白い犬   作:一条 秋

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97 撤収

 移動開始から十数分後。結局残敵に遭遇することも他のトラブルに遭うこともなく本土に待機していた部隊と合流した光秋は、デ・パルマ少佐と関大尉のゴーレム2機と並んで、負傷者を乗せた車両たちが治療所の設置された奥へ走っていくのを見送ると、デ・パルマ機に通信を繋ぐ。

 

「着きましたけど、このまま解散ということで?」

(いや、俺らはゴーレムを指定された場所に運ばないと。お前だって、両手のソレ装備品置き場に持ってかなきゃだろう?)

「それもそうでした」

 

 デ・パルマの指摘に両手に持ったままのキャノン砲とレールガンを見やりながら応じると、光秋は2人の後に続きながら一人頭を掻く。

 

―いかんな。春菜さんのこと訊こうってことに気が行き過ぎて、他のことが疎かになってる……―

 

 そのように自己反省をしている間にも、ふと外音スピーカーに耳を傾けると、周りの人々がこちらを見ながら言ってくることが聞こえてくる。

 

(凄げぇ、白い犬だ)

(生で観たの初めてだなっ)

(でもあっちこっちボロボロだね)

(それだけ激しい戦いだったってことだろう)

(というか、何で角んとこに子供乗せてんだ?)

(ちょっと待って。あれ入間隊の子供じゃない?そういえば、白い犬がそこの新しい主任になったって)

(あの面倒な特エスたちの?そりゃまた……)

―……周りの反応はこんなもんか―

 

 主に自身への、加えて若干桜への羨望と批判が混ざった声を聞きながら、光秋は角の上の桜に意識を向ける。

 

「桜さん、疲れてないか?」

(ホント言うと、ちょっとだけね。でももう終わりだろう?)

「これ以上問題が起こらなければな。どの道これだけ人が来た以上、君が出ることもないだろう。もう少しだけ頑張って、その後ゆっくり休んで」

(んじゃ、最後のひと頑張りだねっ)

 

 言葉通り若干の疲れを見せた、しかし先程聞こえてきた声には特に反応した様子のない桜の返事に内心安心しつつ、光秋はデ・パルマたちに続く。

 少しして即席の装備品置き場となっている駐車場に着くと、モニター越しにこちらに駆け寄ってくる菫と、その後に続く北大路と福山を捉える。

 

(光秋さーん!)

「菫さん。迎えにきてくれたか」

 

 駆け寄りながら手を振って叫ぶ菫にスピーカー越しに応じると、光秋は機外に出ながらニコイチに膝を着かせ、その姿を直に見据える。

 

「装備のテレポートありがとな。お陰でなんとかやれたよ」

「いいえ!お役に立てて私も嬉しいですっ!」

 

 戦闘中のことを振り返りながら告げた光秋の礼に、菫は遠くからでも判るくらい顔一杯に笑みを浮かべて返す。

 

「北大路さんは体調大丈夫か?最後見た時顔色悪かったけど」

 

 テレポートで回収させる直前までのことを思い出しつつ、視線を菫の後ろに佇む北大路に合わせながら問い掛ける。

 

「…………」

「…………北大路さん……?」

 

 しかしいくら待っても返事はなく、俯いたまま無反応を返す北大路に、光秋は聞こえなかったかと再度を声を掛けようとする。

 直前、おもむろに顔を上げた北大路が、遠目にも判る程の怒りを浮かべて叫ぶ。

 

「とっくによくなってますよっ!それよりいいんですか?片付けも途中のまま駄弁って!?」

「お、おぉ…………!?」

 

 近くなら唾を被っていそうな程の怒声に光秋が慄いていると、少女2人の後ろに佇んでいた福山がニコイチに歩み寄ってくる。

 

「彼女の言う通りだ。ひとまずキャノン砲とレールガンをそこに置いてくれ。レールガンは電源を切るのを忘れずにな」

「……わかりました」

 

 未だ北大路の怒りに戸惑いながらも、福山の言うことももっともと感じた光秋は、指さされた辺りに敷かれた2枚の鉄板の許にニコイチを歩ませる。

 

―にしても、何で北大路さん突然怒ったんだ?いや、確かに僕、彼女にはなにかと嫌われてるようだが……それでも、まさかあんな激しいところを見せるなんて…………―

 

 鉄板の上にキャノン砲を置き、その横に外した弾倉も置きながら、初めて見る北大路の一面に面喰っていると、不意に怒鳴った時の北大路の声色が思い起こされる。

 

―いや、待てよ。あの時の声は『単なる怒り』というより…………苛立ち……憤り…………?―

 

 もともと耳には自信がないために確信は持てないものの、記憶の中の声にどうしてもそんな印象を抱いてしまう。

 と、最早跨るというより完全に角に寄り掛かった桜が不満気に呟いてくる。

 

「なんだよ菊の奴。珍しく大きな声出したと思ったら、勝手に怒り出してさ……」

「やっぱり、北大路さんがあんなふうになるの珍しいのか?」

 

 電源を切って弾倉を抜いたレールガンを隣の鉄板に置きながら、光秋は桜を見上げて問う。

 

「まぁね…………珍しいっていうか、アタシも5歳くらいからの付き合いだけど、あんなふうに怒った菊って初めて見たかも……?」

「怒ったというか…………憤ってた……?」

 

 戸惑う桜に先程思ったことを呟くと、光秋は菫たちの許へ戻る。

 

「キャノン砲とレールガン置いてきました」

「了解。そうだ二曹、今回もDDシリーズと交戦したそうだな」

「はい……?」

 

 報告の返事に返ってきた福山の質問に、光秋は首を傾げながら答える。

 

「詳細が知りたい。本部に帰ったら僕の所に報告書を提出してくれ。新装備の使い勝手も合わせてな」

「了解です」

 

 説明を聞いて納得しながら応じると、福山は踵を返してゴーレム2機が置かれた方へ行ってしまう。

 

「…………とりあえず降りよう。桜さん」

「アタシは自分で降りられるよ」

 

 言われるだけ言われて取り残された気まずさを感じたのも束の間、光秋はニコイチの手を角の近くに差し出すが、桜は念力で浮かんでそのまま地面に降下してしまう。

 

「そうだったな……」

 

