よろしくお願いします。
104 徳川の誘い
3月9日水曜日午前8時。
出勤して早々に昨日の一件――通称「催眠能力者通り魔事件」の際に起こったZCとの戦闘に関する報告書の提出を指示された光秋は、ルーズリーフと睨めっこをしながらどうにかメモを書き進めていた。
―結局こうなったか……えっと、あぁなった経緯の発端は、犯人がZCの身分を隠して街中でたむろしていたメンバーの1人を殺してしまったこと。その人が爪付きのパイロット――あの南って人の派閥の一員で、他のメンバーがその死に不自然さを感じて自分たちの能力とZCの情報網を駆使し、加藤隊が捜査を開始した頃には僕らさえも遠くから監視して利用し、偶然にも僕らと同じタイミングで犯人を追い詰め、「報復」を行おうとした……か。「復讐」じゃなくて「報復」という辺り、なんとも世知辛いなぁ…………それで、最初は確か…………―
昨夜の小さな不安が現実になったことに頭を掻きながら、警察から提供された拘束されたイピクレスのパイロットの証言を整理し、昨日の記憶を頼りに戦闘の流れを辿って箇条書きを1つ1つ書き加えていく。
その時、机の上の電話が鳴る。
「はい、加藤隊待機室」
(総務部です。外部からお電話がありましたのでお取次ぎします)
「はい……?」
スピーカー越しの女性の声に応じると、数回の電子音が鳴り響く。
―外部?桜さんたちの学校かな?―
相手の心当たりを考えていると電子音は止まり、今度は男性の声が響く。
(あ、ESO東京本部の加藤主任でしょうか?)
「はい?」
応じながら、光秋は未だ「主任」という呼び方に慣れない感じを覚える。
(わたくし、弁護士の坂田と申します)
「弁護士……?」
そうして告げられた全くの予想外の職業に、微かに動揺を抱く。
(実は現在、先日の沿岸工場地区の抗争で逮捕されたZC構成員の
「はぁ……」―サガ……?―
相槌を打ちながら、何処かで聞いたような名前に記憶を探ってみる。
(確か拘束された際、主任に情報提供をしたと聞いているのですが……)
―情報提供……工場地帯の…………―「あぁっ」
言われてようやく、兵員輸送車の中で半べそをかいていた男のことを思い出す。
「あぁ、はいはいっ。それで?」
(その情報提供の件について詳しく伺いたいのです。できれば直接お会いして。なので
「明日ですか……」
言われて手帳を取り出し、明日の予定を確認する。
「わかりました。具体的に何時頃来られますか?」
空白の日付を見るとすぐに話を詰め、まとまると受話器を置いて新しい予定をメモする。
「そっかぁ、あの事件の裁判もうすぐ始まるんだ…………」
感慨深く呟くと、手帳を片付けて報告書の作業に戻る。
―…………昨日の子も、その内裁判受けるのかな?―
箇条書きの手を一瞬休ませると、微かながら共感を抱いていた通り魔事件の犯人の顔が浮かんだ。
午前10時。
書き終えた報告書を提出した光秋は、製作作業で固まった体を伸ばしながら、出てきた足で運動場へ向かっていた。
―このところ、ろくに基本的な練習もできなかったしな。幸い今は時間あるし……あっ―
そこまで考えたところで、桜たちのことが書かれたノートが頭を過る。
―いや、まぁ……昨日のことを振り返って今後の特エス運用に反映させる――つまり反省会もやらなければいけないけど…………僕自身の鍛錬も重要なわけだし、こっちがひと通り済んでからやればいいよなっ―
面倒ごとを後回しにすることへの罪悪感をそう思うことで緩和させると、少し足取りを速める。
以前曽我に案内してもらった時の記憶を頼りに進んでいくと、
「あら、加藤主任」
「曽我さん……」
道中の自動販売機の横のベンチでお茶を飲んでいる曽我本人に遭遇し、応じながら歩み寄る。
「どうしたんです?こんな所で」
「いや、ちょっと体動かそうかと思って……」
曽我の問いに応じながら、光秋は今の曽我の口調がどうしても気になってしまう。未だに馴染まないのだ。
