僕っ娘天使が俺の部屋でサボってる件。   作:世嗣

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変わらないものって、なに?

 

 

 あれよあれという間にユウヒは、織姫とアリアに店のバックヤードに連れていかれた。

 ちなみに幸太郎は席で一人でお留守番である。このメイド喫茶で男のできる仕事はない。

 

 織姫は手慣れた様子でユウヒの身体を採寸すると、店の奥から引っ張り出してきたメイド服をユウヒに着せていく。

 

「こ、こんなフリフリなの僕に似合うかな……? 僕、胸もないしさ」

「似合う似合う。ユウヒ腰とか細いし、足もすらっとしてるし、こういうボリュームあるスカートも合わせられるのがいいよね」

「わあ、かわいいねえ」

 

 心配そうにするユウヒに織姫が「はい回って」と指示をすると、ユウヒは躊躇いながらもくるりと回る。黒を基調にしたハートのあしらわれたメイド服のスカートが、ふわっと空気をはらんで膨らんだ。

 それを見て織姫が腕を組んだまま一度、深く頷いた。

 

「うん、かわいい。いや、でもここのリボンはもうちょい調整した方がいいか……」

 

 満足げにもう一度頷いた織姫は、真面目な顔でユウヒのスカートのリボンをちょいちょいと結び直し始める。

 その織姫の様子にユウヒが意外なものを見るように、ほへーと声を漏らす。

 

「ヒメってこういうの好きなんだね。僕知らなかったかも」

「ひめなはけっこうこういうかわいいの好きなんだよね~? 部屋にぬいぐるみとかもたくさんあるし、未だに王子様だって待ってるしぃ~」

「もうアリア先輩やめてくださいって」

「へえ、ヒメって王子様を待ってるんだ」

「ああ、もうほら、ユウヒが本気にするから……」

「きゃ~、ひめなにおこられちゃう~」

 

 ごめんねえとのんびりと笑うアリアは駆けるようにバックヤードから出て、表に戻っていった。

 大方、ユウヒのある程度の準備が終わったため、店長とフロアの準備に戻ったのだろう。

 

「……勘違いしないでほしいんだけど、まじで待ってるわけじゃないからね」

「あはは、わかってるわかってる」

「ほんとぉ~?」

 

 アリアがいなくなった後、流石に弁明しなければならないと感じたのか織姫は口を開いた。

 「勘違いしないで」という話し方が、少しだけ幸太郎に似ているかも、とユウヒは思った。

 

「ただ昔からね、夢を見るんだよね~」

 

 ユウヒのメイド服のリボンを整えながら、織姫は軽い調子で淡々と語る。

 

「夢のあたしは結構困った状況なんだよね。すごく危なくて、すごく怖い。でも、それを助けに来てくれる人がいて……や、いつも顔が見えないんだけどね。ま、なんでかあたしにおんなじ人だってわかっちゃうの」

 

 まるで昨日のテレビでも語るような軽い調子だ。きっとユウヒ以外の人が聞けば、冗談交じりで誇張して話してるんだと思うような口ぶり。

 だが、ユウヒにだけはそれが嘘ではないと分かる。軽い口調に聞こえても、それが嘘ではなく本当の記憶と、本当の気持ちであるとわかっていた。

 だからユウヒも言葉は挟まない。ただ、織姫の言葉をじっと聞いていた。

 

「私には『その人』が誰かはわからない。でも、だからこそ、いつか会えた時はちゃんとお礼が言いたいっていうか……」

 

 そこまで話して、ユウヒが真剣な顔で聞いていることに織姫が気づいた。

 すると織姫は少し気恥しくなったのか、ユウヒのスカートのリボンをささっと結び終わってしまう。

 

「って、なんかまじっぽくなってハズいんだけど? おわり! ちょと子どもっぽいからヤなんだよね。あはは、もー、忘れて?」

 

