白い犬   作:一条 秋

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 今回から「不審事件捜査編」に入ります。
 よろしくお願いします。


不審事件捜査編
99 手探りの主任業


 3月2日水曜日午後6時。

 今日の勤めを終えた光秋は、食堂で夕食の揚げ物定食を食べていた。

 

―入間ノートのおかげで、桜さんたちの能力の把握は進みつつある……と思う。が、やっぱり実践第一というか、どこかで実際に情報に基づいた運用を試したいところだなぁ……今週末辺り、ちょっと頼んでみるか…………?―

 

 せっかくの休みを削るようで悪いとは思いつつも、唐揚げを頬張りながら半分真剣に検討してみる。

 と、上着のポケットに入れていた携帯電話の振動に気付く。

 

「……竹田二尉?」

 

 開いた画面に約1カ月半ぶりの名前を見るや、通話ボタンを押して携帯電話を左耳に当てる。

 

「もしもし?」

(よう、加藤!元気してっか?伊部から聞いたが、昨日晴れて主任になったそうじゃねぇか)

―あぁ、竹田二尉だ……―

 

 久々に聞く快活な声とやや一方的な話し方に、光秋は思わず懐かしさを覚える。

 

(おい、竹田。加藤の方の都合も訊いてから話せ)

「!小田一尉もおられるんですか?」

 

 電話の奥から聞こえた咎める声に、光秋はまたも懐かしくなりながら声を出す。

 

(おう。三佐もいるぞ)

(加藤、元気か?)

「三佐っ!ご無沙汰しています。おかげ様で元気にやらせてもらってます!」

 

 竹田の声に続いて電話から聞こえてきた藤原三佐の声に、電話越しとわかっていながら頭を下げる。

 

(それで、お前今電話して大丈夫なのか?)

「あ、はい。食堂で夕飯食べてたところで」

(ならオレたちと一緒じゃねぇか。どうよ、本部の飯は?)

 

 小田の確認に応じるや、竹田が訊いてくる。

 

「どう、と言われても……本部とそんなに差はないかと……ところで、法子さ――伊部二尉の声がさっきから聞こえないんですが?」

(あぁ、あいつはまだ仕事だ)

「え?残業ですか?」

(残業っつうかなぁ……書類とか諸々の細かい仕事片付けてんだよ。今月どうしても1回休みとりたいからって)

「あぁ……」

 

 竹田の説明に、光秋は一昨日の夜の電話を思い出して納得する。

 と、声が小田に代わる。

 

(それでどうだ、特務部隊主任の仕事は?)

「まだ就任して2日目なのでなんとも……一応、前任の方から特エスの子たちの情報をもらって、今把握に努めてるところです」

(そうか……すっかり指示()()()だな)

「からかわないでくださいよ。実感すらまだ中途半端なんですから……」

 

 若干の笑みを含んで言ってくる小田に、光秋は情けなさを承知で軽く反発する。

 と、今度は藤原が電話に出る。

 

(まぁ、何はともあれ、今後はこれまで以上に忙しくなるだろう。昨日の件もあるしな)

「……」

 

 言われて光秋は、工場地帯でのNPとZCの抗争、あまつさえメガボディを積極的に用いてのそれを思い浮かべる。

 

(お前からすれば慣れぬ土地で、その点でもいろいろ苦労するだろう。だからこそ、体には気を付けてな)

「……はい。死なない程度に頑張らせていただきますっ」

 

 典型的だがこれ以上ない気遣いに、光秋は意識して覇気のある声で返す。

 

(では、儂等はこれでな)

(ニコイチの新しい活躍期待してるぜっ!)

(無理せずにな)

「はい。電話ありがとうございます」

 

 藤原、竹田、小田にまとめて返すと、向こう側から電話は切られる。

 

―離れてからまだ2カ月経ってないはずなのに、3人の声がずいぶん懐かしく感じるようになって……―

 

 久しぶりに聴いた藤原たちの声に感慨を抱きながら、光秋は携帯電話をポケットに戻す。

 

―できれば法子さんと綾の声も聴きたかったが、それこそ贅沢だろうな。そもそも月末には『声を聴く』どころか、『会える』んだし、そう思えばな…………―

 

 ついつい抱いてしまう不満をそう思うことで割り切ると、箸を持ち直して食事を再開する。

 

 

 

 

 食事を終え、寮に帰宅すると、光秋は風呂にお湯を入れ始める。

 

「……こんなとこかな。まだ肌寒いしなぁ……」

 

 蛇口から流れる湯の温度を触って確認すると、居間に戻って適量溜まるのを待つ。

 と、帰ってきてすぐに机の上に置いた携帯電話が振動する。

 

―また電話?多いな今日……―

 

 思いつつ、手に取った携帯電話の画面を開く。

 

「タッカー中尉?……もしもし?」

 

 そこに表示されていたこれまたご無沙汰な名前に驚いたのも一瞬、すぐに通話ボタンを押す。

 

(よう、ジャップ。元気か?)

「それ、こっちの台詞な気がするんですが……」

 

 思わずそう言ってしまう程に、電話の向こうのタッカーの声は疲れ切っていた。

 

「なにかあったんですか?」

(いや、なに。ちょっと面倒な仕事やっててな)

「仕事?」

 

 その言葉に、光秋は昨今のNPとZCの抗争を連想する。

 

「どっか遠い地域の応援かなにかですか?そういえば最近、武装勢力同士の抗争も激しいし」

(いや、そういうのとも違う。寧ろ俺としては、そっちの方がまだ気が楽だったかもな……)

「違う……?」

 

 返ってきた返答に、光秋はしばし首を傾げるものの、タッカーの態度にあることを察する。

 

「もしかして、機密に属することですか?」

(まぁな)

「失礼しました。ではこの話はこれで」

 

 そういうことならばタッカーにこれ以上訊くわけにもいかず、すぐに話題を変える。

 

「それで、中尉はなんで電話してきたんですか?」

(なんでとはご挨拶だな。お前の出世祝いだよ。ESOの花形職――特務部隊主任になったんだろう。知り合いとして一言言おうと思ってよ。おめでとう)

「!ありがとうございますっ」

 

 思わぬところからの祝辞に、光秋は反射的に頭を下げる。

 

「……あれ?でも僕、中尉に主任のこと話しましたっけ?このところバタバタしてたからその辺の記憶が曖昧で……確か、研修中に古谷大尉には会いましたが……?」

(隊長に?いや、それは知らないが、俺はさっき上杉から聞いた)

「上杉さんから?」

(上杉は竹田から聞いたって言ってたけどな)

「あぁ。そういう伝達でしたか……」―こういうのを『口コミ』っていうのかな?―

 

 明らかになった情報伝達の過程に、光秋は胸の中で手を打つ。

 

(まぁなんだ、すでに何度か言われてると思うが、頑張れ)

「はい。中尉も無理のない範囲で」

(ありがとよ……じゃあな。俺は寝る)

「おやすみなさい」

 

 言うとタッカーの方から電話切れ、光秋は画面の時計を確認する。

 

「まだ7時だっていうのに寝るって、相当な激務なのかな…………?」

 

 結局訊かなかったタッカーの今の仕事に思いを馳せていると、遠くから聞こえる水の音に気付く。

 

「!いっけねっ。風呂入れてたんだ」

 

 言うやすぐに風呂場に駆け、浴槽から溢れる寸前のお湯を止めた。

 

 

 

 

 3月3日木曜日午後0時15分。

 あまりの混み具合に食堂での昼食を断念した光秋は、本部近くのコンビニでおにぎりを3つ程とお茶を買ってくると、それを待機室の机で頬張りながら昨日から抱いていた懸案について考えていた。

 

