「年齢差カップルってあるよね?」
「あるな」
「おれああいうの結構好きでさ。あ、これは二次元上の話でね? もちろん現実そういう愛の形があるのは理解してるし、それは素晴らしいと思うよ。だけど今回は二次元上のそれについて語らせてほしい。今回は特に年下のおしゃまな少女と年上のどこか疲れた男についてなんだけれどもね。ああいうのって、やっぱ根幹にあるのは『許容』なんじゃないかと僕は思うわけ。だってそうだろ? お互い血の繋がりがないのに傍にいるんだよ。周囲からどう見られるかわからないのに。それはお互いの存在を許容し、あえて踏み込み過ぎないって不可侵条約の上で成り立つ関係性なんだよ。おれはそういう関係が、何よりも有難いものがと思うんだよ。でもいつまでもそのままでいてはいけない。時にはその関係性を破壊し、前に進めなければならない時も来るはずなんだ」
「つまり?」
「幸太郎は、人間関係を進める勇気を持った方がいい」
「俺と同じく友だちのあまりいないお前にそれを言われてもなぁ」
放課後、ホームルームの終わった教室で、俺は九条のくだらない話に、いつものように耳を傾けていた。
多くの生徒たちはもう帰宅するか、部活に行っており、教室に人はまばらである。
九条もいつもなら二三話したら、すぐ部活に行くはずなのだが、今日は珍しく教室に残って俺と話している。
俺がそんなこと考えつつぼーっと教室の中を見ていると、九条が「ふむ」と腕を組んだ。
「どしたの、天使さんのことでも探してるの?」
「あん?」
「最近来てないでしょ? 気になってるのかなって」
「……別に、そんなんじゃないよ。勘違いするな」
「そう?」
そうだよと返して、俺は九条の視線から逃げるように机の中の教科書をカバンに放り込んだ。
「帰るの?」
「ああ。これ以上九条に部活をサボらせるわけにはいかないからな。大会前だろ?」
「いやあ、最近の部活、なんか辛いんだよね」
「真面目にやれよ。よく言うだろ、辛いに一本足したら幸せになるって。そのために頑張れよ」
「そこに余計なものを足したら睾になるけどね」
「急に下ネタぶっこんでくるな。びっくりするだろ」
「あーあ、高校生というのはなんでこんな忙しい時期に惚れた腫れたをやりたがるのですかね」
「ちょっと実感こもったやつだったか」
部活がちょっと恋愛ごとでめんどくさくなっているのだろうか。
「んじゃあ、僕も部活に行くとしますよ。大人しくね」
九条はカバンを肩に担ぐと、ひらひらと手を振って教室を出ていく。
九条の姿が扉の向こうに消える。が、すぐにひょこっと身体の半分だけ教室に戻すと、「幸太郎」と俺を呼んだ。
「人間関係を進める勇気、忘れないように」
そう言い残すと、俺の返答も待たずにさっさと部活に行ってしまう。
う、ううん……何がしたかったのかはよくわからない。
「……俺のこと、励まそうとしていたのか?」
たぶん、そうな気がする。
アイツとは友達だけど、あいつのことを理解できているとはとてもじゃないが思えない。
「俺も帰ろう」
俺も荷物をまとめると、教室を出た。
今は六月第三週。
ユウヒが転校してきてもうすぐ二か月。ユウヒと別れてだと、既に二週間になる。
光があふれた後、気づけばユウヒは何処にもいなかった。
誰もいなかったことが当たり前のように、世界から忘れられてしまったかのように、裏庭に俺は一人だった。
俺にまとわりついていたしがらみのようなものはいつの間にか感じなくなっていた。
きっとユウヒの言葉通り、俺の運命は変わったのだろう。
ユウヒが消えたことを知るのは、俺と姉さんだけだ。
