桜加町商店街のアーケードは田舎町らしくやや古臭さが残る。立ち並ぶのはどれも数十年前からあるような個人経営の店ばかり。中には俺たちが先ほど立ち寄ったマックみたいな新しい店もあるが、都会に比べたらそれだって大した広さではない。
観光資源になるほど古さはなく、人を呼び戻せるほど新しくもない。
仕方ないけれど、中途半端な町なんだ。
「ねえ、幸太郎、あの店何?」
「古書店だよ。店主は鵺の各務原教授だよ。ほら、姉さんの店にいただろ?」
「ああ、あの! じゃあ、あっちは?」
「今は閉まってるけど、精肉店だな。確か土曜のこの時間は店主のおっちゃんが病院に行ってるんだ。夕方からたまに出してるコロッケがうまいぞ」
「コロッケ! お肉屋さんが出してるコロッケなんて絶対最高じゃん!」
「だなぁ」
「ならあっちは……えっ、あんなちびまる子ちゃんに出てくるみたいな駄菓子屋現存してるの!? ウソでしょ!?」
そんな街の商店街を、ユウヒは楽しそうに歩いていた。時には俺の手を引いて店の前まで行って、店員さんと話して、目に焼き付けるように商店街のあらゆる店に立ち寄ろうとしていた。
中途半端な街だ。俺が神なせいで、中途半端な街。
そんな街も、ユウヒに取って見れば違うように見えてるのかもしれないな。
「あれ、こーたとユウヒ?」
「その声、織姫か?」
ふと、ぶらつく俺たちの名前を誰かが呼んだ。
足を止めて声のした方を振り返ると、そこにはピンクと白を基調とした服の金髪のメイドさんが立っていた。片手には大量のビラを持っているあたり、今はそれを配っているのだろうか。
「わ、ヒメ~! え、なんでこんなとこに? というかメイド服かわいいね!」
「はいはい、ありがとありがと」
学校でも仲のいい友人である織姫の姿に、ユウヒが迷うことなく抱き着きに行った。
身長差があるためそんなユウヒのタックルを胸で受け止めた織姫は、口調こそはあっさりしているが、服を褒められたことはまんざらでもなさそうだ。
口の端が微妙に上がっているのを、こらえきれていない。
「こんな休日にこーたとユウヒと会うなんて予想外だなぁ。なにしてんの?」
「まー、ちょっとヤボだよ。織姫は……」
「バイト中。見ればわかるでしょ」
ん、と織姫は自分から離れたユウヒと、ぼーっと突っ立っていた俺に手に持っていたビラを俺に見せてくる。
専門職ではない人が頑張って作ったと分かる手作り感あふれるチラシには「本日限定 商店街福引キャンペーン中!」と書いてあった。
「へえ~。福引やってるんだ~」
「そ。今日うちの商店街で買い物したレシート持ってたらだけどね。持ってる?」
「あ、僕持ってる! これ! マックのやつだけど!」
「おー、いいじゃん。それでできるし、あっちの店に行ってみな~」
「やたっ! 僕ちょっと行ってくるから幸太郎はここで待ってて!」
「おー、頑張れよ」
「ふっ、大当たり引いて幸太郎を豪邸に住ませてあげるよ」
「ユウヒはうちの商店街に期待し過ぎね?」
じゃっ!と走ってレシートをもって福引の店に走って行くユウヒを見送る。
「ふ~ん……」
「……んだよ」
横でうざったらしくニマニマした織姫が俺のことをじろじろ見てくる。
「いや~、あんだけ否定してたくせに、二人でデートですかぁ~?」
「勘違いするな。俺とユウヒは付き合ってるわけじゃない」
「デートは否定しなくていいわけ?」
「織姫、今のモードめんどくさいぞ」
「ふふ、あたしは幸太郎の幼なじみですので? 幸太郎が幸せになろうとするなら応援させていただきますよ?」
「別に今だって不幸じゃないよ」
「そ?」
俺が苦い顔をすると、織姫は何が面白いのか口元を抑えてくすくすと笑った。
「でもさ、あんたとユウヒはお似合いだともうよ。最近の幸太郎、いい感じだから」
「そうかね」
「そうそう。その分だと辛気臭い『枯れ木の篝』の卒業はそう遠くないね」
「その痛いあだ名をやめろ。九条しか言ってないだろ」
「いーじゃんかっこよくて。それとも小学生の頃の『お助けこーたろー』の方がいい?」
「お、おま、それ絶対にやめろ! 他のやつにも言うなよ!」
「ふ、ふふっ、じょーだんじょーだん。あははっ」
何かツボに入ったのか織姫は肩を震わせてしばらく笑っていた。そして、ミルクコーヒーみたいな色の瞳の端にたまった涙を指ですくうと、織姫は軽く伸びをした。
するとゆるくしか締め付けられていない胸が少し揺れた。意識していたわけではないが、思わずそこに目が引き付けられてから、俺は慌てて目を逸らそうとしたが、ぱちっと横目でこちらを見ていた織姫と目が合ってしまった。
真顔だった織姫の顔が、またにま~っとした笑みに変わっていく。
「えっち~」
「……言い訳のしようもない」
「あはは、いーよいーよ。見られて減るもんでもないしね」
「感謝の念が堪えない」
「何それ武士? んじゃ、あたしはそろそろ店に戻ろうかな」
「ビラ残ってるみたいだけど」
「大丈夫、アリア先輩にバトンタッチするから」
じゃあね~と織姫が手を振って来たので、俺も短く「おう」と返す。
――――また明日ね、こーた!
