電話を終えて5分後、事前連絡に沿って校門前で待機していた光秋と北大路は、テレポートで駆け付けた菫と桜と合流する。
「犯人見付かったの?」
「あぁ。本郷さんも応援を呼んでくれたが、到着まで少し掛かるらしい。僕等はこれから先行して追跡する」
桜の問いに応じつつ、光秋は傍らで固く目を閉じて犯人の外履きをサイコメトリーしている北大路を見やる。
「どうだ。わかったか?」
「流石、ほぼ毎日必ず身に着けるだけのことはあります。あの人の名前は『
言うや北大路は地面に左手を触れ、右手に持った靴と合わせて意識を集中する。
「こっちです!」
数瞬して告げると同時に駆け出し、光秋たちもそれに続く。
―たかが靴から名前や最近の行動、あまつさえ現在位置まで探知するか……北大路さんの高レベルありきなんだろうが、勢いに乗ったサイコメトラーは情報戦じゃ無敵だな―
迷うことなく走り続ける北大路を追いながら、光秋はその背中に感心を抱く。
「相手との距離、結構あるか?」
「いいえ。そんなに遠くには行っていません。さっき感じた時は、民家の塀の陰に隠れてるようでした」
「なら、近付いたら……その民家が近くなったら教えてくれ」
応じた北大路にそう指示すると、光秋は桜と菫もちゃんとついて来ていることを確認しつつ駆け続ける。
大通りから細い道に入り、住宅の合間を走ることしばし。何度目かの角を曲がったところで、北大路が前方に建つ一軒家を指さす。
「あそこですっ。犯人が隠れ――」
「よし。全員止まれっ」
興奮しているのか、いつもよりやや声が大きい北大路の言葉を遮って、光秋は足を止めながら少女たちに告げる。
「なんだよっ!このまま一気に――っ!?」
「静かにッ!」
不満そうに声を荒げる桜の口を慌てて手で塞ぎながら、光秋は北大路と菫にも視線で声を潜めるよう促す。
「北大路さん、もう一度犯人がここにいるか確認してくれ。できれば今の心境も含めて」
「心境?」
「慌ててるとか怖がってるとか、これからどう動こうとしてるかとか、とにかく考えてることを可能な限り」
「……わかりました」
双方声の大きさに注意しつつ、応じた北大路は再び地面に触れ、意識を集中させる。
「…………今もちゃんといます。すごく焦ってるみたいです。『どうしよう?どうしよう?』って」
「僕等には気付いてる?」
「いいえ。それはないみたいです」
「ありがとう……」
報告に礼を返すと、民家の敷地の奥、ここからでは家や塀に隠れて見えない犯人の追い詰められた様子を幻視しながら思案する。
―窮鼠猫を嚙むというか、ここは警察の応援が来るまで待った方がいいか?さっきは逃げることを優先したから『壁に当たって痛い!』程度で済んだかもしれんが、極限状態の中で攻めたら、今度は同士討ちさせられる可能性も…………―
先程の鼻の痛みを思い出しつつ、緊張感を浮かべた菫と北大路、何故か顔を赤くして口周りを撫でている桜の3人を見た光秋は、袖の下の肌を薄っすら粟立たせる。
その時、
「おうおう!そこにいんだろう?催眠能力者の殺人鬼さんよ!?」
「!?」
こちらの心境などまるで無視した怒声が民家の陰の通りから響き渡り、心臓を跳ね上げた光秋はすぐに声のした辺りに目を凝らす。
「おい、黙ってねぇで何か言ったらどうだ?」
「…………ここで待っててくれ」
小声で少女たちに断りを入れると、なおも続く怒声の元を探ろうと忍び足で近付き、曲がり角の陰からそっと顔を出す。
―…………若い?学生か?―
そこにいたのは、いずれも着崩した服装に派手な色、奇抜な編み方の髪をした3人の男性だった。
怒声の主はその内の中央に立つ癖毛の茶髪のようだ。
「やり過ごそうったって無駄だぞ。こっちはオメェが学校から逃げてきたところからバッチリ追跡してんだからな。ウチの千里眼舐めんじゃねぇぞ」
言いながら、癖毛は右隣りに立つ左頬に縦一の字の古傷がある金髪を指さす。
刹那、癖毛が手をかざしたのと、光秋が物陰から出していた顔を引っ込めた――どころか、その場から後ろに飛び退いたのはほぼ同時だった。
「!!…………」