セナも、織姫も、木霊も、学校の人たちも、誰もユウヒが消えたことを知ることはない。
ただ、姉さんが「ユウヒの親族」として「病気でしばらく休む」と伝えてくれたらしく、そこまで心配している人はいない。
きっとそのうち姉さんが今度は「家庭の事情で学校をやめる」とでも連絡することになるまでは、ユウヒのことで騒ぐ人はそういないだろう。
「……裏庭」
階段を降りるとき、ふと視界に裏庭にある枯れた桜の木が目に映った。
ユウヒが消えた日以来、一度もあそこには行ってないし、視界にも入れないようにしていた。
いまたまたま視界にそれが映ったのは、さっき九条に妙なことを言われたせいか。
「そう言えば、ユウヒと初めて喋ったのは、あいつに裏庭に呼び出されたからだっけ」
『放課後 裏庭の桜の木の下で待っています』と書かれたその薄っぺらい紙のおかげで、俺はユウヒに『天使』だと気づいてることがバレ、人助けのために奔走することとなったのだ。
「顔見せにくらいは、行っておいた方がいいか」
誰にいうでもなくそう呟いて、俺は階段を下りた。そのまま技術棟を通って、誰もいない静かな廊下を通り抜け、裏庭に向かう。
森をすっぽりとくりぬいて建てられた校舎の裏庭は、半分くらいは森と言っていい場所で、この時間に裏庭に行くようなもの好きは、普段は教員も含めて誰もいない。
そして、そんな裏庭の隅で、人目を避けるようにひっそり桜の木が生えている。
かつて桜加町を守った俺の先代の神さまが変じた、枯れかけた桜の木。
前はあの木のそばで、ユウヒが俺を待っていた。
「……まあ、そりゃそうだよな」
だが、それは過去の話だ。今は桜の木のそばには誰もいない。当たり前だ。俺は何を考えていたのだろう。
気を紛らわせるように、桜の木の幹に触れた。
触れていてもまるで生気は感じない。ひび割れた表面はごつごつとして痛くて、少し上に目を向けても、茶色の葉が僅かに残るばかりだ。
「俺は、いつも置いていかれる方だよ、神さま」
前は神さま、今度はユウヒ。
子どものころは無邪気に俺なら誰かを助けられると信じていた。誰かを助けて、この町をより良い場所出来ると思っていた。
でも、そんなことはなかった。
神さまを助けることはできず、俺の目の前で神さまはこの桜の木になってしまった。
そして、今度はユウヒだ。
以前と同じ。俺は、助けたいと思った人を助けることはできなかった。
「でも、『人助け』に意味がなかったとは思わない」
俺の望む結末は得られなかった。ユウヒに生きていてほしいという俺の望みは叶わなかった。
だが、それでも俺は『人助け』に意味があると思う。
誰かを助けるときに、同時に自分も救われるから。
誰かを助けるときに、自分の幸せを他人に分けてあげることができるから、
そして何より、ユウヒが自分の命をかけてでも、そう思う俺の命を守ってくれたんだから。
「だから、ユウヒに助けてもらったことを無駄にしない。ユウヒに助けてもらったこの人生の意味を、俺は見つけるよ。それが何かは、まだわからないけどさ」
だから、もう振り返らない。落ち込んだりしない。
自分の心に従った生き方をしていくよ。
「……でも、でも、さ」
誰も聞いていない今なら、ほんの少し弱音を吐いていいかな。
神さまの前でなら、言えなかったことを溢しても、許してくれるかな。
俺、気づけばいつもどこかでユウヒの姿を探してるんだ。ユウヒのことを思い出してるんだ。
教室に行けば、遅刻スレスレで慌てて入ってくるユウヒを。
家に帰ってゲームを見たら、「次来たら対戦しようよ」と言ってベッドの上に座るユウヒを。
姉さんの店では、姉さんとやかましく言い争いするユウヒを。