俺の隣を織姫が通り抜けて、蜂蜜みたいな色の金髪が俺の視界に映った時、すごく懐かしい声が聞こえた気がした。
学校の帰り。落ちかけた太陽に照らされた通学路。お互いの家につながる十字路。また明日を思って、遠ざかる姿に手を振った。
「……ヒナ」
「え?」
気づけば、なんとなく懐かしいあだ名が口から出て来ていた。すると織姫が驚いたようにこちらを振り返った。
ミルクコーヒーみたいな色の瞳がまんまるになって、何かを言おうと織姫の口が開かれそうになる。
だから、俺はそれより早く口を開いた。
「小学生のころ、色々世話焼いてくれてありがとう」
「……急に何?」
「いや、なんとなく言いたくなっただけだ。気にしないでくれ」
「いや、普通にむりくない?」
織姫が不思議そうに、いぶかしむように俺を見て、ほんの少し考え込む。だが、俺の言葉に従うことにしてくれたのか、薄く笑みを浮かべて肩の力を抜いた。
「わかった。気にしない。幸太郎が変なのは今に始まった話じゃないしね」
「言うなぁ」
「あはは、じゃあまた学校でね、幸太郎」
「……おう。元気でやれよ、織姫」
「織姫、ね。そうだよね。うん、じゃあね」
何かを確認するように最後に自分の名前を呟いて、織姫と俺は別れた。
織姫の姿が見えなくなってしばらくすると、さっき福引に行ったユウヒが興奮した様子でこちらに走って帰って来た。
「見て、幸太郎! 当たった! ほら、割引券だって!」
「おー、やるじゃん」
「ね! ね! いやあ、僕もまさか一枚であたりを引いてしまうとは……僕これで食べていこうかな……」
たわごとを言っているユウヒが俺に見せて来た割引券を見る限り、これはどうやら近くの店で使えるもののようだ。
軽く福引をしている店の当たりを見てい見る限り、出てくる他の客も似たような割引券を持っているあたり、たぶんほとんどは商店街のアーケードにあるどこかしらの店の割引券が当たるようになっているんだろう。
たぶん、せっかく割引券を貰ったんだからその店に行ってみようとなるのを狙ってのことだと思われる。うまい商売を考えるものだ。
「ね、ね、これどこの店で使える割引券? せっかくだから行ってみようよ!」
「あいあい。店は、そこにある300均のやつだな」
俺が少し離れたところにある300均一の店を指さすと、ユウヒは羽をぱたぱたと震わせた。
「300均! ……って、100均とどう違うの?」
「概ねおなじだけどちょっと上等なんだろ、知らんが」
「ほーん、主天使と大天使くらいの違いかぁ。いや、主天使と能天使くらい……? 幸太郎はどっちだと思う?」
「そこのところの天使の微妙なパワーバランスはわかんねえよ」
二人で300均の店に入ると、そのまま店のルートのまま流されるように店内を見て回る。
ユウヒは店に入ってからずっと目を輝かせながら、いろんな品物のまわりをちょろちょろしていた。そんなユウヒのことをいつもなら呆れつつ見るものだが、俺もこうした店に入るのは初めてだ。
300均と舐めていたが、案外バカにできない品ぞろえに心が少しばかり踊るのを感じる。
服に、家電に、子供用の玩具から、あっちの方にあるのはイヤホンとかPCとかの電子製品か。
お、キャンプ用品なんてものもあるのか……。
「おお、このランタン、ガスでつけるタイプのやつだ。値段は……おお、そこそこするんだな。でも、これだけでかなりテンション上がりそうだ」
「見て幸太郎! これぬいぐるみにもなる首にかける枕だって! これで寝たら絶対快適だよ! これ幸太郎の部屋に置こう」
「ぬいぐるみになるこのネックピローを……俺の部屋に……?」
ユウヒに見せられたネックピローは、でろーんと溶けた猫を象ったもので、女子や子どもが好きそうななんともゆるい見た目をしている。
いや、お前以外使えないだろ。俺みたいな高校生男子が使っていいデザインじゃ無さすぎる。
「駄目だ駄目。そもそも、俺は今のやっすい枕で満足してるんだよ」