 その光景に相乗りした時の習慣が抜けないことに自嘲しながら、光秋もリフトを伝って地上に降りる。

 情報収集で一旦降りて以来十数分ぶりに自分自身の足で地面に立つと、菫が駆け寄ってくる。

 

「光秋さん!」

―……留守番してた犬みたいだな―

 

 喜色と不安が半々な顔で駆けて来る菫の姿にそう思いながら頬を微かに緩めると、光秋は特に意識することなく手をその頭に持って行く。

 

「遅くなったが、出迎えご苦労。そして改めて、協力ありがとうっ」

「!い、いいえっ。私は光秋さんの指示に従っただけで…………」

 

 頭を撫でながら改めて労いを告げる光秋に、菫は顔を赤くしながら少しずつ小さくなる声で応じる。

 

「…………」

 

 以前は嫌がられてすぐにやめたものの、今回はそういった様子を見せることがなかったので、光秋はしばし撫で心地のいい菫の頭を堪能する。

 と、隣にやって来た桜が仏頂面を浮かべているのに気付く。

 

「なんだ?桜さんもやってほしいか?」

「!べ、別にっ。子供じゃありまいし――!」

 

 すぐにそっぽを向いて言ってくる桜に構わず、光秋はもう一方の手を伸ばしてその頭を撫でる。

 

「ちょっ!おま……」

「桜さんも、改めてありがとな」

「…………」

 

 こちらにも改めて礼を告げると、桜は仏頂面を浮かべ続けながらも大人しく撫でられる。

 両隣の少女2人の頭を撫で、自身その感触に掌を楽しませる一方、光秋は自分たちから離れた所に俯いて佇む北大路を見る。

 

―やっぱり、まだ調子悪いのか……あるいは精神的な問題かな?実際いろいろあったしな……―

 

 確保したNPのメンバーにあれこれ言われていたことを思い出し、それが堪えているのではと感じた光秋は、なんと声を掛けていいかわからないものの、とりあえず傍らに歩み寄ろうと足を踏み出そうとする。

 その時、

 

「あ、もしかして、白い犬かな?」

「はい……?」

 

後ろから知らない声で呼び掛けられて、咄嗟に踏み出そうとしていた足を引っ込めた光秋は声のした方を振り返り、こちらに歩み寄ってくる1人の警官を認める。

 歳格好は光秋より少し上くらいだろうか。制帽の下には耳に届くくらいの長さの黒髪が伸び、背は光秋より若干高い。さらによく見れば、その手にはスポーツドリンクのペットボトルが数本入ったカゴが握られている。

 

「ようやくお目にかかれたな。あ、これ、水分補給に」

「…………ありがとうございます」

 

 最初の一言に引っ掛かりを覚えながらも、差し出されたスポーツドリンクを受け取った光秋はフタを開けてそれを飲む。実際喉は渇いていたため、手頃な温度の飲み物が体に染み渡るのはありがたかった。

 その間にも、警官は少女3人にもスポーツドリンクを配っていく。桜と菫は受け取ってすぐに口をつけるが、北大路だけは無反応を通して受け取らなかった。

 その様子を横目で見ながら光秋は四半分程飲み切り、それを待っていたように警官が再び声を掛けてくる。

 

「まさか、こんな形で会うとはな……」

「…………あの、先程からなんです?どこかでお会いしましたか?」

 

 それが何であれ一方的に気持ちを向けてくる警官に多少の不信感を抱きながら、光秋はペットボトルのフタを閉めながら問う。

 

「あぁ悪い。紹介がまだだったな。俺は徳川(とくがわ)(まこと)。ご覧の通り警察官で、小田仁って人の後輩だ」

「!……あなたが……?」

 

 小田の後輩という一言にハッとしつつ、光秋は異動の少し前に開かれた飲み会での小田の言葉を思い出す。

 

「警察に知り合いがいるから困ったら頼れとは聞いていましたが、それがあなた……?」

「そういうことだ。と言っても、なかなか会う機会がなかったけどな」

「まぁ…………」

 

 警官――徳川の返事に、東京に来てから今日までの大部分の時間を寮と本部の往復に費やし、その中で小田の言葉を半ば失念していたことを思い出した光秋は、目の前の徳川と京都の小田、2人に対して申し訳ない気持ちになる。

 

「……あぁそうだ。こちらこそ申し遅れました。ESO東京本部所属の加藤と言います」

 

 合わせて自己紹介がまだだったことを思い出して一礼すると、桜が脇を小突いてくる。

 

「あのさ、名前教えちゃっていいの?」

「…………あっ!」

 

 言われて今度はニコイチのことを失念していたことに気付き、慌てて徳川に向き直る。

 

「あ、あの、徳川さん!今言ったことは……」

「あー、まぁ、とりあえず落ち着こう。な?」

「は、はい…………」

 

 若干狼狽しながらもなだめてくる徳川に応じると、光秋は2回程深呼吸して冷静になろうと努める。

 

「まぁその、俺も小田先輩からいろいろ訳ありな奴だってことは聞いてるし、深く詮索しないようにとも言われてる。特にコイツに関しちゃ、いろいろ黙ってなきゃいけないんだろう?」

「そうです」

 

 ニコイチを指さしながら確認する徳川に、光秋は深く頷く。

 

「なら、俺も今のことは黙っとくさ。先輩に頼まれた時からそのつもりだったしな」

「ありがとうございますっ」

 

 徳川の返答に、光秋は深々と頭を下げる。

 と、光秋の脳裏に春菜の顔が再浮上してくる。

 

―……この人、警察官だって言ってたよな。もしかして…………―

 

 思うや、本土へ向かった時から気になっていたことが口を突いて出る。

 

「あの、警察の方なら避難者について知りませんか?長い赤毛の女の人なんですが。たぶん、カメラとかメモ帳とか持ってるかと」

「赤毛の女……ちょっと待ってな」

 

 応じると、徳川は肩に備え付けた通信機に呼び掛け、避難者の照会をしてくれる。

 と、

 

「!……すみません」

 

出し抜けにポケットの携帯電話が振動し、断りを入れた光秋は画面を開く。

 

「!春菜さんっ?」

 

 表示された名前に驚愕したのも一瞬、すぐに通信機を外して電話を左耳に当てる。

 

「もしもしっ?」

(あ、コウちゃん?)

