姉さん。あるいは犬猿の2人。
牛鬼を撃退してしばらく。
木霊との約束通り花束とお供え物を直した俺たちは、姉さんの喫茶『猫柳』にやってきていた。
「はいはい今日は店じまいやさっさと出ていき~」
「ぎゃあ~横暴だよあせびさん! 俺たち頼まれたから店番してたのに!」
「篝くんに呼ばれたらすぐ店ほっぽりだしてサ! あせびさんはアタシたちのことをどう思ってるの!?」
「そうだそうだ。拙はまだこの店から受けてしかるべきサービスを受けていない。よって拙はまだこの店に……」
「はいはい、また来てな。その時はコーヒーサービスしたるから」
姉さんに追い出されて、それまで店にいたらしい人たちがぶーぶー言う。
ええと、郵便配達員の制服なのは鴉天狗の新垣さんで、ケバい化粧のギラギラした服はサキュバスのサリーナさん……おお、珍しいな、あの和服は鵺の各務原教授だ。今日は家を出てきたのか。
「む、篝クンか」
「どうも教授。お変わりないようで」
「そう言う篝クンは最近はずいぶん神の仕事をさぼっているようだね。朝花クンが頭を悩ませているようだ」
「あー、えと、すみません」
「まったく、謝るくらいならだな……」
「はいはいそこまでそこまで! ヤ、悪いね神サマ! この偏屈老人の相手はしなくていいからサ!」
「おいこら鴉の若造が拙をなんだと!?」
「はいはい、いこーね。おじーちゃん」
鴉天狗の新垣さんは俺に「じゃあね」と言うと、サリーナさんと一緒に各務原先生を抱えて店を出ていった。
「おお……本当に普通に人外がいる……全然今まで気づかなかったのに」
「普段はみんなそういうの隠してるからな。お前くらいだぞ、四六時中天使の羽を出してるの」
「どうせ人間には見えないしいいじゃん」
「いや、あのなあ……」
「はいはい、話すなら座ってからにせえへん? 飲み物くらいいれたるから」
姉さんの言葉で、俺とユウヒは『猫柳』の店内に入る。
そして、4人掛けの椅子席に座って、姉さんが淹れてくれた飲み物を受け取って……なんか、ユウヒにジトーっと半目で睨まれてる。
「で、なんで言わなかったの?」
「聞かれなかったから」
「は?」
「というのは、嘘で、ユウヒがどういうやつなのかを見極めたかった」
「ほーん、じゃあ僕はキミのお眼鏡にあったわけだ」
「そこまで偉そうなもんじゃないけど……」
間を持たせるように姉さんの淹れてくれたコーヒーを一口。ひと悶着あって疲れ切った脳にスッとコーヒーの香りが通って、いくらか気分が楽になる。
「でもキミ、神様なんでしょ? じゃあこの街で一番偉いんじゃん」
「『
「まあ結構舐められてはいたね。あれでいいの?」
「いいんだよ。偉そうなだけで、偉いわけじゃないんだから」
『先代』みたいに純正ならともかく、俺みたいに半端に人間だと大した力もない。
さっきの牛鬼くらいなら縛って止めるくらいはできるが、それくらいだ。
「聞いてる限り、キミがその、現人神でいなきゃいけない理由が僕にはわからないんだけど」
「まあ、それには色々あるというか……」
「桜加町という場所が、ちょっと厄介な場所なんよ」
姉さんが俺とユウヒの会話に混ざりつつ、机の上にパンの耳で作ったラスクを置いた。
あ、これお店の営業中には出さないやつだ。俺これ好き。
「さっき幸太郎も言っとったけど、桜加町は別名『人外横丁』。人でないものが集まりやすく、住み着きやすい。それも数百年以上前から」
姉さんは俺の隣の椅子に腰かけると、給仕服の間から出ているしっぽを挟まないように俺の太ももの方に流してゆったりと腰かける。
なんか隣に座ると姉さんいつもしっぽこっちに向けてくるんだけど、普通にくすぐったいのでやめてくれないかな。
「日本に伝承される妖怪悪鬼はもちろん、海外の伝承に残る精霊や怪物。今の人間たちの社会からは『いないもの』として扱われる、『人外』たち。この街は、そういうものが自然と流れ着く最後の場所」
「それが幸太郎と何の関係があるの?」
「今の幸太郎は『楔』みたいなもん。『神がいる』という事実によって、この土地の人外たちが消えにくい環境を作ってる。うちら人外が地上で力を保つには、ある程度人間の認知、『人間に覚えててもらうこと』がいるやろ? 桜加町はそれが他の土地より少なくて済むんよ」
「んん? 人外たちがいるからそれを監視する『神』が必要なんじゃなくて、『神』がいるから人外たちが暮らしやすいってこと……?」
「大まかにはそんな感じやね」
姉さんが少しこちらに目線を滑らせる。
