僕っ娘天使が俺の部屋でサボってる件。   作:世嗣

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新米天使と笑わない人

 

 

「なんか、ドッと疲れたな……」

 

 今日一日、話を聞きたそうにこちらを見ているクラスメイト達をのらりくらりとかわしていたので、全く気が休まらなかった。

 とりあえず放課後に同じところに集合と言われたので、今は大人しく裏庭で天使さんを待っている。

 

「くあ……」

 

 欠伸をひとつかみ殺し、背中を桜の木に預ける。

 

「残り一ヶ月で死ぬかもしれない、ね」

 

 あまり実感はない。特に身体に悪いところがあるわけでもないのだから当然だ。

 俺が死ぬ理由に関しては、宣告した天使さんもわからないらしく、対策しようはなさそうだった。

 まあ病気とかじゃないのは良かったと言えるかもしれない。苦しいのは嫌だし。

 

 と、その時急に俺の目をさっと二つの影が覆った。

 

「だーれだっ!」

 

 こんなことすることは一人しかいない。

 こんな手で目を覆うみたいなひと昔前の……ん? これ手じゃねえな。なんかもっとふわふわしてる。

 

 これ、翼だ。翼を俺の頭を包むようにして目を覆ってるんだ。

 ということは、これ今かなりすごい体勢なのではないだろうか。

 

 ほら、たしか天使さんの翼は肩甲骨あたりに生えてて、それもあんま大きくはなかったから、従ってこういう体勢を取るにはかなり近づかないとダメな気がする。

 あろ身長差から考えていま俺の後頭部には天使さんの胸が……胸が……全然当たってねえな……そう言えば天使さん全然胸なかったな……。

 

「はあ~~」

「ちょ、僕の質問にも答えず急にでかい溜息をつくのやめてくれない!? なんかすごく馬鹿にされてる気分なんだけど!」

「すぅー」

「吸うなぁぁぁぁあああ!」

「別に臭くなかったよ」

「当たり前だっつーの!!」

「いてっ」

 

 怒った天使さんに後頭部をぼかっとやられた。

 手加減はしてくれたのでそれほど痛くはないが、じんわりとしびれる感じは残った。

 

「まったく、僕が遅れたという非が無ければキミの首から上はなくなっているところだよ」

「天使に死刑宣告をされた」

「言っとくけど死刑じゃないだけで有罪ではあるからね。レディの翼を嗅ぐなんて。天界でやったら雲中飛び回しだよ」

「市中引き回しの空っぽい言い方をされてる」

 

 そういう言い方をするんすね、天界だと。

 

 その後、「とりあえず外にいこっか」という天使さんに言われるままに、校門から学外に出た。

 途中、天使さんはクラスメイトやら、先輩やらに声をかけられていた。

 

「またねー、ユウヒ!」

「ユウヒちゃん、今度またパフェ食べに行こうね~」

「あれ、ユウヒの隣にいるのってあの……」

「じゃあ、噂ってホントだったんだ」

「なんでも朝帰りしたらしいよ」

 

 俺? 俺に話しかける人はいませんでしたね。

 いいんだよ俺は……クラスだと九条とかは話してくれるし……。

 

 校門から出てしばらく歩く。まだ学校が終わってあまり時間が経っていないため、それほど人通りは多くない。

 俺は前をずんずん歩いていく天使さんについて行くように歩幅を合わせる。

 並んで歩くと天使さんの身長は俺の肩より少し低いくらいだから、そのまま歩くとたぶん置いていってしまうからな。

 

 ……うん? なんだ、天使さんそんなニマーっとして。

 

「ええ~? 言っていいの~?」

「何をだ?」

 

 天使さんは口元を手で覆うとうぷぷと笑いを抑える。

 

「キミ、今僕に合わせてゆっくり歩いてくれてるよね?」

「……」

「いやあ、優しいな~って」

「……勘違いするな。別に天使さんに合わせてるんじゃなくて、ただ俺はどこに行くか知らないだけでだな……」

「わーったわーった。そういうことにしといてやんよ~」

 

 うりうりと脇腹を肘でつつかれる。

 とりあえずこほん、と咳払いをして誤魔化すと、話を逸らすことにする。

 このままの流れだとすごいイジられる気がするからな。

 

「で、人助けに繰り出したわけだけど、何か当てはあるのか?」

 

 今のところは普通に学校近くの商店街の方向に歩いてるだけだけど。

 

「ない! ……って、なんだよう! その『こいつに任せていいのかな』みたいな顔は! だいじょうぶだって!」

「そういう天使に今日まさに俺のクラスでの株を大いに下げられたところだからな」

「そ、それは申し訳ないけど……」

 

 天使さんが目を逸らしつつ、指を付き合わせる。

 

「僕らはただゲームをしてただけなんだし、そんな騒ぎ立てるようなことじゃないと思ったんだもん」

「それには俺も同意なんだけど、周囲から見るとそうもいかないんだろ」

「人間って大変だね。恋とか愛とか、こう、疲れそう」

「かもなぁ」

「いちおう僕も気を付けてるんだけど、そこらへんちょっと理解しきれてないことろもあってさー。嫌なこととか、不安なこととかあったら教えておいてね」

「不安なことか……」

「お、何かさっそくあるの?」

 