 

 耳の穴に押し当てる様にしたスピーカーの向こうからは、先日会った時と変わらない春菜の声が響いた。

 

「春菜さんですよね?無事でしたかっ?」

(やっぱりコウちゃんか)

「やっぱり……?」

(うん。工場地帯の騒ぎのことでしょう?撃ち合いが始まってすぐに警察やESOの職員の人が来て、誘導に従ってずっと近くの……公民館っていうのかな?とにかく広い建物に避難してたんだけどね。職員の人がESOの人が安否確認を求めてるって言ってきたから、まさかと思ってかけてみたんだけど)

「あぁ、なるほど……」

 

 春菜の説明に納得しつつ、光秋は徳川を見やりながらお辞儀をする。

 

「それで、春菜さん無事なんですか?怪我とかしてませんか?」

(うん。すぐに逃げたから、掠り傷一つしてないよ)

「よかったぁ…………」

 

 最も聞きたかった一言を春菜の口から聞けて、光秋は安堵すると同時にずっと強張っていた体から力が抜けていくのを感じる。尻餅こそ着かなかったものの、踏ん張れなくなった脚のせいで思わず中腰になってしまう。

 

(なに?心配してくれたの?)

「当たり前でしょうっ」

 

 若干の笑みを含んだ春菜の声に、光秋はからかわれたような気がして、つい眉間に皺を寄せてしまう。

 

「だって、僕なんかによくしてくれて、その上弟分だって……だったら、姉貴分を心配するのがいけないことですかっ?」

(ごめんごめん。怒らせるつもりはなかったんだよ)

 

 先日自室に招いてもらった時のことを思い浮かべながら声を荒げる光秋に、春菜はなだめる様に返す。

 と、光秋は遠くにこちらに歩み寄ってくる藤岡の姿を捉え、まだ脱力気味な脚で慌てて立ち上がる。

 

「あ、すみません。ちょっと用が入ってしまって……とにかく、怪我はないんですよね?」

(ないよ。心配してくれてありがとう)

「ならいいんです。失礼します」

(うん。研修頑張ってね!)

 

 春菜の激励を最後に電話を切ると、それを待っていたように徳川は藤岡を見やり、ポケットから出した紙を光秋に渡す。

 

「また取り込むみたいだからな。これ、俺の連絡先。時間が空いたら連絡くれ」

「!ありがとうございますっ」

 

 言うと徳川は立ち去り、光秋は渡された紙をすぐにポケットに仕舞うと、近くまで来た藤岡と向き合う。

 

「すまん。本隊といくつか確認してたら遅くなった」

「いえ……それで、結果の方は…………?」

 

 詫びる藤岡に、光秋は春菜の安否の次に気になっていたことを問う。

 

「最終判断は本部に帰った後でだが、俺が見た限りでは、そうだな…………」

「…………」

 

 アゴを撫でて考え込む藤岡に、光秋も思わず緊張する。

 

―一応“御膳立て”ってことなんだろうが、それでも『試験』って名目で来たわけだからな。無我夢中でどんなふうにしてたかうろ覚えだけど、変なことしなかっただろうか?これが研修結果に反映されたりするんだろうか…………?―

 

 杞憂と思う一方、自身の評価に影響するかもしれないという気持ちも捨て切れず、春菜の無事を知って一度は抜けたはずの強張りが再び体中に広がっていく。

 

「…………60……65点といったところか」

「!?……半分以上、ですか……?」

 

 思った以上に高い点数に驚きつつ、光秋は理由を窺う目を藤岡に向ける。

 

「100点満点とするなら、そうだな、半分はやっていい。サイコキノによる防御、テレポーターによる装備交換や給弾など、基本は押さえていたと言っていい。だが、運用にはまだ粗が目立つ。なにより、多くの局面を00の力を主体に切り抜けてきた印象がある。特エス主任としての評価である以上、やはり減点対象にせざるを得ないだろうな」

「…………はい」

 

 言われるごとに蘇ってくる記憶を振り返りながら、自身思っていたことを言葉にしてくる藤岡に、光秋は素直に頷くしかない。

 

「まぁ、さっきも言ったように俺の見た限り、いわば暫定評価だがな」

「本部に帰って各方面の情報を加味した上で、どれだけ足し引きされるか……ですか」

「そういうことだ」

 

 確認する光秋に、藤岡は頷いて返す。

 と、

 

「?……ねぇ、あれ何?」

「ん?」

 

袖を引きながら問い掛けてくる桜の指を追って、光秋も空を見上げると、遠くビル群の上空に強い赤い輝きを捉える。

 

「……信号弾か?」

「でも何でそんなの――!?」

 

 同じく赤い光を見上げる藤岡に光秋が相槌を打った直後、数回の爆音が轟き、ビルの合間から黒煙が上がる。

 

「攻撃っ?」

「ちょっと見て来ますっ!」

 

 驚く藤岡にそう告げるや、光秋は外していた通信機を左耳に着け直してニコイチに乗り込み、先程鉄板の上に置いたキャノン砲を持って弾倉を差し込む。

 

(光秋さん!大丈夫なんですか!?)

「様子見て来るだけだよ」

 

 心配そうに問い掛ける菫にスピーカー越しに応じると、光秋はニコイチを飛び立たせて黒煙が上っている辺りに向かう。

 と、念力で浮かんだ桜が角に跨ってくる。

 

「何してんだ。藤岡主任のとこで待ってろ」

(様子見なんだろう?だったらアタシも行くよ)

「いや、そうだけど……」

(ここで上手くやれば、いろいろプラスしてもらえるだろうしさ)

「…………」

 

 単純に状況が気になって向かっただけで、評価を上げるために向かったわけでないものの、桜のその言葉に魅かれるものを感じたのも事実であり、光秋は否定できない自分に顔を険しくしながら、黙ってニコイチを飛ばした。

 少し飛んで黒煙の上空に着くと、何台かの戦車が破損、あるいは横転している光景を見る。砕かれた地面の所々は激しく燃え、その合間を消火器を持って火を消そうとしたり、残骸と化した戦車から乗員を助けようとしている人たちが駆け回っている。

 

「やっぱり攻撃だったか……桜さん、右の横転してる戦車の方行って。起こすなり壁壊すなりして救助手伝って。僕は左をやるから」

(わかった)

 

 応じると桜は角を離れ、手近の1台に近付いて変形したハッチを念力でこじ開けてみせる。

 それを横目に見ながら光秋もひっくり返った1台の許に降り立ち、持っていたキャノン砲を地面に置くと、乗員たちに気を配りながらゆっくりと起こして上下をもとに戻す。

 すぐに数名の兵士が駆け寄って救助作業が開始されるのを見て、光秋は外部スピーカー越しに問い掛ける。

 

「何があったんですか?」

(さぁな。俺らも何がなんだか……)

(急に後ろから砲撃されたと思ったら、前からNPの奴等が雪崩れ込んできて……!よし、開いたぞ!)