「…………あの、曽我さん。今は二人だけなんですし、別に前の口調でも……」
「そういうわけにもいきません。ワタシは准尉相当で、加藤主任は三尉。せめて勤務時間の間はけじめをつけませんと」
「それは…………まぁ……」―……変なとこで真面目だなぁ―
キッパリと応じる曽我に返す言葉は思い付かず、ある種の感心を抱く一方で、やはり猫を被っている態度はどうにも落ち着かない。
「ところで、曽我さんここでなにを?トレーニングの休憩ですか?」
そんな気分を払いたいのもあって、先程から気になっていたことを問う。
「えぇ、そうです。そろそろ再開しようと思ってたところですけど」
「それなら…………」
その返答を聞いて、光秋は顎を撫でながらしばし考える。
「せっかくだし、また組手の相手してもらえませんか?念力とかどんどん使ってくれていいんで」
「え…………?」
光秋の申し出に、曽我は目に見えて嫌そうな顔を浮かべる。
もっともその理由を知る光秋としては、その点に関して特に指摘することはできなかった。
「この前みたいな事故が起きないように注意しますよ。それこそ、そう何度も“お詫び”をしていちゃ、あっという間に懐が寂しくなりますしね。他方でやっぱり訓練はやっておきたいし、頼めそうな相手が今曽我さんくらいしかいないんですよ。お願いできませんか?」
「…………」
光秋の頼みにしばし沈黙で応じた後、曽我はやや警戒を含んだ目を向けてくる。
「
「注意します。曽我さんこそ、念力の出力間違えて僕の骨折らないでくださいね?」
「それこそ大丈夫です。ワタシ、コントロールには人一倍自信ありますからっ」
言いながら曽我は飲み終えたペットボトルを宙に放り、それはかざした手の動きに合わせて少し離れた所にあるゴミ箱の口に吸い込まれていく。
「それなら安心だ」
一連のパフォーマンスに胸を張って歩き出した曽我に応じながら、光秋も運動場への移動を再開する。
―相手を得られたのは助かったな。一人でやっても正直どうかと思ってたし。だからこそ、引き受けてくれたからには、今回は本当に注意しないと……―
先を行く曽我の背中を眺めながら、光秋は胸の内に改めて自戒した。
運動場に着くと、光秋は簡単な準備体操で体をほぐし、突く、蹴る、受けるなどの基本動作の確認を軽くやってから曽我と向かい合う。
「時間無制限、攻撃は寸止め、念力の場合は出力低めで。それ以外はほぼ実戦形式で。審判は僕が行います」
「了解。お手柔らかにっ」
「それはこっちのセリフですよ……」
挑発的に微笑む曽我に皮肉に返すと、光秋は左半身を前にして構える。
曽我の方も表情から準備が整ったと察すると、早速号令をかける。
「始めっ!」
叫ぶと同時に、光秋は両腕で胴部を庇いながら後ろに下がり、曽我の様子を観察する。
―相手の目を見る。相手の目――をっ!―
転属前の訓練で藤原三佐に言われたことを意識していると、不意に曽我の目が自分の頭を捉え、同時に向けられた指鉄砲に反射的に腰を落とす。
「……」
直後に頭頂に感じた強い風に、思わず背筋が震える。
もっともその間にも、体は特に意識することなくさらに後退を続ける。
「流石、回避率は高いですね。でも、逃げていてはワタシを倒せませんよっ!」
「っ……」
図星を突きなが曽我はさらに念の弾を撃ち続け、それらを視線と指先の向きを読んで回避、いくつかを左腕を前に出して殴られるくらいの痛みに耐えながら受け流しつつ、曽我の言葉を受けた光秋は思う。
―確かに、ここままじゃ何もできずにやられてしまう。近付かないことには僕には手が出せない……ならっ―
刹那的に断じるや、正面に曽我を捉え、床を蹴って一気に間合いを詰める。
曽我はさっきよりも威力を上げた指鉄砲を放つものの、光秋は腰を深く沈めてそれを頭上にやり過ごし、そのまま左足を大きく踏み出して肉薄、
「あさぁ!」
