白い犬   作:一条 秋

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 今回で主人公の所属が決まり、一応の足場を得ます。
 また、主役機―あの白いロボットの名前が明かされます。
 では、どうぞ!


6 ESO入隊

 翌日、3月16日火曜日。この頃になって光秋は、こちらの世界の時間と自分がいた世界の時間がほぼ完全に同期していることを知る。つまりこちらの世界でも、今年は2010年なのである。

 その日からしばらくは、慌ただしい日々の連続である。身分資料製作の翌日にはESO入隊の手続き、その翌日にはようやく新居に移り、その後は1人暮らしに慣れることに忙しくなる。幸いというべきか、光秋は元来1人好きなので予想より早く新生活に慣れる。

 また、大部分の時間をこの世界の常識についての教育と、ESOの仕事をこなすための研修に費やすことになる。

 23日には制服の採寸のため再び支部へ向かい、そこで光秋は鏡越しに、ESOの緑の制服を試着した自分の姿を見る。左の襟元に白紙の階級章が付いた警官服と軍服の中間の様なそれを着た姿は、我ながら似合っているという印象を抱かせる。

―なんか、複雑だな……―

 

 そして入隊式前夜、31日水曜日午後9時50分。職員寮の自室。

 ドア側から見て左の壁に備え付けられたフックに「三曹」の階級章が付いた制服の掛かったハンガーを掛け、肘掛付きの赤いデスクチェアーにパジャマ姿で座ってそれを見ながら、光秋は長考に耽る。

―……いよいよ明日だ。当初の予定とはだいぶ違ったが、明日から本格的に新生活が始まる!……予定が変わった割には、あんまり落ち込んでないよな、僕。やっぱりどこかで、こういうことを望んでたのかなぁ?……そうだろうさ。結局京都行きも、違う遠い世界に行きたいていうのが、一番の動機みたいなもんなんだったし……だな。本当に違う遠い世界に来てしまった…………さて、明日も早いし―「寝るか」

言うと光秋は、イスごと真後ろに振り返り、そこに置かれた脚の長いベッドに梯子をかけ、布団に入り込んで床に着く。

 

 翌朝、4月1日木曜日午前6時。

「…………!」

アラームで目が覚めた光秋は、すぐに起きて風呂場の洗面所に行って口を漱ぎ、その足でトイレで用を足すと、ワイシャツとズボンに着替え、トースト2枚とアイスコーヒーの朝食を済ませて後片付けをし、身なりを整え、上着を着て荷物の確認を済ませ、いつでも出られるようにする。

 机の上の時計を見ると、7時半過ぎである。

 ―式は9時からだから、8時過ぎに出ればいい―

そう思うと、イスに座って窓側にベッドに接触する様に置かれた机に手を置いて、外の景色に目をやる。

 8時ちょうど。

―そろそろ。と、その前に……―

イスから立ち上がってそれをフック付きの壁に退けると、屈伸運動を10回、拳立て10回、腹筋10回、突きの練習15回を行う。趣味と体作りを兼ねて家にいた時も断続的に行っていたが、アパートに移ってからは習慣化し、前2つに加えて朝の気付けも理由に加わる。

 それらが済むと光秋は、

「さてと、行くか!」

と、腕時計を左手に巻き、薄黄色の二つ折りの財布をカバンに入れ、フックに掛けてある制帽を被ってカバンを右肩に斜め掛けし、戸締り等を確認しながら玄関に向かう。制靴をしっかり履くと、ドアを開けて外に出、鍵を閉めて戸締りを確認し、支部へ向かう。

 

 表通りを5分程歩いて正門前に着くと、本舎前ではまだ準備が行われており、新入隊者の数もまばらである。

―早く来すぎたかな?―

そう思いながら光秋は、門の前で待つことにする。

 しばらくして左手首の腕時計を見ると、8時半である。敷地内の方に目をやると、準備の方も終わったようである。

―そろそろ、だな―

そう思い、門をくぐると、完全に修復された本舎の前に並べられた百はあろうパイプイスの列に向かう。

 歩きながら上着の右ポケットからESOの緑の手帳を出し、身分証明書を兼ねたIDカードが挟んである一番後ろのページを開き、カードに記されたのと同じ番号の書かれた札が背もたれに貼られたイスを見つけ、イスの下にカバンを置いてそこに座り、手帳をポケットに戻す。

