白い犬   作:一条 秋

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105 ロブスター

 最寄り駅から電車に乗り込むと、少女たち3人を席に座らせた光秋は曽我と並んでその正面の吊り革を掴む。

 電車が走り出すと、すっかり暗くなった中によく映える街の明かりが窓の中を流れていく。

 

「確か、渋谷駅で知り合いと合流するのよね?」

「はい。その予定です」

 

 曽我の確認に応じると、光秋はぼんやりと夜景に見入る。

 

「…………夜景、好きなんですか?」

 

 その様子を見て、菫がやや遠慮がちに訊いてくる。

 

「え?……あぁいや、そういうわけでもないんだが…………ただ、この間からバタバタしてたからさ。こうしてのんびり景色を眺めてたら、なんか感慨深くなっちゃって」

 

 答えながら、光秋は夜の闇に浮かぶ明かり、それも民家や集合住宅の窓から漏れるそれの1つ1つに目を凝らしてみる。もちろん電車に乗って移動しているために、精度はお世辞にもいいとはいえないが、それでも可能な限り視界に収める。

 

―あの明かりの一つ一つに、――それが当人にとって良いものか悪いものかはともかく――人の暮らしがあるんだよな…………そしてそれは――あの明かりの“元”は、条件させ揃えば呆気なく消えてしまう…………―

 

 そう思いながら脳裏を過るのは、先日関わった催眠能力者通り魔事件の被害者たち、そして犯人の人質にとられた母子の顔、そしてZCの攻撃と、その余波に晒される街並みだった。

 

「光秋さんっ?」

「ん?」

 

 そんな中、電車の駆動音や周囲の雑談を押し退けるようにやや強くかけられた菫の声が、光秋を目の前の現実に呼び戻す。よく見れば並んで座っている桜と北大路も、程度の差はあれど心配そうな目をこちらに向けている。

 

「なんか顔色悪そうだったけど、具合悪い?」

「え?……あぁ、大丈夫大丈夫。その……ちょっと夜景に見惚れてた」

 

 先程の考え事が顔に出ていたらしい。桜の問いに、光秋は右手を振りながら答える。

 その時、コートの合間から覗いた菫の上着が目に付く。

 

「菫さん、その上着……」

「あ、これですか?」

 

 指さしながら呟くと、菫は頬を緩める。

 

「この間デパートで買ったやつ……だよな?」

「はいっ。あの時選んでもらった!」

「やっぱり」

 

 研修を行っていた時期、涼や他の少女たちと共に行った買い物の記憶を引っ張り出しながら確認する光秋に、菫は嬉しそうに頷く。

 

「もう着始めたのか。寒くないか?」

「はい。少しずつ暖かくなってきたし、コートも着てるし…………せっかく光秋さんが選んでくれたんだから、早く着たいし」

―…………僕が……何……?―

 

 最後の方は下を向いてぼそぼそと言われた菫の言葉を、光秋は聞き取ることができなかった。

 

「チェッ。菫ばっかり…………」

―そして、桜さんは何で不機嫌になるんだ……?―

 

 同時に、一連のやり取りを聞いたらしい桜が膨れる理由もわからなかった。

 

「…………痛てっ!?」

「主任としての勉強も大事かもしれないけど、女心ももう少し勉強しなさいよっ」

「…………?」

 

 加えて、曽我に耳を引っ張られた理由も理解の埒外だった。

 

 

 

 

 電車が渋谷駅に到着すると、光秋一行も人混みに混じってホームへと降りる。

 

「みんな、大丈夫か?近くにいるか?」

「大丈夫。ちゃんと5人いるわよ」

「心配し過ぎだって」

 

 曽我と桜が若干呆れながら言ってくるが、気を抜けばあっという間に他の人々の陰に紛れてしまいそうな周囲に、光秋の危惧は尽きない。

 それでもどうにか5人そろって改札をくぐると、事前の連絡に従ってその傍らに並んで徳川が来るのを待つ。

 そして、

 

―…………遅いな―

 