明らかに念力によるものだろう。一瞬前まで自分の上半身があった辺りのコンクリート塀が踏まれたクッキーの様に粉々に砕け崩れる光景に、背筋を冷たい汗が伝う。
「当然、さっきからそこでこそこそしてるESO野郎共のことも知ってんだよ!」
「バレてたかっ」
不機嫌極まりない癖毛の言葉に、光秋は少女たちの許に駆け戻りながら悔しさを漏らす。
同時に、
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
塀の陰から先程の男子生徒が悲鳴を上げながら駆け出て、脇目も降らず少女たちの横を全力疾走していく。
「!この野郎っ!」
咄嗟のことに反応が遅れたことを悔やむ様に、桜が慌ててその背中に手をかざす。
が、
「桜さん、後ろ!」
「!?」
様子見に背後を振り向くや1階の屋根くらいの高さに浮かんで右手をかざしている癖毛を見た光秋の反射的な叫びに、桜も咄嗟に振り返って犯人に放つはずだった念力を癖毛に向けて放つ。
当たる直前に癖毛は右に避けるものの、放たれた念力は犯人の進む先にあった電柱を掠り、中程に深く抉った痕を刻む。
―催眠魔の方も気になるが……―
その光景に少女たちの許に合流した光秋は、振り返って曲がり角から出てきた3人に制す声を投げ掛ける。
「こちらはESO、特務部隊の者です。どういうつもりか知らないが、すぐに引き上げなさい。これ以上やるというのなら、公務執行妨害と器物損壊で逮捕するぞ」
険しい目を向けた光秋の忠告に、しかしリーダー格らしき癖毛は臆することなく応じる。
「へっ。逮捕上等だよ。こちとらルール無用のZCだ!」
「…………はっ?」
出し抜けに告げられたことが束の間理解できずに思わず唖然としていると、癖毛は左隣の男性に目配せする。
「おい」
「了解っ」
「?――!?」
それに男性が微笑を浮かべながら応じた直後、3人の背後にヘラクレスとイピクレス、そして先日の工場地帯で戦った巨大な3本爪の左腕を備えたヘラクレス――爪付きがテレポートで現れ、特に爪付きの出現に光秋は驚愕する。
「コイツ、この前の……!?」
そう溢す間にも、3人はそれぞれ機体に乗り込み、起動した3機が次々と頭部の単眼に光を灯していく。
「!柏崎さん!念壁!しばらくバリケード頼む!」
「オウッ!」
それを見るや光秋は桜に指示を飛ばし、同時に懐から出したカプセルを後ろに向けてニコイチを出現させる。
(!テメェが白い犬だと!?)
向こうも思わぬ物の登場に困惑したらしい。スピーカーが漏れた声を意識の隅に聞きながら、光秋はリフトを伝ってコクピットに上り、認証を済ませるや跪いていたニコイチを直立させる。
(野郎ッ!)
直後にイピクレスが両手保持したマシンガンを撃ってくるが、ニコイチは前に出した両腕で迫る弾丸を全て弾く。
が、光秋の目は弾かれた弾、あるいは吐き出された薬莢があらぬ所へ飛んで周囲の民家や塀、道路を傷付ける光景を捉える。
―不味い。このままじゃ被害が拡大する。このまま取り押さえ――否、下手に迫れば相手は逃げて余計に激しく攻撃してくる。となると…………―
逡巡しつつニコイチの足元に目をやると、少女たち3人が脚の陰に隠れているのを見付ける。
「柏崎さん!念力で相手の弾倉を抜け!」
(!了解!)
外部スピーカーに叫ぶや、応じた桜はイピクレスの持つマシンガンに手をかざし、掲げていたその手を一気に下す。
その動きに合わせる様に刺さっていた弾倉は地面に落ち、間髪入れずに光秋はニコイチを突進させる。
「!」
勢いよく入った左肩はイピクレスの胸部装甲板を凹ませ。そのまま後ろに倒れようとする機体の頭部を掴むや再度桜に告げる。
「柏崎さん、コイツの手足を潰せ。マシンガンも」
(了解!)
応じると同時に桜はイピクレスに手をかざし、その手足とマシンガンが不可視の力によってアルミ缶の様に押し潰されていく。
「あとの2機は……!?」
それを見てイピクレスを無力化したと判断するや、光秋は周囲を見回して爪付きとヘラクレスを探す。
瞬間、背後から強烈な悪寒が襲う。
「!」
(やっぱ白い犬だな!もう1機撃墜かよ!!)
