僕っ娘天使が俺の部屋でサボってる件。   作:世嗣

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憧れ。もしくは過去の思い出。

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

「セナちゃん、今日はこのくらいにしておこう? これ以上歌うと喉を痛めちゃうよ」

「でも、わたし、全然制御できてなくて……」

「まだ初めて一週間だよ。そんなに焦らなくてもいいって」

 

 ね?とセナに言い聞かせるようなユウヒの言葉に、セナが消え入るように「はい」と返事を返した。

 

「ほら、ケルベロスも言ってたでしょ? 『生まれついての能力は、心の持ちようで解決することも多いやねん。セナが自信をもって魅了しないと思って歌えればそれでええやねん。やねんやねん』って」

「あはは、そんな話し方はしてなかったとは思いますが……」

 

 うーん、制御は難しいとは思ってたが、一週間とことん進展なしか。

 回数こなしてたらそのうち制御できるようになるだろうって見立てはちょっと甘かったか。

 

「俺、飲み物でも買ってくる」

「あ、ならついでに僕のも買ってきてよ」

「断る。自分で買いに行けよ」

「えー、けち」

「自分の子羊を体よく使おうとするお前に問題があるんじゃないか?」

 

 じーっとユウヒとお互いに見合う。

 そうだな、こうして揉めた時は……。

 

「じゃんけん!」

「ぽん!」

 

 あいこはなく、一発で勝負が決まる。

 

「また負けかよ……」

「にっひひ~、僕オレンジジュースで! セナちゃんは?」

「え、わ、わたしもですか? わ、わたしはべつに、なくても……」

「ならうちの自販機に謎に並んでいる肉まん味のポタージュを買ってくるぞ」

「え、に、肉まん?」

「それが嫌なら、欲しいものちゃんといえよ」

「じゃあお水でお願いします」

「ん」

 

 水とオレンジジュースな、了解。

 少し歩くついでに他にセナのためにできることがないか考え直そう。ここまで進展がないと、やみくもに練習しても仕方なさそうだしな。

 

 階段を降りると一階の中庭にある自販機に向かう。財布から小銭を取り出して、水、オレンジジュース、コーヒーを順番に買った。

 屋上に戻る前に、コーヒーは呑んでしまおうと近くのベンチに腰掛ける。

 

「……あ、すねこすり」

 

 自販機のそばをちょろちょろと猫とリスの間のような小さな生き物――すねこすりが歩いているの気が付いた。

 すねこすりは俺の視線に気づくと、とことこと俺のそばに寄ってくる。俺はそんなすねこすりの喉を軽く撫でてやりつつ、セナのことを考える。

 

「魅了、なあ」

 

 人魚にとっての『魅了』の力は、天使にとっての翼みたいなものだ。取り外せるものでも、使えなくなるものでもない。

 だから、ある程度はセナの自分の力でなんとかできるようになって欲しい。

 

 どうすっかなぁ。

 

「せんぱい?」

「セナか」

 

 俺が缶のコーヒーをちびちび飲みつつぼんやり考えこんでいると、背後からセナの声が聞こえた。

 その拍子に、びっくりしたのかすねこすりが毛を逆立てて走って逃げていった。

 

「あ、す、すみません! 中々帰っていらっしゃらないので、気になってしまって……お、おじゃまでしたよね」

「いや、考えごとをしてただけだ。気にしないでいいよ」

「で、でも、今の、すねこすりさん、ですよね。驚かせちゃいましたし……」

「あいつも気まぐれに俺の近くに来ただけだろうし、大丈夫だろ」

「そう、でしょうか」

「うん。大丈夫だ。ユウヒは?」

「上で待ってるそうです。『幸太郎にパシらせて飲むジュースが一番おいしいんだから』って」

「あいつじゃんけんに勝ったら何言ってもいいわけじゃないからな」

 

 俺が呆れつつ買っておいた水のペットボトルを差し出すと、セナがおずおずと受け取って俺の隣に腰かけた。

 空いた距離は人ひとり分。

 

「ありがとうございます。えと、お金は……」

「じゃあ一万円とかで」

「あ、それだけでいいんですか。えへ、や、安いですね」

「おー、って、マジで一万円出してないか!? 冗談に決まってるだろ!?」

「で、でもせんぱいは神様なので……」

「それで言ったらセナは今を時めくアイドル歌手じゃねえか」

「わ、わたしは歌うしかできないだけなので……えへへ……」

「自己評価低いな~。いいよ別に、このくらいタダで」

 