「あ、ならこっちのスリッパ買っておこうよ。ふわふわで気持ちよさそうだし」
「俺の部屋をどんどん快適にしようとするな」
「だめ?」
「俺は今の最低限の生活で満足してるので」
「くそっ、そんなデルトラクエスト一巻の表紙みたいなポーズで制止されても僕は止まらないぞ!」
「例え方が独特過ぎるだろ。駄目なもんは駄目だ」
「ちぇー」
俺が頑として首を縦に振らないでいると、ユウヒはいじけつつ床を蹴った。行儀が悪いな。
「なら、この中から幸太郎が何かアクセサリー選んでよ。どれも300円くらいだし。それならいいでしょ?」
「ええ、俺がぁ?」
「めっちゃ嫌そうな顔するじゃん。え、そんな僕に選ぶの嫌……?」
「いや、
「6分の一の確率論に劣るセンス!?」
一瞬ユウヒがしょんぼりと目尻を下げたが、俺のカミングアウトに今度は翼をばたつかせて驚きの感情を表現した。
「というわけで、もしちゃんとしたのが欲しいなら俺のセンスには頼らない方がいいと思うが」
「まー、僕は気にしないよ。僕はキミの気持ちが嬉しいので」
「そう言われてもな」
「困ったらテキトーでいいよ」
「ならこの10個で100円のやつにするか」
「本当にテキトーに選んでいいわけないでしょ!? びっくりしたんだけど!」
「いいだろ、お得で」
「女の子のプレゼントをお得かどうかで選んでいいわけないでしょーが!」
えいや、とユウヒがじゃれつき混じりで腰あたりを軽くパンチしてくる。
甘んじてその一撃を食らいつつ、俺は棚に並んでいるアクセサリーを上から順番に見ていく。
アクセサリーとひとくくりにしても、イヤリングにブレスレットに、髪留め、ネックレスと種類はいろいろだ。
この中から選べと言われても、選定基準がわからなさ過ぎてどうにも決めきれない。
俺がかがんで棚の商品を手に取っていると、ひょこっと覗き込んで来たユウヒが俺に顔を寄せて来た。
こしょこしょとユウヒの髪の先が頬を撫でて、息が耳にかかってむずがゆい。
「僕が明日から付けてても違和感なく、かつ君が思う僕のイメージに合いそうなのだったらなんでもいいよ」
「全然何でもよくないじゃないか……」
そしていきなり注文が増えた。なんだよ俺の思うユウヒのイメージって……。
ううん……。
最初に出会ったのは、一か月前の教室だ。
サイドポニーにした色素の白金色の髪。けれど、雪の冷たさではなく、太陽の光が溶けたかのような温かさのある色合い。
瞳は昼と夜の境、一度見れば記憶に強く残る夕日の色。
その完成された美しさと、愛嬌のある容姿は、どこか俺に「硝子細工の造花のようだ」と思わせた。
けれど、一度話せばその透明感のある印象もがらりと変わった。
ユウヒの正体が「天使」だと分かってからは、よく笑うし、怒るし、実にいろいろな表情を見せられた。
そそっかしくて、うるさくて、気安くて、それでいて俺のことをずっと真っすぐ見ていた。
俺のことを信じて、俺のことを見捨てようとはしなかった。
ユウヒが花だとするなら、きっとそれは部屋に飾ってある一輪挿しの美しい花ではなく、野山に群生するように小さくも強く咲いている花だろう。
「なら、これでいいだろ。この小さな花のやつ」
そう考えて俺が選んだのは小さな花がいくつか並んでいる髪留めだった。
無数の白い花弁が並ぶ様は、どこか星のようにも見える。天界が故郷のユウヒだし、星っぽいのは遠くないだろうし、白金色の髪と組み合わせも悪くはないだろう。値段も手ごろだ。
我ながらいいチョイスだと思う……思うんだが、なんかユウヒの様子が変だな。
なんか、俺の手渡した髪留めを手にしたまま、目をふらふらさせて、あわあわと口を開けたり閉じたりしてる。
「え、こ、これ……エーデルワイス?」
「? どうかしたのか?」
「い、いや、そ、そうだよね……や、や! こ、幸太郎がそういうつもりがないのはわかってるんだよ!? わかっては、いるんだけど、ね……」
なにやらユウヒがもごもごと言って、はっきりとしない態度をしている。
