二次創作と言いつつ錠前もハスミもそんなに出てきません。許してください

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きれいな手

 やせ細った手を、ゆっくりとさする。

「最近さ、正義実行委員会やめちゃったんだよね」

 返事はない。規則正しい電子音のみが響く病室の中、続ける。

「結構いろんな人が止めてくれてたんだけどさ。ハスミ先輩とかね」

 その時の光景を思い出す。一度落ち着いた方が良いだとか、休暇を取れだとか言われたけど、そのどれもを鬱陶しく感じてしまって逃げるように走り去ったのを思い出す。

「いやぁ。気まずくなっちゃうねぇ。顔合わせられないよ」

 でも。と心の中で呟いてから、手を優しく握る。

「絶対仇はとるからね」

 そう言ってから席を立つ。

「右腕を奪ったアリウススクワッドを、殺してくるからね」

 右腕があるべきはずの場所に手を置き、優しく声をかけてから病室を去った。

 

 

 彼女は絵がとても上手だった。

 所属は私と同じく正義実現委員会だったが、お世辞でも誰かと戦うなんてことに向いているとは言えない、物静かで、優しい子だった。

 ある時、なんで正実に入ったのと聞いたら私がいるからと答えてくれたのをよく覚えている。あの子は美術が大好きで、休みの日は美術展に連れていかれてなんだかよく分からない作家の、なんだかよく分からない作品の蘊蓄を延々と聞かされることが多かった。私は絵が全く得意ではなくて、あの子の話の半分も理解できていなかったけれど、嬉しそうに話す横顔を眺めるのはとても好きだった。

 またある時は、あの子の家で絵を描いているのを一日中見て過ごすこともあった。私は芸術のことがよく分からないけれど、あの子が絵を描く様と、描いた絵を見るのはとても好きだった。

 でも、もう彼女は筆を握れない。

 

 エデン条約の調印式。その場にミサイルが落下し大規模な被害が出た大事件から数ヶ月。正義実現委員会の一員として参加していた彼女は、瓦礫の下敷きとなったことで利き手であった右手を含む右腕の肘から先を失った。さらに着弾の衝撃に巻き込まれて頭を強く打ち、未だ自治区内の病院で眠り続けている。

 

 

 

 あの子の見舞いからの帰り道、シャーレの先生を見かけた。エデン条約以降、実行犯について何か知っていることはないかと会う度に聞いているのだがいつも煙に巻いたような回答ではぐらかされてしまっている。

 どうやら急いでいるようで、少し息を乱している。あまり人気のない方面、というかブラックマーケットの方へ向かっており、どうやらそこに用事があるらしかった。アリウスについて尋ねたときの態度から察するに、先生は何かしらの情報を握っているはずで、もしかすると援助をしているのかもしれない。あまりにも自分に都合のいい考えだとは思ったが、一縷の望みを捨てきれなかったわたしは気付かれないように後をつけた。

 

 「"大丈夫?"」

 暗い路地の更に奥、ビルに遮られ光も届かないような場所で先生は止まり、慌てたような声で誰かに喋りかけていた。気付かれないようにそっと、しかし相手の顔は分かる程度に近付き、そっと盗み見る。

 

 目を疑った。

 甲斐甲斐しく手当をし、心配そうな声色で語り掛けているその相手は、エデン条約での事件における実行犯、アリウススクワッドの一員であった。

 見間違うはずもない青色の長髪、瞳、今は外しているようだが首元にあのマスクも見られる。なんということだ。生徒を守るべき立場である先生が、生徒に害をなした存在であるアリウススクワッドに手を差し伸べている!到底許されるべきものではなく、腹の中の憎悪が煮え滾っているのが感じられる。しかしそれとは裏腹に頭は冷えていく。あれだけの手負いといえど相手はアリウス、さらには先生もいるのだ。殺すべきは今ではない。仲間も近くに潜んでいるかもしれない。もし盗み見ているのがバレていたら?そう思うと体が震え上がりそうになるがなんとか堪え、情報を少しでも手に入れるため周囲の警戒を継続しつつ、アリウスの女と先生との会話を聞くことにする。

 

 話を聞く限り、どうやらあの女は現在アリウススクワッドの他のメンバーから離れ一人で行動しており、日銭を稼ぐために傭兵のようなこともしているらしい。

 あれほどの強さの女が今後これほどに弱る機会があるのかと言われると疑わしいが、それでも先生とともにいる今攻撃を仕掛けるよりはマシな時が来るだろう。そう思ってその日はその場を後にした。