 いや大したことではないんだが……。

 

「その、俺なんかが人助けをして本当に意味があるのかな、と」

 

 天使さんは俺のことを高く評価してくれているが、俺からするとそれは自覚のないものだ。

 俺みたいなやつが、誰かを助けるなんて大それたことができるものか。

 

 そんな俺の不安からの言葉を、天使さんは軽く笑った。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。キミはキミが思ってるよりも、ずっといいやつだから」

「断言するんだな」

「僕はキミの守護天使だからね。キミのことはキミよりわかってるよ」

「よく言うよ、俺と天使さんは出会ったばかりだってのに」

「ふっふっふ、キミは僕のことを舐めすぎだね!」

 

 というか、と天使さんがふと思い出したように切り出してくる。

 

「そろそろ『天使さん』って呼ぶのやめてほしいかも」

「え? なんでだ?」

 

 別にそう変な呼び方でもないだろ。名字なんだし。

 

「だってこう、ムズムズするんだよ! だって、キミで言うと『ねえ、人間さん』って呼ばれてるような感じだよ?」

「読みは『あまつか』だけどダメなのか?」

「だめだね。だって字面としては天使でしょ?」

「それは天使(あまつか)なんて名乗ってる方に問題があるんじゃないか?」

「だ、だって付けた時は名前なんて何でもいいかって思ったんだもん……」

 

 天使さんが指を付き合わせて唇を尖らせる。

 

「ユウヒの方もそうやって付けたのか?」

「まーそうだね。地上だと僕の目の色って夕日の色なんでしょ? だからそれにした」

「適当だなぁ」

 

 俺が言うと、天使さんがムッとしたように下からジト目で睨んでくる。

 

「言っておくけど僕にはちゃんと天使としての名前はありますから! ただキミたち人間にひけらかすものでもないから隠してるだけなの! だいたいちょびーっと地上に降りてくる間の名前なんてなんだっていいじゃんさ……」

「じゃあ天使さんって呼ばれててもいいじゃん」

「それは距離を感じるからヤダなんだよう!」

「ダルすぎる」

 

 俺が思わず本音を口に出すと、天使さんはう~~っと低く唸ってジタバタし始める。

 

「やだやだ天使さん呼びはヤダ! せめて名前でユウヒって呼んでよ! そうじゃないともう僕返事しないからね!」

「ああ、やめろやめろガキみたいに駄々こねるな!」

 

 こう、やめろ! 今人通りは少ないけど、全くいないわけじゃないから!

 

「おかーさん、あれなにー?」

「痴話喧嘩よ。付き合いたての恋人はねああやって呼び方一つで喧嘩できるおめでたい頭になるの」

「いぬもくわなさそうだね~」

 

 ほらなんか部分的に聞いてた親子になんか勘違いされてるから!

 俺が釈明のために視線を向けたが、お母さんは「オホホ」と笑いながら我が子を抱いて走り去っていった。

 

 あ~、クソわかったわかった!

 

「これからはユウヒって呼ぶ。これでいいんだな」

「OKだよ幸太郎!」

「お前も呼び捨てすんのな」

 

 グッと親指を立ててウインクをしてくる天使さん――もとい、ユウヒ。

 名前呼びとか言う甘酸っぱいイベントだけど、こいつ相手だと全く心が動かないな。

 

 俺が頭を抑えつつため息をついて――――おっと、何か踏んずけそうになったな。

 よくよく見れば俺らの足元に花びらやペットボトルなんかが転がっていた。

 

「幸太郎、あれ」

 

 俺が足元に目を向けていると、隣のユウヒに袖をくいくいと引っ張られた。

 

「ユウヒ、どうかしたのか?」

「ん」

 

 目だけでユウヒに示された先には、道端の木の下でうずくまって泣いている女の子が一人いた。

 黄色い帽子と、赤いランドセル。手提げに入っているのは今日使った体操服か何かだろうか。パンパンになった荷物で、両手はいっぱいだ。

 

「困ってるみたいだね。家に帰れなくなっちゃたのかな」

 

 近くに学校もあるし、学校帰りってところだろうか。

 

「転んだとか、そんなのだろ。そのうち自分で家に帰るだろうし、別に俺が助けるなんて――」

「うそつきみっけ」

「は?」

 

 ユウヒが腕を組んで、ふっふっふと不敵に笑う。

 

「一個言い忘れてけど、僕は助けを求める人の声が聞こえるのに加えて、もう一個聞こえる声があります」

 

 そして彼女はぱち、と目配せした。

 

「僕はね、目の前の人間が嘘をついたらわかるんだよ」

 

 ……それは。

 

「はい、そういうことです。今、幸太郎は嘘をついたよ」

「別に、ついてなんか」

「あ、またうそつきみっけ。僕にはわかるんだから」

 

 ゆるゆると首を振って俺の言葉を否定すると、とん、とユウヒは俺の胸を指でついた。

 

「キミの心はね、いまあの子を助けてあげたいって思ってるよ。例え、キミが気付いてなくても、僕にはわかる」

 

 そう言ってユウヒが微笑んだ。

 まるで、世話の焼ける弟にそうするように、慈愛の笑みを浮かべて俺を見つめる。

 ……いや、もうマジでなんなんだよこいつ。

 全然神秘的じゃないし、全然優秀じゃないし、全然完璧じゃないのに、なんで俺の心がわかってんだよ。

 