脊髄反射で振り返るや爪付きの左腕が3本爪を閉じた状態で撃ち込まれ、胸部に届く寸前に両手で受け止めるや癖毛の興奮した声が響く。
「…………もう1機は?ヘラクレスはどうした!?」
辺りを見回して他に機影がないのを確認するや、光秋はモニターに映る爪付き、その中に収まる癖毛に鋭い視線を向けながら問う。
(あ?んなもん催眠魔追わせたに決まってんだろう。俺らはもともとその為に来たんだからよ。ま、俺は予定を変更して、タナボタで会ったお前と再戦させてもらうことに――)
「北大路さん!すぐに犯人の居場所を再確認。柿崎さんと柏崎さんと一緒に後を追え!身柄を確保しろ!」
(りょ、了解!)
癖毛の返答を聞くや光秋は足元の少女たちに叫び、北大路が路上を触るや3人はテレポートでその場から消える。
直後、癖毛の怒声が響く。
(オイッ!人の話は最後まで聞けよッ!!)
怒りを表す様に3本爪に設けられた推進器が激しく火を噴き、一杯に開いた爪が大蛇の口の様に迫ってくる。
「ッ!!…………」
それを両手で押さえ付けてどうにか前進を防ぐ一方、光秋の脳裏には先日この爪に捕らえられて振り回された時の記憶が過る。
―この爪自体はニコイチを切り裂くことはできない。でも、掴んで振り回して、
他人の家の塀を平気で壊し、一歩間違えれば電柱が倒壊する惨事になったにも関わらず、それに対して平然としていた搭乗前の癖毛。その様子に、この男はメガボディ戦においても周囲の被害など一切考慮しないという確信と、それ故の恐怖を覚えた光秋は、少しでも気を抜けば今にも自分を捕えそうな大爪を見据えながら思考を巡らせる。
その時、3本爪を進ませる上下の推進器が目に入る。
「……やるかっ!」
一瞬の思考の後に断じると、光秋は地面を蹴って爪付きの頭上に回り込む。
―今っ!―
(なッ!?)
爪付きの真上に差し掛かると同時にNクラフトを作動させ、3本爪を起点に空中で一回転してその射線から逃れる。そしてそれまで拮抗していた力を失った3本爪は遠慮なく空へ上昇し、あっという間に伸び切ったケーブルで繋がった爪付き本体も引っ張られて瞬く間に小さくなっていく。
「さて、アレはアレで心配だが……今は犯人確保……北大路さんたちが……」
着地と同時に爪付きが離れていったのを確認するや、光秋は住宅街がある程度一望できる高さまで上がって少女たちの姿を探す。
その脳裏には、少女たち同様に犯人を追っていったヘラクレスの姿がちらついていた。
「あそこか――!!」
そんな光秋の意思を拾ってモニターの左側に矢印が表示さるが、同時にそれが指し示す辺りのすぐ上空にマシンガンを構えたヘラクレスを捉える。
「待てぇっ!!」
叫ぶと同時にペダルを踏み込んで一気にその射線上に躍り出るや、連射される弾丸を左腕で受け流しながら距離を詰め、胸部に平手にした右手を叩き込む。
「柏崎さん!」
(オウ!)
それでヘラクレスが束の間前後不覚に陥るや、光秋の呼び掛けに応じた桜が右手をかざし、ヘラクレスの手足とマシンガンを押し潰していく。
(クソッ!)
手足と武器を失った自機に唾棄しつつ、胸部を若干歪ませたヘラクレスは背部推進器の力も借りてニコイチから距離をとっていく。
直後、光秋の脳天を貫く様な鋭い悪寒が上から迫る。
「!」
(さっきは舐めたマネしてくれたなワン公ッ!!)
見上げると同時に癖毛が激昂の声を上げながら3本爪を発射し、足元の桜たちを視界の端に見た光秋はその場に滞空して大口を開いたソレを正面から受け止める。
「柏崎さんッ!」
(わかってるちゅぅのっ!)
反射的に下を見ながら叫んだ光秋に心得た様子で応じながら、一気にケーブルの中程まで上昇した桜は右手に構えた手刀で
「はぁっ!」
直後に推進器が止まった3本爪のケーブルを両手で掴むと、光秋は上昇しながらその先端を本体たる爪付きに振り上げる。
(アァァァ!!)
その攻撃自体は念壁によって防がれたものの、3本爪以外に武器を持っていなかった爪付きは癖毛の怒声を伴って上昇し、追い付いたヘラクレスと共にテレポートでその場から消える。
「撤退したか……」
ひとまずの脅威が去ったことに安堵したのも一瞬、すぐに通信機を左耳に着け、本郷に連絡をとる。
「本郷さん?加藤です。聞こえますか?」
(あぁ。随分派手にやってるようだな。まさかZCが乱入してくるとは)
本郷が何処にいるかはわからないが、少なくとも向こうも今の騒動を把握しているらしい。通信機から聞こえてくる声に、光秋は本郷が渋顔を浮かべている様子を想像する。
「一応、2機は撤退、さっと見た限り周囲にも大きな被害はありませんでした。もちろん、後でちゃんと調べてもらう必要はあるでしょうが……あっ、そうだ。あのイピクレス!」
本郷への報告を続ける中、光秋は倒して以降失念していたイピクレスのパイロットのことを思い出し、慌てて先程の場所へ戻る。
(ちょ!どうしたんだよ?)