気合と共に腰に引いていた右拳を鳩尾目掛けて放つ。
しかし、
「!?――ッ!」
寸止めの距離に入る直前、拳は念力に捕まってその場に押し止められ、がら空きになった額に念の弾が撃ち込まれる。
「…………曽我さんの勝ち、ですね……」
撃ち込まれた拍子にその場に尻餅を着き、ほどほどの痛みが引いて顔を上げた光秋は、正面に佇む曽我を見ながら、審判しての義務感の声で告げる。
「ホント、攻める時は思いっ切り攻めるんだから。大胆というか、なんというか……」
「それでも、結局1本とられちゃいましたからね。踏み込みには自信あったんだけど……」
呆れ顔で呟く曽我に応じながら立ち上がると、光秋は今の手合わせを思い返してみる。
―目を読んでの回避、久しぶりだけどそこそこできたな。もっとも、問題は攻め……やっぱり、曽我さんくらいのサイコキノ相手には、僕くらいの腕が多少鍛えたところで正攻法寄りのやり方じゃ敵わんか…………となるとやっぱり、相手の意表を突く……裏をかくような戦い方を心がけるべきか。フェイントの多用とか…………―
ひと通りの反省を終えたところで再び手合わせを行い、終わったらまたすぐに反省に入り、それがあと10回程繰り返された。
午前11時15分。
曽我の念力を腹に受けた末に10回目の手合わせを終えた光秋は、運動場の隅に腰を下ろして上がった息を整えると、入り口の上の時計を確認する。
―ちょっと体を動かすつもりが、随分経っちまったな……なにより…………―
息が整い、腹を筆頭とした各部の痛みが引いてくると、それまで高揚感で抑えられていた空腹感が広がってくる。
―昼休みまであと45分……なんとか
思うや少し重く感じる体を立ち上がらせ、傍らに佇む曽我を見る。
「今回はこの辺にしておきます。ありがとござ――痛ててぇ……」
礼を言いながら一礼した拍子に、手合わせ中に念力を避け損ねた右脇腹の痛みがぶり返してくる。
「大丈夫ですか?他にも何か所か当たってたけど」
「これくらいなんでも。むしろ久しぶりの苦痛に懐かしくなるくらいですよ」
曽我は心配そうに訊ねるものの、光秋としてはその独特の痛みに転属前の藤原との訓練風景を思い出せて、全く平気とまではいかないがいくらか得したような気分になる。
「苦痛が……ですか……」
「言っときますけど、被虐趣味とかそういうのじゃないですからね。なにかがきっかけで連鎖的にある思い出が浮かんでくることがあるでしょう。それですよ」
一言を強調し、心なしか白い目を向けてくる曽我に、光秋は相手の目をしっかりと見て説明する。
「まぁ、とにかくありがとうございました。一度待機室に戻ります。曽我さんは?」
「……ワタシも一旦戻ろうかな」
言うと2人は運動場を出て、来た道を戻っていく。
その道中、曽我がひと休みしていた自動販売機の近くに差し掛かる。
「……運動した後だし、水分摂っといた方がいいかな。曽我さん、なにか飲みますか?相手してくれたお礼に」
言いながら、自動販売機に歩み寄った光秋は財布を出して示す。
「それじゃあ……これで」
「はい。じゃあ僕は……」
紙幣を入れると曽我は冷たいレモンティーを指さし、光秋も同じ物を購入して歩みを再開する。
「加藤主任はこの後、どうされるんです?」
「とりあえず、昼休みまでは昨日の事件の反省会かな。主に特エス運用に関して」
歩きながら訊いてくる曽我に、光秋は運動場へ向かう前のことを思い出しながら答える。
「いかにも特務部隊主任の仕事ですね。どうです?旧入間隊メンバーの使い心地は」
「使い心地って……まぁ、言い方はアレだけど、3人ともやっぱり大したものですよ。柏崎さんの念力は強力だから、攻めてよし、守ってよしって感じだし、柿崎さんの瞬間移動は00との連携で武器の交換や給弾に大いに役立ってくれる。北大路さんのサイコメトリーだって、あれを用いた素早い情報収集があったからこそ、昨日の事件を早期解決できたと思っています…………本当、僕なんかの手に余る子たちですよ……」