ユウヒは手の中にある髪留めと、俺の顔とを交互に見て、そしてかーっと顔を赤くして黙り込んでしまう。
「ユウヒ、お前変だぞ?」
「いや、その、なんというか、これで、いいの?」
「あん?」
「いや、これは、その、天使的には、かなり意味があるというか……」
「どんな意味なんだ?」
「え、えええっ? 天使に説明させる? ま、まあ、べ、べつに、幸太郎なら、いいけどさあ……」
半分困ったように、もう半分は照れたように、口をとがらせつつユウヒが語る。
ある男がいた。
彼は、地上に降り立ったとある天使に恋をした。
天使の美しさに心を奪われた男は、何度も天使の下に通ったが、天使と男の恋が実ることはなかった。
男は叶わぬ恋に苦しみ、神に「この恋の苦しみをどうにかしてくれ」と祈った。
神はその願いを聞き届け、天使は一つの花を残して天界に帰って行った。
そして、その男のもとに残された花こそが「エーデルワイス」なのだという。
「これは、天界ではちょっと有名な話でさ。その、エーデルワイスを送るのは、天界では神に祈るほどの想いというか……そんなのほとんど、ぷ、ぷ……」
ユウヒがちらっと俺の顔を上目遣いで伺ってから、俯いてぽしょぽしょと言葉を続けた。
「ぷ、ぷろぽーず、みたいな……」
「なっ」
かっと一瞬で顔に熱が集まる。
「か、勘違いするなよ。俺はそういうつもりで選んだわけじゃないから」
「わかってるよ。わかってはいるけど、あはは、びっくりしちゃった」
ユウヒが「び、びっくりした~」と笑いつつ、ぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
ちょっと今はまともに顔を見れないから、横眼だけでユウヒを伺うが、ユウヒの頬はまだちょっとだけ赤いように見える。俺の方も同じだったりするかもしれない。
気持ちを落ち着けるのも兼ねて、こほん、と咳ばらいをひとつする。
「嫌なら変えるけど、どうする」
「ううん。これでいいよ。これがいい。キミが選んでくれたものだもん」
「……そか」
「うんっ。じゃあ買ってくるっ」
ちょっとはにかみつつ、ユウヒがにへらと頬を緩めた。そして、割引券と髪留めを持ってレジに走った。
会計を終わらせて店を出て少し歩いたところで、ユウヒは袋から髪留めを取りだした。
そして前髪に俺の選んだ髪留めをつけると、ちょいちょいと前髪をいじりつつ俺の方を伺う。
「えーと、こんな感じかな」
白金の髪を小さく彩るエーデルワイスの花。過度ではなく、けれど確かな存在感がある。店に売っていた安物のはずなのに、まるでユウヒと出会うために作られたのではないか、などと思わされてしまう。
「その、どうかな。似合う?」
夕日の色の瞳を揺らして問いかけてくるユウヒは、少し不安そうに見えた。
いつもは自信満々で自分がかわいことなんて疑わないのに、こういう時に限ってしおらしくなるのだから、ずるいとしか言えない。
「……さあ、どうだろうな。俺にはわからん」
「あ、うそつきみっけ。僕にはそーいうの無駄なんだからちゃんと答えてよお!」
なんとなく、ユウヒのことをちゃんと見れなくて目を逸らしつつ答えると、ユウヒが頬を膨らませた。
そして無理やり俺の視界に入ろうと一歩踏み出した。俺がまた目を逸らすと、「む!」となおも一歩踏み出してくる。俺がまた逃げると、ユウヒもまた追いかけてくる。
逸らして、追いかけられて、そのまま俺の目線が元の位置に戻って来た時に、俺の方が根負けして手を上げた。
「はあ、似合ってるよ。かわいい」
「にひひ、やたっ! ふっつーに嬉しい褒めことばだなあ」
ユウヒが照れたように翼をぱたつかせながら、俺の隣に並んだ。
「んだよ」
「いーや、べつに~? んふふ」
機嫌よさそうに自分の前髪を触ってから、俺の横顔を見て、にまにまするユウヒは跳ねるように俺の隣を歩いている。
二人とも「ここに行こう」と示し合わせたわけではなかったが、なんとなく、お互いにどこに行くべきかはわかっていたから。