 誤魔化すように笑いながら、少し赤くなった自分の顔を手団扇で扇ぐ織姫。

 あくまでも、織姫にとってはいつも見る不思議な夢の話。なんてことのない、雑談の一つ。

 

 だけど、ユウヒはそれを冗談だと笑わなかった。

 

「いつか会えればいいね、その人に。僕応援するよ」

 

 ユウヒは柔らかい微笑みを浮かべてぽんぽんと織姫の背中を撫でた。

 織姫がぱちくりと薄茶の目を瞬かせて、気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「夢の話だよ?」

「いいじゃん、いつかを夢見るくらい。それが人間のいいところでしょ?」

 

 目を細めてにひひと笑うユウヒの姿に、織姫が一瞬言葉を失って、ぼそりと呟いた。

 

「そんな風に言って貰えたの初めてかも」

「へ? なんか言った?」

「んーん、べつに~? なんとなく、最近こーたがユウヒと仲良い理由がわかるな~ってだけ」

 

 だが、その言葉は天使の聴覚をしてもユウヒには聞えなかったらしく、ただ織姫の心からこぼれた声として空気に溶けていく。

 ユウヒの耳に届かなかった言葉の代わりに、今度はちゃんと伝わるようにユウヒの方を向いて織姫は口を開いた。

 

「ユウヒってさ、こーたのことが好きなの?」

「好きだよ?」

 

 ユウヒは迷いなくそう答えた後に、脳裏に真顔の幸太郎が浮かんできて、慌てたように付け加える。

 

「あ、でもでも恋愛的にじゃないからね? 人間として好きってことだよ? 親愛に近いかな。彼という人間が好ましい、みたいな?」

「素直だなぁ。そういうところがいまのこーたには良いのかもね」

 

 織姫はバックヤードに置いてあった椅子の一つに座ると、ぼんやりと目を遠くに向けた。その視線の先にユウヒはいない。あるのはただ、古ぼけたドアだけだ。

 ただ、織姫はその視線の先に、ユウヒの知らない誰かを見ているような気がした。

 そして、懐かしそうに目を細めて、とつとつと語り始める。

 

「昔のこーたってもっと熱血系だったんだよ」

「幸太郎が……熱血?????」

「あはは、今だと想像できないでしょ」

 

 信じられないというように繰り返すユウヒに、織姫は肩を揺らして小さく笑った。

 

「や、抜けてるところはあったんだけどね。あたしが見とかないと、ひとりだけ移動教室に来なかったりとかしてたし。でも、困ってる人を放っておけない奴でさ、ガンガン人助けに走り回ったりとかしてた」

 

 それはユウヒの知らない幸太郎だった。きっと、日向織姫しか知らない、「子どもの頃の篝幸太郎」の姿。

 

「でも、中学時代かなぁ。なんかこーたの周りで色々あったみたいでさ。それから、ちょっとこーたも変わっちゃったんだよね。そこらへんでなんとなくあたしたちの距離も開いちゃってさ」

「喧嘩でもしたの?」

「うーん、そこまでじゃないんだけどね。なんかまー、思春期だったのかもね?」

 

 あはは、と誤魔化すように織姫はまた小さく笑った。そして、ぼんやりと遠くを見ていた視線をユウヒに戻した。

 薄茶色の瞳が優しくユウヒのことを見つめる。

 

「でも、最近のこーたはちょっと昔っぽいかもね。あたしに、『困ったことはないか』とか聞いちゃったりさ。もしかしたらユウヒのおかげなのかな?」

 

 そういうと織姫は、ユウヒが何かを言うよりも早く立ち上がると自分の頬ををぱんぱんと叩いた。

 

「さ、そろそろ仕事に行こう。注文取るくらいはわかる?」

 

 そう問いかけた織姫の顔にはもう先ほどの過去を懐かしむような姿はない。

 いつもの頼りがいのある、溌溂とした日向織姫がそこにいた。

 

