【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

61 / 161
【番外編】ビーンズヒーロー:勝手にヴィーガンにされたんだが……放っておいてくれないか?

 チャールズ・フィンリー。通称:チャットは、笑いを堪えるのが苦手だった。

 だから今も、ダイナーの隅でアイスティーを啜りながら、唇の端を震わせている。

 

 カウンター席のジョージ・ウガジン。

 例によって注文は、グリーンサラダ、ビーンズスープ、全粒粉のトースト。それとブラックコーヒー。

 

 肉? 一度も頼んでいない。

 

 腹部を撃たれた後遺症で、食べるものが限られているからだ。

 肉は量と質を選ばないと、消化が追いつかない。

 

 それが、地元のヴィーガン伝説を生むとは、当の本人は知る由もなかった。

 

「毎日サラダだけの小柄な元兵士がいる」

 

「ビーンズで罪を洗ってるらしい」

 

「ビーンズ=贖罪? やばい、これ小説になる」

 

 SNSは一気にバズった。

 誰かが作ったキャッチコピーは、“銃を置き、豆を選んだ男”。

 小柄な体型も相まって、“ビーンズヒーロー”と呼ばれるようになった。

 

 

 ΩRMのオフィスに、ヴィーガンを推奨する団体から表彰盾が届いた時、チャットは笑いすぎて倒れかけた。

 

『地域における平和的食選択の象徴』

Presented to Mr. George U.

 

「おいジョージ……お前、今じゃ豆の伝道師だぞ」

 

「…………」

 

「なんか言えよ。否定しろよ」

 

 しばし沈黙の後、ジョージがぽつりと呟いた。

 

「……あの店は場所が便利だ。

 だが肉は、油が悪い。腹を刺す。だから食わない。それだけだ」

 

 その無表情な言い切りに、チャットはテーブルに突っ伏した。

 

「そのストイックさが、さらに火に油なんだよ!

 マジで燃えるぞ、お前のビーンズ!」

 

 翌週、ダイナーの壁には新たなポスターが貼られていた。

 “BEANS, NOT BULLETS.”

 描かれているのは、豆をすくうジョージの横顔。シルエットすら静謐だ。

 ウェイトレスはにっこり笑って注文を取る。

 

「ビーンズヒーロー、いつものでいいわよね?」

 

 チャットはブース席で、頭を抱えてうめいた。

 

「……いいのかこれで。いや、いいのか……?」

 

 それでも、彼は思う。

 否定しない。主張もしない。

 ただ、必要な理由があって豆を選び、静かにスプーンを動かすその姿。

 

 それは時に、人々に勝手な意味と希望を与える。

 そしてジョージは、それすら受け流してしまう。

 

 チャットは息をついて、タブレットに届いた最新の記事を開いた。

 

『豆で世界を変える男:元兵士ジョージ・U氏の食卓に学ぶ』

 肩をすくめて、笑うしかなかった。

 

「……もうビーンズ教でも立ち上げるか?」

 

 

「……お前、また変なメール来てんぞ」

 

 ΩRMオフィスの朝。

 チャットが、にやにやしながらヴィンセントにタブレットを突き出してきた。

 

「今度は何だよ」

 

 ヴィンセントはため息をつきながら、画面をのぞき込む。

 そこには、奇妙に熱意のこもった文面があった。

 

『弊社では現在、“沈黙の草食獣”ことジョージ・U氏をモデルに、

 ヴィーガンと非暴力をテーマにしたヒューマンドラマ映画を企画しております。

 主役は無言で豆をすくうだけの元兵士。彼の沈黙が世界を変える――

そんな感動のストーリーを、世界に届けたいのです』

 

「…………は?」

 

 ヴィンセントの脳内で、食事をしているジョージの姿が、壮大な音楽と共に脚色された映像が流れて、即座に停止した。

 

「いやいやいや。いやいやいやいや!!!」

 

「おちつけヴィンちゃん、これ今、マジで出資募ってるぞ。ハリウッドのインディーズ枠で」

 

「インディーズでジョージ!?

 スプーンだけで演技するの!?

 おい、何でお前笑ってんだよチャット!!」

 

 数日後、ジョージはいつものようにビーンズスープを前にしていた。

 変わらぬ姿勢。変わらぬ表情。変わらぬ沈黙。

 

 ヴィンセントはその横に座った。疲労の顔を隠しきれなかった。

 

「なあ……なあ、ジョージ。お前、自分の名前で映画作られそうになってんの分かってるか?」

 

「…………」

 

「“銃を捨て、豆で語る兵士”、“過去の罪を豆で洗う男”だぞ。

 セリフはゼロ。全部表情芝居だってさ。脚本、ガチだった」

 

「…………」

 

 ヴィンセントはついに耐えきれず、テーブルを指差して怒鳴った。

 

「だから言ってんだろ!! 肉も食えって!!」

 

「…………」

 

 ジョージはほんの少しだけ、首を傾げた。

 

「……油が悪い」

 

「知ってるよ!!!

 でもこのままだとお前、“豆の黙示録”でデビューするんだぞ!?」

 

 後ろのブース席から、チャットの爆笑が止まらなかった。

 

 

 そしてその週末。

 映画企画は、「本人の許諾が得られない」という理由で白紙になった。

 理由はこう記されていた。

 

『対象人物の反応が無言すぎて、同意かどうかすら分からなかったため。

 また、代理人と思われる人物が肉を食わせようとキレていたため、断念いたします』

 

 ヴィンセントはオフィスで、ポスターを握りつぶしていた。

 そこには、白黒で描かれたシルエット――

 豆をすくうジョージの姿に、「SILENCE OF PEACE」と添えられていた。

 

「……いいかジョージ。次にチキン頼んだら、俺が喜んで奢るからな」

 

「……分かった」

 

 その声が、ほんのわずかに柔らかく聞こえた気がして、

 ヴィンセントは仕方なく笑った。

 

あなたの年代と性別を教えてください。(読者の傾向を知りたい)

  • ~20代男性
  • 30~50代男性
  • 60代~男性
  • ~20代女性
  • 30~50代女性
  • 60代~女性
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。