―桜さんたちの実践、やっぱ一度やってみた方がいいよなぁ……週末時間あるか後で訊いてみるか…………―

 

 そこまで考えると、不意にノックの音が響き、曽我が部屋に入ってくる。

 

「あら、お食事中でしたか。()()()()

「……今、昼休みですよ?」

 

 先日までとは打って変わって丁寧な言葉使いで話す曽我に、光秋は多分な違和感を覚えつつ、口の中に残っていたおにぎりを呑み込んで応じる。

 

「それでも、勤務中のようなものですからね。せめて勤務時間を終えるまでは、公私の区別はつけないと」

「それは、まぁ……」

 

 そう返されては、光秋に反論の言葉はなく、渋々首肯する。

 

―もっとも、この間まで人を『ワンちゃん』って呼んでた人が、急に低姿勢な態度をとっても、違和感しかないんだよなぁ…………―

 

 特務部隊主任就任に伴う三尉への昇格と、それによる准尉相当の曽我との上下関係の変化、それによる――少なくとも勤務中の――接し方の変化は理解しているものの、それが光秋の率直な感想だった。

 その間にも、曽我は机に歩み寄ってくる。

 

「それで、曽我さんどうされたんです?昼休みに」

「いえね、三尉が主任就任以降、なにかに悩んでいる様子だったので」

「?…………あぁ」

 

 はじめこそなにを言われたのかわからなかったものの、すぐに桜たちのことと察する。

 

「悩みって程じゃ……ただ、部下になった子たちの能力を正確に把握したいと思ってて、週末にでも時間とってもらおうかと考えてて……というか、夕方にでも連絡しようかと思ってたとこです」

「もうそこまで?仕事熱心ですねぇ?」

「いろいろ気に掛けてくれる人がいますからね。それに応えたいって想いはあります。そうでなくても、ただでさえ畑違いの分野、試験も及第点ってとこでしたからね。念には念をというか……」

 

 入間や伊部姉妹の顔を浮かべながら応じると、光秋は残っていたおにぎりを頬張る。会話中に物を食べるのは失礼だと思わなくもなかったが、昼休みの時間が限られている以上、どうしてもせっかちになってしまう。

 

「…………」

 

 その様子を見ながら、曽我しばし考える顔を浮かべる。

 そして、

 

「それ、ワタシも協力しましょうか?」

「?……曽我さんが?」

 

唐突に告げられた申し出に、光秋はお茶で口の中のおにぎりを流し込みながら訊き返す。

 

「はい」

「でも協力って、具体的にどうするんです?」

「特エス目線でのアドバイスとか、模擬戦の相手とか、いろいろできると思いますが?」

「確かに……いてくれればなにかと助かりそうだけど……いいんですか?そこまでしてもらって。あと、予定とか」

「以前お話したように、三尉にはお世話になってますし……無能な主任の(もと)で働く特エスほど可哀そうなものはいませんからね。それを少しでも防げると思えば」

「手厳しいなぁ……今のところ事実なんでしょうが……」

 

 口調こそ丁寧だが包み隠さない曽我の返答に、光秋は苦笑を浮かべる。

 

「それに予定については、土曜日にやってくれればこちらも都合がいいし」

「土曜日?……あぁ、そうか」

 

 続く曽我の言葉に、光秋は工場地帯での騒動の後に交わした会話を思い出す。

 

「そういえば、お詫びの食事その日の夕方でしたね。確かに実践の後、その足で行けば…………」

 

 そこまで考えて、光秋はあることを思い付く。

 

「そういうことなら、子供たちも食事に連れて行っていいですか?」

「ワタシは構いませんよ。三尉の出費が増えますけど?」

「それくらいは前提ですよ。ありがとうございます」

 

 応じつつ、思い付きを了承してもらった光秋は頭を下げる。

 

「じゃあ、詳しいことは菫さ――柿崎さんたちと話してみないとわからないけど、とりあえず土曜日に。詳しい時間が決まるか変更があればこちらから連絡します」

「了解。週末を楽しみにしています」

 

 若干挑む様な笑みで応じると、曽我は部屋から出て行く。

 それを見送った光秋は机の上のおにぎりの包みや空のペットボトルを片付けながら、少女たちのことを考える。

 

―とりあえず、これで休みを削ってしまったお詫びもできるかな?夕方菫さん辺りに電話して……財布も補充しておこうかな?―

 

 

 

 

 そして、午後6時。

 

「……さてと」

 

 腕時計を見て勤務時間が終わったのを確認した光秋は、上着のポケットから携帯電話を出して菫にかける。

 

(もしもし?)

「あ、菫さん?今いいか?」

(はい。どうされました?)

「実は今週末、土曜日にな、君たち3人の能力を詳しく把握したくて、それでちょっと時間割いてほしいんだが、大丈夫かな?」

(私たちの能力……ですか?)

「あぁ。今後のことも考えて、今の内に実演してもらって、僕が詳しく知っておきたいんだけど……休みだし、もう予定あったかな?」

(私は大丈夫ですけど……)

「桜さんと北大路さんは?近くにいるかな?」

(あ、私が訊いてみます。一旦切るので、少し待っててください)

「わかった」

 

 応じると、光秋は電話を切り、座っている椅子の背もたれに体を預ける。

 

―菫さんの方から申し出てくれたのは、正直ありがたかったな。桜さんはまだしも、北大路さんにはまだ苦手意識があるから……―

 

 胸の中で赤裸々に呟きながら待つことしばし、再び電話がかかってくる。

 

「もしもし?」

(光秋さん?2人にも確認しましたけど、土曜日は空いてるそうです)

「わかった。じゃあ、9時半頃に正門前に集合。2人にもそう伝えてくれるか?」

(わかりました)

「じゃあ、当日よろしく」

(はいっ。よろしくお願いします!)

 

 菫の元気のいい返事を聞くと、光秋は電話を切る。

 

「さて、曽我さんにも一報入れとくか……あっ、いけね。帰り食事に誘うのも忘れてた…………メールしとくか」

 

 小さなミスを思い出してすぐに菫宛にメールを送ると、そのまま曽我にも土曜日の九時半集合のメールを送る。

 

「こんなとこかな?……さてと、当日のメニュー考えとかないとな……」

 

 呟きながら席を立って荷物をまとめ、食堂へ向かう道すがら、光秋は入間からもらったノートの記述を思い浮かべる。

 

 

 

 

 3月4日金曜日午前10時。

 昨夜から週末の実践について考えていた光秋は、その一環として福山の許を訪ねていた。

 

「福山主任っ!」

「なにか?」

 

 整備区画の建屋の1つ、そこに収まるメガボディ・ゴーレムの足元に福山の姿を認めると、呼び掛けながら駆け寄る。

 

「すみません。実は頼みがありまして……」

 

 そうしてここに来た目的を告げ、福山に少々協力してもらいながら明日の準備を進める。

 

 

 

 

 3月5日土曜日午前9時20分。

 一昨日の連絡に従って本部正門前に着いた光秋は、周囲を見回してまだ誰も来ていないことを確認する。

 

「ま、まだ10分あるしな……」

 

 腕時計を確認しながら呟くと、斜め掛けしたカバンを提げ直して少女3人と曽我が来るのを待つ。いつもよりやや膨らんだカバンは、僅かだが右肩を圧迫する。

 

「…………」

 

 3月に入って気温は上昇傾向にあるとのことだが、放射冷却の影響か、晴天の割に吹き付ける風はまだ冷たく、スーツの上にコートを着ていてもそこそこ堪える。

 そうしてスーツ下を薄っすら粟立たせて待つことしばし、聞き覚えのある声の呼び掛けに、光秋は歩道の先を見やる。

 