 ユウヒはその織姫の姿を、もうこれ以上は過去の話はしないという意味だと感じ取った。だから織姫の意志に従って、グッと親指を立てた。

 

「任せて! わかんないよ!」

「あーもう。あんたのその正直なところ、嫌いになれないなぁ。教えたげるから、ちゃちゃっと基本は覚えちゃって」

「りょーかいっ!」

 

 

 

 

 夜、すっかり日も暮れた時間帯。俺とユウヒと織姫は、メイド喫茶をあとにして駅に向かって歩いていた。

 

「つっかれた~」

 

 当然だが俺の隣にいるユウヒと、そのさらに奥の織姫はメイド服ではなく制服だ。

 16時から来た団体さんに忙殺されたユウヒはくたくたで、さっきから足もふらふらと頼りない。背中の翼もどこか元気がないが、これは織姫には見えてないだろう。

 

「もう歩きたくないぃ~」

 

 織姫はふらふらのユウヒが寄りかかって来たのを「しょうがないなぁ」とでもいうような顔で受け止めると、ぽんぽんと背中を支えてやる。

 

「いきなり頼んだのにありがとうね。ちょー助かった」

「まー、ヒメには普段からお世話になってるからこのくらい何でもないけどさ~」

「あはは、それは面倒見ててよかったわ」

「ふふん。僕が誰かに仕えるなんて、本来ありえないことなんだからね? 喜んでほしいよ」

「あは、何それ、何様?」

「天使様だよっ!」

「はいはいありがとありがと」

 

 ばちこーんとウインクをするユウヒを軽く流すようにお礼を言う織姫。

 

「ユウヒ、本気でうちでバイトしない? 店長も気にいってたし、あんだけ接客出来たら問題ないと思うんだけど。こーたもそう思わない?」

「え? ああ、まあ、向いて無くはないんじゃないか」

「だよね? どう、ユウヒ?」

 

 まさか自分に話の矛先が向いて来るとは思わず反応がワンテンポ遅れてしまった。

 

「うーん……」

 

 ユウヒは織姫の問いかけに指を口に添えて少し考え込んだ後、パッと笑って頭をかいた。

 

「まー、やめておくよ。僕、あんまりこっちに長くはいられないかもしれないし」

「また転校でもするの?」

「あはは、かもってだけ! だから、身軽にしておきたくてさ。いつでも飛んでいけるようにね」

「そ。ちょっと残念だけど、それなら仕方ないね」

 

 織姫はあまり食い下がらずにユウヒの勧誘を打ち切ると、今度は俺の方に目を向けた。

 

「てか幸太郎も待っててくれてよかったのに。暇だったでしょ?」

「そうでもないよ。ああいう場所はあんまり行かないしな」

 

 俺がそう答えると、にまーっとしたユウヒが俺と肩を組もうとどんとぶつかって来た。

 

「なんだよ」

「ふふん、素直じゃないなぁ。正直に言えばいいんだよ、僕とヒメのメイド服を見ていたかった……と。んもう、まったく幸太郎は仕方ないんだから、ほら、感想があるなら今伝えてもいいんだよ? ほら、ほーら?」

「オムライスがうまかった」

「それは料理の感想ね? 僕たちのメイド服の感想はないかって聞いてるの!」

「ユウヒの身長に合う制服があったんだなぁ」

「あ、そうそう。なんでもあの店、店長の趣味でいろんな種類のメイド服が……じゃなくってさあ!」

「あんたたち、本当にこの短い間で仲良くなってるよね」

 

 ふふ、と織姫が肩を揺らして笑った。

 あたりはもう既にすっかり暗くなり、僅かな電灯の光だけが照らす夜の中で、織姫の金髪のポニーテールが、織姫の笑い声と一緒に揺れる。

 

