幼なじみって、なに?
ユウヒと出会って、三週間。
セナの一件が落ち着いてから、俺たちは日々『人助け』にいそしんでいた。
「現代に行灯がないせいで日中辛い、と」
「はい……家に帰ればマイ行灯があるので大丈夫なんですが、僅かに油舐めの血を引く俺としては日中にドン切れになると辛くて……」
「行灯の油を舐められないことってヤニ切れみたいに表すんだ」
「俺から勧められるのは……そうだな、電子タバコなんていいんじゃないか? 最近はLEDが付くやつもあるし、かなり行灯に近い気持ちは味わえると思うけど」
「油の方は水筒とかにサラダ油とか入れておくのはどうかな。これなら怪しまれないと思う!」
「おお、試してみます! ありがとう神様たち!」
ある時は現代社会の変化に悩んでいる油舐めの相談に乗り。
「ね、幸太郎。さっきのおばあちゃん、なんか困ってたみたいだよ?」
「さっきのって、佐々木のばあちゃんだよな。姉さん何か知ってる?」
「んー……もしかして、また猫が逃げ出したんちゃう?」
「あー、ありえるな。確かあのばあちゃん、買ってる猫が猫又になってるの気づいてなかったよな?」
「せやねえ。いつも勝手にケージが開いてるって不思議そうにしてたで」
「ああ、もう。別れたしっぽが見えないんだから仕方ないけど、一度猫又に言い聞かせておいた方が良さそうだな……」
ある時は逃げ出した猫又を追いかけて、町中を走り回ったり。
「なあ唐傘、お前、昔先代に女子高生の傘に化けるのはやめろって言われてたよな」
「ッス……」
「なのになんでお前はユウヒが使う傘に化けてるんだ?」
「まあまあ、幸太郎。僕もこの子にはちょっと手をぺろっとやられただけだしさ」
「……」
「すいやせェん!」
ある時はなんかしれっとコンビニの傘立てにいた唐傘小僧に説教し。
「姉さんの情報では、この道の先にワンピースの女の人がいたらしいんだ」
「へー、ハンコックとか?」
「そっちのワンピースじゃないし、普通にナミとかロビンを思い浮かべろよ」
「というか、そろそろお腹減ったなぁ。幸太郎、パンの買い出しじゃんけんしようよ」
「面白い。今日は俺が勝つぞ」
「じゃんけん!」
「ぽん! ……はい、僕の勝ち! やっちゃ~」
「く、くそう……」
「あーあ、何買って来てもらおうかな~、やっぱあんパン……って、幸太郎! あれ!」
「あ、ワンピースの女! 行くぞユウヒ!」
ある時は、人をいたずらにビビらせていた人外を『現人神』らしく罰した。
ユウヒの困った人を見つける力と、姉さんの人外との幅広い人脈のおかげで、ここ一週間は毎日何かと『人助け』ができていたように思う。
「というわけで、今日も人助け、お疲れ様~」
今日も今日とて人助けをした後、俺たちは喫茶『猫柳』にやって来ていた。
最近は姉さんへの事後報告も兼ねて、こうして猫柳で軽く雑談をするのが日課だ。
いつもなら4人掛けの席を二人で使わせてもらっているのだが、今日はその席がいつもより一席多く埋まっている。
「悪いな、セナ。力を貸して貰っちゃって」
「いえいえ。せんぱいに恩返しができるなら、なんでもやります」
「あのターボババアは悪い人じゃないんだが、高速で移動して男子高生の尻を撫でるのが趣味でさ……俺じゃ追いつけなかったから助かったよ」
「わたしの制御できるようになった『魅了』の力が役立ったなら、何よりです」
そこに座るのは、セレナーデ・アウロラ・竜宮こと、セナ。
俺たちが先日暴走する『魅了』の力を制御するのを手伝った、『人魚』のハーフである。
俺の隣の席でで、ユウヒがクリームコーヒーの上のクリームをすくいつつ、しみじみと「それにしても」と呟く。
「セナちゃんが転校してくるなんてねえ」
セナは先日まで来ていた白を基調にした制服ではなく、ユウヒと同じ藍色のブレザーを着ていた。違うのは二年生の赤色のタイではなく、一年生の青色のタイをしているくらいか。
セナは被ったキャップをかぶり直しながら、目をふらふらさせてふにゃっと頬を緩めた。
「えと、お父様にお願いしちゃいました」
「ひゃー、セナちゃん入学したばっかでしょ? よく転校できたねえ」
「今回の魅了の件もあって、せんぱいやユウヒさんみたいな、人外のお知り合いが近くにいた方がいいだろうって。話をつけてくれたんです」
「流石竜宮くんやなぁ」
姉さんがセナの前にオレンジジュースを置いて、近くから俺の隣に引っ張って来た椅子に座りつつ会話に入ってくる。