(こうしゅ――加藤主任?)
その後ろを、桜の念力で浮かんだ少女3人が戸惑いながらついていく。
「コクピットは……」
その間にも仰向けに倒れたイピクレスの許に着くと、光秋は胸部を中心とした拡大映像を見据える。
と、内部に向かって浅く凹んでいた胸部の裏から金属を叩き付けた様な大きな音が響いたかと思うと、直後に歪んだハッチが重々しく押し上げられ、中から左頬に古傷がある金髪の男性が這い出てくる。
(ぜぇー、ぜぇー……!白い犬――てかソレ、
「ミナミ……?」
ニコイチ、というよりもその手元を見て驚愕する古傷に、光秋もその視線を追ってみると、先程拾った3本爪が持ちっぱなしになっていることに気付く。
―いっけね……というか、あの人『ミナミ』っていうのか……―
先の戦闘で初遭遇して以降、その独特のデザインから印象に残っていた爪付き。その乗り手を直に見、間接的にではあるが名前を知ったことに、つい感慨を抱いてしまう。
と、古傷は恐怖と怒りが混ざった顔で訊いてくる。
(テメェ、南さんを
「……この腕を付けてたヘラクレスなら、さっきもう1機と撤退しました。この場にいるZCはもう貴方だけですよ」
それに対して威圧感を意識した声で答えると、古傷は糸が切れた様にハッチの
(嘘だろう……?南さんっ!俺を置いて行くのか!?デビルズの頃からずっと一緒に暴れ回ってた俺を!!俺を見捨てるのか…………)
「…………」
すぐ近くに敵対者がいるのも忘れて泣き崩れる古傷の姿に、光秋はつい胸の辺りに疼きを感じてしまう。
(おーい?どうなった?)
「!すみませんっ」
思い出したように通信機から響いた本郷の声に気を取り直すと、古傷に改めて観察の目を向ける。
「残りの1機ですが、機体は大破、パイロットも戦意喪失している模様です。これから拘束します」
(いや、それはこっちでやろう)
「?……!」
思わぬ返答に首を傾げたのも一瞬、機体越しに徐々に大きくなっていくサイレンの音を聞き、さらによく聞けば通信機の向こう側からも同じ音が響いているのに気付く。
いくらも経たない内に数台のパトカーが駆け付け、その先頭の黒い車――今は屋根に赤ランプを載せた覆面パトカーから本郷が現れ、周囲を見回すと、制服警官2人と共に未だすすり泣いている古傷の許へ歩み寄る。
「柏崎さん、念の為警戒を。あの人、たぶん念力持ちでもある。さっきコクピットの中から聞こえた音、念力でハッチの周りを壊した音だろう。いつでも相手を押さえ込めるようにして」
(了解)
先程の光景を思い出して危惧を感じた光秋はすぐに指示を出し、傍らに浮かぶ桜が古傷に向けて右手をかざす。
しかし実際にはこれといった騒ぎも起こらず、すでに泣くのもやめて茫然自失となった古傷はされるがままに手錠を掛けられ、両脇を警官2人に掴まれてパトカーの1台に乗せられて連行されていく。
「ふぅ……」
危惧が杞憂に終わったことに安堵したのも一瞬、イピクレスの残骸の横に立つ本郷がこちらを見上げながら言ってくる。
(とりあえず、そのデカいのから降りてきてくれ。状況を確認したい)
「!はいっ」
応じると、光秋はニコイチを本郷の許に着地させ、持ちっぱなしだった3本爪をイピクレスのそばに置いて、リフトで路上に降りて駆け寄る。
「随分派手な乱入者が来たもんだな。俺たちが来る前に何があった?」
「はい、それが……」
傍らのイピクレスの眺めながら問う本郷に、光秋は犯人追跡を開始してからの一部始終を語る。
「……犯人が隠れてる所にいきなり来たってわけか?」
「はい。その上でこちらまで攻撃して、あまつさえメガボディまで……そもそもよく考えたら、超能力者至上主義を掲げるZCが、何で超能力者に攻撃なんて……」
確認する本郷に返しつつ、不意に浮かんだ疑問を呟く。
「それについては、あちらさんが何を話してくれるかだな」
それに応じながら、本郷は古傷を乗せたパトカーが走り去っていった方を見やる。おそらくは署に着き次第取り調べが開始され、今回のことも含め、ZC関係のさまざまなことを追及されるのだろう。
「まぁZCと、ここの片付けは他の奴らに任せるとして、俺たちは当初の仕事を続行するとしよう」
「……そうですね。北大路さん、まだ犯人の場所わかるか?」