「まあ、本当はさっきみたいに牛鬼みたいなのが暴れ出さへんように普段から睨みを聞かせたり、困った人外の相談に乗るのも役割の一つなんやけど、幸太郎は放任主義やから」
「あはは、いつも助けられてます」
「ほんとやよ。うちと鬼のうらかがおらへんかったら、何度死んでるかわからへんよ」
俺が間を持たせるように姉さんのラスクを手に取ろうとしたら、それをユウヒが目の前でひょいっと攫って口に運んだ。
「へー、幸太郎って大変なんだね」
「あんた、天使のくせにこの町のことなんも知らんのやね。恥ずかしくないん?」
「天界から見たら地上ってほとんど異星みたいなもんだよ。もちろん人外の存在は認識してるけど、そんな細かいバランスわかんないって」
ラスクを両手で握ってさくさくとハムスターみたいに食っているユウヒが気のなさそうな相槌を打つ。
こいつ、自分で聞いてきたくせに速攻で飽きるなよ。
「けど、随分軽いな。俺、ユウヒに結構怒られるかと思ってたんだけど……」
俺の事情もあった。けど、俺は自分の立場を意図して明かしてなかったのは事実だ。
その点で、俺は自分の守護天使(自称)のユウヒを騙したわけだ。
「お前は俺が正体を言いふらさなかったことを、『良いこと』だと言ってくれたけど、俺はやっぱりお前が思ってるようなやつじゃなくて――――もが」
「あー、もういいからいいから」
俺の言葉を遮るように、ユウヒが俺の口にラスクを突っ込んで来た。
とりあえず突っ込まれた分は咀嚼してしまう。甘くてうまい。
「まー、確かにびっくりはしたよ? でも、キミはいろいろ変な能力があるだけで人間なんでしょ?」
「まあ、一応」
「じゃあ別にいいよ。僕のやることは変わんないよ。キミという『人間』の望みを聞いて、そのためにキミを導いて、幸せにする。それだけ」
「いや、それは俺が善人って言う前提の時にやってくれることだろ? 俺はお前を騙してたようなやつで」
「ねえそれまた最初から説明しなくちゃだめなのお?」
はあ、とユウヒが大げさにため息をついて、「あのね」と俺を指さした。
「キミは善人です。僕がそう思ったんだから間違いはありません」
「いやだからそれは俺がユウヒの正体を理由なく言いふらさなかったからだろ? 実は理由があった以上、その条件には当てはまらないだろ」
「じゃあ、幸太郎が自分を騙した木霊も助けたがった底抜けのお人好しだからでいいよ」
「て、適当過ぎる……」
「僕にとっては、何が理由で善人と思ったかなんてささいな問題なの~」
些細って……もが。ユウヒが、グッとこちらに身体を乗り出してまだ喋ろうとしていた俺の口を人差し指で抑えてきた。
「キミが死にたくないと望んだ。僕はキミを助けるって決めた。キミが善人だと思った。そして、そういうキミが好き。きっかけはどうあれ、今の僕にとってはそれで十分だよ」
こいつ、よくもそんな恥ずかしいことさらっと言えるな。
好きとか、なんかこっちが気恥ずかしくなるわ。
「ふふ、幸太郎には天使の愛はちょっと刺激が強かったかな? 僕は天使だからね! キミたち人間は我が子のように大好きさ! 今だけは特別にユウヒ様と呼んでもいいよ?」
「お前喋るとほんとにありがたみなくなるよな」
「なんだとう!」
俺にうがーと反論を口にするユウヒの姿は、全然天使らしさはないし、ありがたみはない。
でもなんというか、こいつの真っすぐさには勝てないと思わされる時があるなぁ。
「……あほらし」
そんな俺たちのやり取りを横から黙って見ていた姉さんが一言呟いて、ダダ甘のカフェオレに口をつけた。
その様子に、ふん、とユウヒが鼻を鳴らした。
「幸太郎の守護天使としてひとこと言わせてもらうと、そこのケルベロスとの付き合いは控えた方がいいと思うよ。そいつ、地獄の番犬でしょ?」
「それは、どちらかというとうちのセリフやけどね、天使」
「なんだとお?」
ムッとしたユウヒから目線を外して、姉さんが横目で俺へと視線を向けてくる。
ついでにしっぽが俺の太ももに巻き付いてくる。
「で、うちとしてはそろそろなんで幸太郎が天使となんか関わってるかを聞きたいんやけど」
「あー、それは、なんというか」
「朝ご飯食べに来た時は、何も言わへんかったよね」
……まずい、これちょっと怒ってるな姉さん。
とりあえずこれ以上怒らせないように、こう、真実を部分的に伏せつつ……。
「お姉さん、正直に言ってほしいな~?」
うん、無理! さっきからどんどんしっぽの締め付けが強くなって来てるし!