「はあ~~~」

 

 しゃがみ込んで、頭を抱える。

 

「……勘違いしないで欲しいんだが」

「うん?」

 

 視線を持ち上げて、こっちをニマニマと見ているユウヒを見上げる。

 

「別に、お前に言われたことが図星だったから助けるんじゃない。俺が、なんとなくそういう気分になったから、ちょっとあの子の話を聞くだけだ」

「ふふ、そういうことにしておいてあげます」

 

 俺が答えると、ユウヒは「うんうん!」と大きく頷いた。その動きに従うように背中の翼もぱたぱたと小さく羽ばたく。

 

「えらいぞ、それでこそ人の子だよ。キミは今良き人の歩みをひとつ……」

「ほら、さっさと行くぞ」

「ってちょっと! 僕のありがた~い言葉くらい聞いていきなよ!」

 

 なんだかぶつぶつ言っていたユウヒを置いて俺は横断歩道を渡った。

 

 横断歩道を渡ると、木の下でうずくまっていた子と目線を合わせるためにしゃがみ込む。

 

「こんにちは」

「――――」

 

 俺が声をかけると、その子は目線を上げて一瞬びくっとしたように体を震わせた。

 

「こんなところで、どうかしたの?」

「――――」

 

 俺が問いかけてもその子は口を開かない。よっぽどおびえられてしまっているのかもしれない。

 参ったなぁ。ちょっと泣きそうだ。

 

「はいはい、こわもておにーさんはどいてどいて」

 

 困って頭をかいていると、追いついてきたユウヒが横から入ってきて俺を押しのけた。

 

「ちょ、なんだよユウヒ」

「幸太郎にしては頑張りました。あんまりにもなっちゃないから、僕がお手本見せてあげるよ」

 

 そう言うとユウヒはしゃがみ込むと、うずくまった子ににこっと笑顔を向けた。

 クラスで見せる時よりもいくらか明るく、それでいて身振り手振りは大きい。

 

「こんにちはっ! 僕、ユウヒね。キミはここで迷子になっちゃったのかな?」

「……うん」

 

 ユウヒは帰ってきた言葉にうんうんと頷いて、さらに続ける。

 

「おうち、わかるかな?」

「いかなきゃいけないとこ、わかる」

「そっか。それ、僕たちもついていっていいかな? 僕たちもいま道わからなくてさ、キミのおうちの人と話したくて」

「……うん」

「ありがとっ」

 

 短くお礼を言うと、ユウヒがその子の頭をなでなでと撫でる。そのまま手を差し伸べると、自分の手を握らせて立ち上がらせる。

 

「ほら、行くよ」

「え?」

「え?じゃないよ。ほら、この子をおうちまで連れて行くんだから、反対側の手を握ってあげて」

「あ、ああ……」

 

 俺が恐る恐るその子に手を差し伸べると、相手もおずおずと俺の手を握ってくれた。

 

「えー、じゃあキミかけっこで一番だったの!」

「ふんす。きょうだけじゃなくて、そのまえも、いちばんだった」

「すごいなぁ。僕はあんまり地面を走るのは得意じゃなくてさ~」

「じめん、じゃない、はしる……?」

「ふっふっふ、他の人には内緒だよ? 僕が本気を出すとびゅーんだからね! ね、幸太郎!」

「え、あ、おう……」

 

 三人で手を繋いで道を歩く。

 ユウヒのおかげで手をつないだ子も、けっこう楽しそうだった。

 いつしかユウヒとその子は二人でぶんぶんと手を振って、学校のことや女の子のことをよく話していた。

 喋るのがあまり得意ではないのか、話し方はたどたどしかったものの、ユウヒと話すのは楽しそうだった。

 

 すごいな、天使ってのは。俺にできなかったことをあっさりとやってしまった。

 いや、すごいのは『天使』なんて曖昧なんてものではなく、ユウヒ個人なのかもしれないが。

 

 ほんの少しだけど、ほんの少しだけど、こんなふうになれたなんて、思ってしまうな。

 

「おねーちゃんたち、いいひと」

「そう?」

「うん。おにーさんも、ちょっとこわい、だけど、いいひと」

 

 いつしか陽が沈んで、あたりが暗くなってくる。

 昼が過ぎて、夕暮れを過去にして、誰もが眠る夜の時間。その狭間、逢魔が時。魔と逢う時間がやってくる。

 

「だからね――――()()()()

 

 その子が、俺たちにそう言った瞬間、身体が揺らいだ。

 まるで蜃気楼のように、ゆらゆらと揺れて、ふっとそのまま影に溶けて目の前から消えてしまう。

 

「え?」

 

 気づけば、俺たちの周囲に人がいない。確かにここあたりにあまり人通りは多くないが、これは異常だ。

 すぐそばの住宅街からも、右手の奥の商店街からも人の気配がまったくない。

 

 まるで、俺たちの周囲だけ現実と隔離されてしまったかのように。

 

「な、なにこれ!? 何が起きてるの!?」

 

 ユウヒが困惑したように周囲を見渡して、ようやくあたりにいるのが俺たちだけであることに気が付いた。

 