昨日の一件、そして工場地帯での戦闘を振り返りながら、光秋は微かに身を竦ませる。
もっとも、それも数瞬の間のことだったが。
「もちろん、3人ともに長所があるように、短所もある。実際昨日も、何度か窮地に立たされましたからね。そうした場面を振り返って、次に似たような状況に陥った時の対抗策を練る、もしくは陥らないようにするにはどうしたらいいか考える、というのが今回のテーマですが」
そう付け加える間も歩を進め、少しして待機室のある棟に着いて曽我と別れると、光秋は机の上に入間から貰ったノートと自分用のノートを広げる。
―曽我さんに言ったように、3人は性能――『
空きっ腹を抱えながらそう思うと、昼休みまでの残り時間をノートに筆を走らせて過ごした。
午後6時半。
午後一杯を反省会に費やし、食堂で夕食を済ませた光秋は、そのまま帰路につこうとしていた。
―今日の反省、近い内に桜さんたちに伝えないとなぁ……帰ったら電話してみるか?―
思いながら正門をくぐると、ポケットの中の携帯電話が振動する。画面を観ると、徳川からだ。
「はい?」
(あ、加藤。今いいか?)
「はい。なんです?」
応じながら、塀に寄り添って足を止める。
(いやぁ、小田先輩からお前のこと頼まれてたわけだけど、東京に来てからろくに話す機会なかっただろう。だから週末、一緒に飲みに行かないかと思って)
「飲み会ですか?」
(そう。渋谷にいい店があるんだよ)
「渋谷……」
告げられた地名に、光秋は興味と若干の不安を覚える。
「面白そうですね。土曜日でいいですか?」
それでも興味の方が圧倒的に勝って、詳しい話を始める。
(あぁ。6時にその店に集合な。『ロブスター』って名前だ)
「ロブスター……なんか、高級そうな名前ですね」
教えられた店名に、大きなエビを想像しながら感じたことを呟く。
「あー、ただ、僕渋谷はあまり詳しくなくて……何処かで合流して、案内していただけませんか?」
(それなら、渋谷駅の改札出て、その場で待っててくれ。俺が迎えに行く)
「お願いします……あっ」
電話越しに頭を下げたその時、不意に桜、菫、北大路、そして藤岡と曽我の顔が浮かぶ。
「それと、僕の知り合いも誘っていいですか?」
(誰だよ?)
「部下の特エスの子たち、それと本部の知り合いです。せっかくの機会だから、親睦を深めようかと思って。あと、普段なにかとお世話になってますし……ダメ、ですか?」
(いや、別にいいぞ。実を言うと、俺も知り合いと一緒に行こうと思ってたからさ)
「ありがとうございます。じゃあ、知り合いたちにはあとで連絡しておきます。土曜の6時、渋谷駅の改札口で待っていればいいんですね?」
(あぁ。当日はよろしくな)
「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは」
一礼すると、電話を切ってポケットに戻し、寮への歩みを再開する。
―面白いことになったなぁっ。とりあえず、3人には反省報告の件と合わせて帰ったら連絡しとこ。曽我さんたちは明日来た時に直接訊いてみるか…………明日かぁ……―
嬉々としてそこまで考えたところで、ふと昼間来た電話の件を思い出す。
―そういえば、聞き取りも明日だったよなぁ……どんなこと訊かれるんだろう?―
こちらは興味よりも不安が上回りながら、駅の改札機をくぐった。
3月10日木曜日。
出勤以降、昨日の反省会程ではないが桜たちの運用について思考を巡らせていた光秋は、ノートに筆を走らせていた手を一旦止め、腕時計を確認する。時計の針は間もなく10時を指そうとしていた。
―確か、昨日電話してきた弁護士の人、そろそろだよな……―
そう思っていると机の上の電話が鳴り、すぐに受話器を取る。
「はい、加藤隊待機室」
(受付の佐々木と申します。弁護士の坂田様が加藤主任に会いたいと)
