休日、俺はユウヒにデートに誘われた。
ここしばらくはユウヒは俺のことを避けていて、あまり話せていなかったところへのお誘いである。
俺も流石にこの「デート」とやらが何かの話をする口実であることはわかったから、ユウヒの誘いを受けた。
「んだけど、普通に遅れてくるはな……」
時刻は待ち合わせ時刻の11時から15分過ぎ。俺は待ち合わせ場所の商店街の外れにある公園のベンチに座ってユウヒを待っていた。
自分で声をかけて来たくせに遅れてくるとは、そそっかしいあいつらしいと言えばらしい。
ユウヒとはまだ一ヶ月ほどの付き合いだが、それにしては随分濃い付き合いをしてきた。今更この程度のことで何かを思ったりはしない。
「一ヶ月、か」
ユウヒと出会って一ヶ月。つまり俺の寿命がもうすぐ尽きようとしていることを意味する。
ユウヒに最後に見てもらった時から、もう既に4日が過ぎている。つまり残りは三日。今日が土曜日だから、日曜過ぎて、月曜が俺の最後の日。
最後に学校に行くかはかなり迷うところだな。
昔話したときは俺は老衰みたいにぽくっと逝くとか言ってたからな。それなら学校に行く元気も……いや、万一学校の中で寿命尽きたらヤバいな?
なら、大人しく姉さんの店にでも……ううむ。
「かみさま、まちぼうけ?」
ふと声をかけられて振り向くと、ベンチの近くの街路樹の枝の上に女の子が座っているのに気づいた。
「おお、木霊か」
「ふんす。ひさし、ぶり」
木霊は木の上で足をぶらぶらさせたまま、小さく俺に手を振った。
「なんでこんなところにいるんだ? お前の木からは遠いだろ?」
「さいきん、木霊のなかでは、おさんぽがブーム。おたがいの宿り木を、しばらく交換……そこからちょっと出歩いてみる……」
「けっこう自由なんだな」
「うん。わたしの家は、子どもがよく通るから、人気。わたしは、交換し放題。おさんぽさきが、よりよりみどり……」
「選り取り見取りな」
「それだね。さいきんは、わたしのおうちに、ちょっとでもいいからいたいという木霊で、こんざつ……。きれいなどんぐりや、果物がとどく……」
「ちょっとした一財産築いてないかお前?」
「かみさまが、たすけてくれたおかげだね」
「そこまで人生を謳歌されるとは思ってなかったよ」
目を細くして微笑んだ木霊はふわっと木から降りると、俺の隣に座った。今の木霊は小学生の姿を借りているから、座ると俺の肩ほどに頭がある。
木霊は俺の顔をじっと見つめた後、今度はきょろきょろとあたりを見回した。
周囲にある遊具、滑り台、ブランコ、鉄棒などに順番に目を向ける。しかし、めあてのものは見つからなかったらしく、こてんと首をかしげる。
「今日はいつもいる天使のおねーちゃん、いない?」
ああ、ユウヒを探してたのか。
「勘違いするなよ。俺はいつもユウヒと一緒にいるわけじゃないぞ」
「なら、きょうはひとり?」
「……いや、待ち合わせ中だけども」
「なか、いいんだね?」
「別に普通だ」
「それに、たのしそう、だね?」
「俺、絶賛遅刻されてるところなんだが、本当にそう見えるか? もしそう見えるなら俺は相当のお人好しで、ユウヒに対してゲロ甘だな」
「みえる、よ?」
「……さよで」
俺がそっぽを向いて眉間を擦ったら、なんか肩をぽんぽん、と叩かれた。
あんだよ、木霊。
「子どもに言い負かされて、くやしい?」
「あ? 何年生きてるかわかんねえ人外が言ってんじゃねえよ。それにお前の樹齢少なくとも30年はあるだろ」
「ふふ、ばれちゃった、ね」
くすくすと笑う木霊。その態度がなんとなくムカついたのでデコピンをひとつ食らわせてやる。
木霊が「いたあい」と額を抑えたころ、公園の入り口あたりに見慣れた人影がやってくるのが見えた。