正直に言うしかないかぁ、とほほ。
「その……俺、一か月後に死ぬー、らしいんだよね……?」
「は?」
スッと姉さんの目が細くなる。
「それって、この天使を殺せばなんとかなったりするん?」
「するわけねえでしょ! やめろ! 僕に手刀を向けてくんなケルベロス!」
「チッ」
爪を立てて手刀を作った姉さんが、舌打ちをして手を下ろした。割とマジのトーンだったな今。
姉さんはにこっと笑うと、そっと俺の手を握ってくる。
「なんでそんな大事なことをうちに言ってへんの?」
「ええと、言ったら心配かけるかなと思いまして……」
「言われなかった事実にブチギレそうやよ」
ご、ごめんって、反省してます……だから、作り笑いで手の甲を抓らないで欲しい。イタタ、肉が少ないから本当に痛い。
とりあえず姉さんの留飲を下げるために、ユウヒと出会ってからのことをかくかくしかじか説明する。
姉さんは俺の話を難しい顔で聞いていたものの、俺の寿命が延びるかもしれないという話だけには、食いついてきた。
「じゃあ、幸太郎が人助けをしたら、一か月後に死なへんかもしれんってこと?」
「まあ、ユウヒが言うには、だけどな」
「別に嘘なんかつかないよ。幸太郎の行い次第で、死ぬ運命は変えられる」
「なるほどなぁ」
姉さんは俺と天使の話を聞くと、それを咀嚼するようにカフェオレに口をつけた。
「まあ、色々言いたいことはあるけど、この子が死ななくてええかもしれへん可能性が見えたのは悪くないことや。言いたいことは、本当に、色々、色々あるんやけどな」
「あはは、死なないように頑張ります」
「当たり前や」
ぴしゃりと言い放つ姉さん。
うーん、まだ怒ってますねこれ……。まだ太ももにしっぽ巻き付いてるし。
「ふーん、オマエ、ケルベロスのくせに人間に死んでほしくないんだ」
意外、とでもいうようにユウヒがラスクをかじりつつ溢した呟きに、姉さんの目がスッと細くなる。
「そういうアンタは天使のくせに死んでほしいん?」
「はあ? そんなわけないじゃん」
「そういう割に、天使は幸太郎に死の宣告をしに来たんやな」
「それは! そうかも、しれないけど……」
言い返そうとして、でもうまく言葉が出てこなかったらしいユウヒに、姉さんが続けて言葉を投げかける。
「だいたい、善行を積めって押し付けてくるのも気に入らへん。人間により良く変われー、なんて押し付けるのは天使らしい傲慢さやな」
「それは、ちょと違うでしょ」
ムッとしたのかユウヒが立ち上がると、伏し目がちにカフェオレに口をつけていた姉さんを上から見下ろすように見つめる。
「『箴言』曰く、『正しい者は七たび倒れても、また起きあがる、しかし、悪しき者は災によって滅びる。』。例え転んでも、正しい人は何度でも立ち上がることができる。そういう強さを持っている」
ユウヒは静かに語り、姉さんの紫紺の瞳を覗き込むように強い目を向ける。
「人はより良く変わることができるのが素晴らしいところだ。その短い人生の中でも、『変わろう』とできることが素晴らしいところだ。僕は幸太郎が好きだから、彼にもより良く変わり、より良く生きてほしいだけだ」
「好き、な」
ふっと、姉さんがユウヒを小馬鹿にするように頬を緩ませる。
「軽う言うんやな。『好き』な相手をありのまま受け入れない頭の固い天使が」
「普段真っ暗な地底に閉じ込められてて、あるがままを受け入れるしかない犬っころにはちょ~っとレベルの高い話だったかもね?」
「あん?」
「おん?」
二人が立ち上がってガンを付け始める。
ちょ、そろそろやめない? なんか姉さんの身体から変なオーラ出てるから。ユウヒの方も翼を広げて臨戦態勢みたいになってるから。
「だいたい、『好き』とか軽く言いまくってるような適当な付き合い方、後悔するで。絶対に」
「ハッ! 人間は愛するものだ。それを堂々と言って何が悪いのさ!」
「……はあ、ウザ」
「はあ?」
あーもう、姉さん普段はこんな面倒な絡み方全然しないのに、なんでユウヒにだけこんな当たりが厳しいんだ?