 なんとなく、その姿に懐かしい気持ちになってしまった時、街灯に照らされた織姫の影が僅かに揺れた。

 まるで、今までそこにいたものが夜の闇に紛れ損ねたように。

 

 ふむ……。

 

「織姫」

「ほん?」

 

 立ち止まった俺が名前を呼ぶと、織姫がこちらを振り向いた。瞬間、俺は軽く手を振って織姫の肩のあたりに手を伸ばす。

 

「ちょ、急にどしたの!?」

「虫ついてた」

「え、何の虫?」

「カブトムシとかじゃないか、知らんけど」

「え、ウソウソ。僕にも見せてよ! まだ見たことないんだよ、カブトムシ!」

「握りつぶしたから無理だ」

「そんな生き物を容易く殺す破壊神じゃないでしょ幸太郎は!?」

 

 織姫がぎょっとしたように自分の肩を撫でる。ユウヒはその隣で俺の握った拳の中を見せろと開こうとしてくる。

 それをあしらいつつ、ユウヒの肩を軽く叩く。

 

「ユウヒ、ちょっと俺店に戻るわ。忘れ物した」

「……うん?」

「皆まで言うなよ。わかれ。織姫送るのは任せたぞ」

 

 俺の言葉にユウヒがいぶかし気に眉を寄せたが、俺の言葉にしたがってくれたのか、ユウヒは深くは聞いてこなかった。

 

「じゃあ、俺たぶん次の電車には間に合わないだろうし、ここで別れるよ。またな、織姫」

「あ、うん。ばいばい、こーた」

 

 ふりふりと手を振った織姫に俺も軽く手を上げて答えると、二人に背を向けて来た道を戻る。

 照らすのは申し訳程度の街灯の光の夜道。周囲には家屋はなく、人通りもまたない。先ほどまで三人で歩いたその道を一人で戻り、その途中で目当ての人物を見つけた。

 

「そこに隠れてるのはわかってますよ。早く出てきたらどうです」

 

 電柱に身を隠すようにしている人物に声をかけると、電柱の陰からぬっと人影が出てくる。

 細身の男だ。丁寧に整えられた髪に反して、肌の色が異様に悪い。服装は俺と同じ桜加高校の男子制服だが、タイの色が俺たち二年の青色ではなく、三年生の緑色。つまり、先輩だ。

 

「アンタでしょう。織姫に変な虫を付けてたのは」

「虫……?」

「こいつですよ」

 

 俺が握ったままの拳を開いて、さっき織姫の肩からはがした人間の目には見えない紙切れ――――正確には、握りつぶした『御符』を投げた。

 学校では『あの人』のせいで、見えなかったそれが、学校から離れたおかげで見えるようになっていた。

 ころころと転がった御符は、先輩の靴にぶつかって止まる。

 

「『式神』なんてどこで作り方を知ったんですか、先輩」

「誰だお前」

「ただの織姫のクラスメイトですよ」

 

 暗がりの中から先輩が俺を睨んだ。

 

「俺は! 日向に告白してやった! そうしたら、あの女、俺のことを振りやがったんだ! 店にも通ったし、優しくだってしてやったのに……! なのにだ!」

「だから、式神を作ったと」

「そうだ! インターネットを探してたら、こいつの作り方があったんだ! 御符にちゃんとした式を書いたら、これを憑けた相手は俺に恋患うんだとよ! だから、俺はこれをあいつにつけてやったんだ」

 

 ぐしゃり、と先輩の足元で俺が握りつぶした紙屑が音を立てた。紙屑は次第にヒートアップしていく先輩の声に比例するように、音を立てて広がり、巨大化し、最後には数メートルを超えるような巨大な獏の姿に変わる。

 

 でかいな。もしこれを独力で組んだってんなら異様な才覚だ。けど、今回に関してはそうではないだろうな。

 

「俺が、俺が! 俺、が! が、がががががが! ガァァァァアアアアア!」

 