「…………」

式が始まるまではリラックスするよう努めながらも、脚を肩幅に開き手を握って腰の近くに置くという中学の時に習って以来の公式の場での座り姿勢の基本は崩さない。

 しばらくして席もだいぶ埋まってきたところで腕時計を見ると、9時ちょうどを指している。

―この時計は2分程進んでるから、あと2分くらいか―

そう思い周りに目をやると、最終チェックに奔走する職員や本舎近くに設けられたテーブル席で落ち着かないような態度をとる高官らしき人たちの姿が見える。

 そして、9時。

(ただいまより、2010年度、超能力者支援機構京都支部、実戦部隊入隊式を始める)

拡声器を通したアナウンスが響き渡る。

(全員、起立!)

本舎前にいる全員が一斉に立ち上がると、正面玄関の直前に設置された演台に、光秋から見て左側から寺島が上り、中央に置かれたマイクの所まで進み出る。

(京都支部支部長の寺島正一郎(せいいちろう)だ。君たちの入隊を、心から祝福する。君たちも知っての通り、本支部は、先日2度にわたるNPの襲撃を受けた。死者こそ出なかったものの、負傷者の中には、未だに入院している者も多くいる。君たちはそんな危険な場所に自らの意志で赴き、旧時代の悪癖を引きずり、自由という考えを履き違えた者たちを止めるためにここに来たのだと私は了解する。私のスピーチはここまでだ。以降、本支部で、力の限り頑張って欲しい。以上)

そう言って寺島が右手で敬礼すると、周囲が一斉に返礼する。寺島が来た道を戻って台を下りると、再びアナウンスが響く。

(着席!)

全員が一斉に座る。

 その後、他の高官たちの演説や入隊者代表の宣誓が行われる。もっとも光秋は、それらの名前や内容を殆ど覚えられない。

 そして、最後のアナウンスが入る。

(ではこれより、各自自分の配置場所に移動し、そちらの指示に従うように。以上。解散)

そう言われ、次々に散っていく入隊者の中で、光秋も立ってカバンを掛け、その中から事前に渡された資料を取り出し、その説明に従って藤原隊の許へ向かう。

 

 資料に従って他の入隊者たちとエレベーターで地下1階に降りた光秋は、そこから左に向かって窓のない通路をしばらく歩き、実戦部隊待機室エリア6号室前に着くと、制服の着崩れがないか軽くチェックする。

―よし!―

確認が済むと、右手でドアを2回ノックする。

「加藤光秋三曹、入ります!」

右手で丸ノブを回し、ドアを押して素早く部屋に入ってすぐに閉めると、正面の藤原隊一同に対し、右手で敬礼をする。

「ウム!よく来た」

光秋の真正面に立つ藤原が右手で返礼しながら近づく。

「これでお前も、晴れて藤原隊の一員だな!カ・ト・オ!」

光秋の左側に控えていた竹田が、右腕を光秋の首に回しながら顔一杯に笑みを浮かべて言う。

「はい……ありがとうございます……」

光秋は困った顔をしながらそれに答える。

「さて、入隊祝いだ」

 光秋の前まで近づいた藤原は、上着の左ポケットをさぐると、中から白い小包を取り出して光秋に差し出す。

「……?」

「開けてみろ」

「……はい」

藤原に言われ光秋は、その場で箱を開けてみる。

 と、

「?……数珠?」

中には緑色のビーズを紫のゴム紐で輪にした、直径が掌程の小さな数珠が入っている。円の対極になる形で二つ、そして紐の結び目のそばに一つ、透明なビーズが通されている。

「儂ら藤原隊の一員の証だ。まぁ困った時の神頼みというか、お守りも兼ねてな」

藤原が説明すると、4人とも左袖を下げ、それぞれ手首にした同じ数珠を見せる。

「あ!ありがとうございます!」

頭を下げて礼を言った光秋は、みんなに倣って数珠を左手首に通し、時計の手前に固定する。

 光秋が数珠を通したのを確認すると、藤原が真剣な顔をする。

「ようし!新メンバーも加わったところで早速…………飯だ!」

「「!…………」」

光秋と竹田が絡み合ったままこけ、

「「三佐!」」

藤原の後ろに立つ小田と伊部が呆れた顔で言う。

「時計を見ろ、もうすぐ12時だ!腹が減っては何とやらと言うだろう。さぁ、食堂へ前進!」

周囲の様子を風と受け流しながら、藤原は部屋を出て食堂へ向かう。

「「「「…………」」」」

あとの4人も拍子抜けした顔でそれに続く中で、光秋は思う。

―僕、大丈夫かな?…………―

 