 

 救助作業の片手間に語ってくれた話を記憶しながら、光秋は周りを改めて見回す。

 

「…………なるほど。ここは埋め立て地の包囲網、その一部か」

 

 いずれも埋め立て地側に砲口を向けた戦車が並ぶ光景にそう察しながら、光秋はもう1台横転した戦車を起こす。

 

―もっとも、1台ずつ相手してちゃ結構かかるだろうな。火の手も上がってるから急いだ方がいいだろうし……!―

 

 そう思った時、脳裏に菫の顔が浮かんでくる。

 

「すみません。この辺ってEジャマー効いてますか?」

(いや、もともとNPとやり合うのを想定してたから、大丈夫だと思うが)

「ありがとうございますっ」

 

 近くの兵士の返答を聞くや、光秋は菫に通信を繋ぐ。

 

「菫さん、聞こえるか?」

(はい。聞こえます)

「悪いがこっちまで来てくれるか?Eジャマー効いてないって言うから、テレポートが使えるはずなんだけど」

(了解ですっ)

 

 通信越しに返事を聞いた次の瞬間、ニコイチの胸部の上に菫が現れる。

 と、

 

(うわぁ!?)

「危ないっ!」

 

足を滑らせた菫が胸部の上から滑り落ち、光秋は咄嗟にニコイチの右手を伸ばして掌に菫を受け止める。

 

(ちょっ!菫、大丈夫!?)

(な、なんとか……)

「すまない。ハッチ開けとけばよかったな」

 

 突然のことに驚いて飛んでくる桜に、菫は掌の上で冷や汗を浮かべながら応じ、光秋は言いながら操縦席を機外に出して菫の乗った掌を持ってくる。

 

「ケガないか?」

「はい。ありがとうございます」

 

 言いながら光秋は掌を傾けて滑り台の要領で菫をコクピットに移し、座ったまま伸ばした手でその手を掴んで自分の許に引き寄せる。

 

「いや、礼を言われるより、寧ろ謝らないと。僕の不注意だった」

「いえ!私が変なとこに出たから――」

「いや、まぁ、この話はとりあえずこの辺にして……」

 

 言い返そうとする菫を遮って周囲を見回しながら、光秋は先程浮かんだことを告げる。

 

「周りに壊れてる戦車がたくさんあるだろう」

「?……はい」

「あの中にまだ何人か閉じ込められてるみたいなんだが、その人たちを一度に外に出せるか?」

「……ちょっと待ってください」

 

 言うと菫は目をつむり、呼吸を整えながらしばし沈黙する。

 

「…………一度にっていうのはちょっと難しいかな……3回くらいに分ければいけると思いますけど……」

「なら、早速取り掛かってくれ」

 

 渋い顔を浮かべる菫に応じると、光秋は外部スピーカー越しに周囲に呼び掛ける。

 

「今からテレポートによる救助を始めます。救助活動をされてる方は一旦戦車から離れてください」

 

 呼び掛けた直後、菫によって破損した戦車の周囲に十数人の負傷者が現れる。

 その人たちが周囲の人々によって応急処置を施され、あるいは後方へ運ばれる傍ら、菫はさらに2回に分けて乗員たちを車外へ跳ばし、顔に少し疲れを浮かべる。

 

「御苦労様。これで全員かな?」

「私が感じた限りではそうです、けど……集中力が鈍ってて少し自信ないかな…………」

 

 運ばれていく負傷者たちを見ながら独り呟く光秋に、自分に訊かれたと思ったらしい菫が不安そうに答える。

 

「あぁ、ごめん。独り言だ。でも、残ってたら確かに大変だよなぁ…………使ってみるか?」

 

 詫びてからのしばしの逡巡の後、サン教ベース以来使えるようになった生命感知の機能を思い出すと、光秋は菫を自分の許に寄せる。

 

「!?」

「悪いな。ちょっと……」

 

 突然引き寄せたことに驚いたらしい菫に一言謝りつつ、光秋は席を機内に下ろしてハッチを閉める。

 

「ちょっと試したいことがある。テキトーなとこに座っててくれ」

「あ、はい…………じゃあ……」

 

 控えめに応じると、菫は光秋の膝の上に腰を下ろしてくる。

 

「っ?菫さん……?」

「その……床に座るのはなんだか……椅子もここしかないし……」

「まぁ、それもそうか……悪いな。今度なんとかしとく」

「……私はこのままでも別に…………」

 

 菫がごそごそとなにか言ったのを半ば聞き流しながら、光秋は試しに呼吸を整え、目をつむってモニター越しに周囲に注意を向けてみる。

 

―これまで戦闘中に感じたことは何度かあるが、そうでない時に使うのは初めてだよな。上手くいくといいが…………―

 

 一抹の不安を覚えながらも、自身の知覚がニコイチを通して拡大し、周囲に波紋の様に伝播していく様子を想像する。

 と、自身の周囲、主に戦車の付近にいくつかの微かな温かさを捉える。

 

―これは…………外にいる軍の人たちか。一応作動はしてるみたいだな。なら、次は本題だが…………―

 

 感知機能自体は動いてくれたことに安堵すると、そこから意識を破損した戦車1台ごとに集中させ、取り残された人がいないか確認していく。

 

「…………いない……みたいだな」

 

 周囲に感じる温かさを一つも感じなかったことにそう呟くと、ちょうど応急処置を済ませた一団も後方へと移動を始める。

 負傷しなかった人たちの手が空くのを捉えるや、光秋は手近の1人に声を掛ける。

 