「少し待ってください」
未だミナミ一行の行動が気になるものの、本郷の一言に気持ちを切り替えると、光秋は北大路に問い掛け、再び上履きを用いたサイコメトリーが行われる。
「…………こっちです」
「待て」
ややあって駈け出そうとした北大路を声で止めると、本郷は自分の車を指さす。
「俺の車で行こう。道はわかるな?」
「はい」
問い掛けにすぐに頷くと、北大路は車に駆け、光秋に促されて桜と菫もそれに続く。
「お前もそのデカいの何とかして乗れよ」
「あ、はい」
本郷に言われてニコイチをカプセルに戻すと、光秋も後部席に乗り込む。
「まずこの先を真っ直ぐ、しばらくしたら左に」
「ん」
助手席の北大路の誘導に頷くと、本郷は車を走らせる。
「……あぁそういえば、3人ともケガないか?さっきヘラクレスに狙われてたけど」
腰を落ち着けて少し余裕ができたのか、自分でも遅い質問と思いながら光秋は少女たちに訊ねる。
「それは大丈夫。アタシならマシンガンくらい余裕で防げたし」
「まぁ、確かにな」
なんでもない様子で答える桜に、その念壁の防御力の高さを知る光秋は納得の頷きを返す。
「ただ、あのヘラクレスなんか妙でした」
「というと?」
直後にそう告げた菫に、光秋は視線を向けながら訊き返す。
「私たち、菊のサイコメトリーした地点に直接跳んで、すぐに犯人見付けたんです」
「うん」
「そのすぐ後にヘラクレスもやって来て、最初は犯人にマシンガン向けてたんですけど、何故か私たちの方を撃ち出して」
「…………」
菫の言った状況を一度頭の中に思い浮かべて整理すると、光秋は気になったことを訊いていく。
「確認するけど、誤射ってわけじゃないのか?君たちが犯人の近くにいて、砲口がちょっとブレたとか」
「そんなんじゃないよ。アタシたちそこそこ……だいたい10メートルくらい離れたとこにいたし、ソイツ最初は犯人に向けてたマシンガンを、直前になってアタシらに向け直して撃ってきたんだし。そのあともしつっこく追い回してさ。光秋が来たのは、ちょうど弾倉交換した時だね」
「今は『加藤主任』な……結果、その対応に手一杯になって、犯人を見失ったと?」
「ま、まぁ……そう、だけどさ…………」
さらに問いを重ねると、補足説明をしてくれた桜は気まずそうに渋々と頷く。
その様子を意識の端に捉えながら、光秋の脳裏には学校で犯人を追いかけ始めた時のことが浮かんでいた。
―確かあの時は、まず僕が催眠をかけられて壁にぶつけられ、次に北大路さんがかけられたっけ――
多少粗い推測であること自覚しつつも、光秋の中に一つの予感が生まれようとしていた矢先、北大路が若干緊張した声で呟く。
「そろそろです」
それから1分を経たずに車は細い道の途中で停車し、すぐに降りた北大路は改めて地面に手を着ける。
「最後に感じたのはこの辺りなんだけど…………」
言いながら確認のサイコメトリーを続ける間にも、その表情は目に見えて曇ってくる。
「…………どうした?」
その様子に、光秋は嫌な予感を覚えながらも窓を開けて訊ねると、北大路は助手席に戻って光秋に手を差し出してくる。
「さっきのルーズリーフまだありましたよね。あとボールペン」
「あぁ……」
言われて光秋は車内に残していたそれらを渡し、受け取った北大路は紙の上にボールペンを走らせていく。
「結論から言います。犯人が人質をとりました」
「「「!!」」」
手を休めることなく告げられた情報に、光秋をはじめ、車内の一同に動揺が走る。
「場所はこの先の一軒家。配置はこんな感じです」
言いながら、北大路はおおよその間取りが描かれた紙を一同に見せ、特に広い空間に描かれた3つの丸をペンで示す。丸にはそれぞれ「犯人」、「女性」、「赤ん坊」と書かれ、いずれも殆ど密着するくらい近くに固まっている。
「…………旦那が留守にしている家に押し入り、奥さんと子供を人質にした……といったところか?」
「人質の素性までは調べる時間がなかったのでわかりませんけど、おそらく」
どこか忌々しげに紙を見つめる本郷の確認に、北大路は淡々と応じる。
直後、
「クソッタレがッ!」
「「「!?」」」
声を荒げると同時に本郷はハンドルに拳を振り下ろし、その形相に光秋と桜、菫は思わず震え上がる。
