【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

60 / 161
042:依頼じゃない。これは俺の意地で動く潜入だ。

 ジョージはキッチンへ戻り、無造作に置かれたスマホを手に取った。

 画面を点けると、不在着信の通知がひとつ。ヴィンセントからだった。

 

 時刻を見る。シャワーを浴びていた時間と一致する。

 ジョージはスマホを握り、静かにガレージへ向かった。

 ナンシーたちを起こさぬよう、足音を殺して扉を開ける。

 湿った夜気が肌にまとわりついた。

 

 ガレージのシャッターは半開き。

 椅子に腰を下ろし、ジョージはヴィンセントに折り返した。

 

 コール3回。通話が繋がる。

 

『おう、やっと死人が蘇ったか』

 

 ヴィンセントの第一声には、皮肉がたっぷり混じっていた。

 

「シャワー中だった。何かあったか?」

『お前、例のクラブにチャットと潜入って本気か?』

 

 ジョージはスマホを持ち替え、膝に肘をつける。

 

「ああ。水曜に準備して、木曜に潜る。

 チャットを使うが、経費は俺持ちだ」

 

『……チャットは副社長だぞ?

 勝手に外注みたいに使っていい立場じゃねぇ。

 組織の看板背負ってるって分かってるか?』

 

「わかってる。だが今回は、ΩRMじゃなく俺の判断だ。

 ナンシーとの契約には潜入工作なんて含まれてない。

 依頼人に負担はかけられない。

 それに、会社の体面を汚すような動きはさせない。

 チャット本人も了承済みだ」

 

『そんで、チャットは? 脳みそ抜いてOK出したのか?』

 

「“遊びを仕事にするのが俺の生き甲斐”って言ってた」

 

 電話の向こうで、ヴィンセントが吹き出した。

 

『アイツ、筋金入りだな……で? 潜入方法は?』

 

「チャットが成金を演じてクラブに潜る。俺はその付き人だ」

 

『付き人って……お前が? あのジョージ・ウガジンが?』

 

「そうなる」

 

『“かしこまりました、お坊ちゃま”ってお辞儀すんのか?』

 

「その通りだ」

 

『ハハッ……くっだらねぇ〜な、最高だよ』

 

 ジョージは黙って聞いていた。

 

「クラブ・ドミニオンのVIPエリアで、薬物と人身売買の疑惑がある。

 盗聴器を仕掛けて証拠を押さえる。

 それを使って、キングスリーに“グレナン家から手を引け”と通告する」

 

ヴィンセントはしばらく黙った。

 

『……もし交渉が失敗したら?』

 

「バックアップは用意する」

 

『ま、そう来ると思ってたよ。

 お前はそういうヤツだ。だがな――』

 

 ヴィンセントの声が低くなる。

 

『木曜に家を空けるなら、ちゃんと代わりを立てろ。

 あの家に何かあったら、全部台無しだ』

 

「それについては考えてる。

 これも俺が持ち出す。そっちで誰かいないか?

 チンピラを追い払える程度でいい。戦闘員じゃなくていい」

 

『……新人、入れていいか?』

 

 ジョージの眉がわずかに動いた。

 

「新人?」

 

『ああ。29歳、女。元衛生兵。レイチェル・カーター。

 警備の基礎は入ってる。現場経験は浅いが、筋は通ってる。

 人間性も問題なし』

 

「ナンシーや子どもと上手くやれるか?」

 

『礼儀はあるし、余計なことは言わないタイプだ。

 気難しい娘にも過干渉しない。

 だが、いざという時は殴れるくらいの腕と度胸はある』

 

 ジョージは少し考えてから言った。

 

「経費は?」

 

『新人研修名目で計上する。タダだ』

 

 ジョージは短く息を吐いた。

 

「優秀な人材を無料で。

 お前、相変わらずやり手だな」

 

 ヴィンセントが笑う。

 

『だろ? で、そっちは完全に持ち出しでやるってのも本気なんだな?』

「本気だ。だから――」

 

 ジョージはスマホを持ち替え、作業台に肘をつきながら静かに言った。

 

「俺をΩRMの役員にしなくて正解だったろ?」

 

 電話越しの沈黙。

 次の瞬間、ヴィンセントが盛大に吹き出した。

 

『マジでな。お前が財務担当だったら、とっくに潰れてたわ!』

 

「感謝してくれ」

 

『するわ。心からな!』

 

 ヴィンセントはようやく落ち着きを取り戻しながら続ける。

 

『じゃあ決まりだな。

 チャットと新人は水曜にそっちへ向かわせる。

 俺は少し離れた場所で待機しとく』

 

「了解」

 

 ジョージは通話を終え、スマホを作業台に置いた。

 ふと天井を仰ぎ、蛍光灯の白い光を無言で見つめる。

 

 ――水曜、準備。

 ――木曜、潜入。

 

 目線を下ろすと、ローグの傷が視界に入った。

 ジョージはその線を指先でなぞり、静かに息を吐く。

 

 クラブに足を踏み入れれば、もう引き返せない。

 だが――あのスニーカーが吊るされた瞬間、すでに始まっていたのかもしれない。

 

 覚悟をひとつ、胸の奥に沈めるように。

 ジョージは、ゆっくりと呼吸を整えた。

あなたの年代と性別を教えてください。(読者の傾向を知りたい)

  • ~20代男性
  • 30~50代男性
  • 60代~男性
  • ~20代女性
  • 30~50代女性
  • 60代~女性
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。