 こぽっと意味不明ない奇声を上げる先輩の口から、唾混じりの泡が浮かんだ。眼は既に白目をむいて、足はがたがたと震え、腕はなにかを求めるように虚空を掴む。

 それと同時に、式神の獏の息がどんどんと荒くなっていく。

 

「お、れ、ガァァァァァァァアァアアアアアァァアア!」

「やっぱ式神の暴走か」

 

 こういう素人が下手くそに組んだ式神は、時に術者本人の制御を離れ暴走する。そして、本来式神の中にあるはずだったエネルギーが逆流し、術者本人を蝕み始める。

 よくある症状としては今の先輩みたいに、自分の欲望を制御できなくなってしまう。

 

『ブ、モォォォォオオオオ!』

 

 獏が俺を踏みつけようと走り出す。長い鼻を振り回し、目を怒りに赤く染める姿は、まるで灰色のダンプカーが突進してこようとしているようだ。

 

 やっぱり狂暴になってるか。

 今の先輩みたいに暴走した式神はこんなになるんだよなー。

 もともと半分以上人外に近い存在だ。それが制御できなくなれば、術者本人の欲望を糧に半永久的に暴れまわる怪物だ。

 式神は命を持たない被造物だから、ちょっと倒すのは大変なんだが……。

 

「まあ、ちょっと相手が悪かったな」

 

 腕をまくり手首の古びた鈴を振る。音は鳴らない。けれど、代わりに俺の手の中に光の注連縄が現れる。俺はそれを束ね、指で銃を作り、その先に光を集めた弾丸を作る。

 

「ばきゅん」

 

 声と共に、光が放たれた。俺の神の力を宿した弾丸はまっすぐに獏の眉間を貫いて、そのまま空の彼方に飛んでいった。

 俺の神の力は、こういう人間の欲望で動くような存在には特攻攻撃なのだ。

 

『ぶ、も……』

「あ、ああ……」

 

 獏が最後に鳴き声を残して幻のように消え去ると、その後ろで奇声を上げていた先輩もばたんと倒れた。

 

 よし、お役目終了。

 先輩も……うむ。気を失ってるだけだな。今のうちにいい感じに記憶を整えておくか。こういうのもうらか先輩ならささっと数秒で終わらせてしまうんだが、ないものねだりもできない。

 俺は軽く先輩の頭に手を触れて、ここ数時間と、式神周りの認知を曖昧にしておく。

 

「うし。これで起きたら式神とかの出来事は夢だと思うだろ」

 

 式神の暴走でちょっと二、三日は気だるいかもしれないが、それは悪いことをした罰ということで甘んじて受けてほしい。

 じゃあ、後は先輩をここら辺に寝かせておいて、と……。

 

「ふぅん。キミ、いつもこういうことをしてたわけだ」

 

 背後からした声に慌てて振り向いたら、そこには電柱の上に座ったユウヒがジトーっと俺を責めるような目で俺を見ていた。

 

「あー……、織姫は?」

「電車に乗って帰ったよ。僕は別の方向に乗るって言って別れて、そのあとここまで飛んできた」

「よくここがわかったな」

「僕、キミの守護天使だよ? キミの居場所なんて常にわかるんだから」

「……なるほど。今後は気を付けて生活します、天使さん」

「えっ、なんでいま僕に距離作ったのお!? いや変なことには使ってませんけどお!?」

「はい、信じてますよ」

「敬語やめてね?」

 

 ユウヒが電柱を飛び降りると軽く羽を羽ばたかせてふわっと着地する。そして、そのまま俺が今寝かせた先輩の顔を覗き込んだ。

 

「誰これ?」

「織姫に振られた先輩。式神を憑けて、織姫が自分を好きになるようにしてた。……が、式神の暴走で今は気を失ってる」

「織姫を、無理やり自分が好きになるようにしてたの?」

「まあ、そういう式神だな。ただ式神が暴走したせいで最初の目的は見失ってみたいだし、本来は織姫の夢見が悪くなるくらいの仕返しをイメージしてたんじゃないか」

 