 ぺろんと万札を取り出していたセナに、財布をしまわせるとため息をつきつつコーヒーを一口。

 なんかユウヒと違った方向にドッと疲れる気がするな、セナの相手は。

 

「せんぱい、コーヒーのめるんですね」

「ん? ああ、まあ。セナは飲まないのか?」

「お父様は飲みますけど、わたしはあんまり」

 

 ちびちびと水を飲みつつ、セナは横目で俺の手の中の缶コーヒーを見ている。

 

「苦そう、ですね」

「実際苦い。初めて飲んだときはなんでみんなこんな黒くて苦い汁を有難がって飲んでるんだろうと思ったな」

「で、ですよね。みんなどのくらいからコーヒーとか飲めるようになるんでしょう」

「それは、まあ自然に? そうじゃなければ、なにかきっかけがあるといいんじゃないか」

「きっかけ……」

 

 セナが俺の言葉を口の中で転がして、ふと俺に質問を投げかけて来た。

 

「せんぱいは、なにかコーヒーを飲み始めるきっかけとかあったんですか?」

「俺? 俺は……」

 

 ――まだこたには早いかもね。これは、大人の味だから。

 

 そう言えば、あの人は姉さんの淹れるコーヒーをいつもストレートで飲んでたっけ。

 懐かしいなぁ。

 

「せっかくなら、今日をきっかけにしてみたらいいんじゃないか?」

「ほぇ?」

「コーヒー。試してみるのはタダだぞ」

 

 ほら、と俺は手の中の缶コーヒーを差し出した。別に一口くらいならこれで良いだろう。

 

「わ、わたしがそれを飲むんですか!?」

「? 問題あるか?」

「い、いえ、問題あるというか……ないはずがないというか……そ、その……に、なっちゃう……かも……」

「?」

 

 セナが目をぱちぱちと何度も瞬かせて、缶コーヒーと俺との間で視線を何度も行き来させる。

 そして、やがて意を決したように赤い顔で、声を挙げた。

 

「そ、その! か、間接キスになっちゃうという、かっ!」

 

 ……あー、やっべ。そっか、アホか俺は。普通にセクハラすぎる。

 ユウヒとかが勝手に俺の飲んだものとか飲んだりするから、ついその距離感で提案してしまったが、普通にキモい提案過ぎるなこれ。

 

「ごめんセナ、ユウヒのせいで感覚バグってた。許してくれ」

「い、いえ。ユウヒさんとせんぱいは付き合ってるんですから、それくらいは仕方ないですよ」

「いや、俺とユウヒはそういうんじゃないから」

「ちがうんですか?」

「違うんです」

 

 言いつつ、財布から小銭を取り出す。

 

「言い出しっぺは俺だし、ちゃんとしたの買ってやるよ。ブラックでいいか?」

「い、いえ! だいじょうぶですせんぱい!」

 

 言うや否や、セナは俺の手から缶コーヒーをひったくるとそのままの勢いでえいやっと一気に煽った。

 大丈夫ってそっちかよ。

 

 セナは残りのコーヒーを口に含むとそのまま味あうように目を瞑り、しばらくすると半泣きでこっちに顔を向けた。

 

「に、にがいですぅせんぱい~」

「何も全部飲まんでも良かったろうに」

 

 俺が苦笑いしつつセナから缶コーヒーを受け取るが、残りはもうなかった。

 随分と苦いコーヒーデビュー戦になってそうだな。

 

「一口くらいにしておけば残りは俺が飲んだのに」

 

 サッとセナの顔が青くなる。

 

「そ、そうですよね……。す、すみません、わたしせんぱいのコーヒー飲んじゃって……そ、そのこれで許してくれませんか……」

「あはは、いいっていいって……って何出してんの!?」

「お金ですけど……」

「いやそれは見ればわかるけども」

 

 申し訳なさそうな顔でセナがごそっと財布から札束を抜き出した。たぶん20万くらいある。何のためにそんなに持ち歩いてんだよ。

 

「ええ、でも、使い道がないのでせっかくならせんぱいに貰っておいて欲しいというか……今回の依頼も受けて頂いていますし……」

「大事なもんだろ、お金は」

「あ、あんまりお金に興味はなくて。わたしは、ただ歌を歌っていただけですし」

 

 えへ、と照れ隠しをするように微笑むとセナは指を組み合わせた。

 