「こ、幸太郎ナニコレ!? なんであの子は消えちゃったの!? それにここどこ!? なんか知らないところに来てない!?」

「わかんないのか? こういうのに詳しいんじゃないのか?」

「し、しらないよぉ! こんな変なところ、天界の学校じゃ教わってないってぇ!」

「へー、天界に学校なんてあるんだ」

「今食いつくところそこ!?」

 

 半泣きになりつつユウヒが突っ込み、程なくして、俺たちの背後からひたひたと足音が聞こえる。

 弾かれるように振り返ると、いつの間にかさっきまで歩いていた道が真っ黒い影に塗りつぶされている。

 

 影は黒く、暗く、深い。自然の中から生み出されてもきっとこうはならないだろう。

 この世の負を集めて、溶かして、固めて、伸ばして、そうしたらきっとこのような光のない色になるのだろう。

 

「ケテ……タス……」「助け……て……」「やだよう、やだよう」「また会いたいだけなのに」「ねえ、ねえ……」

 

 声が聞こえる。声が。声が。無数の声が。すすり泣きが。叫びが。その残響が、助けを求めて、響いてる。

 そして、影の奥に、人影が浮かぶ。

 

「幸太郎、あれ、さっきの子」

 

 ユウヒの言葉に目を向ければ、影の奥から先ほど俺たちの目の前から消えた少女が――――いや、少女の姿をしたナニカがいた。

 ひた、ひた、ひた、と音を鳴らし、それは俺たちに一歩ずつ近づいて来て、そして、がくんと首を曲げた。

 

「――――ごめんね、オネ、エ、チャン……」

 

 まるで、機械音声のようだった。無数の声を繋げて、張り付けた、そんな不可解な声。

 

「ゴメン、ネエエエェェェェエエエエエ」

 

 そして、影の中で少女の身体が膨らんだ。

 ユウヒよりも小柄だったその身体は十倍以上に、細かい毛がびっしりと生えた蜘蛛のような足が生えてくる。頭蓋骨を突き破り生えたのは巨大な角。こちらを睨めるは血走り爛々と光る瞳。

 明らかに、人間ではない。友好的であるはずもない。

 その姿、瞳、佇まい、纏う雰囲気、その全てから、他者を害する意思を感じた。

 名づけるならばきっとそれは、『蜘蛛の人外』だった。

 

「なに、これ……」

 

 ユウヒが困惑したように瞳を揺らしたとき、蜘蛛がぐぐっと身体を沈み込ませた。

 

 ちょっと、まずそうだな!

 

「ユウヒ、あとで文句言うなよ!」

「ふぇ、え、ちょぉおおぉぉぉおおお!?」

 

 俺は横でボケーッと突っ立っていたユウヒを抱えると横に跳んでそのままごろごろと二人で転がった。

 その直後、蜘蛛の巨大な腕が俺たちがいたところを通り過ぎて、そのまま地面をえぐった。

 

 ぎ、ぎりぎりセーフ……。

 

「ってて、ユウヒ、大丈夫か?」

「うんだいじょぶ、ありがと……って、ちょ! 幸太郎近いって!」

「あん? ああ、背中に顔が押し付けられてるのか、悪かったな……」

「ちげーーーよ! 胸だよ胸! 僕の柔らかな双丘に顔面押し付けてんだよキミは!」

「悪い、普通に硬いから背中だとばかり……」

「このッ、いまわけのわからないのに襲われてなかったら僕が幸太郎の息の根を止めてたよッ!」

 

 ふん!とユウヒに押しのけられる。がんばって助けたのに酷い。

 

《 ガガ、ガ……今回ノハ……イキガ、イイナ…… 》

 

 蜘蛛が、俺たちを嘲るように声を響かせた。ガガ、と顎を鳴らし、ごきん、と首を曲げる。

 

《 最近 ハ アマリ 食エテイナイ ヨク ヒッカカッテクレタ 》

「食えて、ないって」

 

 ユウヒが蜘蛛の言葉を聞いて、未だ自体が理解できていないと言うかのようにへらりと頬を緩めた。

 

「ぼ、僕らはキミを助けたかったんだよ。そ、その姿もなんかの冗談でしょ? キミ、そんな怖い姿の子には見えなかったよ。ね、だからさ」

《 カ、カ、カ、ガガガガガッ! 》

 

 ガガ、と影の中の蜘蛛が愉快そうに嗤った。

 

《 アンナ マヤカシニ 騙サレタ ノカ 滑稽極マル ナ 》

「騙されって、嘘だよね。キミ、ちゃんと困ってたよ。姿だって……」

《 ホオ 姿トハ コレノコトカ ? 》

 

 ぶるり、と蜘蛛が身を震わせると影の中の姿が変わる。それは先ほどまで俺とユウヒと共にいた少女のものと全く同じ。

 彼女は、先ほどまで俺たちには見せなかったような満面の笑みを浮かべる。

 

「私、あそこで死んだ幽霊なの! でも幽霊になってからずっとお腹がすいてたの! でも、どうすることもできなくて、本当に困ってた」

 

 だが、ぐぐっと持ち上がった口角が止まらない。そのまま顎の方まで裂けて、再び異形の姿に揺らいで戻っていく。

 

