【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る   作:冬蜂

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058:フェーズ・2 ギャンブルで負けろ

 札束の山。

 スモークガラスのシャンデリアが、鈍く鈍く光を落としていた。

 葉巻とウィスキーが混ざった空気が、重たく部屋に沈殿している。

 

 ――VIPルーム。罠の中心。

 

 爆発するような笑い声が響いた。

 声の主は、札束をテーブルに叩きつけた男。

 ジョニー・ウー。陽気な仮面を貼りつけた獣。

 

「ハッ! 運も実力も、ぜんぶこの手の中ってヤツよ!」

 

 一拍。

 場の空気が、変わった。

 

 “カモ”

 

 その一語が、全員の表情ににじんだ。

 

 チャットは静かにグラスを傾けながら、黙って見ていた。

 脳内では、すでに別のゲームが始まっている。

 

 +1、+1、0、−1、+1……

 

 カードが捲られるたびに、視界の隅で数が並び替えられていく。

 それは感覚ではない。

 演算。戦場で使う脳の使い方だ。

 

(52枚中、既出17枚。カウント+4。

 ハイカードの出現率は、16.8%増。

 “勝たせ”のフェーズ。予定通りだな)

 

 ディーラーの手癖も、外部シグナルも問題なし。

 チャットは空気の隙間を嗅ぎ、流れの変化を読む。

 演技。統計。空気の制御――それが彼の戦いだった。

 

(悪くない。ここのディーラーは、演出に長けている。

 客を勝たせて、札束を積ませて、底を抜く。

 なら、その流れごと“逆用”すればいい)

 

 配られるカード。

 ジョージの手には「10」と「6」。計16。

 ディーラーの表は「7」。

 

(……ニュートラルか。流れを崩すほどじゃない)

 

 ジョージが指先で札束を弾き、片方の口角だけを吊り上げる。

 

「……微妙だなァ。

 でも、ヒットだ」

 

 カードが滑る。

 「4」

 

 ジョージの手は20。

 チャットは心中でカウントを更新しながら、グラスを傾ける。

 

(+1。悪くない)

 

 ディーラーが自身のカードをめくる。「10」そして「6」、計16。

 次のカードは――「7」。

 バスト。ディーラー23。

 

「ハッ! 俺は天才だな?」

 

 ジョージが吠えるように笑い、札束を再びテーブルに叩きつける。

 ホステスが甘えた声で笑いながら、その腕にしなだれかかる。

 

 チャットはグラス越しにテーブルを見た。

 

(カウントは+3。次でハイカードが来る)

 

 ギャラリーの熱が上がる。

 その空気の中で、ジョージは完璧に“ハマった”。

 

「ジョニー様、今、ツイてますねえ?」

 

「フッ。レオン、お前の占い、当たるじゃねぇか」

 

 再びカード。

 「エース」と「キング」――21。

 ――BLACK JACK――

 

 歓声。

 ジョージがサングラスを投げ、ホステスがそれを拾いに走る。

 

 チャットは、沈黙のままワインの液面を見つめていた。

 

(……これで完全に“ツイてる”と思い込んだな)

 

 

 数ラウンドが過ぎた。

 場は熟しきっていた。

 ジョージの脳内には「勝っている」という感覚だけが刻まれている。

 

 だがチャットは冷静だった。

 カウントは「−2」へと下降。

 今は“締め”のフェーズ。札束を回収する時間帯だ。

 

 タイミングを計り、チャットがジョージの肩を軽く叩いた。

 

「ウー様……そろそろクールダウンの頃合いです」

 

 一瞬の目配せ。

 ジョージはそれを理解した。

 流れが切り替わった、という合図。

 

 だが、あえて鼻で笑う。

 

「クールダウン? ははっ、冗談言うな。

 カジノは“流れ”がすべてだろうが」

 

 チャットはわざとらしく溜息を吐く。

 その姿を周囲は見逃さない。

 

「……困った方ですね」

 

 ジョージが再び札束を投げた。

 カードが配られる。

 

 「6」と「9」――合計15。

 ディーラーの表は「ナイト(10)」

 

(カウントは−3。これは、確実に沈む)

 

 それでもジョージは迷いなくチップを積んだ。

 

「ヒットだッ!」

 

 配られたのは「5」――計20。

 チャットは再びグラスを傾ける。

 

(ディーラーの手が20か21なら、引き分けか……いや)

 

 ディーラーは、沈黙のままカードをめくった。

 

 「エース」――21。

 

 ジョージは一瞬だけ歯を食いしばる。

 そして、豪快に笑った。

 

「チッ……まあいい。遊びに来たんだしなッ!」

 

 ホステスが耳元で囁く。

 

「ウー様……まだツキは残ってますよ?」

 

 ジョージはその顎を指で持ち上げた。

 

「そうか? じゃあ、もっと引き寄せないとな」

 

 そう言って、彼女の唇の端にチップを挟み込む。

 

 チャットは、それを見ていた。

 冷ややかな目で。

 

(……完璧だ。

 本物の“カモ”に見える)

 

 すべてが、計画通りだった。

 

 その時、奥からシルバーのトレイを持ったトップレスの女が近づいて来た。

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