ユウヒの方もクラスの時と全然違って、姉さんにはやたら噛みつくし。
天使とケルベロスってそんなに相性悪いもんなのか。
ええい、ここは無理やりにでも話を変えよう。
「それでさ姉さん、俺、できれば人助けをしたいんだけど、困ってる人の心当たりとかあったりしない?」
ユウヒとの間に割り込みつつ、姉さんに質問する。
喫茶『猫柳』は古くからある店であり、姉さんもそれなりにこの街に住んでいる都合上顔も広い。
そんなこの店なら、俺らが求めるような困りごとを抱えた人……『人助け』の対象になる人の情報を知ってるかもしれないと思ったのだ。
あと、こうやって聞けばとりあえず二人の注意を逸らせそうと思った。
「……」
「……」
ユウヒと姉さんはしばらく無言でにらみ合っていたが、やがてどちらからともなくそっぽを向くと元通り席に腰かけた。
「幸太郎」
うん? どしたユウヒ?
「そのケルベロス、やっぱ性格最悪だよ。手を切った方がいい」
お前なあ……あん、今度は姉さん?
「幸太郎、その天使さっさとこの街から叩き出した方がええで。無知すぎて見てるこっちがイライラするわ」
「俺を挟まずに普通に話してくれない?」
なんで悪口言うのに俺を一回挟んでんだよ。
「で、困ってる人、やっけ」
あ、一応ちゃんと聞いててくれたんだ。
「心当たりあるか無いかで言えば、あるで」
「おお」
「けど言いたくない」
「おお……?」
なんか今まさに食べようとしたお菓子を急に目の前で取り上げられた気分。
姉さん、なんでそんなことするんですか……?
……いや、理由は明らかだな。俺を見る姉さんの不満そうな目を見てわかった。
姉さんはたぶん……。
「なんか言わなきゃいけないことがあるんやない?」
姉さんはまだ俺が、自分が死ぬかもしれないなんて一大事を相談しなかったことを怒ってるんだ。
と言っても本当はもうそんなに怒ってないけど、俺に謝る機会をくれてるって感じか。
その上で「もう2度と同じことはするな」と釘を刺してくれている。
そうすることで、俺に「これからは気を付けろよ」「他の人にはするなよ」「そういうのがお前の悪いところだぞ」って教えてくれてる。
まったくもってこの人には頭が上がらないな。
「ごめんなさい。心配かけました」
「ん。今回だけは特別に許してあげる」
満足げに微笑む姉さん。だが、よせばいいのにユウヒがぼそっと一言。
「めんどくさ……」
「うるさいでペチャパイ天使」
「は? 今言ってはならないこと言ったな? この我が主に頂いた体にケチつけたね? いいよ、その喧嘩買った。表に出なよしっとりケルベロス」
「何の勝負? 胸の大きさ?」
「無意味に付けた脂肪の如何で偉そうにしてるんじゃにぇー!」
よくそんなに喧嘩のタネを見つけられるな、二人とも……。
「もう一周回って仲良さそうに見えるな、ユウヒと姉さん」
「「 それだけはない! 」」
「こういう時は息が合うんだ」
やっぱ仲良いんじゃない?