「光秋さーん!」

「おぉ。おはようございます」

 

 学校の制服の上にコートを羽織り、同じ服装の桜と北大路を伴って駆けて来る菫に、光秋は軽く頭を下げて挨拶する。

 

「おはようございます……すみません、お待たせして……」

「いや、僕もさっき来たとこだ。それに、時間はちょうどいいし」

 

 気まずそうに謝る菫に、光秋は9時半を指す腕時計を確認しながら応じる。

 

「だから言ったじゃん。そんな焦らなくてもいいって」

「光秋さん待たせるのも失礼でしょっ。それに、そう言う桜だって行きたそうにもじもじしてたくせに」

「なっ!し、してないってのっ!!」

 

 眉間に皺を寄せる菫とムキになって応じる桜を横目に見ながら、光秋は辺りを見回す。

 

―あと来てないのは曽我さんだが……まさか、約束の時間送り間違えたか?―

 

 未だ姿を見せない曽我に不安を覚え、光秋は携帯電話を出して送ったメールを確認しようとする。

 直前、提げていたカバンの紐が本部の敷地の方へ引っ張られる。

 

「そーがーさーん?」

 

 本部務めになって以降すっかり馴染んだその感覚に、光秋は紐に巻き込まれて引かれるままに曽我の名前を呼ぶ。

 

「おはようワンちゃん。柿崎さんたちも」

 

 それに普段通りの調子で応じながら、本舎の陰から藍色のコートに身を包んだ曽我が現れる。

 

「おはようございます……今日は前と同じなんですね?口調」

「だって、今日のこれは仕事ってわけじゃないしね。あくまでワンちゃんが自主的に始めたことに、ワタシが勝手に付き合うだけだもの。公私の区別は付けないと、ね?」

 

 引っ張られながら挨拶を返して素朴な疑問を投げ掛ける光秋に、曽我は口調こそ違えど今日の件の協力を申し出てきた時と同じ調子で応じ、近くまで引き寄せたところでようやく解放する。

 

「ま、それはそうですが」

 

 曽我のこの行為にすっかり慣れた様子で返すと、光秋は若干ズレた紐の具合を調整する。

 

「ところで、今日のカバンやけに重かったけど、何が入ってるの?」

「そりゃあ、入間主任からもらったノートに、僕なりの理解をまとめたメモ、今日の実践のメニュー表に……あと諸々、実践に必要な小道具をね」

 

 いつもよりやや膨らんでいるカバンを見やりながら問う曽我に、光秋は昨日の福山とのやり取りを思い出しながら応じ、ちょうど後を追ってきた菫たちも合流する。

 

「えっと、曽我さんだっけ?ウチの主任に何すんだよ!」

「落ち着け桜さん。ちょっとふざけただけだよ。ノリはともかく、もう何度もやられて慣れた」

「とりあえず、特エスの信用は得てるみたいね?」

 

 2人の許に駆け寄るや曽我を睨みながら噛みつく桜、それを光秋はなだめ、曽我は感心した様子で呟く。

 

「一応ですがね。一人例外もいますが……さ、全員そろったんだし、制服に着替えて運動場に集合。僕は先に行って準備してるから」

 

 今日も仏頂面を浮かべる北大路を見やりながら返したのも束の間、曽我たちに指示を出した光秋は、一足先に先日曽我と利用した運動場へ向かう。

 

 

 

 

 道中で鍵を借り、それで運動場の扉を開けて中に入る。

 入り口近くのスイッチを押して場内の照明を点けると、光秋は隅にカバンを置いて腕時計と携帯電話を仕舞い、入れ替わりに今日のメニューが書かれた紙を取り出して桜たちが来るまでの時間潰しも兼ねてその内容の最終チェックを行う。

 そうして待つことしばし、ESOの制服に着替えた桜たちがやって来る。

 

「お、来たな」

「お待たせしました」

 

 メニューから顔を上げた光秋に菫が代表して応じると、光秋はやって来た4人を見渡す。

 

「じゃあ早速……と、その前に準備体操しよう」

「えー?いいじゃんメンドクサイ」

「そう言いなさんな。これから激しい運動もするんだ」

 

 口を尖らせる桜を光秋がなだめていると、曽我も頷きながら言う。

 

「ワンちゃんの言う通りね。変なとこつって痛い思いをするのは自分なんだから」

「ちぇ。わかったよ」

「じゃあ、みんなぶつからない程度に離れて」

 

 桜が渋々応じると、光秋指示の下、全員羽織っていたコートを運動場の端に置いて互いに距離をとり、体全体をほぐしていく。

 各部をひと通り動かし、深呼吸で息を整えると、光秋はメニューを改めて手に取って一同を見回す。

 

「じゃあ改めまして、本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いしますっ!」

 

 光秋の軽い挨拶に、菫が元気よく応じる。

 

「頼もしいな菫さん。それで、まずはウォーミングアップを兼ねて、君たちの能力、その基本部分を一度きちんと見ておきたい。まずは桜さんから」

「アタシ?へっ!OK!」

 

 一番手を指名されて驚いたのも一瞬、桜はやる気満々な顔を浮かべる。

 

「まぁ、本当に基本的な部分からなんだけどな。桜さんは確か、サイコキノだったな?」

「レベル9のねっ」

「てことは、浮遊もできると」

「余裕!余裕!」

 

 言いながら、桜は2階分の高さがある運動場の天井まで舞い上がり、そのまま遮る物がない吹き抜けの中を気ままに飛び回ってみせる。

 

―これで外の広場でも駆け回ってたら、はしゃいでる犬みたいだな……―「OK。降りてきてくれ」

 

 その光景に広い場所に連れて行った時の飼い犬の反応を重ねながら呼び掛けると、桜は矢の様に一直線に光秋に向かってきて、2メートル程手前で一気に減速、

 

「おとと……」

 

多少よろけながらも手を伸ばして届くくらいの所に着地してみせる。

 

「どうよっ?」

「見事なスピードだな。そこから念力の出力自体かなり高いことも伝わってくる」

「当然!力勝負でアタシに勝てる奴はまずいないだろうね」

「と同時に、入間主任も懸念されていたコントロールの不足も見て取れた。実際、着地の時よろけてたしな」

「うっ……」

 

 ゆっくり観察してみて実際にわかったこと、それこそ長所・短所を包み隠さず述べる光秋に、それまで得意気に胸を張っていた桜の表情が曇る。

 

「あ、あれは――」

「いや、いい。今日はあくまでも君たちの現状を確認するのが目的だからな。桜さんに限らず、“今の君たち”を包み隠さず見せてくれればいいから」

 

 慌てて反論しようとする桜を制しながら、光秋は持参したノートに桜の能力に関するメモを記していく。

 

「わ、私たちのこと、包み隠さず……っ!」

「?」

 

 その傍らで何故か顔を赤くする菫に首を傾げつつ、ひと通りメモを終えた光秋はアゴを撫でながら考える。

 

―この高出力、より精度の高い運用ができればより使い勝手がよくなるよな。今度卵でも持ってくるか……いや、詳しいことはまた後として―

 

 そこで一旦考えを中断すると、今度は菫を見やる。

 

「じゃあ次、菫さん」

「!は、はいっ!」

 

 呼び掛けに戸惑いを見せたのも一瞬、菫はすぐに赤面を引っ込め、士気旺盛な返事をする。

 

「菫さんは確か、テレポーターだったな?」

「はい」

「入間主任のノートによると、1回で移動できる距離が世界でも五本の指に入るとか」

「はい。去年の検査でそういう記録が出たって。頑張れば沖縄から北海道まで1回で跳べます」

「若干10歳でそんな記録?すごいじゃない」

 