 

 それから少しずつ、時間をかけてあの女のことを調べていった。

 錠前サオリという名前からブラックマーケットのどのあたりを潜伏先としているのか、先生とはどの程度の頻度で合うのか、その他錠前サオリを排除する上で必要な情報はすべて、寝る間も惜しんで調べ上げた。

 

 

「少し、いいですか?」

 今日もブラックマーケットにて調査を行おうとした矢先、ハスミ先輩に声をかけられた。

「どうしました?」

「いえ。委員会を辞めてからどうしているのかと思いまして……」

 心配だという声色で語りかけてくるハスミ先輩。少し前に委員会を辞めてから定期的に声をかけられるようになった。

「どうもしませんよ。普通ってやつです」

 下駄箱へ向かう足は止めずに答える。

「あの子の容体は、どうですか?お見舞いには行っているのでしょう?」

 後ろから声が聞こえる。

「まだ目を覚ましてませんよ」

 足を止め振り返って一言、そう言ったのち再び歩き始める。

 あの子はあんなに苦しんだのに。あの子は今も目を覚まさないのに。あの子の元には先生は来なかったのに。錠前サオリは今も五体満足で、先生に目をかけられている。

 許せない。許せない。許せない。許せない。

 苛立ちはそのまま所作に転じ、下駄箱を怒りのままに力いっぱい閉じる。大きな音が響いて周囲の目線が集まってきたが、そんなことはお構いなしにスニーカーに踵を合わせて走り出した。

 

 ブラックマーケットに入り込み、錠前サオリの潜伏先と思われる場所へ向かう。ただでさえ人通りのないブラックマーケットの中でもさらに人が通らない路地に入っていく。

 万が一にも足音を立てないよう慎重に歩いていると、後ろから鉄製の何かが頭に当たる感触がした。

 

「最近私を尾行しているな。誰に雇われた」

 声を聞いただけで分かる。錠前サオリだ。銃を向けられている恐怖よりも、憎悪の対象が今自身の後ろにいるという事実に身が震える。

「雇われてない。お前に用があって来た」

 冷静に、震えた声にならないよう努めて返答する。

「なにが目的だ?」

「なにが……?目的だって……?」

 苛立つ。あんなにも大勢の人間を傷つけたのに。あんなにも大勢の人間を不幸にしたのに。あの子の腕を奪ったのに。あの子はまだ目を覚まさないのに!

「おまえをッ!」

 素早くホルスターからハンドガンを抜き振り返る。

「ッ!?」

 当然錠前サオリも発砲し、銃弾が側頭部に直撃するが構わず構え引き金を引く。

「殺しに来たんだッ!」

 放たれた銃弾は錠前サオリに当たることなく、素早く懐に潜り込まれたかと思うとそのままみぞおちに拳がめり込む。

 思い切り殴り飛ばされ、そのまま錠前サオリが馬乗りになり、再び私の頭に銃を突きつける。

「このまま帰るつもりはないか?今ならまだ軽傷で済む」

 あまりにも冷静な声でそう告げる錠前サオリ。

「何様のつもりだよ……!」

 腹が立つ。殺してやりたい。

「お前、自分が何やったか覚えてないのか……?」

「……!」

 錠前サオリの表情に動揺の色が浮かぶ。

「お前らが落としたミサイルで、どれだけの人間が怪我したと思ってるんだ……!」

 力が弱まる。

「まだ目を覚まさないんだよ……!」

 押し付けられた銃を握り、逸らしながらゆっくりと起き上がっていく。

「お前が起きて!飯を食って!先生と会って話してる間も!あの子はずっと目を覚ましてないんだよ!」

 ついには立場が逆転し、私が逆に錠前サオリを組み敷く形になる。

「お前がやったんだ!お前が奪ったんだ!」

 胸元を握る。

「お前が悪いんだ!お前のせいなんだ!」

 首元に手をかける。

「お前が!」

 力をかける。

「お前がッ!」

 顔が青くなっている。

「お前がッッ!」

 頭の中で何かが切れる音がする。

「お前がッッッ!」

「”待って!”」

 後ろから先生の声がして、そちらに幾分か意識が割かれる。

「うッ!?」

 気を取られた一瞬で錠前サオリは平常心を取り戻したようで、思い切り蹴とばされる。

 壁に打ち付けられてせき込んでいる間に先生はあの女のもとに駆け寄り、手を差し伸べていた。なぜ罪人のあの女に手を差し伸べて、心配するようなまなざしで、声色で語り掛けているのだ。そんなことをする価値はその女にはないのに。生きていていい存在などではないというのに。