「すみません。全員救助完了ですか?」

(あぁ。人数はそろってた。協力に感謝する)

「ありがとうございます」

 

 教えてくれたことに礼を返すと、今度は未だ燃え続けている周囲の火事が目に入る。所々で消火器の噴射が行われているものの、火の勢いは停滞こそすれど衰える気配はない。

 

―あれも何とかならないか…………そういえば……―

 

 胸の内に呟きながら光秋は正面に目を向け、その先にある海を幻視する。

 

「菫さん、ちょうど近くに海があるだろう。そこの水をこの上に持って来て、消火することってできないか?」

「水、ですか……一応、やれるとは思うけど…………」

 

 空を指さしながら訊ねる光秋に不安そうに応じながらも、菫はハッチを開けるよう視線で促す。

 それに応えて光秋はハッチを開放し、開かれた穴の上に桜が飛んでくる。

 

「救助終わったみたいだね――て、何してんの菫っ!?」

「静かに!今ちょっと集中してるの」

「悪いな桜さん。少し静かにしてくれ」

 

 コクピットを見下ろすや仰天して大声を上げる桜に、光秋の膝の上に座る菫は目をつぶりながら苛立った声で応じ、光秋も上を見ながら桜をなだめる。

 

「…………っ!」

 

 数秒の沈黙の末、菫は出し抜けに目を見開き、それに合わせて上空一帯に巨大な水の塊が出現する。

 

「よしっ、成功――!!」

 

 喝采を挙げようとした刹那、光秋は脊髄反射で開閉スイッチを押してハッチを閉め、直後に上空に現れた大量の水がニコイチをはじめ辺り一面に降り注ぐ。

 

(わっ!?)

「!いけねっ……」

 

 機体越しに聞こえた桜の声にハッとしたものの、時すでに遅く、一瞬後には頭からずぶ濡れになった桜がモニターの真ん前に映る。

 

(…………)

「…………」

 

 何かを溜め込む様に黙り込んだ桜に恐々としつつも、周囲を見回した光秋は所々で燃えていた火が完全に鎮火したのを確認する。

 

(((…………)))

 

 同時に、桜同様頭からずぶ濡れになった消火活動に当たっていた人々の感謝と、それ以上の怒りがない交ぜになった視線が多数突き刺さり、光秋はまずます身が縮こまる。

 

「…………すみません。やり過ぎちゃいました…………」

「いや、僕ももっと周りに呼び掛けるべきだった。あと、桜さんも入れるべきだったな…………」

 

 こちらも膝の上で気まずそうに縮こまる菫に応じた直後、それまで水を滴らせて俯いていた桜が顔を上げ、目を三角にしてモニターに迫ってくる。

 

(コラァ光秋ッ!菫ッ!何しやがるッ!!)

「「…………」」

 

 おそらくニコイチの顔面にしがみ付いているのだろう。正面モニター一杯を占めた桜の怒りの形相に、光秋と菫は気まずさと申し訳なさを覚える。

 同時に光秋はその合間からこちらを注視する人々を捉え、気まずさがいよいよ最高潮を迎える。

 

「あー……救助は終わったし、鎮火もしたようなので、我々はこれで失礼します…………すみませんでしたっ!」

 

 ニコイチの頭を下げながら言うや、地面に置いていたキャノン砲を拾い、一目散に藤岡と北大路が待つ地点へ戻る。

 

「とりあえず桜さん、いい加減離れろ。前が見えない」

(だった開けろっ!)

―……嫌な予感が……しかし―

 

 そう思いながらも光秋はハッチを開け、すぐに落ちる様に入ってきた桜が頭突きでもする勢いで顔を寄せてくる。

 

「コノヤロー!なんてことを……!」

「いや、悪かったよ……」

「光秋さんを怒らないで。私のミスだし……」

「いや、僕の声掛け不足の所為でもあるし……」

 

 罪悪感と至らなさから光秋と菫は互いに庇い合うものの、それを見た桜はますます不機嫌さに顔を歪める。

 

「だいたい、何で菫が光秋の膝に……へっ、クシュンっ!」

「あぁ悪い。閉めるの忘れてた……」

 

 言葉の途中でくしゃみをして身を震わせる桜を見て、光秋は慌ててスイッチを押してハッチを閉める。

 その間にも、ニコイチは藤岡と北大路の許に到着する。

 

(なんでずぶ濡れだ?ゲリラ豪雨にでも遭ったか?)

「まぁ、そんなところで……」

 

 水浸しのニコイチに怪訝そうな顔をする藤岡に応じながら、光秋はニコイチを着地させる。

 

(まぁそれはそうと、さっきの爆発について情報がきた)

「NPによるものなんですよね?現場にいた人たちがそんなふうに言ってましたが」

(あぁ。本土側に隠れていた部隊が、工場地帯に向かった部隊の撤退を援護したものらしい。お陰で、今回出てきた連中の足取りを見失ってしまった……)

「逃げられた、ということですか…………」

(あぁ…………)

 

 機体越しに迎賓館で出会い、一時はDDシリーズ相手に共闘したフラガラッハのパイロットを思い浮かべながら告げる光秋に、藤岡は心なしか悔しそうに頷く。

 

(一応、周囲に捜索を出すらしいが……とにかく、お前たちのここでの役目は終わった。本部に戻り次第、特エスたちを解散させろ)

「了解」

(それと、加藤二曹は3時までに俺に報告書を提出しろ。それの出来も評価に関わるから、そのつもりでな)

「報告書ですか……了解。本部に戻ります。北大路さん」

 

 藤岡の指示に応じると、光秋は弾倉を外したキャノン砲を再び鉄板に置き、北大路に手を伸ばしてコクピットに乗せると、本部を目指して飛び立つ。

 

「ところで桜ちゃん、何でびしょ濡れなの?」

「……僕のミスだ」

「違います!私のミスです」

「もうこの際どっちでもいいよ――クチュンっ!」

 

 北大路の問いに光秋と菫がまたも庇い合っていると、桜がまたくしゃみをする。

 

「……とりあえず」

 

 それを見て光秋はシートベルトを外し、防弾ベストも外すと、脱いだ上着を桜に掛ける。

 