「わかりました。本舎に行けばよろしいので?」
(はい。坂田様は2階の応接室にご案内するので、主任はそちらに向かってください)
「わかりました」
応じると受話器を置き、席を立って部屋を出る。
―本舎2階の応接室……初めて行くな。迷わないといいけど―
道のりに若干の不安を覚えながら、受付嬢に言われた場所へ速足で向かう。
少しして部屋の前に着くと、表示を確認し、ネクタイを締め直す。
「さてっ」
小声で呟くとドアをノックし、
「失礼します」
と言いながら中へ入る。
8畳程の部屋の中央にテーブルを挟んで向かい合うように置かれた椅子、その片方に座っている30代前後のメガネを掛けた男性が腰を上げ、軽い笑顔を浮かべて訊ねてくる。
「加藤主任でしょうか?」
「はい。お待たせしてすみません」
頭を下げながら言うと、光秋は男性の向かいの椅子に歩み寄る。
「いいえ。こちらこそお手間をとらせてすみません。改めまして、弁護士の坂田と申します」
「あ、これはご丁寧に……」
言いながら男性――坂田はスーツの内ポケットから出した名刺を差し出し、光秋はその小さな紙を両手で几帳面に受け取る。
―名刺、か……―
なし崩しに社会人になって1年近く経つが、それまで自己紹介など口頭か身分証の提示で行っていた身には、自分のことを簡潔に説明した紙をもらうことがとても新鮮に感じられた。
「それでは早速なのですが、被告人を拘束した時のことについて詳しく聞かせていただけますか」
「……あぁ、はいっ」
感慨にふけっている間に坂田は椅子に座り直してメモの準備を整え、声をかけられた光秋は慌てて名刺をポケットに仕舞って傍らの椅子に座る。
そしてしばらくの間、坂田の根掘り葉掘りな質問に答えていった。
坂田の質疑を終えた光秋は、その足で食堂へ向かい、昼休みが明けてからは再び特エス運用方法の思案を行う。
間に休憩を兼ねた軽い突きの練習を挟みながらノートと向かい合うことしばらく。午後4時40分を回ろうとするところで、待機室のドアがノックされる。
「……どうぞ?」
そろそろまた休憩に入ろうかと思っていた時の来客に応じると、それまで屈めていた背中を背もたれに預け、両腕を一杯に挙げて体を伸ばす。
そして入ってきたのは、東京に来て以降すっかり見慣れた3人――菫、桜、北大路だった。
「おぉ。どうした?」
通っている私立校の制服に薄手のコートを羽織った3人を認めるや、光秋は挙げていた両腕を下ろしながら訊ねる。
「いえ、大したことじゃないんですけど…………その、昨日はお誘いありがとうございました」
それに対して、3人を代表する様に菫が頭を下げる。
「あぁ、いいんだよ。君たちにはこっちに来てから世話になってるし、こういうのは大勢の方がいいだろうからな。そうだ、ついでに確認するけど、土曜日の10時に運動場に集合してこの前の事件の反省を報告、そのままそれに沿った訓練をして、4時に一旦解散。5時に君たちの寮の前に集合して渋谷へ向かう……そう報告したよな?」
「はい」
「心配しすぎ……」
店に行く件を受けて、昨日菫を通して3人に連絡したことを再度告げる光秋に、菫は頷き、桜は苦笑いを浮かべる。
「用心に越したことはないよ。僕はうっかり癖があるようだから…………あれ?」
それに応じようとしたその時、光秋は違和感を覚える。
―何だろう?なんか忘れてるような…………―
「あ、ところで、藤岡主任と曽我さんはなんて?」
「――!!」
直後にかけられた桜の問いに、光秋は軽い衝撃を感じる。
「そうだったっ。言ってるそばから………電話は……」
違和感の正体に気付くや、すぐに内線の受話器を取って番号を押す。
「ありがと桜さん。やっちまうとところだった」
呼び出し音が鳴っている間に礼を告げ、そのすぐ後に藤岡が出る。
(藤岡隊待機室)
「加藤です。今よろしいですか?」
(何だ?)