「わたし、歌うこと以外は全然だめなんです。運動も得意じゃないですし、料理だって、友だちも、あんまり作るの上手じゃないですし。でも、歌は……歌だけは、わたしのことを見捨てなかった」

 

 セナは――孤高の歌姫『LENA』は、ユウヒに見せられたステージ映像が嘘のように、弱弱しいへにゃっとした表情で続ける。

 

「歌ってすごいんです。誰かの心にわたしが残る。わたしの想いが、誰かを変えることができる。励ますことができる。最初はわたしのためだけに歌ってただけなんですけどね、いつの間にかそれが誰かの力になっていた」

 

 古いアルバムをめくるように彼女はとつとつと語る。

 それは、俺の気のせいじゃなければ、どこか自分の想いに区切りを付けようとしているようにも見えた。

 

「だから、好きだったんです、歌が」

 

 最後にそう締めくくってセナはベンチから立ち上がると、くるっと振り向いて俺へと笑みを向けて来た。

 

「実は今週末に駅前にあるライブハウスがなくなることになってるんです。あまり大きくはない箱なんですけど、そこのオーナーはわたしがデビューの時にすごくお世話になった方で、そのステージだけはちゃんとやりたいんです」

「それが急いでいた理由か」

「はい。恩返し……にもならないかもですけど、あの場所がなくなる前に、感謝は伝えたくて」

 

 セナが俺たちに頼んだ「十日」という期限は、初めからそのライブハウスのライブに間に合うようにするためだったわけだな。

 そして、俺たちはその依頼を叶えられそうにない……か。

 

「せんぱい、そこだけでも歌えるようになりませんか?」

 

 ぐっとセナが踏み込んで、俺の顔を覗き込む。海の色の瞳には真剣な光が宿っていて、彼女がそれだけ本気でそのライブに立ちたいということが伝わって来た。

 俺はそんな彼女の目から逃げるように顔を逸らして、ずっと頭の片隅で考えていた案を伝える。

 

「……根本的な解決ではないけど、木霊の力を借りれば、『歌っているように見せる』ことはできるだろうな」

 

 今屋上の練習に力を貸してくれている木霊は、『音を再現すること』に特化した木霊だ。

 あの子にあらかじめ『セナの歌声』を覚えさせておいて、本番の時はその歌を響かせてもらうのだ。

 人魚の『魅了』の力と言うのは、直接声を聞かせてこそ作用するものだ。

 つまり、一度木霊を通してセナの歌の『魅了』の力を無くす、いわば『ろ過』してしまえば、彼女の歌で魅了される人間はいなくなる。

 

「だが、やってることは録音した歌を流すのと同じだ。木霊に頼んでリアルタイムでやってもらうし、実際のセナの歌は木霊にかき消してもらうから、お客さんなんかにバレることはないと思う」

 

 けど、それに意味はない。

 たしかに違和感を持たれることはないだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この案ができるのはただのその場しのぎだけ。セナの苦しみの根本的解決ができない。

 そんな提案、セナはきっと受け入れないだろう。

 

 

「いえ、それでだいじょうぶです。せんぱい、おねがいできますか?」

 

 ……は?

 

「い、いや待てよセナ。これは根本的解決じゃない。俺が言ってるのは、次のライブで自分の歌を聞かせるのは諦めろって言ってるようなもので」

「いいんです、それで」

 

 思わず立ち上がりかけた俺を、セナが笑顔で制した。そのまま俺に背中を向けるように振り返ると、手庇を作り太陽を見上げた。

 その表情は、俺にはわからない。

 

「わたしが歌が好きなのは……好き()()()のは、誰かの心にわたしが残るから。でも、それって本当にわたしの力だったんでしょうか」

「……セナ」

「もう正直、わからないんですわたし。今までの歌が『魅了』に関係なく評価されていたのか、それとも、わたしが知らず知らずのうちに使っていた『魅了』の力があったから評価されていたのか」

 

 『魅了』の力は、最近目覚めたものだと言っていた。けど、もしそうではなかったら?

 魅了の力自体はずっと前から目覚めていて、それが今回のような形で暴走しただけだとしたら。

 初めから、『LENA』という存在は、人魚の『魅了』ありきなのだとしたら。

 

「そんなの、わたしがやりたかったことじゃない。そんな、誰かの心を無理やり変えちゃうようなことをしたかったわけじゃない」

 

 セナが再び俺へと振り返り、薄く微笑んだ。

 

「諦めます。もう、歌はいいです」

 

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