「ありがとうね、お姉ちゃん。私に騙されてくれて。おかげで、おかげで」

 

 その過程で下品に、悪辣に、ゲタゲタという笑い声を漏らして。

 

《 モウ 飢エナクテ 良サソウ ダ 》

 

 ここまでされれば、きっとどんなに鈍くても……どんなに、人が良くても自分が騙されたのだと分かるだろう。

 ユウヒが、ぽつりとつぶやいた。

 

「あれが、さっきまで一緒にいた子なの?」

「……みたいだな」

「僕たち、騙されてたの?」

「……みたいだな」

「あの子がむけてくれた笑顔も、言葉も、全部嘘だったの?」

「……かもな」

「そっ……かあ……」

 

 ユウヒが苦し気に、目を伏せた。

 気持ちは理解する。俺たちはあの子を助けようとしていたけど、あの子にとって、それはこうしてここに連れてくるまでの演技だったんだろう。

 俺たちのやったことは、全くの無駄だったわけだ。

 

 それは本当に、ああ、本当に、くだらない。

 

「ユウヒ、ここから逃げよう。こんなところにずっといたら、どうなるかわからない」

「そ、そうだね。そうだ、逃げなきゃ――――ほぇ?」

 

 言いかけたユウヒが俺の顔を見たとたん、ぽかんと目を丸くした。

 

「ええ……? 嘘でしょ、キミ、こんな時でもまだ()()()()()思ってるの?」

 

 はあ?

 

「何言ってんだお前。いいからさっさと逃げるぞ」

 

 俺は立ち尽くすユウヒの肘を掴んで、引き寄せようとしたが、彼女はぴくりとも動かなかった。

 

「おい、何してるんだユウヒ。逃げねえと俺の寿命うんぬんの前に一緒にあの怪物の腹の中だぞ」

「そうだ、ね。僕も本当にそれには同意なんだけど、駄目だよ。僕は逃げられない」

「なんで!」

「いやもう僕としてもびっくりしてるんだよ? だって僕らいま明らかに今殺されかけたよね? めちゃくちゃ騙されたみたいだし、そもそもあれ人間じゃない! なのに、なのに――」

 

 ユウヒが怪異を前で立ち尽くしたまま、俺を見つめた。

 

「びっくりすることに――まだキミはあの子のことを助けたいって思ってるから。助けられるって、思ってるから」

 

 ――――。

 

「いや、方法とか僕には全然わかんないんだけどね! でも、キミの心がそう言ってるってことは本当だから、僕としては信じるしかないというか!」

 

 だからさ、とユウヒが繋げる。

 

「僕は天使だ。キミという迷える子羊を助ける天使だ。だから、キミの心が、まだあの子を助けたいと思うなら、僕だって逃げられないよ」

 

 ああ、もう、本当に……ほんとにさ……。

 

「……お前、なんでそんなに俺の心がわかるんだよ」

「僕はキミの天使だから。キミの望みを叶える存在だから」

 

 ふ、とユウヒが微笑んだ。先ほどあの子を助ける俺の背中を押すためにそうしたように。同じ、優しい笑顔を。

 

「あーーーー、わかったよ。わかった! やればいいんだろう、やれば!」

 

 ガシガシと頭をかく。

 マジで最悪だ。ユウヒといると、俺が押し込めていた部分がすぐ掘り返される。

 いきなり余命を宣告されるし、人助けをやりなさいなんて言われるし、失言のせいでクラスでは変に注目されちまってるし、俺の日常が狂いっぱなしだ。

 

 本当に最悪だ。最悪なのに、どうして俺は笑っているんだろう。

 

「さ、幸太郎どうするの? 僕の方でちゃちゃっと倒しちゃってもいいけど、それじゃだめなんでしょ? かっこいいところ見せてよね~?」

「随分なハードルだ」

 

 俺のことを心底信じた目で見るユウヒを前にすると、背筋が伸びる。

 こいつのことは裏切れない、裏切りたくないと、なんとなく思ってしまう。

 

《 ガ ガガ 相談ハ 終ワッタ カ ? 大人シク 我ニ 》

「あー、うるさいちょっと黙ってろ『牛鬼』。俺今ちょっと真剣に考えてるから、お前のくだんねえ三文芝居に付き合う気はねえんだ」

《 …… 何 ダト ? 我 ハ 》

「あん? まだ自分が幽霊ってことにしたいのか牛鬼。流石に無理があるから、ちょっと黙ってろよ」

 

 俺の隣でユウヒが聞き覚えのない言葉にこてん、と首を傾げた。

 

「ぎゅう、き? なにそれ? こいつって、あの子の化けた幽霊じゃないの?」

「言ったろ、俺は生まれてこの方幽霊だけは見たことないんだ。そこまで地獄の獄卒は杜撰じゃないし、天使もそうだろ?」

「え、ま、まあ……」

 

 ゆったりと怪異が――いや、『牛鬼』が目線をこちらに向ける。

 牛鬼。もしくは土蜘蛛。主に西日本に生息する、水辺で人を騙し、食らう怪異。

 地域によって姿はまちまちらしいが、こいつは割とオーソドックスな牛頭と蜘蛛の身体を持つタイプだな。

 時に天災の具現。時に恐るべき鬼。そして時には、人間に化ける。

 この日本ではそう珍しくもない、ただの妖怪の一匹だ。

 