連絡では6時の待ち合わせだったが、腕時計はすでに6時15分を指している。が、人混みの中から徳川が現れる気配は一向にない。

 10分以上の遅刻にイラ立つと同時に、徳川の身に何かあったか?待ち合わせ場所を間違えたか?と不安も湧いてくる。

 そんな時、聞き覚えのある声が耳に届く。

 

「あ、加藤ぉ!」

「!徳川さん……」

 

 自分の名を呼びながら人混みを掻き分けて速足でやってくる徳川を見て、光秋は安堵の声で応じる。

 そしてよく見れば、その隣にはもう1人が徳川に手を引かれていた。

 

「悪い、待たせたな。電車がちょっと遅れちまって」

「あぁいえ……そちら、話にあったお連れの方ですか?」

 

 詫びる徳川に、自身桜たちを待たせてしまった手前あまり責める気になれない光秋は、話題を変えたいこともあって気になっていたことを訊く。

 言いながら改めて見ると、連れはフードを被っていて顔がよく見えなかった。

 

「あぁ。俺の知り合いで、今ちょっと面倒看てる……」

「リオカ……です。はじめまして……」

 

 言いながら連れ――リオカは光秋たちに顔を向け、どこかぎこちない語調で自己紹介する。

 

「……加藤光秋と申します。こちらはESOでお世話になっている曽我ガイアさん。赤毛の子が桜さんで、メガネが菫さん、癖毛の子が北大路さんです」

 

 こちらも自分を含めた一行の紹介をしながら、光秋はやっと見えるようになったリオカの顔を観察する。

 フードの下に収まる顔は線が細く、肌は白い方だった。第一声の語調と合わさって、西洋人という印象を抱かせてくる。そして光秋が最も注目したのは、フードの左右の合間から垂れた赤――というよりもピンク色の長い髪だった。

 

―フードを被ったピンク髪…………何だろう?どっかで見た気がするんだよなぁ。それもそんな昔じゃない、東京に来てから…………何処だったかなぁ…………?―

 

 妙な既視感の正体を探ろうと記憶を辿るものの、連日の慌ただしさでそれもかなり曖昧になっており、どうにもすっきりしない感覚が胸の中に溜まっていく。

 

「あの……光秋さん……?」

「!あ、あぁ……」

 

 心配そうな声をかけながら菫に袖を引っ張られて一旦考えるののを止めると、思い切って訊いてみる。

 

「えっと……リオカさん?」

「はい?」

「その……前にどこかでお会いしたことありませんか?ここ1、2カ月の間に――っ!?」

 

 言ってすぐ、桜に左の向う(ずね)を蹴られる。多少加減はしていたようだが、それでもかなり痛い。

 

「会ってすぐにナンパなんてしてんじゃねぇよ!この不良主任っ!」

「ナ、ナンパって……別にそういうんじゃ……」

 

 蹴られた箇所をさすりながら目を三角にした桜に反論を試みるものの、痛みで上手く言葉を続けられない。

 

「さっ、早く行こう。腹減ってんだよ」

「お、おぉ…………」

 

 桜の気迫に圧されて徳川は歩き出し、他の面々もその先導についていく。

 

「ちょっ!待って!」

 

 やっと痛みが引き始めた光秋も慌ててそれに続き、一番後ろを歩いていた菫に追い付く。

 

「大丈夫ですか?」

「まぁな。そこまで強くなかったけど、打ち所がなぁ」

「その…………光秋さんって、あぁいう感じの人が好みなんですか?」

「だからナンパじゃないってのっ!」

 

 知らないところで広がりつつある誤解を払拭しようと、光秋は強く否定した、

 

 

 

 

 徳川先導の下に地下通路をしばらく進み、階段を上ると渋谷名物スクランブル交差点のそばに出る。

 

―こりゃまた…………―

 

 切れ目なく横断歩道を行き交う人の波に圧倒されたのも束の間、地下鉄出入口近くの細い道へ向かう徳川とその一行を追って、光秋も人々の往来の中を進んでいく。

 

「けっこう歩くんですか?その店って」

「ここからだと、徒歩10分ってとこかな」

 

