放課後、俺は織姫のあれこれを解決するために、俺はユウヒと目的地に向かっていた。
電車に少し揺られて、校区からは少し外れた商店街の方へ。
その途中、手持ち無沙汰になったのか隣のユウヒが俺に話しかけて来た。
「ヒメって幼なじみなのに幸太郎が神様なの知らないの?」
「知らないよ」
というか、幼なじみと言っても仲良かったのは小学時代で、中学になるとちょっと距離が空いたんだよな。
「なんで? 今は別に仲悪いわけじゃないんでしょ?」
「なんていうか、織姫にはそういうのは知られたくないんだよ。あいつは人間なんだし。それに、そこんところ知ってる人間が増えすぎると人助けの時に面倒だろ」
「ふぅ~~ん?」
「なんだよ」
ユウヒが口角を上げてニマニマしている。
「いやあ、最近幸太郎も人助けに前向きになって来たなぁって」
「……そうか?」
「そうだよ! うんうん、変わるのはいいことです。既に完璧で完成されてる僕と違って、人間にはそういう変化の余地が残されているのがいいことだよね」
「そうか。じゃあユウヒは姉さんみたいにでかくなったりはしないわけだ」
「そうだね……どこ見ていった?」
「身長」
「嘘つけぇーッ! いまなんか含むところがあったでしょぉー!」
ぷくっと頬を膨らましたユウヒが、抗議するように羽で俺の背中をびしびし叩いて来る。
「はーあ、キミも僕のこの変わることのない美しさが理解できないかなぁ」
「ユウヒは変わりたいとか思わないのか?」
「え? ないけど」
不思議そうに首をかしげるユウヒ。
「僕は我らが主が作った人を導く存在だよ。主の掟を絶対に守る。それ以上でもないし、それ以下でもない。それ以外の何かになりたいとは思わないし、なるべきだとも思わない」
主の掟を絶対に守る……か。それは人間にはない思考だろう。
俺たちも守るべき法律やルールがあるけど、それはあくまでも社会で生きていくために定められた後付けの決まりだ。
俺たちはそれを時として破ることもあるが、ユウヒのそれはもっと重い。
生まれつき「そうあれ」と決められたそれは、俺たち人間でいう「息をする」という感覚に近いんじゃないだろうか。
当たり前で、それをしない理由もなく、疑問に思うこともない。
「でも、だからこそ僕は人間が好きなのかもね。僕は変わらないからこそ、変わるキミたちが愛おしい」
そう言ってユウヒはふっと微笑んで、ちょびっと羽を羽ばたかせて浮かび上がる。そして、今度はにま~っと目を細めて悪戯っぽい表情で、顔を近づけて来た。
「もちろん幸太郎もね?」
「はいはい。ついたぞ目的地」
「なんか適当に流してない!?」
最近お前に好きって言われすぎてなんか慣れて来たんだよ。
俺の反応が思ったのと違ったのか、ユウヒはちょっと不満そうだったが、俺が立ち止まるとそれに従うように足を止めた。
ユウヒが物珍しそうにきょろきょろと目の前の店の回りを見渡す。
人で賑わう商店街から少し外れた店。扉のそばにはメニューの書かれたボードが立てかけてあり、窓の周りには日差しを遮るための草木が植えてあり、どこか隠れ家のような印象も受ける。
「で、ここは……?」
「入ればわかる」
不思議そうなユウヒを連れて扉を開けて店内に入る。
からんからんと音が鳴ると、同時に俺たちを店員さんの元気な挨拶が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませご主人様!」
そう、メイド服の元気な店員さんが。
「へ?」
「あ、お嬢様もご一緒だったんですね! わー、嬉しいです!」
「は、はい」
ぽかーんとした顔のユウヒがにこにこのピンク髪のメイドさんに話しかけられて、反射的に俺の制服の袖を握ってきた。
こいつがこういう風に人間相手に処理落ちするのも珍しいな。予想外には弱いタイプなんだろうな。
「誰かご指名はございますかぁ?」
ピンク髪のメイドさんが鼻にかかったような甘い声で、俺に尋ねてくる。
クラシカルなメイド服ではなく、膝上までしか丈のないミニスカート気味で胸元も結構大胆空いているのでかがみ気味でそんなことを尋ねられると、目のやり場に困る。
が、今回は誰を指名するのかは決まっているのだ。
「あー、えーと、確か店での名前はひめな……」
俺が言い終わるよりも早く、だだだと足音を立てて一人のメイドさんが近づいてきた。彼女は、ピンク髪のメイドさんと俺の間に割り込むと、どすっと俺の胸を指でついた。