「せんせいは、いいんですか」

 じっとふたりを見つめて口を開く。

「そいつがなにしたか、わかってるんですよね」

「”うん。分かってるよ”」

 先生は目を逸らすことなくそう返す。きっとそうなのだ。先生はすべてを赦してしまうひとなのだ。

 錠前サオリがどれほど罪深く、救いようのない女でも、”生徒”である限りは庇護対象になってしまうのだ。

「せんせいは、だまされてるんですよ」

 息を整えつつ、語り掛ける。

「そいつ、ミサイルおとしたんですよ……?」

「”うん”」

「たくさんの人がケガしたんですよ…………?」

「”そうだね”」

「わ、わたしのともだちも、それのせいで…………!」

 錠前サオリの方に視線を向けて叫ぶ。

「お前のせいで!腕がッ!なくなったんだぞ!」

 ふたりがそろって目を見開く。先生が口を開こうとしたのを静止して、錠前サオリが喋り始める。

「それは……私の責任だ。言い訳のしようもない」

 ゆっくりと私に近づき、膝を地面につけ、それから手を付く。

「本当に、申し訳なかった。気の済むまで痛めつけてくれて構わない」

「”サオリ!”」

 咎めるような声で先生が口を挟もうとする。

「いいんだ。先生。これは私の責任だ」

「”でも……!”」

 ふたりしてなにやら言い争っているようだ。その内容は頭に入ってこない。極悪人だと思っていた女が、こんなにあっさりと謝罪したことで頭がいっぱいになっていた。

「は…………?」

 ほとんど吐息のように声が漏れる。私が口を開いたことに気付き、ふたりは言い争いを中断し、私の次の言葉を待つ。

「ふざけるなよ…………」

 錠前サオリの頭を掴み、私の目の前まで引っ張る。

「なに簡単に謝ってるんだよ……!」

 この状況になってもなお、錠前サオリの顔には敵意が浮かんでこない。

「なんなんだよその顔は!なんでされるがままなんだ!なんでそんな顔してるんだ!」

 錠前サオリはただ黙って、なされるがままだった。

「なんで……」

 喉が熱い。頭の中がぐるぐるする。

「なんでクズのままでいてくれないんだよ……」

 錠前サオリの髪から手を放して、うずくまる。

「”少し、いい?”」

 先生が諭すような声色で語りかけてくる。

「先生の話は、今は聞きたくないです」

 うずくまったまま答える。自分がみじめに思えてきて、顔を見ることはできなかった。

「”私じゃないよ。話したいって子がいるんだ”」

「私と……?」

 誰だろう。今日もここに来る前に病院に行ったけどあの子はまだ目を覚ましていなかった。それ以外で今の私と親しい間柄の人間はいただろうか。

「ずいぶん、疲れているようですね」

 聞き慣れた声が聞こえる。少し前まで、毎日のように聞いていた声が。

「ハスミ、先輩」

「”とりあえず、ブラックマーケットから出ようか”」

 そう言ってサオリに手を貸して立たせてから、先生は歩き出す。私はそばに駆け寄ってきてくれたハスミ先輩に立たせてもらって、寄りかかりながらもなんとか歩いて行った。

 

「”じゃあ。今日はいったんお別れだね”」

「はい。ありがとうございます。先生」

 先生とハスミ先輩がやり取りをしている間、錠前サオリが私に向き直って口を開く。

「私は、私自身が犯した罪を忘れたことはない。お前の憎しみも、否定するつもりはない」

 ただ、と付け加えて口を開く。

「まだ私にもやるべきことがある。死ぬ訳にはいかない」

 それ以外の罰ならなんでも受け入れるというような口ぶりで言い残した後、ビル街に消えていった。

 先生もいつの間にかどこかへ消えていて、その場には私とハスミ先輩の二人きりになった。

「先輩は、なんでここに来たんですか」

 そう問いかけると、あごに手をあてて少し考えるそぶりをしてから答えた。

「前からあなたについて先生に相談していたんです。アリウスの彼女からも最近つけられている、との相談を受けていたようで、もしかしたらということで先生から連絡を貰いました」