 そもそも、今回先輩が好きになったのが織姫でなければこの事件は起きてなかった気がする。

 先輩の作った式神は、インターネットの知識で作っただけあって非常に粗末な出来だった。そんな聞きかじりの知識で作った御符なんて、普通は式神にならない。

 しかし、幸か不幸か、織姫は超がつくほどの憑霊体質。それは言い換えれば『魔』を引き寄せやすい体質も言える。

 普通ならただの紙屑であった御符は、呪う相手であった織姫の体質の後押しを受けて式神になり、その力は先輩に逆流した。

 

 まったく、織姫の体質にも困ったもんである。

 

「……」

 

 あれ、ユウヒが黙り込んでしまった。

 いつもなら「へー。それもまた人間だねえ」とか相槌を打つところな気がしたが、今日は珍しく、真剣な顔で先輩の顔を見ていた。

 

「ユウヒ?」

「こんなことして何がしたかったの? これでヒメが好きになってくれるわけでもないのに」

「そりゃそうだろうが……」

「だって、この子が好きになったのは自然なヒメでしょ? それを式神で捻じ曲げたら、彼の好きになったヒメはいなくなっちゃうんじゃないの?」

「そう簡単に割り切れるもんでもないんだろ。人を好きになるってのは、そういうわかんない感情の集合なんじゃないか」

「ふぅん……」

 

 ユウヒはじーっと先輩の顔を見つつ、ぽつりとつぶやいた。

 

「人間って色々いるんだね」

 

 少し、意外な言葉だった。

 人間にはいろんな個性があって、それをそのまま愛しているのが天使ユウヒという天使だと思っていたからだ。

 

「今更どうしたんだよ。そんな当たり前のこと言って」

「いや、実際に関わってみなきゃわからないものだなーって思ってさ」

 

 そう言ってユウヒは立ち上がると、夕日の瞳で俺をじっと見つめた。俺の心の奥を見透かすような、その瞳。

 

「幸太郎が、こうしてこっそりヒメを助けてる理由もね」

 

 ……参ったな。

 

「ヒメ、言ってたよ。夢の中で自分を助けてくれる人がいるって。よく覚えてないみたいだけど、それって毎回こんな感じでヒメを助けてる幸太郎のことじゃないの?」

「……かもな」

 

 織姫に見られるようなことはしてないが、織姫は織姫で何かを感じているのかもしれないな。

 俺がユウヒの目から逃げるように目を逸らすと、ユウヒも黙り込んでしまった。

 

 数秒、もしくは数分の間の沈黙。俺がその静かさに耐えかねてユウヒに再び目を向けると、ユウヒは尚も俺のことをじっと見つめていた。

 

「織姫に幸太郎が神様なこと本当に教えなくていいの?」

「……」

「織姫、きっと知りたいはずだよ」

「それで、恩にでも着せろって? 冗談だろ」

「違うよ、そうじゃない」

 

 俺が苦し紛れに、皮肉っぽく返すと、ユウヒはふるふると首を振った。

 そして、一歩踏み出して俺の両手を握る。

 

「だって、それじゃあ幸太郎がすり減っちゃうよ」

 

 ユウヒは俺の手を優しい手つきで撫でながら、そう言った。

 

「……俺が?」

「うん。だって、今日みたいなこといっつもしてるんでしょ? それで君が感謝されるわけでもないのに」

 

 俺が、すり減る、か。

 

「『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない』。ヨハネによる福音書より。友のために自らを犠牲にできることは何よりも美しいことだよ。でも、それが一方的にどちらかをすり減らせるなら、あまり肯定はできないよ」

 

 じっと俺を見つめるユウヒ。心まで見通すようなその瞳に見つめられると、どうにも弱い。

 

「……少し歩きながら話していいか」

 