「セナちゃんのおうちはお金持ちなんだっけ」
「そ、そんな大げさなものじゃありません。ただちょっと、お父様がお仕事を頑張ってるだけというか……」
「セナの家、車何台あるんやっけ」
「え? 普通に8台……とかだった気がします」
「それは全く普通じゃないと思うな」
そういやあんまり缶コーヒーに馴染みもなさそうだったし、財布に札束が大量に入ってたな。
なんとなくセナがちょっとズレてる理由がわかったような気もする。
「あの、改めてこの度はありがとうございました」
セナは居住まいを正すと、深々と頭を下げてきた。
「おかげでわたしは大好きな歌をやめずにすみました。ほんとうに、ありがとうございます」
「……ちょっとセナは騙すことになっちゃったけどな」
「木霊ちゃんの件ですか?」
「まあ、な」
一応俺の感覚で「大丈夫」だと思ったとはいえ、結果的にセナに「『魅了』はろ過するからと」騙して歌わせたのは事実だ。
そのことでセナは俺に「話が違う!」と怒る権利があるのだ。
だが、セナは口元を手で隠すと小さく「ふふ」と笑った。
「いいんです。結果問題なかったですし、せんぱいがわたしのことを信じてくれたってことですから」
「……そか」
「もし気になるのでしたら、今度駅前のケーキ、ご一緒してください。わたし一人で行くには寂しくて」
「俺くらいでいいならいくらでも付き合うけど……」
「ほ、ほんとですか!? やくそくですよ?」
セナなら俺に頼まなくても、いくらでも付き合ってくれる人がいそうだが……。
頼まれたのだから、大人しく約束しよう。これも人助けだ。
「それで、歌手としての活動の方はすぐに再開するのか?」
「いえ、少し準備の時間を作ろうかと。目安としては、二、三ヵ月後になると思います」
「そか。楽しみに待ってるよ」
「期待にお応えできるようにがんばりますっ」
ぐっと拳を握って小さなガッツポーズを見せるセナの姿に、俺も小さく笑みがこぼれた。
この笑顔を見るために頑張れたのなら、やっぱりこの依頼を受けてよかったと思えた。
「ま、俺の方も事情あってセナの依頼を引き受けたわけだから、あまり重く受け止めないでくれよな」
「事情、ですか?」
こてんと首をかしげるセナ。
「幸太郎、いいの?」
隣のユウヒがちょっと心配そうに俺を見てくるが、それに俺は小さく頷いて答えた。
「セナとはちゃんとした付き合いがしたいと思うし、俺のことは知っててほしいんだ」
「つ、つきあい……わ、わたしが、せんぱいと……」
「セナ?」
「ひゃ、ひゃい! なにもありません!」
「そう?」
セナはキャップを目深にかぶってもにょもにょ言いつつうつむいた。
そんなセナをじーっと見つめるユウヒと姉さん。
「天使、寂しいならそう言ったらええんちゃう?」
「ケルベロスこそ大人の嫉妬は見るに堪えないよ?」
「やかましいわ。下手な勘繰りやめてくれへん?」
「僕に嘘は通用しないよ」
「人間だけやろ? ふかさんとき」
「チッ、これを機に幸太郎から犬コロ引きはがそうと思ったのに」
「ハッ、セナの件でずっと魅了され通しの鳥モドキは肩身が狭そうやね?」
「あん?」
「おん?」
「はいはい仲良く喧嘩するのはそこまでにしてくれ、ユウヒと姉さん」
「「 仲良くない! 」」
「はいはいわかったわかった」
俺を挟んで立ちあがった瞬間湯沸かし器二人の袖を引いて座らせると、俺はセナにユウヒと出会ってからのこと、俺の今置かれてる状況についてかいつまんで語った。
「せ、せんぱいの寿命があと一ヶ月……?」
「うん。そう言われたのがだいたい二週間前くらいだな」
「ということは、残り2週間!? そ、それってわたしがユウヒさんをどうにか消したらどうにかなったりする問題だったりしますか?」
「推しから命を狙われてる!? ならないけど!?」
「で、ですよね……」
「気持ちはわかるで。うちもこの天使を消して解決するならいつでも消したいと思っとるしな」
「い、いえ、気の迷いです……。わたしはそもそもユウヒさんにそんなことしたくありません……」
俺の隣でうんうんと頷く姉さんにユウヒが噛みつこうとしてたので、それを手で制しながらセナに語り掛ける。
「でも大丈夫だよ。ユウヒ曰く、俺の寿命は人助けで伸ばすことができるらしい」
「人助けで?」
「そう。だからセナを助けるのは俺の事情もあったってのは、そういうことなんだ」