「…………本郷さん、とりあえず落ち着いて……今は犯人逮捕――以上に、人質の解放を考えないと」
それでも本郷の怒りは収まる気配はなく、初めて見る本郷の激しい一面に慄きながらも、光秋は今言うべきことを言う。
「…………そうだな。すまない、取り乱して……」
それで本郷も気を取り直したらしい。表情からは激しい怒りは消え、代わりに鋭い眼光を伴った真剣さが浮かぶ。
「……それでは、まず現状を整理しましょう。僕等が追っているのは強力な催眠能力者、今は民家内で親子2人を人質にとり、北大路さんの図解に従えば2人とも犯人のすぐ近くにいる。現状の優先事項は、第一に人質2人の救出、第二に犯人の身柄確保。こちらの手札は、柏崎さんの念力、柿崎さんのテレポート、北大路さんのサイコメトリー……と、こんなところでしょうか?」
光秋自身、人質の存在を知ってからざわついている心境を落ち着けることも兼ねて噛み砕いた説明を述べると、桜が首を傾げてくる。
「光秋のニコイチは?」
「加藤主任な。アレは目立つというか、10メートルの巨人が見下ろすのは威圧的だ。ただでさえ犯人も追い詰められて焦ってるし、今回のようなデリケートな仕事には出さない方がいい」
「よしんばあんなデカブツ出したとしても、犯人の手が届く範囲に人質がいたらどうしようもないしな」
光秋の返答に補足しつつ、本郷は自分の懐に手を当てる。
「手札といえば、俺は拳銃を持ってきた。それと車のトランクに携帯用のEジャマーとショットガンが入ってるぞ」
「ショットガン……ですか?」
思わぬ情報に、光秋は車体後部へ顔を向ける。
「研修で習わなかったか?州にもよるが、日本の警察では事件に超能力者の関与が認められた場合、相手の能力やレベルに関わらず、俺みたいな刑事でも使用許可が下りるんだぞ?」
「それは聴いた……気がします」
若干注意するように説明する本郷に、光秋は気まずさを覚えながら頷く。実際のところ、試験以降制度に関する記憶はかなり怪しく、今言った本郷の説明も含めて、「超能力者に対して強権的」という印象を抱くのが精一杯だ。
「もっともデカブツと同じで、今はコイツも迂闊に出せないだろうが……応援を呼んでも結局な……下手に近づいても催眠の餌食だし、大勢で迫って刺激すればその分人質が何をされるか…………」
「あの、一つ気になることが」
腕を組んで悩む本郷に、光秋は移動中に抱いた予感を語る。
「今回の犯人ですが、催眠能力って一度にどれくらいの人数に効くんでしょう?」
「…………どういうことだ?」
光秋の言葉を噛み締める様にしばし
「約半年分の事件の内容とか、さっき追いかけて実際に催眠をかけられた時に感じたんですが、もしかしてこの犯人、1人にしか能力使えないんじゃ……?」
刹那、本郷は我が意を得たとばかりに清々しい笑みを浮かべる。
「お前、結構見込みあるなっ」
「……ありがとうございます」
自身半信半疑だったことを明確に褒められて、光秋は若干戸惑いながらも頭を下げる。
「え?じゃあなに?みんなで囲んで一気にやればいいってこと?」
「人質がいなければな」
「あ、そうか……」
桜の発言に指摘を入れつつ、本郷は再び思案顔を浮かべる。
「…………よし。これで行こう」
「?」
そうして何か思いついた様子を見せると、光秋は顔を寄せて本郷の提案に耳を傾ける。
数分後。本郷の提案に従って準備を終えた光秋は、作戦開始前の不安を持て余していた。
―大丈夫かなぁ…………?―
「情けない顔すんなよ。しっかりしろよな」
「…………だな」
自分で思っている以上に顔に出ていたらしい。傍らの桜の指摘に、なけなしの強がりで応じる。
「桜さんも、打ち合わせ通りにな。頭に血が上って勝手なことするなよ?」
「しねーよっ」
これまでの短い付き合いの中で抱いた危惧もあるが、若干の対抗意識も手伝ってそう釘を刺すと、桜はふくれっ面を浮かべる。
そんなやり取りに区切りがつくのを見計らったかのように、運転席の本郷が直前まで指示を吹き込んでいた車載通信機のマイクを置きながら声を掛ける。
「そろそろ行くぞ」
「はいっ」
言われてやや硬い声で応じると、光秋は車の後部席から降り、本郷の後に続いて車から少し離れた辺りに移動する。
