【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

69 / 161
049:お前はもう日本人じゃない

 店内は騒がしかった。

 子どもの笑い声。食器が擦れる音。

 ファミレス特有の柔らかい照明が、料理を照らしていた。

 

 ナンシーの前にはグリルサーモンとマッシュポテト。

 ジェシカはチーズバーガーに山盛りのフライ。

 リリーは、マカロニ&チーズをフォークでかき回している。

 ジョージの皿には、チキンサラダとスープだけ。

 

 その向かい。

 ワラビーのテーブルには、ダブルチーズバーガーとベビーバックリブ。

 そして山盛りのポテトフライ。

 明らかにオーバーだった。

 最初は値段を気にしていた。

 だがジョージが一言、口にした。

 

「お前のは俺が奢る。好きなものを、腹一杯食え」

 

 それでこの量だった。

 

「ワラビー、なんでいるの?」

 

 ジェシカの声に呆れが混じる。

 

「いや~、なんか流れでついてきちゃった〜」

 

 頬をかきながら、ポテトを一本くわえる。

 緊張感という概念が欠落している。

 

 ナンシーがふと思い出したように言った。

 

「そういえば、日本ってご飯を食べる前に言う言葉があるわよね?」

 

 ジェシカが顔を上げた。

 

「え? 何それ?」

「いた……なんだっけ?」

 

 視線が、自然とジョージに向かう。

 

「ジョージ、日本語でなんて言うの?」

 

 リリーも、スプーンを握ったまま見上げてくる。

 

「しってる? しってる?」

 

 ワラビーも無邪気に口を挟む。

 

「へぇ、日本語ってそんなルールあるんすね。ジョージさん、教えてくださいよ」

 

 ジョージはフォークを手にしたまま、視線を落とした。

 

 一瞬、時が止まる。

 

 ──いただきます。

 

 それだけのことだった。

 だが、喉が詰まる。

 声が、出なかった。

 

 違和感。

 言葉が、口の奥にひっかかっていた。

 

 舌に、妙な苦味が滲んでいく。

 

 ◇

 

 ステンレスのトレイ。

 冷えたパンとスープ。

 殺風景な食堂。無言の列。

 

 8歳の自分。

 椅子に座り、小さな手を合わせた。

 

 ただの癖だった。無意識だった。

 

「いただきます」

 

 スプーンがテーブルに当たる。

 他の音は、すべて消えた。

 

 ──空気が変わった。

 

 目線が突き刺さる。

 喋ってはいけない何かを口にした感覚。

 

 向かいの少年が、目を伏せてスプーンを置いた。

 隣の少女は、音もなく席を立ち、背を向けた。

 

 足音が背後から迫る。

 

 反射で背筋が伸びる。

 次の瞬間――

 

 机が叩かれた。

 乾いた音が、身体を揺らす。

 スープが波打ち、パンが転がる。

 

「何を言った?」

 

 静かな声だった。

 だが、胸を押し潰すほど重い。

 

 口が勝手に動いた。

 

Nothing(なにも)……」

 

 かすれた声。

 喉が絞まる感覚。

 

 拳が震えた。

 

 誰も何も言わなかった。

 だが、空気が言っていた。

 

 ──日本語を話すな。

 ──命を失うぞ。

 

 足元が、音もなく沈む。

 ぬかるみのように。終わりのように。

 

「お前はもう日本人じゃない」

 

 静寂が、耳を締め付ける。

 

「お前はアメリカ人だ」

 

 否定も拒否も許されなかった。

 

 スプーンを握り直す。

 言葉を飲み込み、沈黙を選んだ。

 スープをすくい、喉に流す。

 それだけ。

 

 会話は、なかった。

 

 ◇

 

「ジョージ?」

 

 ナンシーの声。

 遠くで誰かが名前を呼ぶ。

 

 気づくと、全員の視線がこちらを向いていた。

 ジェシカ、リリー、ワラビー。

 誰もが何かを察したような目をしていた。

 

 ジョージは視線を落とす。

 フォークを持った指が、わずかに動いた。

 

 目の前には、ただのサラダ。

 温かい料理の匂い。

 人の笑い声。柔らかな照明。

 

 あの食堂ではない。

 これは、ファミレスだ。

 

 息を吐く。浅く、静かに。

 

 数秒の沈黙。

 

 喉の奥の詰まりを断ち切るように、声を出した。

 

「……イタダキマスだ」

 

 思った以上に、低い声だった。

 だがそれでも、誰も言葉を返さなかった。

 

 リリーが満足げに笑い、ジェシカが小さく頷く。

 ナンシーは何かを飲み込むように、穏やかに微笑んだ。

 

 ワラビーだけが、無邪気に肉を頬張りながら言った。

 

「へぇ、やっぱかっこいいっすね、日本語」

 

 ジョージは何も言わなかった。

 ただ、無言のまま、フォークを刺した。

 

 

あなたの年代と性別を教えてください。(読者の傾向を知りたい)

  • ~20代男性
  • 30~50代男性
  • 60代~男性
  • ~20代女性
  • 30~50代女性
  • 60代~女性
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。