「そう、だったんですね」

 沈黙が流れる。あんなにも情けない姿を見せたうえ、これ以上言葉を重ねる気にはなれなかった。

「少し、歩きましょうか」

 そう言ってハスミ先輩が歩き出したので、黙って後ろについていくことにした。

 

 無言で歩く中、ハスミ先輩が口を開く。

「復讐をやめる気は、ありませんか」

 うつむいたままで答える。

「ないです。ただ……」

 頭の中を整理するように、ぽつぽつと喋り始める。

「どうするのが正しいのか、解らなくなりました。錠前サオリは絶対悪で、殺すべき存在だと思っていたのに、私が正義だと思っていたのに、解らなくなりました」

 ハスミ先輩はただ黙って聞いてくれている。

「やったことを後悔しているような口ぶりで、反省しているような顔で、罪を受け入れて贖おうとしていて」

 頭の中で思い描いていた極悪人と実像との矛盾で、頭がおかしくなりそうだった。

「ただどうしようもないクズにぶつけるはずだったすべてが、宙ぶらりんになって、なにがしたかったのかが分からなくなりました」

 そう言って、口をつぐんだ。いつのまにかハスミ先輩は立ち止まっていたので、ぶつからないように私も立ち止まった。

「私も、憎いですよ」

 ハスミ先輩が応えるように喋りはじめる。

「ただ、命を奪ってしまうと悲しんでしまう人がいることを知っています。止めてくれる人がいることも知っています」

「でも、それはその人たちの都合で、ハスミ先輩の気持ちは晴れないじゃないですか」

「えぇ。わがままですね。すごく身勝手で、自己本位のわがままです」

 そのわがままのために、あきらめろというのか。あの子のための復讐を。わたしのための復讐を。

「私もあなたが好きなので、わがままを言いますね」

 肩に手を置いて、優しい声色で語り掛けられる。

「あなたのための復讐を、私のために諦めてください」

 私の目をまっすぐに見据えてそう言った。

「だから……!それはわがままで……!」

 私の言葉にかぶせるようにハスミ先輩が続ける。

「私は後輩のことはよく見ているつもりです。あなたのことも。あの子のことも」

 手のひらを握られる。

「委員会に入って間もないころ。あなたはまだ活動に不慣れなあの子を励ますとき、いつも手を握っていましたね。それから、優しく語り掛けていました」

 そうだ。私は確かにそれをよくしていた。だいじょうぶだよ、と。わたしがいるからなんとかなると。根拠もないのにそう言って、あの子と自分を鼓舞していた。

「あなたのその手を、汚してほしくないんです。汚すべきではないんです」

 やさしくさすられる。先輩の体温が伝わる。

「きれいなままのその手を、皆を守るために使ってください。あの子の手を握り返すために使ってください」

 何も言えなかったけれど、涙だけは出てきたので、そのまましばらく立ったまま泣いていた。ハスミ先輩も、私が泣き止むのをただ黙って待ってくれていた。

 

 

 

 

 

 じわじわと、夏の暑さが迫ってきている。

「暑くなってきたねぇ……」

 病室のベッドの横でひとりごつ。正義実現委員会に復帰してしばらくだが、なんだかやめる前よりもスパルタになっている気がする。特にハスミ先輩が。

「こんなに暑いのにあれだけ働かされるのは勘弁だよねぇ。隙見てサボりに来ちゃった」

 行きしなに買ってきたアイスを取り出しながら語り掛ける。コンビニからここまで距離はそこまでなかったはずだが、少し溶けている。

 しゃく、とアイスをほおばりながら、窓の外の景色をただ眺める。

「これ絶対怒られるよねぇ……。やだなぁ……」

「じゃあ、サボんなきゃいいのに」

 ふいに、声が聞こえる。それと同時にごそ、となにかが動く気配がする。しばらく食事をとっていなかったせいでやせ細った腕がかすかに動く。

 大きな声は出さないように、委員会に入ったあの頃と同じように、やさしく、努めて穏やかな口調で彼女に語り掛ける。

「おはよう。もう夏だよ」

 彼女の片手を、すこし汗ばんだ両の手でやさしく握った。


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