屋上ではセナと三人でジュースの飲み比べをしたこと、街路樹の近くを通れば木霊にお菓子をねだられたこと、商店街のメイド喫茶では織姫と二人でお客さん相手にてんてこまいで。
わかってるんだ。ユウヒはもういない。会えることなんてない。
だから、こんなふうにあいつのことを思い出すことなんてまるで意味がないなんてことは。
でも、たった一か月だったのに、この町にはユウヒとの思い出が増えすぎてたんだ。
どこにいても、あいつの存在を感じてしまう。
ああ、そうだ。認めたくない。でも、俺は……俺は、さ。
「お前がいないと寂しいよ、ユウヒ」
「僕がどうしたの?」
「ああ。俺やっぱり、お前がいないと――――」
――――頭が、真っ白になった。
そして、突如として聞こえたユウヒの声に、弾かれるように振り返る。
「はあ!? おま、おま、お前!?」
「やほ」
夕日に照らされた校舎。人気のない裏庭。枯れた木と、俺だけしかいないはずのその場所に、一人の少女が立っている。
エーデルワイスの髪飾りをつけた白金の髪。抱きしめれば折れそうな華奢な体躯。そして、俺を見つめる名前と同じ色の瞳。
「ゆ、ユウヒ……?」
「じゃじゃーん。僕でーす。びっくりした?」
「え? は? いや、お前消えたよな!? 俺と感動的に別れたよな!?」
「いや、僕も消えたと思ったんだよ? でもなーんか気づいたら、謎の空間にいてさ~。で、そこで聞こえる声のままに歩いてたら、なんと裏庭のベンチに座っててさ! びっくりしたよ~」
「びっくりしたよ~、じゃねえよ! いつの話だよ!」
「昨日?」
「なら! 昨日! すぐ! 会いに! 来いよぉ!」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと僕も色々あってさ」
あはは~といつものように笑うユウヒに、俺は思わずでかい声を出してしまう。
「あ、ぬあああああ! んだこれ! 俺がこの二週間どんな気持ちで、ああもう!」
「え、あ、おお……? なんか、ごめんね?」
「ああもういい! お前が生きていて何よりだ! あんだけのことをして変わりないならそれが何よりだよ! どうやって帰って来たかはわからないけど、俺はもうてっきりユウヒは――――あれ?」
何か、変だ。俺の知ってるユウヒと違う。でも、容姿は変わらないはずだ。
さっき見た時だって、初めて会った時とまるで変わらない――――変わって、いる。
「ユウヒ、お前、翼が片方だけしか」
いつもユウヒの背中にあった一対の真白の翼。
他人が勝手に触ろうとしたら、ぐちぐちとめんどくさく文句を言うくらい大切にしていた翼が、いまは一つしかない。
「あはは、やっぱわかっちゃう?」
ユウヒが困ったように笑ってから、ちょいちょいと自分の前髪を触った。
「僕、やっぱやりすぎたらしくてさ。翼を片方取られちゃったみたい。いわゆる『堕天』とゆーやつです」
「堕天って、それは」
「うん。もう天界を追放されちゃった。昨日、試したんだけどね。全然帰れなかったよ」
いやあ、困った困ったとユウヒは頭をかきつつ笑う。
「笑い事じゃないだろ! お前は天使であることに誇りを持っていて、それで、いつか天界に帰って、それで天使としてこれからも人を導きたいって……」
「すとーっぷ!」
ユウヒが手を差し出して、俺の言葉を遮った。
「いいの。いいんだ。確かに僕は堕天したけど、後悔はしてない。だって、幸太郎を助けられた嬉しい気持ちの方が、ずーーっと大きいからさ!」
そして、ユウヒはにこーっと笑った。いつものように俺を安心させるように、俺のことを勇気づけるように。
