「と、言うわけでおれは創作上に出てくるデートのシチュエーションって言うのは、テンプレートが出来上がってる夏や冬よりも、引き出しが少なくて作者本人の腕が試されて、より『欲求』に基づいた秋こそが至高だと思うんだけど幸太郎はどう思う?」
「すごくどうでもいいな」
昼飯の弁当(姉さんが持たせてくれたハンバーグと米を詰めただけのもの)を食べつつ、九条となんて事のない話をする。
「まあ待てよ、日常的に天使さんという美少女とめくるめく眩しい青春を送っている幸太郎にはどうでもいいかもしれないけど、おれみたいな人間にはこの議題はとても重要なものなんだよ」
「誰が誰と何だよ。適当なこと抜かすな」
「でもここ最近ずっと一緒に放課後忙しそうにしてたじゃない」
「勘違いするなっての。あれは、まあ、ちょっと所用だ」
「相変わらずまったく勘違いしてなさそうな弁明をドーモ」
言いつつ、九条は自分に昼食らしいコッペパンをもそもそとまずそうに齧った。そんな顔して食うくらいなら食わなければいいのにと思わんでもない。
「飲み物買ってくる。喉乾いた」
「そんなパサパサしたもん食ってるからだろ。もうちょいちゃんとしたの食えよ。お前の昼食いつも減量中のボクサーみたいだぞ」
「日頃の食事に感謝するために昼食くらいは乾いたものにしておきたいんだよ、おれは」
「よくわかんねえ思考……」
九条がもそもそと残りを口に入れると、財布をもって教室を出ていった。
たぶん一階にある購買に飲み物でも買いに行ったんだろう。
「……くあ」
欠伸をひとつかみ殺して、食べ終った弁当箱を片付けつつ教室の喧騒に身を任せる。
昼休みの教室というのは騒がしいものだ。
慌ただしく昼食を食べて体育館に向かう運動部だったり、本日中に提出の宿題を死ぬ気で仕上げているやつだったり、姦しく雑談している女子たちだったり。
その中には俺と九条みたいに端の方でくだらない雑談をしているのもいるというわけだ。
ユウヒ? ユウヒは普通に女子の友達たちと飯食いながら雑談してる。なぜか俺よりも友だちが多いんだよな、あいつ。転校生で天使なのに。
「そういえば、ユウヒって夜寝てる時何着てるの?」
「へ? 急にどーしたの?」
「や、前さー、私服ほとんどないから普段も制服着てるーみたいなこと言ってたよね。夜はどうしてるのかなって」
「いやいや、織姫は僕のことをなんだと思ってるんだよ~。ふふ、着てるよ、服」
「ちょ、天ちゃん当たり前当たり前。服着ないで寝てるのヤバいから」
「もう、ユウヒってほんと変なところ抜けてるよね。あたしたちが声かけないと、寒くなってもずっと薄着で寝てて風邪とかひきそう」
「寒くて風邪……?」
「ああ、ユウヒの前住んでたところってあんまり季節の寒暖差なかったんだっけ。ダメだよ、日本の冬舐めたら。ちゃんとあったかいのかけて寝ないと」
「あったかい……コーンポタージュとか?」
「ちょ、服ね?! あはは、ふふっ、もー、あんた火傷するよ?」
教室の中心の後ろの方、話しているのはユウヒ含めて四人。
確かバスケ部の木曽さんと、書道部の蓮見さんと、あとは……。
「ねえヒメ! 次の体育でジャージ使うんだけど貸してくれない!?」
急に教室の扉を開けて一人の女子が、ユウヒ達のグループの方に走り寄った。
そしてユウヒと話していた最後の一人、『日向織姫』に向かって両手を合わせた。
「え~、あんたまた忘れたの~? 先月もあったよね~?」
「う、ごめん! このとーり! 洗って返すから!」
名前は知らないが、確か隣のクラスだったはずの女子は、あきれたように目を細くする織姫にまた大げさに頭を下げる。
しばらくそれを見ていた織姫は、やがて「もう」と小さくため息混じりに声を漏らすと机の傍に置いてあったカバンからジャージを取り出して渡した。
「当たり前ね、それ。まったく、明日購買のチョココロネでもつけて返してよね」
「やたっ。ヒメってばやさし~!」
「次はないからね、ほんと」
釘をさすように付け加える織姫に、女子はまたお礼を言うと脱兎のように駆けて帰って行った。
するとその様子を見守っていたバスケ部の木曽さんが織姫にしなだれかかりながらかからうように口を開いた。
「ヒメ~、相変わらず優しいねえ。さっすが、私たちみんなのおねーちゃん」
「誰がよ、誰が。あんたらみたいに手のかかる妹なんて見てられないんだけど」
「うんうん。ヒメの苦労、僕も察するに余りあるよ」
「いや、いま一番ヒメに苦労かけてるのはたぶん天ちゃんだけどね」
「そうだよ。あたし、ユウヒの無防備さには相当頭痛めてるからね?」
「!?」
「ちょ、ふふ、自覚なし? もう~しっかりしてよね?」
口元を抑えてこらえるように笑う織姫。