 はぐれないように注意しながらふと思ったことを訊ねる光秋に、先頭を行く徳川は後ろを一見して答える。

 そうしながらも左右に途切れなく立ち並ぶ商店、そこから漏れる明かりが照らす道を人波を掻き分けるように進んでいくと、一行は一軒の店の前で止まる。左右の建物の間を埋めるように建つ、1階分の高さしかない、見た目の雰囲気も()ぢんまりとした店だ。

 

「ここが……」

 

 両腕のハサミを強調したエビの絵が描かれた入口上の看板、そこに書かれた「ロブスター」という打ち合わせの際に聞いた店名に、光秋は確認の目を徳川に向ける。

 

「そう。俺の一押しの店だ。早速入ろうぜ」

 

 応じると、徳川はいの一番に嬉々としてドアをくぐる。

 

「……」

 

 新しい場所への期待と不安を半々に、光秋もドアベルの音色に迎えられながらドアをくぐり、他の面々もそれに続く。

 全員入ったことを確認した上で改めて見回した店内は、左に4人掛けのテーブル席が2つと、右に丸椅子が10ほど並んだL字型のカンター席が設けられた、外観同様に小ぢんまりという印象を与えてくる。

 と、ドアベルの音に気付いたのか、店の奥から頭に赤いバンダナを巻いてエプロンを掛けた長身の男性が現れる。

 

「おぉ、まこっちゃん。いらっしゃい」

「どうも」

 

 現れた男性と親しげに挨拶を交わしながらテーブル席の椅子に腰を下ろすと、徳川は他の一同に呼びかける。

 

「テキトーに座って。リオカはこっちに」

「……」

 

 言われて光秋は徳川の向かいに座り、徳川の隣にはリオカが腰を下ろす。

 曽我と北大路が光秋から見て後ろのテーブルに着く中、桜と菫は光秋の隣の椅子をめぐってケンカを始めた。

 

「ちょっと桜!私の方が先っ!」

「いーやっ、絶対アタシの方が先だった!先に背もたれにタッチした!」

「……ないやってるんだ二人とも……向こうのテーブルがまだ空いてるだろう?」

 

 その様子に呆れながら2人の間に入ると、光秋は後ろのテーブルを指さす。

 

「いや、だって……」

「どうせならそこが……光秋さんと同じテーブルで…………」

―?…………ま、仕方ないなぁ―

 

 言われて、桜と菫は小声で何か言ってくるがよく聞き取れず、辛うじて伝わった「こちら側のテーブルがいい」という意思に、光秋は胸の内に溢しながら後ろのテーブルの椅子を1つ取って、自分たちが着いているテーブルの側面に置く。

 

「すみません。椅子1個動かさせてください」

 

 そう男性に断りを入れると、改めて桜と菫を見る。

 

「そんなにこっちのテーブルがいいなら、どっちかこっちに座れ」

「いや、その……光秋さん…………」

「そういうことじゃなくて…………」

「……?」

 

 さっきとは立場が逆転したように呆れ顔を浮かべる菫と桜に、光秋は首を傾げる。

 

「…………まぁ、同じテーブルなら…………じゃあ、私が座ります」

 

 言いながら、菫が渋々納得した様子で側面の席に座り、桜も光秋の隣に座る。

 

「モテモテだな?」

「っ!」

「べ、別にそういうんじゃっ!」

「…………?」

 

 こちらに微笑みを向けながらの徳川の呟きに、菫はなぜか顔を赤くし、桜はなぜか声を荒げて反論し、そんな2人の様子に頭を掻きながら光秋も席に着く。

 

「さてそれじゃあ、なににするか……」

「…………」

 

 言いながらカウンターの方を見る徳川の視線を追って、光秋も上に張られたメニュー表に目を凝らす。が、字が小さいせいで全く読めなかった。

 

「すまん。なんて書いてある?」

 

 仕方なく、隣の桜に訊いてみる。

 

「えっと……生ビール、日本酒、焼酎、赤ワイン、白ワイン、ウィスキー」

「酒ばっかりか?」

「まぁ、一応ここ飲み屋だからな」

 

 2人のやり取りが聞こえたらしい。男性がカウンターの向こうから言ってくる。

 