「アンタ! なにしに! 来たの!」
ウェーブした金髪を結ぶ色はチョコレート。フリルのついたスカートと、大きな胸にちょこんと乗った大きなリボン。
今怒りに震えて僅かに赤くなった顔も、普段のように笑っているならば大変可愛いメイドさんであろう。
俺は降参をするように両手を上げると、俺を赤い顔で睨んでいる彼女に申し訳程度の笑顔を向けた。
「あー、奇遇だな織姫。ここにいるなんて思わなかった」
「何が『奇遇だな』よ。あたしのこの店での名前知ってたくせに」
「バレた?」
「友だちにもこの店に来ないように言ってあるのに、なんでこーたが来ちゃうの!」
またびしっと胸をつついて来るメイドさん――――改め、織姫。
「ヒメ……?」
俺が名前を呼ぶと、俺の背に隠れるようにしていたユウヒがひょこっと顔をのぞかせる。
「さいっあく。あんた、ユウヒまで連れて来たの?」
「まあいろいろ事情があって」
「あんたねえ……!」
「ひめなちゃ~ん?」
織姫がなおも俺に食ってかかろうとしたとき、それまで静観していたピンク髪のメイドさんが甘ったるい声で織姫の源氏名を呼んだ。
「店長がぁ、さっきからすごいじーっと見てるよぉ?」
「う……」
「お知り合いならひめなちゃんが案内してあげてねぇ」
よろしくねぇ、とピンク髪のメイドさんが立ち去ると、織姫はぷるぷると震えつつ、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「じゃ、じゃあ、お席に案内しますね、ご主人様、お嬢様」
必死に感情を押し殺した織姫は、奥の空いてる席を差して案内してくれようとする。
俺は織姫に頷くと、親指を立てた。
「お願いしますメイドさん」
「あんたぶっ飛ばすわよ……!」
おちょくってはだめだったらしい。
俺とユウヒが席に着くと、持ってきたメニューを渡して織姫が伝票を手に取った。
「何にしますか?」
「えー、じゃあボクはこのメイドさんがラブ♡たっぷりで書くオムライスで」
「ユウヒ、あたしにどんな羞恥プレイをさせたいの……?」
「えー? ヒメかわいいし、みたいんだけど?」
「そ、それは、ありがと」
ユウヒの言葉に織姫がちょっと恥ずかしそうに目を逸らす。
相変わらず褒められると弱いな、とか考えてたら織姫と目が合った。
「……あによ」
「え、ああ。いや、まだオムライスに書く文字はひらがなかなって」
「いつの話してるのよ、いつの。じゃああたしもこーたのオムライスはグリンピースはぬいたげようか?」
「いつの話してんだ、いつの。今は食えるっての」
「そ?」
ふ、と織姫は目を細めると伝票にメニューを書くと、厨房にいるらしい店長さんにそれを手渡した。そしてそのまま俺たちの机に戻ってくると、椅子に座った。
そんなサボりみたいなことしていいのかとも思ったが、今店内には俺たち以外には二人程度しかお客さんがおらず、その席にもそれぞれメイドさんがついているから、たぶん暇だったんだろう。
「で、あたしを冷やかすためにデートにここに来たってわけ?」
「デート?」
「付き合ってるんじゃないの、ユウヒとこーた」
織姫が机に肘をつきつつ尋ねて来た質問に、俺とユウヒは顔を合わせて揃って首を傾げた。
「いや~、ナイナイ! 僕と幸太郎が付き合うとかないから! そりゃあ悪くはないやつだよ? でも僕にとっては子ども過ぎるって言うか……」
「ああ。俺はこいつと違って身長高くて胸も大きい大人っぽい人が好きだ」
「そうそう! うん? 暗に僕がガキぽいって言ってない?」
おん?と下から睨んでくるユウヒの肩を押して離していると、織姫が「ふぅん」と鼻を鳴らした。
「その感じだと、本当に付き合ってなさそうか。前言ってたユウヒがこーたの家から朝帰りしたってのもゲームでもしてたんじゃないの」
「おお、すごいねヒメ!」
「ま、こーたともそれなりの付き合いだしね。こーたは転校生の女の子に手を出せる程器用じゃないしね」
織姫はミルクコーヒーみたいな色の瞳を細めて、にひと笑った。そしてオーバーに手を広げて「あーあ」と続ける。
「でも、こーたに彼女ができたんじゃなかったんだ。本当だったら全力で祝ってあげようと思ってたのに」
「余計なお世話過ぎるな」
俺が頬をかくと、織姫がふふんと胸を張った。その拍子に大きなリボンのついた胸元がちょっと視界の中に収めるには躊躇われる感じに揺れたので、それとなく目線を外しておく。
