【完結】潜誠の盾:元“処刑人”のボディーガード。シングルマザーを守る 作:冬蜂
ハードボイルドはファンタジー等とは違い、とてもニッチなジャンル。
当初は、孤独な闘いを覚悟していました。
ですが、読者が一人、また一人と増えるたびに、胸の奥が温かくなるのを感じました。
正直、数は多くありません。
他のサイトでは、PVがゼロの日など当たり前のようにあります。
だからこそ、ここまで追いかけてくださっている方は、もはや少数精鋭の仲間です。
心から感謝しています。
072: 赤く塗られたスニーカーの夜に、
夜──グレナン家
黒い気配が、また来た。
カメラと盗聴器を回収した、その日の夜だった。
視界の端に、フードをかぶった影が現れる。
そして、吊るされた。靴だ。
ジョージはダイニングにいた。
膝に開いたノートPCから目を離し、無意識にカーテンの隙間へ視線を滑らせていた。
電線。前と同じ場所。
その瞬間、“それ”が放物線を描き、カツリと乾いた音を残して絡まる。
スニーカー。左右で色が違う。
黒と白。それぞれ、切り裂かれ、濃い赤に染まっていた。
血の演出。──処刑の予告だ。
ジョージは、もう立っていた。
音を立てずドアを開け、夜気を切り裂くように外へ出る。
歩きは静か。だが目は、獲物を捕らえた鷹のそれだった。
門を抜け、角を曲がる。
そこにいた。
フードの人影。ちょうどスニーカーを投げ終えた直後──逃げ出そうとしていた。
……今度は、逃がさない。
ジョージは走った。
無音で加速。重力を切り離す一歩で間合いを詰め、背後から跳ぶ。
腕を背に絡め、地面に叩きつける。
「動くな」
低い声には一切の情がない。
関節を決めた腕に、制圧の重さがこもる。
──だが。
軽い。
骨が細い。筋肉がない。反射も鈍い。
ジョージは即座に異変を察知した。
手に伝わる震え。指の細さ。
──これは、子どもだ。
一瞬の沈黙ののち、力が抜ける。
壊れ物を扱うように体勢を変え、慎重に腕を引き寄せる。
フードをめくる。
現れた顔は、ジェシカと同じくらいの少年。
頬はやせ細り、唇は青い。目の下の隈が深い。
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
少年は、声にならない声で懇願する。
震える手で自分の腕を抱き、息を整えようとするが、それすらままならない。
──これが、キングスリーの手札か。
あまりにも幼い。
だが、その目は確かに「命令で動いた」者のものだった。
◇
数分後/リッジライン 車内
街灯の光が、窓の向こうで滲んでいた。
ジョージは運転席に身を沈めたまま、背もたれを倒して後部座席を振り返る。
少年は、隅に身をすくめていた。
擦り切れたパーカーの裾を、指が強く握り潰している。
チャイルドロックで内側からはドアは開かない。
ジョージは無言でコンソールを開ける。
取り出した非常食用のチョコバーを、少年の膝に静かに置いた。
「……食え。今は、それだけでいい」
少年は動かない。数秒の硬直。
やがて、おそるおそる包みを破き、小さな歯で噛み始める。
味わうように、ゆっくりと。
ジョージはそれを見ていた。
急かさず、責めず、評価もせず。
ただ黙って、そこにいた。
「名前は」
少年は俯いたまま、小さな声で答える。
「……ライル」
「年は」
「……15」
声のトーンは変えない。問いを重ねる。
「誰に言われた」
ライルの喉が鳴る。咳き込む。
小さな手で口を押さえ、言葉をこぼし始めた。
「……ネットで見た……掲示板……1回で100ドルって……スニーカー投げるだけ、って……」
言葉はかすれ、途切れ、苦しげに続く。
「母さん、働けなくて……弟が、病気で……
俺が全部……飯代も、薬代も……生活保護は待機中で、水しか出ない家で……」
吐き出されたのは、言い訳ではなかった。
誰にも届かない場所で、一人で抱えていた現実の断片だった。
傍らに置かれたスマホは古く、画面が割れていた。
──図書館か、ファストフードのWi-Fiで仕事を探したのだろう。
「連絡は……チャットアプリ。顔も名前も知らない……
“お前がやれば気づかれない”って言われて……
1回目のあと、2回目は断った……そしたら、“次は家に行く”って……」
声が消える。
膝の上に落ちるチョコの破片。少年は黙ったまま、俯いた。
「キングスリーの名前は?」
ライルはびくりと反応し、すぐに首を振る。
「知らない……でも、“王様に捧げるサイン”って……そう呼んでた」
ようやく、ライルの目がジョージを捉える。
濁った夜の奥で、小さな光が揺れていた。
「……俺、終わりですよね……?」
その言葉だけが、静かな車内に落ちた。
ジョージは、わずかに目を細めた。
──あの闇の中にいた“敵”は、今ここにはいない。
使い捨てられ、見捨てられた命が、ひとつ震えているだけだ。
「終わっちゃいない。お前は、ただ使われただけだ」
言葉は乾いていたが、熱を孕んでいた。
冷えきった芯を、静かに温めるように。
ジョージはスマホを手に取る。
「ここにいろ。少し休め。
……話してくれて助かった。
安心しろ。悪いようにはしない」
ライルは、小さく頷いた。
その肩の震えは、寒さだけじゃなかった。
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