その際、本郷が両手でしっかりと持ったショットガンが視界の隅にちらつき、ただでさえ高まっている不安がさらに増えていく感覚を覚える。
「っ……」
この後のことを考え、それ以上に強張る体を少しでもほぐそうと両腕を軽く回すと、所定の位置で立ち止まる。
―……さてっ、行くか!―
胸の内に喝を入れてどうにか不安を押しやると、光秋は車の近くに控える菫に指示を出す。
「やってくれ」
「はいっ」
聞きようによっては光秋以上に硬い声で応じると、菫は離れた位置に佇む光秋と本郷を注視する。
直後、光秋はそれまで立っていた屋外の路上から、畳の敷かれた八畳間に跳んでいた。
―相変わらず、この感覚慣れないな―
瞬く間に全く違う景色の中に移動するテレポート独特の感覚に酔いにも似たものを感じそうになったのも一瞬、周囲に瞬時に目を走らせ、本郷も共にいること、脚の短いテーブルを挟んだ向かいに1才にも満たないであろう赤ん坊を抱いた若い女性が座っていること、そしてその後ろに中腰の犯人が驚愕の表情でこちらを凝視していることを確認する。
「ESOの者です!」
「こっちは警察だ。すぐにその親子を開放しろ!」
一連の状況――殆どが事前に北大路がサイコメトリーした通りだった――を把握すると、光秋は両手を構えながら威嚇の声を出し、本郷もショットガンの銃口を犯人の頭に合わせながら押し殺した怒りの声で告げる。
「な、なんだよお前ら!こ、コレが見えないのかっ!」
それに対して犯人は震えた声を上げながら、女性の背中に当てていた包丁を示す。
「そ、それにな、僕は……僕はこんなことだってっ!!」
叫ぶや、犯人は本郷に目線を合わせる。
「っ!?」
「本郷さ――!」
直後に石像の様に硬直したのも束の間、本郷はそれまで犯人に向けていたショットガンの銃身を両手で掴み、その銃床を光秋目掛けて振り下ろしてくる。
―本郷さんがやられたか!―
その様子、特に先程まで犯人に向けていた怒りの目をこちらに向けてくる姿に、催眠をかけられたと察した光秋は咄嗟に後ろに下がって紙一重で銃床をかわす。
が、
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
「ッ……!!」
怒声を上げながら本郷はショットガンの打撃を続け、それらをギリギリでかわし続ける光秋はあっという間に壁際へ追い詰められていく。
そして、その光景に不安と恐怖を押し退けて勝利の笑みを浮かべる犯人の顔が視界の隅に入る。
それは、犯人の注意がこちらに向いていることの証だった。
「今だっ!!」
「オォウッ!!」
思うや光秋は声の限りに叫び、応答と同時に桜が天井を突き破って犯人の背後に着地する。
「!?――痛っ!」
思わぬ所からの乱入者に犯人は狼狽しつつも振り返ろうとするが、殆ど動かない内に苦悶の表情を浮かべ、持っていた包丁を落としてしまう。
「――!?」
それに合わせて本郷もショットガンを振り回すのをやめ、怒りと入れ替わりに自分の置かれた状況に戸惑った顔を浮かべ、その横を光秋は親子の許へ駆けていく。
「こちらに。北大路さん!」
「わかってます」
親子を犯人から離しながら落ちている包丁を拾い、同時に天井に呼び掛けると、先程桜が空けた穴から北大路の声が返ってくる。
数秒後、犯人は苦痛の表情をいくらか和らげ、それを合図に光秋は数歩分の間を開けた距離まで歩み寄り、強い語調を意識して告げる。
「Eジャマーを作動させました。お得意の催眠は使えない、人質もいない、そしてこんな大勢に囲まれている。逃走劇もここまでですよ」
言い切るや、そっと身構えながら犯人の出方を窺う。
と、
「……僕は……僕は……凄いんだ。凄いのに…………っ」
誰に言っているわけでもなさそうに弱々しく呟くと、そのまま犯人は泣き崩れてその場に両手を着いた。
と、催眠後の困惑から回復した本郷が犯人の許に歩み寄り、懐から手錠を出す。
「13時43分、逮捕・監禁罪の現行犯で逮捕」
腕時計を一見しながら硬質な声で告げると、犯人の両手首に手錠が掛けられる。
「手錠のEジャマーを作動させた。そっちはもう切っていいぞ」