もう見慣れた白金の髪はサイドテール。背中には普通の人間には見えない真白な翼。
いつもならうちの高校の制服を着ているが、今日は一応曲がりなりにも「デート」とやらをする気らしく、薄い色合いのワンピースを着ていた。
ユウヒは息を切らしながら俺の前まで走ってくると、額に少し浮いた汗を拭きつつ、ぱちっと俺にウインクをした。
「や。僕なら今来たところだよ?」
「知ってるよ。ドヤ顔で言うな」
「だ、だいじょうぶ! キミのことを考えてたら時間なんてすぐだったから!」
「なるほど。すぐ時間が経ったから寝坊したか」
「そんな時間すら楽しかったからさ!」
「なんでお前はさっきから待ってた側のセリフを全部言おうとしてるんだよ」
よしんばそのセリフを言うとして、今この場でその権利を持つのは俺だけなんだよ。
「だ、だってぇ! ぼ、僕の読んだ漫画にはデートの待ち合わせの女の子は大抵こう言ってたよ!」
「それは女の子側が大抵集合時間の30分前には来るような健気な子だからだろ」
「僕だって健気だろぉ! この一ヶ月毎日毎日キミの傍でだね……」
「はっはっは、かなり大爆笑」
「なんだとう!?」
羽をぱたぱたと震わせて、座った状態の俺を真正面から睨んでくるユウヒの額を押し返す。
そんな俺たちの様子を見てか、隣の木霊がくすりと笑い声を漏らした。
「あいかわらず、だね。おねーさんも、かみさまも」
そこでようやくユウヒは俺の隣の木霊に気づいたのか、目をぱちくりとさせた。
「あれっ、木霊ちゃん? どうしてここに?」
「お前が来るまでちょっと話し相手になってもらってたんだよ」
「ふんす」
「そっかぁ。ごめんね、ありがとう。僕の幸太郎がお世話になっちゃって……あいてっ」
「誰が誰のだ、この遅刻天使が」
「ふふ、いいよ」
俺は立ち上がりつつ、舐めた口をきいてるユウヒの頭に軽くチョップを落とす。
そして、そのまま手を滑らせつつ木霊の頭をぽんぽんと軽くなでた。
「かみさま?」
「俺とユウヒはそろそろ行くよ。……達者でやれよ」
「? かみさまもね?」
「……ま、できる限りでな」
「ばいばい?」
ちょっと不思議そうに手を振る木霊に、俺は背を向けつつ軽く手を振り返す。
そんな俺に何か言いたそうに口をもにょもにょさせていたユウヒの背中を俺は軽く叩いた。
「ほら、さっさと飯でも食いに行こうぜ。お前が遅れたせいでちょうどメシが混む時間帯になっちゃったぞ」
「あ、それまだ言うんだ。ごめんってば」
「許してやらんでもないが、今日の飯はお前持ちな」
「ええ~? 女の子に財布出させる男はモテないよ?」
「相手が初デートに30分遅刻してくる女だからちょうどいいだろ」
「あー、そういうこと言うんだ! 謝ったのに! まだ引きずるんだ!」
ユウヒが口をとがらせて文句を言ってくる。
「俺謝られたっけ。なんかお前が誤魔化してなあなあにされてないっけ?」
「え、謝って……ない、かもね?」
「ほう。俺に何か言うことは?」
「じゃんけん!」
「あ、ちょ、急に卑怯だぞユウヒ!」
「ぽん!」
「っしゃ、俺の勝ち! 飯は奢れよ」
「仕方ないなぁ。ドドドなら奢るよ」
「なんの店だよ。俺の町の商店街にはそんな謎の店はねえよ」
「マクドナルド」
「三つ目のドはどこから持ってきた?」
公園から出て商店街を少し歩いた、アーケードの真ん中あたり。そこそこ人の並んだマクドナルドの列に俺たちは並ぶと、それぞれハンバーガーを注文した。
昼時だったからそれなりに混雑はしていたものの、なんとか二階で二人掛けの席を見つけたのでそこに座った。