 それから数日は、今までの生活リズムに仕事が加わったこと、そして仕事そのものに慣れるよう努める日々が続く。中でも光秋に最も苦になったのは、射撃訓練である。ESO正式採用の黒く少し重い拳銃を持って何度も撃つが、なかなか人型の標的の中央に当たらない。

「やはり目か?」

「ですね……」

訊いてくる藤原に、そう返すしかないのが光秋である。

 しかし一方で、楽しみと言えることもできる。その1つが、入隊以前から行われている藤原自らによる光秋の教育、及び研修である。近代史と超能力関係の学問、そして実戦部隊で必要な知識が主な内容であり、光秋が大学進学後にドイツ語を習う予定だったことを聞いてからはそれも教えてくれるようになる。それらを光秋は、真面目に取り組む範囲内で楽しむ。

 そしてもう1つの楽しみが、UKD‐01(ゼロワン)―あの白い機体の起動実験兼慣熟訓練である。現状、これが光秋の一番の楽しみとなっている。もっとも、あくまで()()()()である。

 「UKD‐01」とは、入隊後すぐに行われた最初の起動実験の前に藤原から合衆国政府の命名ということで聴いた名前である。

「『UKD』?」

「『UnKnown(アンノウン) Doll(ドール)』の略だそうだ。訳せば、『未確認人形』と言ったところか?」

―『未確認人形』、か……―

 

 そんな生活が始まって1週間程経った、4月12日月曜日。

 光秋は月曜独特の疲れを抱きながら、午後の仕事の合間をぬって近くの自動販売機で買った紙コップのコーラを左手に、本舎地下の通路のベンチで一息ついている。制帽は脱いで左脇に置き、シャツの第1ボタンは外し、右手には携帯電話が横にして握られている。その待ち受け画面に映る家族写真をコーラをすすって見ながら、光秋は感慨に耽る。

―……なんとか1週間もった。楽しみも見つかった。先のことはわからないが、今のところ順調だ―

「なに見てるの?」

「!」

突然話しかけられ、光秋の肩が一瞬跳ね上がる。

 声のした方に目をやると、右側に伊部が立っている。

「二尉!すみません、ボーっとして気付かなかったもので!」

「ううん、こっちこそ脅かしちゃったみたいね」

言いながら伊部は、光秋の左隣に座ろうとする。光秋はすぐに電話機を閉じ、制帽を被り直して席を空ける。

「ところで、まだ毎日制帽被ってるね」

座りながら伊部が言う。

「他の新入りは先週中に殆どが被るのやめちゃったし、私なんかも、今じゃ大きな作戦とか、式の出席の時くらいにしか被らないのに」

「頭になにか乗せてる方が落ち着くんです。あと、格好からやる気も出るし」

「そう?ま、それならいいけど。ところで、さっきからなに見てるの?」

伊部が光秋の開いた電話機を覗き込む。

「……家族写真?」

「えぇ、家を出る2、3時間くらい前に僕の頼みで撮ってもらったんです」

「ふーん、大家族ね」

故郷(くに)じゃあ、3世代暮らしが普通なんですけどね」

「そうなの?左に写ってるこの二人、お姉さんと妹?」

「正確には()()と妹です」

「へー、この犬もかわいい!」

「シーズですね。僕が10歳の時から飼ってるんです」

「……そう…………」

伊部は少し悲しそうな目をして言う。

 ―気を遣わせたかな?……あ、そうだ!いい機会だし、訊いておこう―「話は変わりますが、二尉」

光秋は電話を上着の左ポケットに仕舞いながら言う。

「この近くに、眼科の病院ってありますか?」

「眼科?」

「えぇ。ほら僕目のことがあるから、定期的に調べなきゃいけないんです」

「あぁ、それなら、上杉君に頼むといいよ」

「上杉さんに?」

「うん。彼、専門は外科だけど、他の分野にもある程度通じてるみたいだから」

「……わかりました。ありがとうございます」

光秋は軽く頭を下げながら言う。

 と、腕時計で時刻を確認すると、

「あ、いかん!もうすぐ実験の時間だ!」

残りのコーラを急いで飲み干し、ゲップを堪えながら立ち上がってコップを近くのゴミ箱に捨てる。

「では、僕はこれで」

「うん。私も後から見に行くけど、頑張って!」

「はい!」

そう言って光秋は、シャツのボタンを閉めながら最寄りのエレベーターに駆ける。

―目は上杉さんに頼む、か。なにより二尉と話ができたし、なんか元気出た!―

 