「えっ?」

「なんだ?今まで気付かなかったのか?」

 

 その説明に光秋は一瞬面食らい、徳川がメニューを見る片手間に訊いてくる。

 

「いや、確かに雰囲気のある店だとは思いましたけど……その、今更ながら大丈夫でしょうか?子供も何人かいて……その、飲み物とか……?」

「あ、ソフトドリンクもありますよ」

 

 真っ先に浮かんだ懸念を口にすると、いつの間にかテーブルのそばまでやって来ていた女性の店員が教えてくれる。やや茶色がかった長い黒髪を後ろに結った、色白な肌の若い女性だ。

 

「雪さんも久しぶりだな。あ、俺は生で。あと唐揚げとシーザーサラダ」

 

 女性の方にも親しげな様子を見せながら、徳川は挨拶と共に注文をする。

 

―そうとう行き慣れてるんだな、この店―

 

 そんな徳川の様子に、光秋は行き付けの店を持っていることへのある種の憧れを抱く。

 と、

 

「加藤は?」

「えっ?あー……」

 

考えごとをしている間に、自分以外の全員は注文を済ませてしまったらしい。徳川の呼びかけに、光秋は判読できないことを知りつつ反射的にメニュー表に目を向ける。

 

「……じゃあ、ウーロン茶を」

「かしこまりました」

 

 注文に応じると、女性はカウンターの奥へ向かう。

 ひとまずやることを済ませると、光秋は改めて店内を見回してみる。

 

「…………なんか、いい店ですね。小ぢんまりしてて落ち着くっていうか。店員さんたちとも親しそうですけど、長いんですか?」

「あぁ。俺が警察官になってしばらくしてからときどき通ってるな。店主の子規(しき)さんが気さくでさ」

「シキさん、ですか……」

 

 徳川から教えてもらった名前を呟きながら、光秋は頼んだものを盆に載せて持ってきた男性――子規を見やる。

 

「ほい、全員の飲み物と、シーザーサラダ、あとこっちはポテトサラダね」

 

 言いながら子規は光秋たちのテーブルにシーザーサラダを、曽我と北大路のテーブルにポテトサラダを取り皿と合わせて置き、各々の飲み物を配っていく。

 それがひと段落すると、改めて来客全員を見回し、徳川に告げる。

 

「にしても、また大所帯で来たな。全員まこっちゃんの知り合い?」

「あぁ、紹介します。俺の高校の先輩が今ESOに勤めてるんですけど、その人の同僚で、今京都から東京に来てる加藤です」

「!加藤ですっ」

 

 徳川の紹介に、光秋は反射的に頭を下げる。

 

「加藤、なに君?」

「あぁ、光秋といいます。『(ひかり)』に季節の『(あき)』と書いて光秋(こうしゅう)

「『光』に『秋』、ねぇ……」

 

 言いながら、子規はあごを撫でてしばし考える。

 

「じゃあ、『アキくん』って――」

「すみません。その呼び方はやめてください」

 

 ややあって口を開いた子規が言いかけた矢先、光秋は反射的に強い意志を込めた声でそれを遮る。

 

「「「…………」」」

 

 その直後、店内に張り詰めた雰囲気が漂う。

 

「……あー……そのぉ…………」

「ごめん。その呼ばれ方嫌だった?」

 

 図らずとも場の雰囲気を悪くしてしまった気まずさに、光秋は何か言おうと口を動かすものの、その前に子規が頭を下げてきた。

 

「いえ、嫌いというわけじゃないんです。ただ…………その呼び方は、僕にとって特別だから…………“あいつ”にだけ呼んでほしい名前だから…………」

 

 それにますます気まずさを感じながら応じる光秋の脳裏には、綾の顔が浮かんでいた。

 その様子を見て、子規の方はなにかを察したように口角を上げる。

 

「なるほど。それはすまなかった…………じゃあ、『コウくん』と呼ばせてもらおう。俺は海老原(えびはら)子規(しき)。ご覧の通りここの店主だ。よろしくな」

「よろしくお願いします」

 

 宣言と共に自己紹介してくる子規に、光秋も頭を下げて応じる。

 