「これ羽織っとけ。本部に帰ったらシャワーだな。場所わかるか?」

「一応……」

 

 頭から被った大きな背広の陰から桜が応じるのを聞きながら、光秋はシートベルトを締め直す。

 

「あ、でも、着替えはどうします?」

「あ、そっか……」

 

 思い出した様に問い掛ける菫に、光秋はしばし考える。

 

「予備なんて持ってきてないよな?」

「うん。寮に行けばあると思うけど……」

「てことは、誰か取りに行かないと……」

 

 確認に頷く桜を見て、光秋はさらに思案しようとする。

 と、北大路が手を挙げながら言う。

 

「それなら、私が取ってきます」

「頼めるか?」

「はい」

 

 光秋の確認に、北大路は短く応じる。

 

「……?」

 

 が、そんな北大路の態度に、光秋は微かな違和感を覚える。

 

―短い付き合いだから断言はできないけど、いつもなら返事ついでに、『あなたに桜ちゃんの下着なんて見せられませんから』とか、もっとキツイこと言ってきそうなのに、今回は妙に大人しいな?いや、そもそも戦闘が終わって戻ってきてからこっち、どうも北小路さんの調子が普段と違うような…………―

 

 関わる機会の少なさから断言はできないことを自覚しつつも、胸の内に引っ掛かるその感触に、微かに首を傾げる。

 そうしている内に、ニコイチは本部上空に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

「じゃあ、備品は僕が片付けとくから、桜さんはシャワー浴びてきて。北大路さんは着替え頼む。菫さんは……」

「片付けお手伝いします」

「そうか。じゃあ頼む」

 

 少女3人に指示を出し、桜はシャワーへ、北大路は自分たちの寮へ向かうのを見ると、光秋は菫と共に4人分の防具一式とEJCの片付けを行う。

 桜が付けていた分の水気を拭き取り、管理担当に掻い摘んだ事情説明をして返却を終えると、光秋は腕時計を確認する。

 

―もう12時か……報告書の提出は3時までって言ってたから、ひとまず腹ごしらえかな…………寒っ―

 

 ワイシャツ姿の上半身を震え上がらせながら、腹の具合と相談しつつこの後の大よその予定を立てると、傍らの菫を見やる。

 

「一応、菫さんたちはもう解散だけど、これからどうする?学校に戻るのか?それともこのまま寮に帰る?」

「私はひと休みしたら学校に行こうと思ってますけど、どの道その前に桜の様子見てこないと」

「それもそうだな。僕も行ってみるか。上着も返してもらわんとだし。道案内頼む」

「わかりました」

 

 菫が頷くと、光秋はその後をついて行く。

 

―とりあえず、昼食ったら報告書書いて……情報提供してくれたZCの人のことも書いとかないとな……司法的な話については一度藤岡主任に相談してみるか……ニコイチの修復もやっとかなきゃいけないんだよな。後で福山主任にブロック出してもらって――そうだっ、福山主任にも報告書書かなきゃいけないんだよなぁ……期限は特に言われてないいが…………―

 

 歩きながら今後やるべきことを思い浮かべいくと、その数と、いずれも急ぎの用であることに、若干気分が萎えてくる。

 それでもさらにしばらく歩くと、2階建ての横に広い建屋が見えてくる。

 

「あれって、宿舎か?」

「はい。ときどき泊まって、シャワー使うんです」

 

 光秋の問いに、先導する菫は顔を向けながら応じる。

 会話の間にもドアをくぐって廊下を進むと、2人はシャワー室の前に差し掛かる。

 

「じゃあ、私ちょっと見てきます」

「ん。頼む」

 

 女性用の方に入っていく菫を見送ると、光秋は近くの壁に背中を預け、ワイシャツの袖の上から鳥肌が立った両腕を擦る。

 

―もうすぐ3月、春の訪れも近いとはいうものの、薄着はやっぱり堪えるな…………もっとも、桜さんはこの気温の中でずぶ濡れになって、そうなった原因が僕にある以上、そんなことも言ってられないんだろうがなぁ……「避けろっ」とか「念で防げ」とか、一言言ってやるべきだった…………―

 

 引き上げ間際の水が滴る桜に思いを馳せてさらに震え上がりながら、胸の内にその時の思慮の浅さを反省する。

 と、学校の制服に着替えた北大路が、肩に大きなカバンを提げてやって来るのが目に入る。察するに、カバンの中に桜の着替えが入っているのだろう。

 

「あぁ、北小路さん。持って来てくれたか。ご苦労さま」

「…………いいえ」

 

 ぼそっと応じると、北大路はシャワー室へ入っていく。

 と、

 

「…………あっ。そうだったなぁ…………」

 

ドアの陰に消える北大路の背中を見ながら、光秋はあることに思い出し、同時にいかに慌ただしかったとはいえそのことを今まで失念していたことに軽い自己嫌悪を抱く。

 

―出てきたら、北小路さんに言わんとなぁ……―

 

 そう小さく決心してしばし、少女3人がシャワー室から出てくる。最後に見た時はESOの制服姿だった桜だが、今は学校のそれに着替え、肩に北大路が持ってきたカバンを提げている。

 

「お待たせしました」

「まったく、最後の最後にひどい目に遭ったよ」

「悪かったって……」

 

 菫に続いて出た桜の一言に、光秋はやや低姿勢で応じる。

 

「ところで、今何時?」

「12時半だが」

「あー、やっぱダメか……今日の給食、コーヒー牛乳だったのに…………」

「それは…………重ねて申し訳ない……」

 

 時間を聞くや悔しそうな顔をする桜に、その気持ちに多少共感できる光秋は先程までとは異なる申し訳なさを抱く。

 

「まっ、いいけどさ。ずぶ濡れにしたお詫びに奢ってくれれば……」

「わかった。それも兼ねて、みんなで食堂で昼食にしよう」

 

 若干圧力の籠った視線を向けてくる桜に応じると、光秋は北大路を見据え、先程の小さな決心を実行する。

 

「それと北大路さん。遅くなったが、さっきはすまなかった。NPの人にいろいろ言われて、何も言ってやらずに」

「……別に……今更謝られても……」

 

 北大路はそっぽを向いて応じるものの、そんな反応を薄々予想していた光秋は構わず続ける。

 