 起動実験も終わり、機体に左膝を着かせて機外に出た光秋は、制帽を脱ぎながら1つ安堵の溜息をつく。正面には、ビル街の中に沈み始める真っ赤な夕陽がある。

―今日もなんとか勤まった……―

 と、下から、

「加藤ぉ!」

「!……」

竹田の声がし、光秋は席に座ったまま左側に身を乗り出す。

「なにかー?」

「疲れてっとこ悪いがよ、また乗せてくれよー!」

「……今ですかー?」

「そー、今!」

―……まいっか―「わかりましたー!」

光秋は機体の左手を竹田の近くに差し出し、いつもの要領でコクピットに上げる。

 と、

「加藤ぉ!儂らも頼むー!」

右側から藤原の声が聞こえ、見ると小田も一緒にいる。

「はーい!」

右手に2人を乗せて上に上げる。

 と、

「私もお願ぁい!」

今度は左側に伊部の姿を見る。

「二尉もですかー!」

「わるいー?」

「いえ!」

左手を出して伊部も上に上げる。

 伊部がコクピットに移ったのを確認した光秋は、右側に藤原の声を聞く。

「ほぉ!これはいい眺めだ!」

「……!三佐、危ないですよ!」

光秋が目をやると、藤原は機体右肩の中央に立って景色観賞をしている。

「三佐がそうなら、オレも!」

と、竹田もコクピットから左肩へ移る。

「へー!確かにいい眺めだ!」

「竹田二尉まで!」

「大丈夫!ちゃんと気を付けるよ!」

「それより加藤、立たせてみてくれないか?」

藤原が言う。

「えー!」

「ちゃんと気を付ける」

「……落ちても知りませんよ!」

 そう言いながらも、光秋はいつもより気を遣って機体を直立させる。

―よく怖くないな……―

「ほぉ!立つとまたよく見えるな!」

藤原が言う。

「ところで、加藤」

竹田が言う。

「コイツの名前、もう決めたか?」

「名前?これはUKD‐01っていうんじゃ?……」

「そういうことじゃなくてよ、番号じゃ味気ねぇだろう?せっかくなんだしよ、ちゃんとした名前、付けてやったらどうよ?」

「……て言われても……」

「そうか!じゃあオレが付けてやるよ!」

竹田が目を輝かせる。

「そうだな…………角が生えてるから、オニガーZってのは?」

「「却下!」」

藤原と、操縦席の右側に掴まり立ちしている小田が同時にはっきりと即答する。

「B級アニメ発の安っぽいオモチャみたいだぞ!……それになんとなく聞いたような……」

小田が続ける。

 と、

「……あ、そうだ!」

光秋が言う。

「物に名前を付けるなら、ぜひ付けたい名前があったんです!」

「なに?」

伊部が訊く。

「……ニコイチ!」

「「『ニコイチ』?」」

藤原と竹田が繰り返す。

「えぇ、2つで1つって意味です。どこで聞いたかは忘れたけど。2は複数の最小単位ですから、みんなで1つ、つまり一丸という意味もあると、僕は考えてます」

「ニコイチか……」

小田が呟く。

「まぁ、竹田の案よりは締まってるし、言い易いし、俺はいいと思うぞ」

「そうだな、儂も賛成だ」

「私も。一丸って意味を持つ名前なんて、いいじゃない!」

「しゃーねー、持ち主の意見を優先すっか。よし、今からコイツは、ニコイチだ!」

「ありがとうございます!名前の通り、隊の象徴になれるくらい頑張ります!」―……一言多かったかな?―

「新入りが生意気言うんじゃねぇよ!」

案の定、竹田に怒られる。

 そんな光景を前にしながら、白い巨人はなにも語らず、ただ前を向いて沈みゆく夕陽を額に生えた一本角に反射させるだけである。




 いかがだったでしょうか。
 今回で導入部分というべき「旅立ち編」は終わり、次回から新しい段階に入ります。お楽しみに。

 感想やアドバイスなどをお待ちしています。気に入ったシーン、気になった文章など、どんどんお寄せください。
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