「ちょっと話したいことがあって、今からお邪魔してもよろしいでしょうか?」
(緊急の要件か?)
「いえ、そこまでではないんですが……できれば今の内に伝えておきたくて……」
(……まぁ、特に急ぎの用もないから構わないが?)
「では、今から伺わせていただきます。失礼します」
言うや光秋は受話器を置き、跳ねる様に椅子から腰を上げて部屋を出ていく。桜たちもそれに続く。
速足で進む光秋の左隣に着くと、桜はなんとなしに訊いてくる。
「別にあのまま電話で訊けばいいんじゃない?」
「いや、もともと直接訊くつもりだったし。桜さんたちの方は時間が遅かったし、訓練の話もしたかったから電話だったけど。それより、改めてありがとう。聞き取りの件に意識が向き過ぎて忘れてたんだなぁ」
応じつつ、光秋は失敗の原因を自己分析してみる。
「聞き取りってなんです?」
「あぁ、言ってなかったっけ?この前の工場地帯での戦闘、あの時ZCのメンバーを尋問しただろう。ほら、北大路さんと一旦ニコイチを離れた時」
「あ、はい」
右隣に着いた菫の問いに、光秋は少女たちと歩く速さを調整しながら応じる。
「あの時のメンバーの裁判がもうすぐ始まるっていうんで、その時の様子を訊きに来た弁護士の人と話したんだよ。そのことに頭が向き過ぎて、曽我さんへの報告忘れちゃったんだなって」
「弁護士さんと……なにを話したんです?」
「殆ど報告書に書いたことの確認だよ。こっちの尋問に素直に応じて、そうして得られた情報が抗争鎮圧に多少なりとも貢献したって。あ、実際に裁判が始まったら、もしかしたら証人として出てもらうかもしれないって言われたな。その際は事前に連絡するって」
「大変そうだなぁ……」
聞き取りの終盤のやり取りを思い出しながら答える光秋に、横で聞いていた桜は両手を頭の後ろに組んで心底面倒くさそうに呟く。
「まぁね。でもそういうルールだから」
「……メガボディに乗って重火器を乱射して、街を滅茶苦茶にするところまでやったんでしょう?どう考えても有罪確定なんだから、わざわざ裁判なんてする必要ないと思いますけど?」
それに対する光秋の返答に、桜の斜め後ろを行く北大路がやや苛ついた顔で呟く。
「ま、大多数の人はそう思うかな。実際、僕だっていくらかは有罪確定だろうと思ってるし」
自分の内心を振り返りながら、光秋は北大路に視線を向けて告げる。
「でもまぁ、被告人はあの時情報提供してくれた人で、協力の見返りに減刑を求めてたわけだからね。提供された側としては、できる限りのことはやらなきゃいけないさ。それを差し引いても、やっぱりこういう最低限の手続きってやつは必要だと思うよ。歯止めというか……僕たちは有罪確定だろうと思っていても、見方を変えれば違うものが見えてくるかもしれないし……無論、裁判がそういう方向に進むかどうかは、やってみないとわからないんだが…………」
「…………」
最後の方は頭を掻きながら話すと、北大路は不機嫌そうな顔を明後日の方へ向けた。
その間に藤岡隊の待機室の前に着くと、光秋はドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアの向こうから藤岡の声が応じると中へ入り、少女たちも続く。
室内には机の椅子に腰を下ろした藤岡と、その傍らにパイプイスを出して座っている曽我がいる。
「あ、曽我さんもいらしたんですね。よかった」
「訓練がひと段落したので、一度戻るかと思って。よかったって?」
「これから話します」
曽我に応じながら机のそばまで歩み寄ると、光秋は藤岡と曽我を見ながら告げる。
「突然お邪魔してすみません。実は今週の土曜日、知り合いに食事に誘われまして。せっかくなのでお二人もどうかと思いまして」
要件を述べると、2人はそれぞれ考える顔を浮かべる。