 光秋の確認に応じる菫の返答に、曽我が目を丸くする。

 

「『頑張れば』……つまり、やればそれなりに負担になるわけか」

「それは…………」

 

 しかしあくまで平然とした態度でさらに確認する光秋に、菫は口籠ってしまう。

 

「桜さんの時も言ったけど、今日は“今の君たち”を確認しに来たんだ。包み隠さず、正直に教えてくれ」

「…………はい」

 

 膝を曲げて目の高さを合わせながら語りかけると、菫は重そうな口を開いてくれる。

 

「検査の時もそうでしたけど、1回にそれだけ跳んだ後、凄く疲れてしばらくろくに歩くこともできませんでした……」

「去年って言ったよな。記録出したのまだ9歳の頃?」

「いえ、10月頃にとったので、もう10歳になってました。私9月生まれなので」

「その時の格好は?」

「今のこの、ESOの制服でした」

「それだけ?」

「はい」

 

 気になったことをひと通り訊き終えると、光秋は再びアゴを撫でる。

 

「てことは、菫さん自身の体も含め、ほぼ必要最小限の質量だけで跳んだってことだな。テレポートは一度に移動させる質量が増えるに連れて、最大移動距離が縮むと習ったが……身一つで日本列島縦断したとなると、比較的近距離なら結構重い物――例えばニコイチの武器なんかは軽く跳ばせる、と考えていいのかな?」

「はいっ、それは。Eジャマーが効いてるかどうかもありますけど、この間も割と余裕ありました」

「なるほど」

 

 確認に深く頷きながら答える菫を見て、光秋は先日の工場地帯での戦闘を思い出す。

 

―実際あの時も、Eジャマーの不安こそあったけど、基本滞りなく僕が求めた物を跳ばしてくれたもんな……やっぱり、菫さんは補給要員として使った方がいいか…………―

 

 そのまま実戦のことに思考が飛んでいく中、北大路の若干険を含んだ声が光秋を現実に引き戻す。

 

「それで?私は何をすればいいんです?」

「!あぁ、失礼。北大路さんは……」

 

 一瞬ハッとすると、光秋はカバンに歩み寄り、中からひと抱え程ある丸みを帯びた箱状の機器を取り出す。

 

「なに?その箱」

「ゴーレムの腕の部品。確かアクチュエーターとか言ったかな?昨日福山主任に頼んで借りて来た」

「いやに重いと思ったら、ソレだったのね……」

 

 桜の問いに、光秋は昨日福山の許を訪れた時のことを思い出しながら答え、先程念力でカバンを引っ張った際の謎が解けた曽我は呆れを浮かべる。

 

「で?」

「どうもコレ、調子が悪いみたいでな。確か北大路さんはサイコメトラーだから、その能力で何処がどうのように悪いのかを調べてほしい」

「……わかりました」

 

 光秋の説明に変わらぬ仏頂面で応じると、北大路は渡されたアクチュエーターを両手で抱え、目をつむって意識を集中する。

 その横で、桜が光秋に小声で言ってくる。

 

「なんか、菊は地味じゃね?」

「それはな。桜さんみたいに空飛んだり物動かしたり、そういう目に見えてわかりやすいものじゃないからな。それを言ったら、菫さんは話を聞いただけで実演してもらってないし。もっとも、限られた空間で高レベルのテレポート能力を見せられても、いまいち凄さがわからないし――」

「わかりました」

 

 目を開けた北大路の呼び掛けに、桜との話しを中断した光秋はノートを開いてメモの準備をする。

 

「ん。教えてくれ」

「この辺りを繋いでる3本のコード、その内の赤いやつが断線してます。他にはこれといっておかしな所は見付からないので、それが原因かと」

「なるほど……よし、週明け福山主任と確認してみるよ」

 

 アクチュエーターの外装の一部を指でなぞりながら説明する北大路に応じると、メモを終えた光秋はソレを受け取ってカバンに戻す。

 

「それで?まさかこれでおしまい?」

「まさか。せっかく曽我さんにも来てもらって、あまつさえ準備体操までしたんだ。寧ろここからが本番だよ」

 

 やや不満そうに訊ねる桜に、光秋は口角を上げながら返すと、4人に向かって告げる。

 

「今から曽我さんと、僕たち加藤隊の4人で模擬戦を行う」

「そう来なくっちゃ!」

「ようやくワタシの出番ってわけねっ」

 

 それに桜はやる気満々な笑みで両拳を叩き合わせ、曽我は不敵な笑みを浮かべる。

 

「というわけで、まずは作戦会議だ。桜さんたちはこっちに」

 

 言いながら光秋は少女3人を壁際に招き、曽我と距離をとる。

 と、菫が遠慮がちに訊いてくる。

 

「ところで、光秋さん」

「ん?」

「流石に4対1は差があり過ぎというか、その……少し卑怯じゃ……」

「まぁ、菫さんの感じ方もわからなくもないが……この模擬戦の主旨は、君たち3人を連携して運用しつつ、そこに僕――というより、ニコイチをどう絡ませるか、現状それがどういう形でできるかの確認だからね。単純な勝ち負け以上に、できることとできないことの洗い出しが目的だから。数の差とかはあまり気にしなくていいよ」

「……はい」

 

 渋々ながらも納得した様子で菫が頷くのを見ると、光秋は3人を見回しながら続ける。

 

「でだ、とりあえず桜さんを主力としつつ、僕が近くで援護、菫さんはテレポートでそれをフォローしてほしい……で、北大路さんだが」

 

 少し気まずい顔をしながら、光秋は北大路に確認の目を向け、実際に身振りを交えて問う。

 

「こう、床に手を着いて、離れた場所にいる相手の思考を読む、なんてことはできるか?」

「一応。直接触るのに比べて精度はグンと落ちますけど」

「でも、大まかなこと、例えば次にどんな行動をするかくらいはわかるか?」

「だいたいは」

「よし。じゃあ菫さんと後ろに控えて、サイコメトリーした曽我さんの行動を僕に伝えてほしい」

「……了解」

 

 すっかり馴染みつつある仏頂面で北大路が頷くと、光秋は再度3人を見回す。

 

「じゃあ、今言った通りの役割と基本としつつ、各自僕の指示で行動して。質問がないようなら、この後曽我さんとルールの確認に入るが」

「あのさ」

 

 言ってすぐに、桜が手を挙げる。

 

「なんだ?」

「光秋がアタシを援護するって言ったけど、なんか武器でも持ってきたの?」

「いや、今回は持って来てない。というか、本来この位置には僕というよりニコイチが入るべきなんだろうが、流石に今日は出せないからな。言ってみればその代わりだよ」

「いや、アレの代わりに光秋って……無理あるでしょ?」

「わかってる。でも言いなさんな。次はもっとちゃんと準備整えてやるからさ」

 

 桜の笑いながらの指摘に、光秋は重々承知の上で応じる。

 

「さて、他に質問は?……ないようなら、曽我さんのとこ行こう」

 

 3人がそれ以上なにも訊かないのを確認すると、光秋は少女たちを伴って曽我の許へ向かう。

 

「曽我さん。こっちは済みました。そっちがよければ、ルールの確認したいんですが?」

「ワタシはいつでも」

 

 曽我の返事を聞くと、光秋は一同を見回す。

 

「ルールは、相手から1発――拳でも念力による攻撃でも――もらったらアウト。ただし、攻撃する際は怪我を負わせない程度に注意して」

「そういう中途半端、苦手なんだよなぁ……」

「訓練なんだから、いちいち怪我するわけにもいないでしょ」

 

 不満そうに感想を漏らす桜に、菫が注意を入れる。

 