「ああ、だから今日ターボババアさんを……」
「そういうこと。隣のクラスの高橋君が最近謎の影に尻を撫でられてる気がするって言ってたからさ」
セナの件と、この一週間での色々な人助け。最初の『木霊』の一件では二日しか伸びていなかったが、いま見るとまた俺の寿命も変わっているのではないだろうか。
「で、ユウヒ、俺の寿命はどのくらい伸びてるんだ?」
「ふっふっふ、聞いて驚くなかれ……」
俺に問われると、ユウヒはババっと右手を突き出して、大きく開いたパーを俺たちに向けてきた。
「なんと、一気に五ヶ月も伸びてました~!」
「おお」
前回の『木霊』の時は二日しか伸びなかっただけに、今回も伸びて数日とかそこらだと思っていたが、まさかここまで一気に変化があるとは。
「やっぱコツコツと毎日人助けしてたのがいい影響があったみたいだね。この調子なら、あと二週間くらい人助けしてたら、完全に死の運命が消えるんじゃないかな」
「良かったですね、せんぱい!」
あと二週間。つまり、ユウヒと出会ってから一か月経ったあたりか。
そう言えば、もし仮に俺の死の運命がなくなったらユウヒはどうするんだろう。この地上にとどまって……いや、それはないか。
以前ユウヒは「与えられた使命は俺を導くこと」みたいなことを言っていたし、その役目が果たされれば、天界に戻るか、次の人間のもとにでも行くんだろう。
どちらにしろ俺とユウヒが一緒にいられるのは、一ヶ月しかなかったわけだ。
「せんぱい、うれしくないんですか?」
「え、ああ、いや、感慨深くてさ。俺の人助けが、ここまで形になったかーって」
「なーに、不安に思ってたの? 僕が一緒なんだから、幸太郎は絶対に大丈夫に決まってるじゃん!」
「そのお前が守護天使というところが心配だったからな」
「なんだとう!?」
ユウヒが頬を膨らませながら翼で俺の背中をびしびしとやってくるのを甘んじて受けていると、姉さんはいつものようにダダ甘のコーヒーを飲みながら、「それで」と切り出した。
「次はどうするつもりとか決まっとるん? ここんところちょっと頑張ってくれたおかげで、うちの方で紹介できるような人は結構減ってもうてるんやけど」
「あー、そうか。そういう問題もあるのか……」
今までは姉さんの紹介で困ってる人と俺たちを繋いでくれていたが、困りごとのある人なんてそうほいほいいるもんでもないか。
ということは、ユウヒの力を借りて困っている人を探すことになるんだろうが……。
隣のユウヒを見る。ユウヒが不思議そうに首を傾げた。
「まーた、お前と二人でか……」
「なんでちょっと不満そうなんだよう」
「だってお前と二人で出歩くと、無限に俺がジュース奢らせられるんだもんよ」
「じゃんけんの弱さを恨むんだね~」
にまにまと機嫌よさそうに笑うユウヒに一言物申してやろうとしたとき、俺のポケットの中でスマホが震えた。ユウヒ達に断ってからスマホを見ると、そこにはよく見知った名前が表示されていた。
それでいて、この名前から電話がかかってくる時の要件は、大抵一つだ。
「……人助けの件、ひとまずは大丈夫そうだな」
「はえ?」
俺がそういうと隣のユウヒがまた首を傾げ、姉さんは「またか」とでも言うかのように小さく息をついた。
「うらか?」
「よくわかったね、姉さん」
「まあ幸太郎に電話かけてくる相手なんて、うちを除くとそんくらいやろうし」
「そんなことないけど?」
なんで俺を急に刺してきたの?
「『うらか』って?」
俺が姉さんの謎の攻撃に胸を痛めていると、会話を聞いたユウヒが首を傾げた。
「『
「ふふん、こちとら転校生だよ! 知るわけがない!」
「なーにを自信満々に言っとるんやこの駄目天使は」
「別に僕だけじゃないもんね~。ね、セナちゃん?」
「あ、わたしは先日転校した時にご挨拶しました」
「うそでしょ……?」
一人だけ無知だったのが判明したユウヒへのうらか先輩の説明はまた今度やるとして、俺は通話をうらか先輩に繋げた。
「俺です。お久しぶりです、うらか先輩」
『やほぉ。変わりなさそうだねえ、コウくん』
電話の向こうから聞こえてきたのは気の抜けたようなゆるい少女の声。
「先輩が俺にかけてくるってことは、いつも通り『あいつ』の件でいいんですか」
『察しがいいんだねえ。そお。また面倒なことになってるよぉ、あの子』
うらか先輩はいつも通りのんびりした調子で続けた。
「『