「たぶん、幸太郎を助けた『神さま』もこんな気持ちだったんだろうね」
「――――」
そんな彼女に、俺は言うべき言葉を失ってしまった。
ユウヒは、俺を助けただけだ。ユウヒにできることの全てで俺を助けただけ。
なのに、ユウヒの願いは奪われ、帰る場所すら失った。
すべては、俺のせいで。
そんな彼女に、俺は何を言えばいいんだ。
ユウヒのことを見てられなくて、思わず目を伏せた。もう、どうしたらいいか、わからなかった。
――――がんばれ。
不意に、頬を風が撫でた。まるで俺のことを勇気づけるような、そんな柔らかくて、優しい風だった。
「え――?」
季節外れの桜が、咲いていた。さっきまで枯れかけていた桜だった。
今年の春にだって花は咲かなくて、もう死ぬのを待つだけしかない、そんな桜だったのに。
何故か今咲き誇り、俺とユウヒのことを舞い散る桜吹雪で包んだ。
「……きれい」
夕日が指す中佇む片翼の天使を、花が彩る。
美しいとか、綺麗とか、俺の持つ語彙ではうまく言葉にできなかったけど、きっと俺は死ぬときにこの景色を思い出すだろうと思った。
「……翼に、桜の花びらが乗ってるぞ」
「え、どこ?」
「そこだよ、そこ」
「ええ? 僕からじゃ見えないや。ね、幸太郎が取ってよ」
「お前昔触った時めちゃくちゃ怒ったじゃん」
「それは、そうだけど……」
ユウヒはいじいじと指を付き合わせて、俺のことを上目遣いで見上げて、目を逸らす。
ふぅと小さく深呼吸をすると、今度はまっすぐに俺のことを見つめた。
「今は、キミに取ってほしい」
「……わかった」
ユウヒに歩み寄って、真っ白な翼に乗った薄桃の花弁を摘まみ上げた。
――――がんばれ。
また風が吹いた。今度は、さっきよりも強く背中を押された気がした。
迷いは、いつの間にか消えていた。
「ユウヒ、俺はいつかお前を天界に返して見せるよ」
「え?」
ユウヒはあっけにとられたように、俺のことをぼーっと見ていた。
やがて、俺の言葉の意味がようやく思考に追い付いてきたのか、ぱちぱちと瞬きをした。
「返すって、ど、どうやって?」
「まだわからん。だけど、全力で調べる」
「で、でも我が主が決めたことだよ? その、僕はもうきっと永遠に天界に帰れない運命を与えられていて……」
「運命か。運命ならちょうどいい」
俺はニッとユウヒに笑いかける。あの日、ユウヒが俺に言ってくれたように。
「約束する。俺が、ユウヒの運命を変えてみせる」
一瞬ユウヒが泣きそうに目を閉じて、でもこらえるように俯いた。
「幸太郎が、僕の運命を?」
「ああ」
「方法もわからないのに?」
「ああ」
「どれだけかかるかも、わからないのに」
「ああ」
「そんなことされたら、僕、色々と勘違いしちゃうかもよ?」
俺はまっすぐにユウヒを見つめ、そして言う。
「いい。だってこの気持ちは勘違いじゃないから」
「~~~っ」
片羽になった翼を振るわせてから、ユウヒが顔を上げた。そして、せいいっぱいの、眩しい笑顔を俺に見せた。
「ありがとう、幸太郎」
ああ、やっぱり俺はユウヒのこの顔が好きだなぁ。
このためになら、俺は生きていける。このために、俺は生きていきたい。
「あ――――」
また、風が吹いた。吹いた風は、さっき俺がユウヒの翼から拾い上げた花びらを拾い上げ、空の彼方へと運んでいく。
きっと、偶然だ。でも、今その言葉を伝えたかった。
「……ありがとう、神さま」
桜の木は何も言わない。
けれど、俺とユウヒを寿ぐように、ただ静かに桜吹雪を舞い散らせていた。
これにてひとまずおしまいです。
続きはのんびり書こうと思います。
お付き合いいただきありがとうございました。
ではでは。