「だけど、牛鬼がやるにしてはちょっと回りくどいな。お前、何か利用してんだろ」

《 貴様 》

「ああ、別に何も言わなくていいよ。大方、当たりはついてるから」

 

 初めて出会ったときにいた、道端の木の下。何か言葉を切り貼りしたような、幼すぎる、いや、不自然な最低限の会話しかできない程度の語彙力。

 

「俺らを連れて来たあの子は、『木霊(こだま)』だろ。山彦(やまびこ)って言い換えてもいいけど」

「こだま……?」

「樹木の精霊だよ。たぶん、あの子はあの道端に生えてた木の木霊だろう。だから俺たちと初めて出会ったとき、木の下にいたんだよ」

 

 ユウヒは納得したように「そっか……」と呟いて、すぐに顔を上げる。

 

「じゃあなんであの子はあの姿をしてるの? 人間の姿だよね、あの子」

「……まあ、真似てるんだろうな。あの木の近くで交通事故で死んだ女の子の姿を」

「え……?」

 

 さっき俺が踏んずけそうになった花弁とペットボトル。あれはもとは献花と、お供え物だったのだろう。位置的に見てもおそらく間違いないんじゃないかな。

 思い出してみれば、一年ほど前にあそこで事故があっていたような気がする。

 

 木霊にそこまで高い知能はない。ただ、あの木霊の中にはずっとあそこで死んだ女の子の存在が響いているのだろう。

 そして、忘れないように真似してる。

 きっと毎日自分の前を通って楽しそうに学校に行って、たまにその日あったことを街路樹の自分に内緒で教えてくれた女の子の存在を、木霊させているだけなのだ。

 

「お前はその木霊を使って人間を自分の狩場までおびき寄せて、それで食うつもりだったんだろう。姑息なことするぜ」

「じゃ、じゃあ最初僕らをここに連れて来た木霊の子はどこに行っちゃったのさ?」

「それもまあ、たぶん当たりはついてる」

 

 あの子は、少女の姿をした木霊は俺たちの目の前から影に溶けて消えた。

 今も、影の奥から声は響き続いている。すすり泣くような、その声が。

 

 あとは、それをどう引っ張り出すかだけど……まあどうにでもなるか。

 

《 笑ワセル ナ タダノ 人間 フゼイ ガ 》

()()()()()()?」

《 何 …… ? 》

 

 軽く腕を回して、袖をまくる。そして、ずっとボロい紐で手首に結んである鳴らない鈴を晒して見せる。途端、牛鬼の血走った目の色が変わる。

 ったく、こんなぼろい鈴一つにビビるなら最初からこんなことするんじゃねえよ。

 

《 貴様 ソレ ハ マサカ ―――― グウ、ガッ! 》

「あいあい、ちょっとお前は縛られてろ」

 

 柏手を打ち、開く。するとその間に光の注連縄が生み出され、俺の意志に従ってにょーんと伸びていく。

 軽く腕を振ってその注連縄の一部で牛鬼を縛ると、残りの注連縄を影の中に突っ込んだ。

 

 そしてその奥に、奥に、どこまでも深く、真っ黒の世界で音を響かせている木霊に届くように伸ばして、その腰に巻き付ける。

 

 よし、あとはこれを引いて……って、重! 影の中に超強い重力が発生してるみたいに、注連縄がガンガン引きずり込まれてる! 

 引っ張ろうとした俺の方が危うく引きずり込まれそうになったところ、俺の腕がガシッと掴まれた。

 

「僕も手伝うよ!」

「――――ああ、サンキュー!」

「まったく、あとでちゃんと色々と教えてよね!」

 

 俺の手を掴んで止めてくれたユウヒに笑みを向けて、そして二人で注連縄を引いて、引いて……まったく、引けずに二人でずるずると引きずられ始める。

 

「え? ユウヒ、力弱くないか?」

「はあ? このか弱くかわいい天使の僕にどんな剛力を期待してたんだよおめーはよ!」

「そこはこう、マジカルなパワーとかでさ」

「キミが思うよりも天使って万能じゃないから!」

 

 なんか夢がないなぁ……ではなく、そろそろなんとかしないと俺らこのまま影に引きずり込まれちまうぞ。

 いやあ、どうしたもんか……ん?

 

「ユウヒ、お前の飛ぶ力ってどんなもんなの?」

「え、急に何!? 僕の翼に触れたくて仕方ないのは理解するけど、こんなところで発情しないで欲しいんだけど!」

「お前たち天使の独特な価値観を俺に押し付けるな。そうじゃなくて、お前が飛んだら、この綱引きに勝てるんじゃないかって言ってるんだよ」

「あ、その手があったね」

 

 完全に忘れてた、という顔で「お~」と声を漏らすユウヒ。忘れるなよ。

 

 でも、ユウヒが空を飛んで引いてくれるならこの綱引きに勝てる……か?

 いや、正直ギリギリかもしれないな。

 

 この影の重力はかなり強い。たぶん俺の力とユウヒの翼の浮力を使っても、いいところ五分で、引き勝てる程じゃない。

 なら、あともう一工夫――――ユウヒ?

