俺と組め」

 

 ジョージは何も言わなかった。

 だが、ヴィンセントには分かっていた。

 ジョージは、否定しなかった。

 それで十分だった。

 

 枕元に置かれた『地下室の手記』が、静かにページを閉じていた。

 それはまるで、誰にも見えない返事のようだった。

 

 

 

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