「時間制限はなし。全滅した側の負け。基本的にはこんなところだ」

「なんか、ワタシが一方的に不利じゃない?」

「あくまでもこのチームでの連携の確認ですからね。そこは勘弁してください」

 

 説明を終えるや案の定の指摘をしてくる曽我に、光秋は軽く頭を下げながら詫びる。

 

「ま、そうなんだけどね」

「すみません……他に質問がある人は?……ないようなら、早速始めよう。3人はこっちに」

 

 納得した様子の曽我を見ると、質問がないことを確認した光秋は桜たちを伴って運動場の端に移動する。

 

「とりあえず、各自さっき決めた役割を基本に動いて。桜さんは僕と前に、菫さんと北大路さんは後ろ、それこそ壁際辺りに控えて。北大路さんは曽我さんの情報収集よろしく」

「命令なら従います」

「菫さんはいつでも僕の指示に対応できるようにな」

「はいっ!」

 

 仏頂面の北大路とやる気の籠った菫の返事を聞くと、光秋は桜と共に運動場の中程に止まり、壁際へ歩いていく2人を見送る。

 そんな中、

 

―菫さんはまだいい。やることはこの間の実戦の時と大差ないだろうしな。問題は北大路さんというか……自分で頼んどいてなんだがなぁ……―

 

離れていく北大路の背中に、光秋はこれから起こることへの不安を抱かずにはいられない。

 

「……光秋?」

「!あ、あぁ……」

「どうしたのさ?早く始めようぜ。向こうも準備OKみたいだし」

 

 言いながら、桜は腕を組んで待つ曽我を指さす。

 

「……そうだな。始めよう」

 

 それに頷くと、光秋は胸の内の不安をどうにか押しやる。

 

―どの道、心配しても始まらん。何もかもが初めてなら、とにかくやってみるまでか。もともと失敗するための訓練みたいなものだしな…………よしっ―「曽我さん、準備いいですか?」

「いつでも」

「それじゃあ……」

 

 菫と北大路が位置に着いたのを確認すると、光秋は深めに息を吸い、通りのいい声と共にそれを吐き出す。

 

「始めっ!」

 

 刹那、曽我が指鉄砲に構えた右手を正面に向ける。

 

「回避っ!」

 

 直後に脊髄反射で声を出すと、光秋は右に、桜は左に跳ねる。

 

―これが『怪我をさせない』程度の威力か!?―

 

 念の弾が脇を通った際の小規模な突風が肌を叩き付け、その強さに光秋は背広下の肌を粟立てる。

 

「桜さん、僕の前に出て。念壁でガード」

「おうっ!」

 

 体内の悪寒を吹き飛ばすつもりで指示を出すと、念力で体を浮かせた桜が床すれすれを滑る様に移動して前に躍り出て、右手を前にかざす。光秋には直接見ることができないが、正面一帯に念壁を張ったのだと理解する。

 

「流石はレベル9。簡単には抜けないわね?」

「へっ!力勝負なら負けないよっ!!」

 

 一点突破を狙ってか指鉄砲による念撃ちを続ける曽我に、桜が生き生きした様子で応じる。互いに競い甲斐のある相手を得られた為か、それぞれの顔にはやや凶暴な笑みが浮かんでいる。

 

―膠着状態の今がチャンスか―「北大路さんっ!」

 

 そんなサイコキノ2人の様子を見るや、光秋は後方の北大路に情報提供を求める。

 が、

 

「わ、わかならい……」

「何っ?」

「わからないんです!その人が何を考えてるかっ!」

「?」

 

 レベル9のサイコメトラー――事実上隠し事など不可能な者の口から出た予想外の言葉に、光秋は一瞬唖然とする。

 と、その反応を待っていた様に曽我が告げる。

 

「ダメよワンちゃん。そういうのは対戦相手が見えない所でやらないと。対策なんて簡単、()()()()()()()()んだから」

「触れてなきゃ……っ!」

 

 言われて散発的に指鉄砲を続ける曽我の足元を見た光秋は、今更ながら曽我が僅かに浮いている――()()()()()()()()()()ことに気付く。

 

―やっぱりこうなる――!―

 

 始まる前から薄々予感していたことが実現してしまったことに舌打ちした直後、曽我は上空に迂回して桜と光秋を飛び越え、そのまま2人の後ろに控えていた菫と北大路に指鉄砲を向ける。

 

「菫さん回避っ!」

「は、はいっ!」

 

 咄嗟に叫ぶや、菫は壁際から光秋と桜の許にテレポートして指鉄砲から逃れる。

 北大路を残したまま。

 

―バカッ、そこは一緒に逃げろ―

 

 苛立ちのあまり光秋が胸の内に悪態をつくのと同時に、曽我の人差し指の先が北大路を捉える。

 

「ごめんねっ。パンッ!」

「っ!」

 

 曽我が挑発的な笑みを浮かべながら告げた直後、北大路は苦悶の表情で額を擦る。

 それを見て光秋たち加藤隊は、念力の弾が当たったのだと理解する。

 

「テメェ!!」

「待て!熱くなるな」

 

 すぐに突進して行きそうな桜の肩を掴んで止めると、光秋は少女たちを見やる。

 

―残るは桜さんと菫さん――サイコキノとテレポーターか……―「桜さん、曽我さんを下に下ろせ。とにかく高度をとらせるな」

「おうっ!」

 

 応じるや、一瞬前よりは落ち着いたらしい桜は高度を上げながら曽我に接近し、指鉄砲を念壁で防ぎつつ高出力の念力を放って曽我を落とそうとする。

 曽我も縦横に動いて回避しつつ反撃を繰り返し、サイコキノ同士による乱戦が繰り広げられる傍ら、共にテレポートして距離をとった光秋は、隣の菫に指示を出す。

 

「曽我さんが床に近付いてきたら、僕を彼女の背後に跳ばして。合図はする」

「はいっ!」

 

 菫の緊張した返事を聞くと、光秋はサイコキノ同士の縦横無尽な戦いを注視する。

 

―これだけの乱戦だ。互いに目の前の相手に意識の大半が持っていかれて、周囲が疎かになっているはず。必ず隙ができる。もっとも、一発勝負であるのも確かだからな。タイミングが重要だが…………―

 

 掌を若干湿らせながら機会を待つことしばし、曽我の高度が少しずつ下がっていく。

 そして、

 

「今だっ!」

「はいっ!!」

 

ついに床に足が着く直前まで下がってきた刹那、菫に跳ばしてもらった光秋は曽我の背後に回り込む。

 

―もらったっ!!―

 

 胸中に叫びながら左足を踏み出し、曽我の背中に右拳を叩き込もうとする。

 が、

 

「っ!?」

 

踏み出した左足が突然後ろに引っ張られ、バランスを崩した光秋はそのまま前のめりに倒れ込む。

 

「光しゅ――痛てっ!」

―あ、不味い―

 

 咄嗟に両手を着いて上体が床に叩き付けられるのだけは防いだものの、視界の外に桜の苦痛の声を聞いた瞬間、光秋は勝負の行方を察する。

 

「…………」

「何してんのよ……」

 

 戦闘時のそれとはまた質の異なる恐怖を抱きながら顔を上げると、目の前には曽我の顔があった。もっとも、その顔に浮かんでいるのは挑発的な笑みではなく、心の底からの呆れだった。

 

「……いや――あいたっ……」

 

 思わず弁解しようとした矢先、向けられていた右の人差し指から念力が放たれ、額に感じたデコピン程の痛みに口を閉じる。

 

「こ、光秋さ――っ!!」

 

 その光景に動揺した菫にも念力の弾が当てられ、ここに加藤隊の敗北が確定する。

 

―そもそも、何を踏んだ?―

 