「えー、ってことはあ、彼ってひめなちゃんの彼氏でもなかったんだあ?」
「ちょ、アリア先輩、やめてください」
「いいじゃんいいじゃん、暇なんだし、アリアも混ぜてよぉ~」
俺たちが話していたテーブルにやって来てのはさっき俺たちの受付をしてくれたピンク髪のメイドさん。
彼女は織姫にしなだれかかるように抱き着くと、眠たげな眼で俺とユウヒと、織姫を順番に見つめる。
「私はそこの小っちゃい子とひめなちゃんと、そこの君で三角関係なのかと思ってたよお。正妻の小っちゃい子と、後から出会ったひめなちゃんで、どちらが天使のラブラブアローを受けるかのバトル~みたいなぁ~?」
「天使のラブアローって、天使の矢ってことだよね。人と人を愛に導く」
「そそ。どっちが運命の人かぁ~、みたいなぁ?」
「あっはは、お姉さん面白いねえ。天使の矢はそういう選び方じゃなくて、天界のね……」
「うん。お前は黙ってようか、ユウヒ」
「もが」
普通の人間相手に何を話そうとしているんだ、お前は。頼むから適当に喋るのをやめてくれ。
首をかしげているアリアさんに弁明するために俺と織姫の関係は軽く伝えておくか。
「俺と織姫と、ついでにユウヒもそういうんじゃないですよ。な?」
「うん。ただ、こーたとあたしは小学校から学校が一緒なだけですって」
「じゃあ幼なじみぃ?」
「ですです。あたし、こいつがスイカの種を飲み込んで、次の日お腹の中で発芽しないかって泣いてた頃から知ってるんですから」
「あはは、かわいいじゃん~」
「でしょ~? 今じゃあこーたって結構無愛想だから……」
「……まあ、俺も織姫が朝弱いから月一くらいでこっそりパジャマのまま登校してたの忘れてないけどね」
「こーた?」
「イーエナンデモ」
にこっと明らかな作り笑いの織姫が机の下で俺の足を踏んづけようと足を延ばしてくる気がしたので、先んじて足をひっこめた。
すると、俺らの会話を聞いたアリアさんがはぁ~と大きくため息をついた。
「なあんだ、ひめなちゃんモテるし、彼氏くんがガードしてくれるなら安心だと思ったのになあ。この前だって色々あったしぃ」
「色々? 織姫に?」
「あー……」
ユウヒが首を傾げたところで、アリアさんが「口滑っちゃったなぁ~」とでもいうように目を泳がせた。
そして、しなだれかかっていた織姫からそろそろ離れて、おどおどと織姫の顔を覗き込む。
織姫はそんなアリアさんを見てしばらく無言だったが、はあと小さくため息をついた。
「ちょっと前に学校の先輩がたまたまこの店に来て、しばらく通われたの。アリア先輩がいい感じに間に入ってくれたりはしたんだけどね」
「そ、そうそう! 結局ひめなちゃんは告白されたとかされなかったで色々あったんだよぉ」
「最近そのせいでちょっと疲れてるのか肩が重いんだよね」
ふぅん。織姫が告白を受けて……か。
「てか、そろそろもういいでしょ? さ、オムライス食べたら帰って――――」
「えっ!? 16時から来られない?!」
ぱんぱんと両手を叩いて織姫が会話を打ち切った時、奥の厨房にいる店長さんが声を上げた。
俺たちがその声に引かれるように目を向けると、これまたロングスカートのクラシカルなメイド服を着ているお姉さんが電話を片手に熱心に話していた。
「遅れてもいいから出られない? ほら、16時から団体さんが来る予定じゃない? せめて、遅れてもいいから来てくれると助かるんだけど……。風邪を引いちゃった? そう、それは仕方ないわね……」
どうやら話を聞く限り、このあと来る予定だったメイドの子がこれなくなってしまったらしい。
「あちゃー、困ったねぇ。このあと団体さん来るのにねぇ。ひめなちゃん、私たちだけで回せるぅ?」
「頑張れなくはないと思いますけど、あと一人くらいは欲しいです」
「だよねえ。誰かいないかなぁ、あの子の代わりができそうな、可愛い子ぉ……」
「そうですね……誰か……」
アリアさんと織姫が二人で腕を組んで唸って、ふとそんな二人をボケーッと見ていたユウヒに目線を移した。
二人が無言でユウヒを見つめる。ユウヒは一度不思議そうに首をかしげると、自分の後ろの誰かを見ていると思ったのか振り返って、自分の背後を確認する。
だが、そこにあるのはたくさんの雑誌の詰め込まれた本棚だけで、誰か人がいることはない。
そこでようやく、ユウヒも二人の視線が何を意味するか分かったらしく、自分を指さして目をぱちくりと瞬かせた。
「えっ、僕?」