「そうだな。確かに『今更』だ。それでも、僕は暫定上司としてあの時何か……()()()()()()()()()()()()()()()()()()何か言うべきだったんだ。それに思い至らなかったのは、完全に僕のミスだ。すみませんでした」

 

 北大路の返事を重々承知の上で告げながら、深く頭を下げる。

 

「!?……何を……」

「いや、悪いと思ったなら謝るのが筋だと思って」

 

 それを見て北大路は目を丸くし、光秋は顔を上げながら応じる。

 

「…………」

 

 理由を聞いても北大路は釈然としない様子だが、光秋はそれ以上構わず、切り替えた気持ちを表す様に少女3人に呼び掛ける。

 

「さ、食堂行こう。さっきも言ったようにお詫びも兼ねてだ。全額僕が持つから、3人共好きなもの頼んでいいぞ」

「フフーン!なに食べよっかなぁ!!」

「すみません…………」

「…………」

 

 上機嫌な桜、遠慮がちな菫、浮かない顔の北大路、それぞれの反応を見ながら、光秋は3人を伴って食堂へ向かう。

 と、唐突に曽我の顔が浮かんでくる。

 

―そういや、奢り…………あっ、そうだ。曽我さんのお詫びも控えてるんだったなぁ……大丈夫だろうか…………?―

 

 これもまた失念していた事案に、今更ながら懐の具合を心配した。

 

 

 

 

 食堂に移動後、光秋奢りの下で各々注文を済ませると、4人は1つのテーブルを囲む形で座って食事を摂る。

 

「いやぁ、まさか本当に2本出してくれるなんてねぇ。言ってみるもんだねぇ!」

「桜……すみません、光秋さん……」

「いいって、奢るって言ったんだし。これで許してもらえりゃ、安いもんだよ」

 

 コーヒー牛乳2本にすっかりご満悦な桜、そんな桜を見て申し訳ない顔を向ける菫に、光秋は醤油ラーメンをすすりながら本心からの返事をする。

 

―3人合わせても思ったより負担少なかったし、途中ATMにもで寄れば曽我さんの方もなんとかなるかな……―

 

 桜のナポリタンとコーヒー牛乳2本、菫の揚げ物の盛り合わせ定食、北大路のビーフシチューを見ながら胸の中で安堵の息を漏らすと、また一口ラーメンをすする。

 その時、上着のポケットに入れていた携帯電話が振動する。

 

「涼さん?悪い、ちょっと」

 

 画面に映った相手の名前を見て少女たちに断りを入れると、光秋は電話を左耳に当てる。

 

「もしもし?」

(あ、光秋さんですか?今大丈夫ですか?)

「あぁ。どうかしたか?」

 

 電話越しの心なしか焦った様子の涼の声に、光秋は首を傾げながら応じる。

 

(その……さっきニュースを観まして……)

「あぁ……もう放送してるのか……」

 

 その一言で光秋は涼の語調の理由を察し、率直な感想が思わず口から零れる。

 

(私も大学の食堂のテレビで観たんですが……その、御怪我とかは……)

「僕の方は大丈夫だよ。確かにいろいろと手強い状況だったけど、周りがしっかりしてくれたし。ピンピンしてるっ!」

 

 傍らの少女3人を見渡し、デ・パルマや関の顔を思い浮かべながら、光秋は溌溂とした声をスピーカーに吹き込む。

 

(ならよかったです……じゃあ私、次の講義があるのでこれで。お忙しい中ありがとうございます)

「ん。勉強頑張ってな」

 

 安心した様子の涼に応じると、光秋は携帯電話を切ってポケットに戻す。

 

「誰から?」

「この間一緒に買い物した時、メガネ掛けた女の人がいただろう。涼さんっていうんだけど、あの人」

「買い物……あぁ、此方たちと行ったあれか……」

 

 光秋の返答にその時のことを思い出したらしい桜は、それまでナポリタンの旨さとコーヒー牛乳の甘さに浮かべていた笑みを、微かに苦いものを噛んだ様な表情に変える。

 

―?…………まぁでも、僕が“お姫様”から心配される日が来ようとはなぁ。本人の前で言うと嫌がるだろうが…………―

 

 そんな桜の表情が気になったのも一瞬、自分の交友関係の変化に感慨を抱きながら、光秋はチャーシューを1枚口に運ぶ。

 その時、再び携帯電話が振動する。

 

―またか?……春菜さん?―

 

 数十分空けてからの着信になにかと思ったものの、すぐに桜たちに目配せして電話に出る。

 

「もしもし?」

(あ、コウちゃん。今いい?)

「はい。どうかしました?」

(実は今、さっきの騒ぎのニュース観てね。なんでコウちゃんまで出たって教えてくれなかったの?)

「え?…………あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

 春菜の指摘に唖然としたのも束の間、埋め立て地一帯から本土側に引き上げてからのやり取りを思い返した光秋は、遅まきながら自分もあの場にいたことを伝えていなかったことを思い出す。

 

(言ってないよ。わたしも研修の合間にテレビでも観て言ってきたんだろうなと思って、つい軽い調子で返しちゃったけど……出てきたんならそう言ってよ……)

「……その…………すみませんでした」

 

 怒られているのとも違う、しかしどうしても軽い罪悪感を抱いてしまう春菜の言葉に、光秋は頭を低くしながら応じる。

 

(まったく。わたし心配されてる場合じゃないじゃん……それで?コウちゃんこそ大丈夫なの?怪我とかしてない?)