天井の穴に向かって本郷が声を掛けると、桜が上に手をかざし、穴から携帯用Eジャマーを抱えた北大路と菫が下りてくる。
―とりあえず、目的達成か…………―
同じ部屋に集まった一行と、すっかり戦意喪失した犯人、壁際に佇む未だ表情に恐怖を残しながらも無事な様子の親子をそれぞれ見回して、光秋は胸の中に安堵を漏らす。
「できることなら、こんなデリケートで心臓に悪い役回りは、金輪際ごめんこうむりたいところですが…………」
「バカ言え。特務部隊の主任なんてやってれば、これからもこんな機会はいくらでもあるぞ」
安堵し過ぎてつい口が緩くなったらしい。一連の作戦に対する率直な感想が思わず零れ、即本郷に注意される。
「ですよねぇ…………」
「とりあえず、外見てこい。そろそろ来てるかもしれない」
「はい」
応じると、光秋は作戦前に見た北大路の間取り図の記憶を頼りに玄関へ向かい、外に出るとちょうどやって来たサイレン音も赤ランプも点けていないパトカーに手を振る。タイミングと存在を示そうとしない状況から見て、作戦開始直前に本郷が犯人逮捕の後に備えて要請した応援だ。
民家の前で停車すると、パトカーから警官2人が降りてくる。その内の1人に、光秋は見覚えがあった。
「徳川さん?」
「あ、応援要請したのってお前だったのか」
言いながら、徳川は後部のトランクを開け、その中から携帯用Eジャマーとケースに入っていたショットガンを取り出す。
Eジャマーをもう1人に預け、徳川もショットガンに弾を込めると、2人は門を通って光秋の許に歩み寄る。
「状況は?」
「あ、はい。中で犯人が手錠を掛けられて、本郷さんとウチの特エスたちに見張られてます。親子が人質にとられてましたが、今は解放されて中に控えてもらってます。こっちです」
もう1人の問いに応じながら、光秋は玄関を開けて2人を先程の部屋に案内する。
「こちらです。本郷さん、応援来ました」
部屋の内外それぞれに告げると、光秋の脇を通って警官2人がその場にしゃがみ込んだ犯人に歩み寄っていく。
「あ、昨日の警部補」
「ん?あぁ、加藤の知り合いの。悪いが、こいつを署まで連行してくれ。俺は人質になった親子の様子見と事情説明してから行くから」
2度目の知った顔との遭遇に関心した徳川に要件を告げると、本郷は光秋にも目を向ける。
「加藤もついていけ」
「わかりました……ところで、あの親子は?柏崎さんもいないみたいですけど?」
「あっちの部屋に待機してもらってる。流石にいつまでも犯人と同じ部屋は嫌だろうしな。赤毛の嬢ちゃんにはそっちに着いてもらったんだが……用心に越したことはないな。あの子も連れてけ」
「はい」
応じると、光秋は本郷が指さした隣の部屋へ向かう。
台所らしきその部屋の隅に親子は身を寄せ、それを桜が見守っていた。
「柏崎さん、犯人の連行だ。一緒に来てくれ」
「わかったよ。じゃあなっ」
応じると、桜は親子――というよりも赤ん坊に挨拶して部屋から出てくる。
「……」
「なんだよ?」
「いや。今の、なんかお姉さんぽいなと思ってさ。しっかりしてるじゃないか」
さっきの光景を見て思ったままを答えると、光秋は桜と共に八畳間へ戻る。
と、部屋に着くとあることを思い出す。
「あ。すみません本郷さん、ちょっと柿崎さん使います。用心なら、アレも持って行った方がいいでしょう」
「……そうだな」
「徳川さんたちもすみません。少し待っててください。菫さん、本郷さんの車まで跳ばして」
「はい」
本郷と徳川たちに断りを入れると、光秋は菫とテレポートする。
「…………」
数秒かけてテレポート直後の独特の感覚をやり過ごすと、車の後部ドアを開け、作戦前に座席に置いていったカプセルを取る。
「すみません。私のテレポートじゃソレ運べなくて……」
「菫さんでなくてもだけどな。しょうがないよ、そういうもんなんだから。もっとも、この超能力耐性のおかげでいろいろできるわけだが」
申し訳なさそうに呟く菫に応じながら、光秋はカプセルを胸ポケットに仕舞い、速足で民家へ戻ろうとする。
が、いくらも進まない内に足を止めることになる。
「あいつ等……!」
ほんの2、3分離れている間に、民家の周辺は15人程の人影と1機のイピクレス、そして新しい3本爪を備えた爪付きに囲まれていた。