 

「そんな不安そうな顔しなくていーよ。キミは、自分の守護天使のことを舐めすぎだよ」

 

 ぽん、と俺の背中を軽く叩くとユウヒが翼をはためかせる。

 すると今まで握っていた光の注連縄の重さが一気にふっと軽くなる。

 

「僕はキミを助けるために来た天使。誰かを救うことが役目なの。だから、これくらいは楽勝だよ!」

 

 ユウヒが地上の重力の軛を振り切って、一気に空に飛んだ。

 すると、それまで重かった注連縄が嘘のようにぐんぐんと影の中から引っ張り出されていく。

 真っ黒な世界で真白の羽根が舞い散る様子は、とても幻想的で、とても綺麗だった。

 

 俺の中に、彼女が「人を救う天使である」ということを二度と疑わせないほどに。

 それだけ、俺の心の奥まで届いた気がした。

 

「幸太郎! ぼーっとしてないで! 綱引きは、僕らの勝ちだよ!」

「え、あ、おお!」

 

 空からかけられた声に言われるままに目を向けると、ちょうど影の中から伸びた注連縄が、奥にいた少女の姿をした木霊をぽんっと引っ張り出したところだった。

 

「よよっと」

 

 軽く手を振って注連縄を操作すると、影から空中へと投げ出されていた木霊を受け止めて、地面に下ろしてやる。

 その様子に、木霊が「なにがなんだかわからない」と言うかのようにぱちくりと目を瞬かせる。

 

「助けて、くれたの?」

「ユウヒのおかげでな。俺だけだと影から木霊を引っ張り出すなんてことはできなかっただろうからな。ユウヒが案外バカ力で助かったよ」

「えへへ、そんな褒められても困るよお……うん? いまバカ力って言ったか?」

「さあどうだったかな」

「おいこら僕の方を見てもう一回言ってみろ。このかわいい~~僕にバカ力? うん? 喧嘩をしたいならそう言って欲しいんだけど?」

 

 地上に戻ってきたユウヒが背伸びしながら俺のネクタイを掴んでくるのを、俺がのらりくらりとかわしていると、木霊がおずおずと口を開いた。

 

「助けて、くれた? わたし、だました、のに」

 

 ゆらゆらと木霊が瞳を揺らす。感情なんて希薄で、誰かの声を真似するだけの妖怪が、俺たちを真剣な瞳で見つめている気がした。

 なんとなく、居心地が悪い。

 

「お礼ならそこのお姉ちゃんの方に言ってくれ。俺はただ気まぐれで紐を出しただけで、引っ張ったのはそっちだ」

「あ、うそつきみっけ。そういうの僕には全く効かないからくだんない嘘つくのやめなって」

 

 ぐ。いや、別に嘘ではないし。俺はそこまで助ける気がなかったのを、ユウヒが焚きつきて来たって言うか……。

 

「でも、キミ、困ってたのはほんとだったんだね。助けられて良かったよ」

 

 木霊のことを覗き込みながら、ぱたぱたと翼を小さく動かすユウヒ。

 

「良かったよ、僕の勘違いじゃなくて。まあ、人間じゃないのは、ちょっっぴりびっくりしちゃったけど」

「なんだ、ユウヒはマジでその子が人間だって思ってたのか?」

「わ、悪い? そ、そーいう幸太郎はどうだったのさ!」

「まあ、俺はわかってたかな。明らかに気配が人間じゃなかったし」

 

 そもそも、あの時間帯に一人でうずくまってるという状態から変だ。

 あの年齢ならもうとっくに下校時間は過ぎているだろうし、集団での下校が推奨されているあのあたりの学校からすると……なんだ、ユウヒがすげーニヤニヤしてる。

 

「……なんだよ」

「いやあ? ただ、キミ、最初から人間じゃないと分かってたのに、それでもこの子のこと笑わせようとかいろいろやってたんだと思ってさー」

「……」

「キミ、やっぱ最初から助ける気満々だったんじゃん。ほんっとに、素直じゃないよねえ」

「か、勘違いするな。俺はただだな……」

 

 俺がまったくもって見当違いの勘違いをしているユウヒに一言物申そうとしていると、小さな笑い声が聞こえた。

 

「ふふ」

 

 見れば、木霊が自分の口元を抑えて、小さく笑っていた。

 それは牛鬼が真似していたものとは程遠い、控えめだったけど、とても自然な笑顔だった。

 

「わたし、あの子のこと、忘れてほしくなかった。だから、牛鬼の言う通りにして、人をおどかして、覚えてもらおうとした。でも、間違いだった」

「アイツに従ってたのは、断ったら君の依り代の木を壊すとか脅されてたのもあるんじゃないのか」

「うん、それもある。でも、忘れられたくなかったのも、ほんと。でも、人を騙すのは、やりたくなかった」

 

 木霊がとことこと俺たちに歩み寄ると、ぺこっと頭を下げた。

 

「だから、ありがとう。二人とも、私、止めてくれて、嬉しい」

 

 ……ありがとうなんて言われたのは、随分久しぶりな気がした。

 少しだけ、泣きそうになってしまったが、隣でユウヒが「良かったね」と言いたげに微笑んでていたので、そのことがバレないように鼻の頭を擦る。

 