ほんの少し距離を開けた隣には子ども連れの家族がわいわいと話しながらポテトを分け合っており、どうやら後ろの席ではこれからどこに行くかを相談しているカップルがいるらしかった。
そんな声を聴きながら俺は包装紙をはがしてバーガーを一口かじる。俺の対面では同じようにユウヒが包装紙をはがそうとしてた。
俺と大してサイズは変わらないはずだが、ユウヒの手が小さいせいかやたらとバーガーが大きく見える。ユウヒはえっちらおっちら包み紙を整えると、両手で持ったバーガーにかじりついた。
そしてもむもむと咀嚼すると、目を線のようにしつつ「ん~」と声を漏らした。
「おいひ~」
「なんかユウヒの包装紙とか、具とかがごてごてしてるな」
「季節の限定のやつだよ! ちょーっとお高いけど、せっかくだし頼んでみないとね!」
「お前そういうの好きだよな」
季節の限定品とか、今だけの新フレーバーとか、お手軽な特別感の演出みたいなやつ。
俺の家に来るたびに変な味買ってくるから、俺の家にはポン酢味のポテチと餃子風味のチョコバーが眠ってる。むしろどこに売ってるんだよ。
「いーじゃん。せっかくの地上なんだから、色々挑戦しないとね。そういう幸太郎はどうなのさ」
「ダブチ」
「うわっ、変わり映えないな~。絶対味の冒険が怖くて鉄板のものを選んじゃってるでしょ」
「ほっとけ」
「よくないなぁ、よくないよ」
ユウヒはバーガーの最後の一口を口に放り込んで、口を動かして飲み込んだ。そして、紙ナプキンで指を拭きつつ、こほんと咳払いをする。
「『主はみずからあなたに先立って行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てられないであろう。恐れてはならない、おののいてはならない。』『申命記』31章より」
いつものように聖書の一節をそらんじると、ぱちっと片目を瞑った。
「いつだって挑戦することを忘れてはいけないよ。いつだって挑戦することを恐れてはいけないよ。それが人の強さだからね」
「気軽に言うなぁ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。キミたち人間が迷ったときも、僕たち天使がその道行を見守っているからね。安心しなよ」
「ありがたい話をしつつ俺のポテト食うなよ」
俺が指摘すると、ちゃっかり自分の分を食べ終わって俺のポテトへと手を伸ばしてていたユウヒがムッと頬を膨らませた。
「いいじゃん一本くらい」
「天界戻って天界のポテト食ってろ」
「天界にこんな罪が存在してるわけないでしょ」
「今ポテトのこと罪っつった?」
「罪の権化だね。恐ろしくて天界にこの文化は持ち帰れないよ」
「ポテチはあるって言ってなかったか」
「それは昔ヘルメスさまが持ってきて大儲けしたせいだね」
「商売の神の嗅覚が鋭すぎるな」
「ああ、天に召します我らが父よ、今僕がこの罪を昇華します」
「してるのは消化だろ」
俺のツッコミを流しつつ、ユウヒはぱくぱくと俺のポテトを食い始めた。
こいつ、本当に遠慮がないな……と、電話? この番号は……。
「セナか? どうした?」
『あ、せんぱい。いまお忙しくなかったですか?』
「今か? 今は……」
ちらっと目の前で俺のポテトを強奪しているもむもむと頬にためている小動物を見る。
「ちょっと外には出てるが概ね暇だな。セナは?」
『わたしはおうちで宿題をしているところでした。前の高校とはちょっと授業の進行が違ったので』
「大変だな。で、何か俺に何か用があったのか?」
『あ、いえ、その、なんというか……』
電話越しにセナが何か口ごもる気配を感じる。
『その、せんぱい、近いうちに頭の病院とか、ご紹介しましょうか?』
「え? 急に煽られた?」