ミルクコーヒーみたいな色素薄めの瞳。ポニーテールの金髪は見るからに丁寧に手入れされていて、彼女が楽しそうに笑うたびにふんわりと揺れる。
指定制服のタイはユウヒよりも少しだけゆるい。シャツの上に着ているニットの上からでもわかる胸の大きさと、スカートから惜しげもなくさらされたすらりとした足。
ユウヒの容姿が造花の花のような美しさなら、織姫の容姿はそばに咲く春の花だった。
昔から、日向織姫という少女は、常にクラスの中心にいる少女だった。
それだけ言うとユウヒと似たタイプにも聞こえるけど、俺が思う二人の性質はどちらかというと反対だとも思う。
天使ユウヒが持ち前の明るさと愛嬌で、自然と誰かの懐に入り、自然な人間関係を築くタイプ。
その根っこにあるのは素直に「君が好き」と伝えることによって生まれる他者からの好感度に基づく、ユウヒへの許容だ。
調子に乗りがちなところも、無知なところも、彼女が嫌いになれないから魅力になる。
対して日向織姫は生来の面倒見の良さのせいで、何かと人に頼られてしまう。優しいから周囲に人が集まって、結果的にクラスの中心にいるタイプ。
あきれ顔で「これで最後だからね」と言いながらも、頼られてしまえば見捨てない。一度懐に入れてしまえば、とことんまで面倒を見る、他者への許容。
一言で言えば、とんでもなく優しい。それが彼女だ。
ちなみに男子にもめちゃモテるようだ。
この前情報通の九条が「織姫に告白した男子がまた振られたそうだ。これで20人斬り達成だ。剣豪もかくやだね」とかたわごとを言っていたから、たぶん間違いないだろう。
「まあ、織姫は割と昔からあんな感じだから、納得っちゃ納得なんだが」
小学時代の時も彼女は……。
「? あたしがなーに、こーた」
「うおっ!?」
窓の外を見つつ少し物思いにふけっていたらいつの間にか隣に織姫がやって来ていた。
織姫はミルクコーヒーみたいな色の目を少し細めて、俺の机の上の片付いた弁当箱を見る。
「おべんと、作ってるんだ」
「え? ああ、まあ。米入れて適当に前の晩の夕飯の残り入れるくらいだけど」
「うわ、ウソ。こーたがめっちゃ料理できる人みたいなこと言ってる……」
「残念ながらおかずは俺が作ったやつじゃないけどな」
「あ、なーんだ。ちょっと感心して損した」
「残念ながら俺の料理スキルは小学校の調理実習の頃から大して変わらないよ」
「あのこーたが卵全部割って目玉焼きがスクランブルエッグになったやつね。あはは、なっつ」
ややだぼついて余った袖で口元を隠しつつ声を出して笑う織姫。大きな声ではないが、弾むような笑い声は嫌味がなくて、聞いててこちらの気持ちも上向く気がする。
「で、何の用? 別に俺と雑談するために来たわけじゃないだろ?」
「ああ、そうだった。次の数学の宿題、集めに来たの。ミヤちゃんに渡しに行くから」
「宮本先生か」
ほら、と織姫が差し出した手には既に数枚のプリントが握られていた。
俺もカバンから昨日の晩に仕上げたプリント織姫に手渡す。
「また頼られたのか?」
「数学担当の折原が休んでるから代わっただけ。別にいいように使われてるわけじゃないから」
「そうか」
「あー、その結局引き受けてるなら変わらないだろみたいな顔やめて。あたしもちょっと甘すぎかなって後悔してるから」
……うらか先輩曰く、織姫はちょっと面倒なことになってるみたいだが、ちょっと詳しくはわからんな。
学校はいろいろな事情でこういう憑き物系は見にくいんだよなぁ。
「えーと、あと五人か。九条にはさっき貰ったし、青井と未海とかかな。じゃーね、こーた」
「あ、織姫ちょっと待ってくれ」
そういう織姫はプリントを数えつつ、俺のもとから立ち去ろうとしたので慌てて呼び止める。
すると織姫がミルクコーヒーみたいな目をぱちくりさせて、立ち止まる。
あ、しまった。反射的に呼び止めてしまったが、なんと話すかをよく決めてなかった。
ええと、上手くなんか諸々伏せつつ、いい感じに探りを入れないと。
「あ、あー……その、最近、困りごととか……ないか?」
なんかすごく率直に聞いてしまった。俺こんなに会話下手だっけ……。
「……下手くそなナンパ?」
「ち、違う。勘違いしないでくれ。俺はただ織姫が困ってるなら力になりたいというか……何でもいいから話を聞くよというか……」
「うける。なんかナンパ感強くなってるんだけど?」
「あー……」
くすっと小さく織姫が微笑んだ。俺をからかうように、少しだけ楽しそうに。
「焦ると勘違いするなって下手くそに誤魔化すのほんと変わんないね。だいじょーぶ、あたしはいつも通り元気ですっ」
「……そか」
「そ。んじゃ、あたしプリント集めなきゃだから行くね~?」