「君の忘れてほしくなかった子の花束は俺が直しておく。だから、もうお前は元の場所に戻れ。これ以上ここにいてもいいことはない」

「そうだね。ありがとう、おにーちゃん」

 

 木霊が小さく頷くと、身体の輪郭が次第に薄くなっていき、ふっと消えてしまった。

 きっと、さっき俺たちと出会ったあの交差点の、あの街路樹の元まで戻ったじゃずだ。

 もう、あの子が誰かを騙すためにもういない少女のことを木霊させることはないだろう。

 

「めでたしめでたし、だね」

「ああ、そうだな」

 

 木霊がすっかり消えたのを見送ったユウヒがそう言ったので、俺は頷いて応じた。

 いやあ、ひと段落だなあ。

 

《 イツマデ 我 ヲ 無視 シテイル 気ダ ! 》

 

 とか思ってたら、今まで俺の注連縄に縛られてた牛鬼が、俺の拘束を強引に引きちぎった。

 そしてそのまま俺たちを食らおうと大きく口を開けて、襲い掛かってこようとする。

 

「やべ、普通に忘れてた」

「ちょっと何ぽやっといってんだよお!」

 

 叫んだユウヒが俺の身体を抱えて飛びあがると、その数瞬後には、牛鬼の巨大な顎が通過していった。

 そして牛鬼は空に逃げた俺たちに追撃……あれ、しない? 普通に、影の中に逃げ込もうとしてる。

 

 ふぅん、ただのこけおどしか。本命は俺たちから距離を取って逃げることか。

 

「木霊を餌に使うようなやつだ。その程度の小物か。なら……」

「ぐ、ちょ、僕に空を飛ばせながら考えごとするのやめてくれない!? 重いんだけど!」

「ん? ああ、悪い悪い。でも、あとちょっとだけこのまま頼む。『呼ぶ』から」

 

 呼ぶ?とユウヒが首傾げる中、俺は手首を払って鈴を鳴らす。

 右手を構えて、既に身体の半身を影の中に潜り込ませた牛鬼に向けて、()()()

 

ケルベロス(がうっ)!」

 

 影を夜闇が塗りつぶし、その中より巨大な(アギト)が出現する。

 闇の中に見える瞳は計六つ。大型トラックほどもある牛鬼の身体が闇から出て来た咢に一呑みにされ、悲鳴もなく消失した。

 

「もー、人使いが荒いんやから」

 

 しばらくすると、巨大な咢があった闇の中から一人の女性が歩いて出てくる。

 夜と同じくらい黒く、艶やかな髪と、ぴょこんと主張する()()。いつもの給仕服の裾からはもふもふの大きなしっぽが生えている。

 喫茶『猫柳』の店主。姉さんこと、朝花あせびさんだ。

 

「急に呼び出されても文句言わずに来るのなんて、うちくらいやで、幸太郎」

「と言いつつもちゃんと来てくれる姉さんにいつも助けられてます」

「調子いいんやから」

 

 ユウヒに空からおろしてもらいながら、姉さんにごめんごめんと謝りつつ片手を上げた。

 姉さんはそんな俺にまた小さくため息をついて、視線をすすっと俺の隣に滑らせた。

 

「……で、ソレ、何なん?」

 

 姉さんが指すのは今しがた消えた牛鬼……ではなく、俺の隣にいるユウヒ。

 特に、彼女の背中にある翼を確認すると、嫌なものでも見たと言いたげに目を細める。

 

「もしかして、天使? 幸太郎趣味悪いで。天使なんて人間死ぬまで待ってポイント稼いでるだけの鳥モドキ」

「フン、地獄で悪人食ってる犬に言われたくないね」

「あん?」

「おん?」

 

 俺を挟んで速攻でガンつけ合うユウヒと姉さん。

 あの、喧嘩してもいいけど、俺をとりあえず挟まないでくれると助かるんだが……。

 

「ていうか、犬っころなんてどうでもよくて!」

 

 ユウヒが姉さんを押しのけて、もう我慢ならないと言った様子で俺に詰め寄ってくる。

 

「何、さっきの!? なんか普通に人外がいるし! 人間かと思った子は精霊だったし! あと幸太郎はよくわかんない力使ってるし! あとなんか人間に化けた地獄の犬コロ(ケルベロス)がいるし!」

 

 視界の端で犬コロ?と姉さんが眉を寄せた。

 

「ちょっと、わかんないこと多すぎるんだけど! これどうなってるの!?」

 

 どうなってるって言われてもな……。何と言ったもんか。

 ぼりぼりと頭をかくと、ユウヒに向き直る。

 

「俺は篝幸太郎」

 

 魑魅魍魎。妖怪悪鬼。幻獣精霊。モンスター。人の世にいるはずのない『人外』たち。

 現代では生きられなくなりつつあるそうした不可思議を受け入れる、数少ない場所。

 

「この街、『人外横丁』桜加町を統べる土地神の役目を、先代より仰せつかった『現人神(あらひとがみ)』」

 

 ぽかーんとしたユウヒを覗き込んで、問いかける。

 

「あー、知らなかったのか……?」

「僕そんなの聞いてないよぉ……」

 

 とほほ、とでも言いそうな顔で、ユウヒが呟いた。

 

 




 
昔読んだようなファンタジー混じりのラブコメがやりたくってェ……。
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