『あ、ち、違います! そ、その、最近のせんぱいを見てたら一度は行っておくと安心と思ったというか……』
「そんなやばかったかな、俺……」
『そ、そうじゃなくてですね! ほら、せんぱいは、その……』
言いにくそうに言葉を濁して、恐る恐るといった様子で、セナは言葉を続けた。
『その、せんぱいの寿命って……』
……ああ、そういうことか。
『もしご病気とかでそうなるならわたしのパパの紹介で大きな病院とかも紹介できますし! そうでなくても、わたしにできることは何でもしたいって言うか……』
「悪いな」
『そ、そんな! せんぱいはわたしには恩人ですし、そ、それに、たいせつに、し、したい人、なので……』
「そっか」
『わたしにできることはなんでもします! もししてほしいこととかあったら何でも言ってください!』
「何でも、とか言っちゃっていいのか」
『へ? いや、その、わたしにできる範囲なら、というか……ちょ、ちょっとえっちなお願いとかはむりかも、です、けど……いえ、その、水着くらいなら、その……』
もごもごと言葉にならない言葉をぼそぼそと言うセナ。たぶん、電話の向こうでは目をぐるぐるとさせながら必死にろくろを回してたりするんだろうな。
その様子を想像して思わず笑ってしまってから、俺はセナの言葉を遮るように質問した。
「歌、復帰できそうか」
『ふぇ?』
「俺、LENAのファンだからさ。お前が元気に復帰してくれるのが一番うれしいよ」
『で、でも、せんぱいの寿命の話とかは……』
「そっちは俺の方でなんとかするさ。それより、セナは俺のお願い聞いてくれないのか?」
『……せんぱいは、わがままです』
「そうか?」
『そうですよ。ほんとうに、もう……』
何かを電話の向こうでセナが呟く。そして、今度は声を明るくして「わかりました」と答えた。
『わたしの正式な復帰ライブにはせんぱいとユウヒさんをお呼びしますから、絶対に来てくださいね! 絶対ですよ!』
「……応援してる。頑張れよ」
その後二、三セナと他愛もない話をして通話を切る。すると、対面のユウヒがポテトをかじりつつ俺のことをじとーっと見ていた。
「セナちゃんとあんな感じでよく通話してるの?」
「たまにな。夜眠れなくなった時とかにセナからかけてくるよ」
「うっわ~」
「何だその反応は。かわいい後輩だ、無下にはできないだろ」
「そんなかわいい後輩にあんな約束してよかったの」
「嘘はついてないよ。楽しみにはしているし、応援はしてる」
「僕は本当にそれでいいのかっていう話をしてるんだよ、幸太郎」
……痛いところを突いてくるな。
今だ俺から目を逸らそうとしないユウヒとの間を持たせるように手元のドリンクのストローをくわえたが、吸い込んでも空ぶるばかり。中身はとっくに空だ。
「混雑してきたな、そろそろ出ようぜ」
露骨な話題転換だったが、俺が立ち上がるとユウヒはあまり突っかからずに「そうだね」と立ち上がってくれた。
二人で食べ終わったゴミをゴミ箱に入れて、トレーを返却すると階段を下りていく。
階段を弾むように降りていくユウヒの翼が、俺の視界でふわふわと動いている。
階段の最後の一段をジャンプして降りたユウヒが、パッとこちらを振り返った。
「このあと幸太郎はどこか行きたいところある?」
「俺はそんなに」
「ならちょっとぶらぶらしようよ。なんだかんだこうして幸太郎と二人っきりで出かけることなかったし」
「そういやそうだな。お前はすぐ俺の家に寄生しに来てたからな」
「? キミの家を守護してただけだよ?」
「だとしたらニートも八割くらいは天使だな」
呆れつつ俺が何となく歩き出すととことことユウヒが俺の隣をついて来る。
俺たちは、そのままのんびりと歩き始めた。