 そういって俺が歩きだすと、ユウヒもとことこと隣についてきた。

 隣のユウヒと歩幅を合わせながら、目的地を定めずなんとなく流されるように街灯の光をたどる。

 

「織姫には恩があるんだ」

 

 語るのは、俺が幼いころの話。こんなことあんまり話さないんだが、なんとなくユウヒには知っていてほしかった。

 

「俺が子どものころから人外が見えたって話したことあったよな」

「うん。ケルベロスとかに助けてもらったって話でしょ?」

「ああ。姉さんと、先代の神さまは俺に人外たちのことを教えてくれた。そのおかげで、俺は自分が見えるものが幻覚じゃないってわかった。それは俺にとってすごく大きな救いだったんだけど、その反面、どうにも『人間』に馴染めなくてさ」

 

 俺は生まれつき人間じゃないものが見えた。

 学校に行く途中の木々には木霊が。こけそうなクラスメイトの足元にはすねこすりが。吹いた風の中にかまいたちが。風呂に入ろうとしたときに忍び込んできていたあかなめと出会ったこともある。ケルベロスの姉さんに喫茶店には天狗も、鵺も、鬼もいた。

 

 俺は自分の見える世界を肯定してもらった代わりに、自分が人間たちの中で生きて良いと思えなかった。

 

 いや、怖かったんだ、本当は。

 俺と違うものが見える人が、俺を受け入れてくれるかわからなかった。

 

「でもさ、織姫は、俺を見捨てなかったんだ」

 

 俺はガキの頃は他人には見えないものばかり見ていてクラスでは浮いていた。

 でも、そんな俺をいつだって手を引いて、人の輪の中に連れて行ってくれたのは織姫だった。

 どんなに俺が抜けていても、ズレていても、何度も、何度だって俺の手を引いてくれた。

 

 ――こーたは、あたしがいないとほんとにだめなんだから。

 ――うん。おれ、ヒナがいないとだめかも。

 ――ふぇっ!? そ、そうでしょ! だからあたしの手をはなしちゃだめだからね!

 

 俺みたいな変なやつが今もこうして人間の中にいて、曲がりなりにも少ないけれど友人ができているのは織姫のおかげだ。

 

「だから、なんというか……織姫は『普通』なのがいいんだ」

 

 例え織姫が超憑霊体質で、人外に魅入られやすくて、人間たちの中で生き続けることが困難なんだとしても。

 俺は、織姫にはあの時俺を連れて行ってくれた、普通の人間たちの輪の中にいてほしい。

 

 織姫が、織姫として笑顔でいられるその場所に。

 

 俺の語りを聞いていたユウヒは、やがて「そっか」と呟いた。

 

「幸太郎は、ヒメに『ありがとう』って言われるよりも、ヒメに『ありがとう』って言いたいんだね」

「……え?」

「あれ、違う?」

 

 不思議そうに首をかしげるユウヒに、俺は頭をぶん殴られたような気持ちになった。

 

「そう、か。俺は感謝されたいからじゃなくて、感謝してるから、人助けがしたかったのか……」

 

 立ち止まって、空を見上げる。

 なんだろう、すごく久々に視界が晴れた気分だ。

 そっかぁ、そうだよなぁ。俺は、織姫に感謝してるから助けたかったんだよなぁ。

 

 人助けって、そういうことだよなぁ。

 

「って、幸太郎どうしたの!? なんでそんなカラオケで100点取れた人みたいにしみじみと自分の感情を噛み締めてるの?! はっ、まさか、僕の素晴らしい言葉に忘れかけていた自分と再会した? えへへ、いやあ、また僕幸太郎を導いちゃったか~。僕、優秀だからなあ。参ったなぁ」

「今、俺の守護天使様からもらった有難い言葉を噛み締めてるから、関係ないユウヒは黙っててくれないか?」

「それ同一人物ですけど!?」

 

 

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