「えぇ、それは全然。ピンピンしてますっ」

(ならいいけど……)

 

 涼の時と同じく溌溂とした声を送ると、春菜の声に安堵が籠ったように感じる。

 

「その……わざわざありがとうございます。電話くれて」

(言ったでしょう。わたしはコウちゃんの姉貴分なんだから。なにかあれば心配くらいさせなさいっ。まぁ、大丈夫そうならいいや。じゃあ、わたし仕事戻るから)

「はい。ありがとうございました」

 

 再度の礼を告げると、春菜の方から電話は切れる。

 

―涼さんにも一言御礼言うべきだったかな。またうっかりしてた……後でメールでもしとくか―

 

 本日何度目かの失敗に内心で頭を掻きながら、光秋は携帯電話をポケットに戻す。

 

「また違う人ですか?」

「ん?あぁ。僕が今回飛び出していく理由になった人だよ」

 

 菫の問いに、光秋はラーメンをすすりながら答える。

 

「……あれ?それってさっき電話したんじゃ……」

「お互いちょっと行き違いがあってな。そのことで軽く注意された」

「ふーん…………?一応訊くけど、その人って女?」

「女……あぁ、そういえば3人は会ったことないっけな……」

 

 目を細めながら訊いてくる桜に、光秋は双方の面識がないことを思い出しながら答え、また一口、今度はやや多めにラーメンをすする。

 

「人気者だねぇ…………タラシ」

 

 その所為か、桜の呟きの最後の方がすする音に紛れてよく聞こえなかった。

 

「?……からしは流石にテーブルには置いてないと思うが……ナポリタンにかけるのか?」

「違うよっ!」

 

 仕方なく聞こえたように光秋が応じると、桜はそっぽを向いてフォークに多めに巻き付けたナポリタンを大口を開けて頬張る。

 

―?……まぁそれより、涼さんに続いて春菜さんにも気に掛けてもらえる、か…………いいじゃないかっ―

 

 桜が不機嫌になった理由に首を傾げたのも数瞬、ここ数カ月の間に知り合った女性2人から労ってもらったことに気をよくしながら、光秋はまた豪快に麺をすする。

 

 

 

 

「遅まきながら、さっきは連絡ありがとうございます。姫君からの労い痛み入ります……と」

 

 食後、そう打ったメールを涼宛に送ると、光秋は少女3人と共に食堂を後にする。

 

―『姫君』云々の部分、流石に冗談が過ぎたかな……?まぁでも、感謝の意図は伝わるだろうし、気に障るような気配があればその都度補足すればいいだろう―

 

 咄嗟の思い付きで付け加えた一文に若干の不安の覚えたものの、すぐに気を取り直すと、傍らを歩く北大路を見やる。

 

「ところで北大路さん、結局残してたけど、本当に体調大丈夫なのか?」

 

 桜や菫が電話に反応している間にも黙々と食事を続け、しかし最後の何口分かを残してトレーを返したことを思い返しつつ、光秋は戦闘中に振り回されたことがやはり堪えているのではと心配しながら問う。

 

「……別に。お腹が一杯になったから残しただけですけど」

「ならいいが……これから学校行くって言ってたけど、ホントに大丈夫か?」

 

 内心「もったえなかったなぁ」とビーフシチューのことを思いながら、さっきよりは心配の程度を弱めて訊いた刹那、足を止めた北大路が刃物の様な鋭い視線を向けてくる。

 

「だから、それがウザったいって言うんですっ!どうせ入間主任が戻るまでの代理なんだから、いちいち上司面しないでもらえますかっ?」

「!ちょっと菊!その言い方はないだろうっ。光秋だって心配して言ってくれてるのに!」

 

 苛立ちを爆発させた様な北大路に、桜も声を荒げて返す。

 

「だからそれがウザいのっ!桜ちゃんこそ何?あんなにこの人のこと毛嫌いしてたくせに、この間から変だよ?弱みでも握られた?それとも秋田で何か――」

「っ!」

「!!」

 

 言葉を重ねるごとに激昂しつつある北大路、それを遮るように桜は平手を上げ、咄嗟に2人の間に割って入った光秋がそれを押し止める。

 

「何すんだよっ!」

「理由はどうあれ、手を挙げちゃいかんよ……」

 

 平手打ちを邪魔されて非難の目を向ける桜に応じると、光秋は小さな自己嫌悪を覚える。

 

―手を挙げちゃいかんて……ニコイチでドンパチ・殴り合いを、それもついさっきやってきた僕がそれを言うか……それでも、今のは言うべきだったろうが……―

 

 若干の迷いを抱えながらどうにか自分を納得させると、振り返って北大路を見やる。

 が、すでに北大路の姿は背後になく、数メートル離れた先を駆けていた。

 

「北大路さ――」

「荷物まとめて学校戻りますからっ!」

 

 脇目も振らず叫んで光秋の呼び掛けを遮るや、北大路は最寄りの階段を駆け上がって上の階へ消えてしまう。

 

「おい、菊!」

「桜さん!」

「わかってる。暴力反対でしょ」

 

 先程の様子を踏まえて声を掛けた光秋に応じながら、桜も北大路の後を追う形で上へ行ってしまう。

 

「…………大丈夫かな……?」

 

 その光景を頭を掻いて眺めながら追おうかどうか悩んでいると、隣に立った菫が言ってくる。

 

「私も行きます。どの道着替えて学校に戻らないと」

「そうだがな……」

「2人のことなら任せてください。菊はともかく、桜はいざとなったら遠くに跳ばしますから」

「また極端だな……」

「いざとなったらですっ。それに、光秋さんこの後もいろいろ忙しいみたいですし」

「まぁなぁ……」

 

 言われて光秋は、報告書をはじめとした諸々を思い出す。

 

「とにかく、私も着替えて行きます。お仕事頑張ってください!」

「ん。すまんな。ありがとう。気を付けてな」

 

 言うや菫もESOの制服から学校のそれに着替えるために上へ向かい、光秋は右手を挙げてそれを見送る。

 階段を上って姿が見えなくなると、光秋は頭を掻きながら胸の内に呟く。

 

―やれやれ。北大路さんはそれこそDDシリーズ並みの難敵だなぁ。どう対処していいかまるでわからん…………近い内、また入間主任のとこ行っていろいろ訊いてみるか……?それと、対応を桜さんと菫さん……いや、ほぼ菫さんに丸投げした形になっちゃったよなぁ。僕がなにか言っても北大路さんが余計怒るだけだから、その点では妥当な対応かもしれながいが…………―「こんなところでも子供に頼るとはなぁ…………」

 

 自分の情けなさに、思わず声が出る。

 

―まぁいい。ここは菫さんに甘えさせてもらって、今しなきゃならんことをしよう。それこそ、次々やらんといかんのだし―

 

 そう思いながらこれからやらねばならない諸々の用事を思い浮かべ、気持ちを切り替えると、光秋は手始めに報告書を書こうと歩き出した。

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