 そう思って光秋が足元を見やると、ニコイチのカプセルが転がっていた。

 

―えっ?何でコレが……あっ。そうか桜さんと曽我さんから距離をとる時……―

 

 上着の胸ポケットにカプセルがないことを確認しつつ、思わぬ物を目にして動揺したのも束の間、桜と曽我の乱戦から距離をとるためにテレポートを使ったこと、なによりも模擬戦を始める前にカプセルをカバンに仕舞わなかったことを思い出す。

 

―時計と携帯電話は一応仕舞ったけど、コレだけ忘れてたんだ。でもって、カプセルにも超能力耐性があるから、テレポートした時に落っことして……曽我さんの背後にテレポートした時に踏んで足を盗られた、ということか……―

 

 カプセルを拾って立ち上がりつつ状況を整理すると、自分の間抜けぶりに思わず頭を抱える。

 

―菫さんのことを心の中でバカ呼ばわりしたが、これじゃ他人(ひと)のこと言えないな…………とっ―

 

 そのまま気持ちが沈みそうになった矢先、こちらを注視する桜と菫、北大路の視線に気付く。

 

―立場上、落ち込んでばっかりもいられない、か…………っ!―

 

 いずれも自分の次の言葉を待っている眼差しに、なし崩し的に気を取り直して胸の内に喝を入れると、光秋は曽我を含めた一同を見回しながら告げる。

 

「よし、みんなお疲れさま。勝負にこそ負けたけど――いや、違うな……僕のミスだ、負けてしまって申し訳ない」

 

 言いながら、少女3人に対し深く頭を下げる。

 

「それでも、実際に君たちと戦ってみて感触はある程度掴めたと思う。とりあえず、各自一旦休憩。ひと息ついたらもう1回やってみよう。よろしいですね?曽我さん」

「いいもなにも、あんな勝ち方しても締まらないしねぇ。望むところよ」

「それはよかった」

 

 先程の失態を遠慮なく蒸し返す曽我に苦笑いを浮かべると、光秋はカバンに歩み寄って今度こそしっかりカプセルを仕舞い、入れ替わりに腕時計とノートを取り出す。

 

―とりあえず疲れがとれればいいから、今から5分後くらいに再開かな。その間に、今の反省点をメモしとこう―

 

 思いながら今の時間を確認すると、ノートにペンを走らせる。

 と、

 

「……?どうした?3人とも」

 

自分の周りに集まって来た少女3人、その浮かないような、気まずそうな表情に、光秋はノートから顔を上げる。

 

「いや、その…………」

「私たち、さっきはあんなにアピールしてたのに、あっさり負けちゃって…………すみませんでした」

 

 桜が言葉を詰まらせる間にも、菫が言いながら頭を下げ、それに倣うように桜も頭を下げる。

 

「……」

 

 北大路でさえも、憮然とした表情ながら申し訳程度に頭を傾ける。

 それを見て、光秋の中に先程の失態に対する羞恥や罪悪感といったものが濃度を増してぶり返してくる。

 

「謝らなきゃいけないのは僕だよ。君たちはよくやってくれた。それを上手く活かしてあげられず、あまつさえつまらないミスまでしてしまって……」

 

 実際に言葉にしてみて、いよいよ気持ちが沈みそうになる。

 が、

 

「もっとも、落ち込んでばかりもいられない。失敗したんなら反省して、次同じことをしないようにするまでさね。というわけで、5分くらいしたら再開するから、各自しっかり体を休めておくこと。いいか?」

「「!は、はいっ!」

「了解……」

 

自身を鼓舞することも兼ねて、努めて前向きな語調でそう告げると、桜と菫は弾かれた様に、北大路も心なしか力の抜けた顔で応じ、3人そろって光秋の近くに腰を下ろして休憩に入る。

 

―さっ、子供らにここまで言ったんだ。少しはマシになるようにしっかり練らないとっ―

 

 思うや光秋はノートに顔を戻し、再びペンを走らせる。

 と、

 

―?……曽我さん?―

 

視線を感じて少しだけ目を動かすと、離れた場所に座っている曽我がこちらを、より正確には自分を注視しているのに気付く。

 距離があってはっきりとは判らなかったものの、その顔には例の挑発的な笑みが、そして僅かながら別のものが浮かんでいた。

 

―なんだ?……懐かしさ……?…………―

 

 それが何なのか気にはなったものの、時間を惜しんだ光秋はそれ以上考えるのをやめ、休憩の5分をひたすら反省に割いた。

 

 

 

 

 昼食と数回の休憩を挟みつつ、模擬戦を続けること数回。

 

―今度こそ――!―

 

 菫のテレポートで曽我の背後に回り込んだ光秋は、そのまま畳み掛けようと1歩を踏み出そうとするも、

 

「甘いわよっ」

「っ!」

 

一瞬速く曽我の指鉄砲を受けてしまい、もう何度目かもわからない額の痛みと悔しさを抱く。

 

「うぅっ……」

 

 同時に戦闘の緊張から解放されたせいか、不慣れなテレポートを――それも短時間に何度も――行ったが故の酩酊状態、いわゆる「テレポート酔い」に襲われ、治まるまでその場でしばらく耐えることになる。

 

―一瞬で自分のいた場所が変わると、理屈は理解できてもやっぱり混乱するんだよなぁ。秋田の包囲の交代でもなりかけたけど、こんなにキツいとはなぁ…………―

 

 それからいくらもせずにまたも加藤隊は全滅し、今度の模擬戦も曽我の勝利に終わる。

 

「これで全戦全勝ですか……」

 

 運動場の中央にゆっくりと舞い降りる曽我を眺めながら疲労を含んだ声で呟くと、光秋は出入り口の上に掛かっている時計を見やる。その針は、間もなく5時を指そうとしていた。

 

「今日はこの辺にしますか。そろっと食事に行く準備も始めないと」

「えー、もう?」

 

 光秋が一同に呼び掛けると、桜が不満を浮かべて応じる。

 

「結局アタシら、曽我さんに1回も勝てなかったじゃん。ていうか、何で4対1で1回も勝てないのさっ?」

「それは、ワタシだって伊達に何年も特エスやってたわけじゃないから。もっときちんと連携されたら流石に厄介だけど、今は個人プレーに毛が生えた程度だからねぇ」

「ぐぬぬっ……」

 

 曽我の小バカにしたような返答に、桜は心底悔しそうな顔を浮かべる。

 

「『年の功』ってやつですか――いたい……」

「そこは『ベテラン』と言いなさいっ」

 

 それを聞いて感じたままを呟いた光秋の額に、出力控えめの指鉄砲が炸裂した。

 

「まぁとにかく、みんな着替えてきて。なんだったらシャワーも浴びてきて。このまま行くからさ」

「えっ?」

 

 そう言って急かす光秋に、菫が驚いた顔を浮かべる。

 

「いや、連絡しただろう?」

「そうですけど……ちょっと寮に戻るくらい……」

「なんだ、忘れ物か?」

「いえ、そういうえわけじゃないですけど……」

「?」

「あぁ……」

 

 はっきりしない菫に光秋が首を傾げていると、曽我がなにかを察した様子で告げる。

 

「女の子にはいろいろあるのよ。まだ時間の余裕はあるんでしょ?」

「?……えぇ、一応。そう思って早く切り上げたのもあるし」

「だったら、一度解散して、5時、そうね……40分くらいに正門に再集合ってことにしましょう」

「僕は構いませんけど……菫さんたちはそれでいいか?」

「はい。できればそうしてもらえると」

「アタシはどっちでもいいけど」

「私も」

 

 菫、桜、北大路の返答を聞くと、光秋は一同に告げる。

 