ふりふりと小さく手を振って織姫は立ち去ると、教室の反対の方にいた友人と話していた男子生徒に話しかけに行った。
先ほどと同じように微笑みながら、自分の手にあるプリントを指さすと、男子生徒は照れ混じりの笑みで謝りつつ、織姫にプリントを手渡していた。
「俺にだけ見せてくれた笑顔ではなかったのか、織姫ェ……」
「適当なアフレコをするなユウヒ」
「あは。バレちゃった」
こっそりと俺に近づいていたらしいユウヒの低い声でした下手くそな物まねをあしらう。
ユウヒはころころと笑うと、俺の前の九条の椅子にちょことんと腰かける。
「織姫どんな感じだった?」
「肩が重いって言ってたから、何かしら憑かれている気はするが……学校だとちょっと判別しにくいな。ユウヒは?」
「まー、僕に聞こえる感じだと、肩が重い気がして、なんとなく困ってなくはない……くらい?」
「曖昧だな」
「僕の感覚としては、『わかんない言葉があったから検索かけて調べようとしたら、そもそもどんな言葉だったか忘れた』くらいの困り度……」
「絶妙だな……」
急を要するわけではないけど、そもそも忘れてしまったって状態がひっかかるやつ。
このやたらとリアルでみみっちい悩みが天使から出てくるのもどうかと思うが。
ユウヒは椅子の背もたれの肘をついて、むむと口をへの字にした。目線の先には、クラスメイト達からプリントを集める織姫がいる。
「ねえ、本当にヒメが危ないの? 見た感じそんなの感じないけど」
「学校ではそうだろうな。学校だとそういう人外の力は使いにくいんだ」
「どゆこと?」
「まあ今度暇なときにでも教えてやるよ。今は気にするな」
「ふーん」
「特に織姫は面倒な体質だからな」
「体質?」
俺が悩ましさに眉間を揉むと、ユウヒが不思議そうにこてんと首を傾げた。その動きについてくるようにぱたぱたと背中の羽根が動いている。
そう言えばまだユウヒには織姫のそこらへんのこと説明してなかった。
俺はぴっと左手で一本、右手で三本、指を立てる。
「13回だ」
「幸太郎が僕をかわいいって思った回数? 流石に過少申告しすぎだね、それは」
「……」
「え、えへ、ごめんなさい。真剣に聞きます、続けてください」
俺が真顔でユウヒを見つめると、ユウヒは手を揉みつつ俺に続きを促した。
「織姫がこういう面倒ごとに巻き込まれた回数だよ」
「おお、それはなかなか……。幸太郎と幼なじみなら、付き合いは10年くらい? なら、年一回ペースってとこ?」
「違う。これはここ一年で織姫がこういう『面倒ごと』に巻き込まれた回数だ」
「へ?」
夕日の瞳をぱちぱちと瞬かせたユウヒは、いち、にー、さん、しーと指を折って数える。
「……って、一ヶ月に一回ペースじゃん!?」
「声がデカい」
一応教室なんだから、あんまり騒がないで欲しい。
ただでさえ俺たちはお前のやらかしのせいで、「篝くんと天使さんは付き合ってるのではないか」みたいな疑いがもたれてるんだから。
いや、最近は一緒にいても「ああ、いつものね」みたいな顔されてるので、手遅れかもしれないが……。
「つ、月に一回って、ちょっと異常なんじゃない?」
「まあ、異常だな」
ユウヒが俺の耳元に顔を近づけてこしょこしょと話しかけてくる。
人外たちは基本的に人の目を避けるように住んでる奴らも多く、以前俺がこらしめた牛鬼のようなやつが出てくることはそう多くない。
にも関わらず、織姫は月一回ペースでなんらかの人外絡みの巻き込まれている。これは普通ではありえないことだ。
だが、現人神の俺にはその理由がわかる。
うちのクラスの人気者、日向織姫。彼女は――――。
「生まれついての『超』憑霊体質。彼女は、人じゃないものを引き付ける才能がある」
たぶん、生まれた時代が生まれた時代なら、悪い権力者とかに土地神の生贄にされたりしてるタイプ。そして悪神に美味しく頂かれていたことだろう。
今が超平和な現代であることに感謝するばかりだ。
「やっぱ、こういうのって放っておくとやばいの?」
「まーな。中学時代に一回俺が気付くのが遅れた時は、軽くこの街が滅びかけたからな」
「うそぉ……」
「マジマジ」
うらか先輩と姉さんと神さまがいなかったら結構ヤバかったんだよな、あの時。
「今あまり問題に感じなくても、織姫に憑いてるもんを放っておくと大事になる。だから、俺としてはさっさと対処しておきたい」
「それはわかったけど、具体的にどうするの? ヒメって、仮に困っててもそういうの教えてくれないタイプじゃない? 今回は自分でもそんなに原因がわかってないんでしょ?」
それはそうだが、これに関しては手がないわけじゃない。
まあ、織姫にはめちゃくちゃ怒られるとは思うんだがな。