「土曜か……何処でだ?」
「渋谷です。店の具体的な位置は知り合いの紹介なので知りません。駅で合流して案内してもらうことになっています」
藤岡の質問に、光秋は徳川との会話を思い出しながら答える。
「渋谷か……その日は本郷と飲む約束が入っていてな。ハシゴするにも距離的に難しいだろうし、俺は遠慮させてもらう」
「わかりました。曽我さんは?」
「ワタシは大丈夫ですよ。せっかくだし、参加させていただきます」
「ありがとうございます。それを確認したかったもので。失礼します」
言いながら2人に一礼すると、光秋は少女たちと共に部屋から出ていく。
―曽我さんには後で詳しい時間とかメールしておかないとな―
また忘れてしまわないように、その件はしっかりと記憶に刻んだ。
3月11日土曜日午前10時。
先日の連絡に従って、加藤隊の4人は東京本部の運動場に集合していた。
約2カ月の間にいくらか肌に馴染んだ背広を身に着け、左手にこれまでの考察を書いたメモを持った光秋は、正面に並んで立つESOの制服に身を包んだ桜、菫、北大路を見やる。
「えー、せっかくの休みだというのに本部に来てもらったこと、まずは感謝します。先日も連絡したように、今日はこの前の事件の反省報告と、そこから導かれた改善案の訓練をしていきます。各自、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」
「……よろしく」
「…………」
集合の概要説明の後に頭を下げると、菫は返礼しながら元気な声で、桜はちょこんと頷いてぼそっと応じ、北大路は仏頂面で無言を返す。
「えーではまず、先日の事件、特に犯人と、現場に乱入してきたZCへの対応に関する反省ですが……」
言いながら、光秋は左手のメモを読み上げる。
定期的に休憩を挟みつつ、メモに書いた反省点の改善を試みる訓練を続けて間もなく6時間になろうという頃。
運動場の壁際で手元の腕時計が3時50分を過ぎたのを確認した光秋は、低威力の念力攻撃を連射する桜と、それをテレポートでかわし続ける菫によく通る声で呼びかける。
「はい、そこまでっ」
呼びかけると桜と菫はそれぞれ攻撃と回避をやめ、息を上げてこちらに歩み寄ってくる。
「おつかれさま」
「サンキュー」
「ありがとう、菊」
傍らに控えていた北大路がタオルを、次いでスポーツドリンクのペットボトルを差し出すと、2人は薄っすら浮かんだ汗を拭き、手頃な温度になったスポーツドリンクに口を付ける。
少しして2人の様子が落ち着くのを見計らって、光秋は腕時計を確認しながら告げる。
「もうすぐ4時だ。予定通りそろそろ切り上げようと思う」
「……思ったんだけどさ、5時に出発するのに、わざわざ1時間も前にやめる必要あるの?今更かもだけどさ」
「本当今更だな……みんな汗もかいたし、まさか制服で行くわけにもいかないだろう。シャワー浴びて身支度整えればちょうどいい時間だよ。移動はちゃんと徒歩でな。車に気を付けるように」
「はい」
桜に応じ、そのまま事前に連絡したことを確認する光秋に、菫が頷く。
「じゃあ、各自軽いストレッチをして一旦解散」
「「はいっ」」
「……」
光秋の指示に桜と菫が応じ、北大路が無言で頷くと、4人は体をほぐして運動場を後にする。
「そういえば菫さん、何発か当たってたようだけど、大丈夫か?」
「はい。そんなに強いわけじゃなかったし。心配してくれてありがとうございます!」
訓練時の様子を思い出して移動しながら訊ねる光秋に、菫は嬉しそうに答える。
と、それを見ていた桜が膨れっ面で言ってくる。
「ちょっとー!それじゃアタシが悪モノみたいじゃん。アタシは光秋がやれって言うからやったんだよ?それこそ菫がケガしないように、力加減に注意してさ」