「じゃあ、曽我さんの言う通り5時40分までに正門集合ってことで。各自一旦解散だな」

 

 言うと中身を確認したカバンを提げ、コート片手にそのまま運動場を出て行く。

 

―それなら、待機室に寄って今日全体の反省でもするかな。アクチュエーターも置いていけば、週明けカバンが軽いし―

 

 そんなことを考えつつ、光秋は一路待機室を目指す。

 

 

 

 

―…………いろいろ不甲斐ない点はあるだろうが、一番の問題は、やはり僕が3人の能力――もっというと、性格とか考え方の癖を把握し切れていないということか……結局、今後も今日みたいな、あるいはもっと条件の整った機会を設けて、地道に感覚掴んでいくしかないか…………―

 

 待機室に到着後、椅子に腰を下ろしてノートの記述を読み返す光秋は、今日一日を嘆息混じりに振り返る。

 

「にしても、やっぱり桜さんの念力は魅力だよなぁ。応用範囲も広いし。これでコントロールがもっとつけば……やっぱり、近い内に生卵持ってくるか?」

 

 さらにそんなことを呟いていると、上着のポケットに入れた携帯電話が振動して着信を知らせる。

 

「菫さん?……もしもし?」

(あ、光秋さん?今どちらです?もうみんな集まってますけど)

「……えっ!?」

 

 電話越しの菫に言われて、光秋は思った以上に時間が経っていたのだと理解する。

 

「あぁ、ごめん!今待機室だ。すぐ行くからっ!」

 

 言いながら片手で広げていたノートを片付け、そのまま電話を切ってコートを羽織り、ノートを仕舞ったカバンを提げる。

 

「アクチュエーター……よし、出したな。他の荷物は持ったし……よしっ」

 

 机の端に置いたアクチュエーターと、カバンの中身を急ぎ足で確認すると、待機室を出た光秋は正門へと駆ける。

 

 

 

 

 本舎内を駆け抜け、玄関から正門へ全力疾走することしばし、すでに集まっていた桜たちの許へたどり着いた光秋はすっかり息が上がっていた。

 

「ハーッ……ハーッ……すっ、すみませッ……模擬戦振り返ってたら時間忘れ――ッ」

「ちょっ、大丈夫かよ?」

 

 荒い呼吸の苦しみに耐えつつどうにか遅刻の謝罪をすると、桜が心配そうな声をかけてくる。

 

「ッ…………はぁー…………ん、大丈夫。いきなり走ってちょっとな」

 

 ようやく呼吸が整って応じると、光秋は改めて一同に頭を下げる。

 

「いや、本当に、自分で言っておいて遅刻して、すみませんでした」

「まぁ時間の余裕はあるからいいけど」

 

 それに対し、曽我は腕時計を見ながら返す。

 

「まぁいいわ。行きましょう」

 

 そう続けて歩き出すと、光秋たちもそれを追って続く。

 

―これは、この件をダシにさらにサービスさせられるのも覚悟しておかんとな……―

 

 最後尾で一行の後を追いながら、光秋は胸の内に小さく決意する。

 

 

 

 

 本部から歩くことしばし、午後6時を少し過ぎた頃に目的の店に到着した一行は、そのまま店員の案内に従って店の奥へ進み、1つのテーブルを囲んで腰を下ろす。

 

「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。僕の財布をな」

「大袈裟だなぁ」

 

 冗談7割・本気3割で、やや大儀そうな手ぶりも交えて光秋がそう宣言すると、桜がメニュー表を開きながら呆れた笑みを返してくる。

 

「へー、思った以上に充実してるわねぇ。このお店指定して正解だったかもっ」

「でも、値段もそこそこしますね……」

 

 嬉々としてメニューを眺める曽我とは対照的に、菫は遠慮がちに光秋に目配せする。

 

「あー、菫さん。言っとくがさっきのは半分以上冗談だからな。もともと君たちへの先日の感謝も兼ねてるんだから、遠慮せずに好きなの頼んでいいから」

 

 そんな菫の様子を見て不安になった光秋は、念のため一言添えておく。

 

「いえ、でも……」

 

 しかし菫の態度は大して変わらず、それを見た光秋は菫に身を寄せてメニューを見下ろす。

 

「!ちょっ、光秋……さん……?」

「あ、パスタもいろいろあるんだな」

 

 突然の接近に菫は動揺するものの、光秋は構わずメニューを眺め続ける。

 

「カルボナーラか……これにしようかな?菫さんもどうだ?」

「えっ!?……えっと…………」

「もうっ!くっつき過ぎ!」

 

 光秋の問いに菫が顔を赤くしながら返事に窮していると、桜が2人の間に割り込んでくる。

 

「アタシは肉にするよ。ステーキ。一日中模擬戦してたんだからね。夕飯はガッツリいかないと!」

「その意気だな桜さん。しかしそうか、ステーキという手もあるか……菫さんもどうだ?」

「えっと………」

「なんでいちいち菫にふるのさっ!」

 

 活き活きと述べる桜を鼓舞しつつ、光秋は再度菫に勧め、それを見た桜が目を三角にして軽い頭突きを入れてくる。

 

「ワンちゃんモテモテねぇ?」

「からかわないでくださいよ……あと桜さん、そろそろ痛いんでやめて」

 

 その様子を見ていた曽我は茶化す様に言い、光秋は頭突きを喰らい続けた脇腹に徐々に痛みを感じながら返す。

 と、曽我は隣の北大路に、お馴染みの挑発的な笑みを向ける。

 

「北大路さんはいいの?あの輪に入らなくて」

「っ!私は関係ありません!」

 

声を荒げながら応じると、北大路はメニュー表に視線を落とす。

 そうしている間にも各々食べたい物を決め、呼び出した店員にそれぞれ注文すると、あとは頼んだ物が来るのを待つだけとなる。

 と、曽我が光秋に怪訝な顔を向ける。

 

「ところでワンちゃん、さっきから思ってたんだけど」

「はい?」

「あなた、なんか汗臭くない?」

「えっ?」

 

 唐突な指摘に驚きつつ、光秋は右手首を寄せて臭いを嗅いでみる。

 が、自分で自分の臭いを感じることはできなかった。

 

「いや、まぁ……待機室から走ってきましたからねぇ……」

 

 それでも集合前のことを思い出してそう返すと、今度は桜が言ってくる。

 

「ていうか、模擬戦のあとシャワー浴びたの?服も着替えてなかったし」

「あっ」

 

 その指摘に、光秋は解散してから電話で呼び出されるまで待機室でひたすら今日の反省をしていたことを――つまり体の清潔さを保つようなことを一切していなかったことを思い出し、曽我と桜の言ったことに合点すると同時に、急に気まずくなる。

 

「ちょっと。お詫びと感謝の為に誘ったんでしょ。それは失礼じゃない?」

「曽我さんの言う通りだよ。アタシ等にはシャワー浴びとけって言ってたくせに」

「すみません……」

 

 胸の内の気まずさをことごとく明文化してくる曽我と桜に、ぐうの音も出ない光秋は小さくなる。

 

「いや、でも、終わってからずっと反省を…………」

 

 それでもどうにか弁明しようとするものの、言ってみてどうにも言い訳がましいものを感じ、途中で口を閉じてしまう。

 

「ま、まぁ、それだけ光秋さんが仕事熱心ってことですよね?時間も忘れて私たちのことについて考えてくれて……」

「いや、でもこれはさぁ……」

 

 それを見た菫がどうにか援護を試みようとするが、結局桜に怪訝な顔で一蹴されてしまう。

 

「ありがとな、菫さん」

「い、いえっ!」

 

 もっとも光秋にとっては、その程度のことでも充分ありがたいことであり、礼を言うと沈みがちだった菫の表情も途端に晴れ晴れとしたものになる。

 

「ちぇっ。優等生」

 

 それと反比例するように、桜の顔色は曇る。

 

「まぁでも、桜さんと曽我さんが言う通り、これは僕のミスですね。失礼しました」

 

 そして一連のやり取りで悪いと感じた光秋は、一同に深く頭を下げる。

 そうしている間に料理ができたらしい。先程頼んだ物が順次運ばれてくる。

 光秋と菫の許にはカルボナーラが、桜と曽我にはステーキセットが、北大路にはオムレツセットが、それぞれ飲み物と合わせて置かれ、食事の準備が整ったのを見届けた光秋は、一同を見回しながら姿勢を正して告げる。

 

「えー改めまして、本日は、曽我さんには先日の事故のお詫び、桜さんたちには感謝の為の食事会に集まっていただき、ありがとうございます。と言いつつ、さっきまた失敗を指摘されましたが……まぁそれはそうと、今日は好きなだけ食べて飲んでいってください」

 

 そこで一旦言葉を切り、ジンジャーエールが注がれたグラスを手に取る。

 他の4人もそれに倣ったのを見ると、光秋は多少周囲に配慮しつつも、活気の籠った声で告げる。

 

「それでは、お詫び兼感謝の食事会を開催します。乾杯ッ!」

「「「カンパーイッ!」」」

「……」

 

 曽我と桜、菫が応じ、北大路も無言ながらグラスを合わせると、各々自分の頼んだ料理に口を付ける。

 

―うん。疲れた体に、このこってりとした味はいいな―

 

 ひと巻きしたカルボナーラに内心で舌鼓を打ちながら、光秋は4人の様子を窺う。

 桜と曽我は切り分けたステーキをいかにも美味しそうな表情で食べ、北大路も仏頂面を僅かにほころばせてオムレツを堪能している。

 

―みんな満足してくれるようだな。菫さん……もなっ―

 

 思いつつ視線を動かすと、先程は消極的な様子だった菫も嬉しそうにカルボナーラを食べているのを見て、光秋自身も気持ちが満たされるのを感じる。

 

「さっきも言ったけど、遠慮せずどんどん食べて。今日は財布が(から)になる覚悟で来てるからな」

「言ったなッ?じゃあアタシ、これが終わったらアイス追加!あとオレンジジュースおかわり!」

「ワタシも、ケーキでも頼もうかしら?それとカシスソーダ追加」

「その意気ですよ、お二人とも!」

 

 自分の宣言に本当に遠慮なく応じる桜と曽我に、光秋は呼び鈴を押しながら多少のヤケクソも含めて返した。

 

 

 

 

 料理を食べ、飲み物を次々とおかわりし、各々デザートも平らげると、一行は満腹感に満たされて店を後にする。

 

―いやはや、こうまでとは……でもま、みんな喜んでくれたようでよかったかな?―

 

 来店前に比べてずっと軽くなった財布に一人戦慄する一方、そうまでして作った今の少女たちの表情に、光秋も腹以上に胸が満たされる感覚を抱く。

 

―少なくとも、お詫び兼感謝は成功ってことか―

 

 当初の目的が満たされたことに安堵していると、曽我が肩に腕を回してくる。普段は色白な顔が、今日はアルコールを多く摂ったためにやや赤くなっていた。

 

「よーしワンちゃん、二次会行こう!二次会!」

「に、二次会、ですか……?」

 

 もっとも、酔いの度合いは見た目以上らしい。普段あまり見ない高揚した様子と多少怪しい足取りに、光秋は妙な緊張を覚える。

 

「そうそう!飲み直すわよぉ!!」

 

 言いながら、曽我は光秋に身を寄せてくる。

 

「っ……」

 

 それによって押し当てられてくる胸の感触と、間近で発せられるアルコールを含んだ独特の口臭に、光秋は腕を回された時はまた異なる緊張を抱く。

 

―曽我さん、当たってる。当たってますよ……にしても、酒臭さを含んだ口の匂いって、なんか…………―

 

 同時に、気を抜けばそのまま溺れかねない怪しい誘惑を感じ、光秋自身妙な昂りを覚える。

 

―い、いや待て光秋!早まるな!こんな様子を綾にでも知られたら――感知されたらまた何て言われるかっ!―

 

 思いつつ、奈落の底の様な目でこちらを見据える綾の顔を強く思い浮かべ、3月の夜のそれとはまた異なる寒気を多少覚えながら自分を抑える。

 と、

 

「だからっ、くっつき過ぎだっての!」

「そ、そうです!こんな道の真ん中で!ハ、ハレンチですっ!」

 

目を三角にした桜と菫が間に入り、桜は曽我を、菫は光秋を押して2人を離す。

 

―助かった……のか?―

 

 菫に押されながら、光秋は若干首を傾げながらも曽我から解放されたことにほっとする。

 一方、曽我の方では、

 

「なぁに?小学生がイッチョ前にヤキモチ?もうっ、おませさんっ!」

「ちょっ、やめろ!酒クサッ!」

 

離れていった光秋の代わりに、自分を押してくる桜に絡んでいた。

 

「結局、か……曽我さーん。いい加減にしてくださいよ……」

「バッカみたい……」

 

 その様子に嘆息したのも束の間、離れた所で北大路が呆れるのを意識の端に聞きながら、光秋は曽我を抑えに向かった。

 

 

 

 

 少しして曽我をどうにか抑え込むと、光秋は車道を見渡し、タクシーがやって来るのを見ると手を挙げる。

 

―このままこの状態の曽我さんといたら、どうなるかわからんからな。ここは多少出資してでも、真っ直ぐ家に帰ってもらおう―

 

 思いつつ、目の前で停まったタクシーの後部席に曽我を押し込める様に座らせ、手に紙幣を握らせる。

 

「これで家に真っ直ぐ帰ってください。家の場所は言えますね?」

「えー?付き合い悪いわねー……」

 

 口を尖らせながらも、曽我は運転手に行き先を告げ、光秋が車内から身を引くとドアを閉めたタクシーは走り出す。

 

「大丈夫かな?曽我さん」

「まぁ、一応運転手さんも付いてるし、なによりあのままぶらぶらされてもな……」

 

 遠くなっていくタクシーを見ながら呟く桜に、光秋は不安を拭い切れない声で応じる。

 

「それはそうと、僕等も帰ろう。寮まで送るよ」

 

 3人を見回しながら言うと、光秋は桜たちの寮へ歩き出す。

 

 

 

 

「じゃあ、また。今後もこんな機会あると思うから、引き続きよろしく。次以降はもっと環境整えておくよ」

 

 しばらく歩いて寮の前に着くと、光秋は敷地に入る手前で少女3人にそう告げ、そのまま駅へ向かおうとする。

 と、

 

「あ、あのっ、光秋さん!」

「?」

 

菫の呼びかけに足を止め、3人の方を振り向く。

 

「その……こちらこそ、引き続き私たちの主任、よろしくお願いしますっ!」

「負けっぱなしは嫌だかんね。あんたが担当の間に1回くらいドーンと見返してやるんだから!」

「……あぁ。よろしく頼むよッ」

 

 深々と頭を下げる菫と、やる気満々の桜、それぞれに心強さを感じた光秋は、頬を緩めながらそれに応える。

 

「あ、あと、そのー…………おやすみなさい」

「おやすみ!」

「……おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 菫と桜、北大路、それぞれの挨拶に応じると、光秋は改めて駅へ向かう。

 

―まっ、あの子たちとの距離を多少詰められただけでも、収穫かな?―

 

 食後とはまた違う満足感を抱きつつ、口元に笑みを浮かべて。

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