「悪い悪い。そういう意味で言ったわけじゃないんだがな。ただ、テレポートの連続使用、その精度を上げるには、実際に攻撃してもらうのが手っ取り早いわけで、相手役は桜さんが適任だったんだよ。桜さんの方も、念壁の特訓ご苦労だったな」
「あー、あれねぇ……」
光秋の労いに、その時のことを思い出した桜は表情を曇らせる。
先日の事件でZCと交戦した際に見せた、ただ弾き返すのではない、向かってきた弾の勢いを
「……いや、僕もこの方法はどうかとは思ったんだよ。ゴム弾とはいえ、当たったら痛いじゃ済まないこともあるし、打ち所が悪ければケガだってするわけだし……ただ、それこそ明日にでもまた出動するかもしれないし、そうなると、どうしても即効性を期待してしまうというか…………」
「言い訳、みっともないですよ」
「御尤も……」
言っていく中で薄々感じていたことを単刀直入に口に出してくる北大路に、光秋は首肯を返すしかなかった。
そうしている間に一行は外に出ると、一度立ち止まって互いに顔を見合わせる。
「じゃあ、僕はちょっと待機室行ってくるから。後で君らの寮の前でな」
「はい」
少女たちを代表した菫の返事を聞くと、光秋は3人と別れて待機室へ向かい、部屋に入ると持っていたメモを机の引き出しに仕舞って、その近くに置いていたカバンとコートを持って部屋を出る。
―…………僕も浴びてくるか。菫さんたち程じゃないが汗もかいたし、どっち道着替えないと―
自身の状態を観察しながら建屋を出ると、速足で駅へ向かった。
電車を降りるや速足で改札口をくぐると、一目散に寮へ向かう。
部屋に着くやシャワーを浴びて汗を流し、体を拭いて居間へ向かうと、訓練に向かう前に用意しておいた黒いチェックのワイシャツとベージュ色のズボンに着替える。
―45分……ちょっとギリギリかな?―
腕時計を確認して予想より余裕がないことに内心焦りながら茶色のコートを羽織り、最低限の戸締りと手荷物の確認をして再び電車に乗り込む。
―これなら、着替え持参して宿舎のシャワーでも使えばよかったかな?脱いだ方は待機室に置いて週明けに持っていって…………もっとも、当直でもないのにシャワー室使うのって、なんか抵抗あるんだよなぁ…………―
吊り革を掴んで窓の景色を眺めながら、今回の手際を反省してみる。
しばらくして電車が停まると、ホームを速足で進み、改札口をくぐるや桜たちの寮へ向かって周囲にぶつからないよう注意しつつ駆け出す。
―…………あっちゃぁ……―
しばらく走って寮の門が見えてくると、その前に集まった桜、菫、北大路、そして曽我の姿に遅刻してしまったことへの気まずさを抱きながら、せめてもとさらに速度を上げ、すっかり息を上げて4人の許へたどり着く。
「すっ、すみませんっ!遅くなってっ…………!」
胸回りを苦しくさせながら詫びると、曽我が返してくる。
「ちょっとー?時間を指定した側が遅れてくるってどうなの?」
「っ……すみません。思ったより移動に時間かかっちゃって」
「まーた言い訳してる」
「はい…………」
息を整えて弁明してみたものの、北大路が返してきた一言に、再びぐうの音も出なくなる。
「まぁいいわ。待たされた分はワンちゃんの奢りで返してもらうから。行きましょう」
「「はーい」」
言うや曽我は駅に向かって歩き出し、桜と北大路も応じながらそれについていく。
「えー……」
「ちょっと!みんな!」
それに対して光秋は茫然としながら、菫は目を三角にしながら後に続く。
「…………」
もっとも歩き出して数秒後には、光秋は違うことを感じていた。
「……光秋さん?どうかしましたか?」
その様子を感じとったのか、隣を歩く菫が訊いてくる。
「ん?あぁいや……曽我さんに『ワンちゃん』って言われたの、久しぶりな気がしてさ…………」