「ESOに勤めてるっていってたけど、この女の子たちも?」

「あぁ、すみません」

 

 少女たちを見回しながら訊いてくる子規に、光秋は席を立つ。

 

「こちらが曽我さん。その隣が北大路さんで、こっちが桜さん、そこに座ってるのが菫さんです」

 

 言いながら、1人1人を指さして紹介していく。

 

「全員、一応ESOの関係者なんですが……」

「あぁ、外には言えない話ね。了解」

「すみません……」

 

 特エスと言えば機密に接触する恐れがあるためそれ以上のことは言えず、さりとて上手い誤魔化しを思い付くこともできず困っていたところに差し出された子規の助け船に、光秋は再び頭を下げる。

 

「いいんだよ。こういう商売していると、大きい声で言えないことの一つ二つ抱えてる客なんてしょっちゅうだから。それより折角来たんだから、たくさん食べていって!」

「!ありがとうございますっ」

 

 笑顔でそう告げられて、光秋は再三頭を下げる。

 

「他のみなさんも、今日は楽しんでいってくださいっ!」

「じゃあ、まず乾杯しょうか」

 

 そう言い残して子規がカウンターの奥に戻ると、徳川が自分のグラスを持ちながら言い、他の面々もそれに倣う。

 

「じゃあ加藤、乾杯前の一言よろしく」

「えっ?僕がですか……?」

「さっきから頭下げてばっかりだからねぇ。せめて場の雰囲気くらい上げてもらわないと」

「曽我さん……」

 

 徳川から突然の大役を振られたところに、曽我からも薄々気にしていたことをネタにされ、光秋は困惑しながらも立ち上がって一同を見渡す。

 

「えー、このたびはお集りいただきありがとうございます。最近忙しいこの頃、このような場を設けていただいた徳川さんに、まずは感謝を捧げたいと思います。ありがとうございます」

 

 そこで一旦言葉を区切り、徳川に一礼する。

 

「えー……今この場には、ESOの関係者と警察官がいるわけですが、昨今の情勢を(かんが)みて、今という時は我々にとって非常に厳しい時であると認識しています。そんな中でのこうしたひと時、今夜は思いっ切り楽しみたいと思います。グラスを」

 

 言うと同時に自分のグラスを持つと、一同もそれに続く。

 

「今夜はよく食べ、そして楽しみましょう。乾杯ッ!」

「「「乾杯ッ!!」」」

 

 告げるや、光秋は徳川たちとグラスを鳴らす。

 

「ワンちゃんッ、こっちも」

「あ、はい」

 

 呼ばれて曽我ともグラスを鳴らし、一口飲もうとした時、こちらに向かって無言でグラスを突き出す北大路が目に入る。

 

―…………これは、やれってことなのか…………?―

 

 その意図を図りかねながらも、恐る恐るグラスを近付ける。

 

「北大路さん、乾杯」

「…………どうも」

 

 念のため声をかけてグラスを鳴らすと、ぼそっと返した北大路は中のオレンジジュースを飲む。

 

―…………まぁ、いっか―

 

 どこか不機嫌そうな、あるいは照れくさそうな北大路の態度が多少気になりながらも、それ以上なにかしてくる気配もなかったのでこの件を一旦隅に置き、光秋もウーロン茶に口を付ける。

 それを見届けると、徳川が手を鳴らし、それに倣って一同も拍手をする。

 

「さぁ!どんどん食べてくれっ!」

「肉はまだー?これでも腹ペコなんだよー!」

「野菜もちょっと食っときな」

 

 徳川の音頭に桜はサラダしか来ていないテーブルに不満を浮かべ、光秋はその手元に小皿によそったシーザーサラダを置く。

 菫にも用意すると、後ろの北大路を見る。

 

「北大路さんは?葉っぱ食べるか?」

「……ポテトサラダがあるので…………その、少しだけ……」

 

 問い掛けに小声で応じながら、北大路はポテトサラダの盛られた小皿を差し出し、光秋はそれに少量の葉物野菜を載せて返す。

 

「大変ねぇ、ワンちゃんも。あ、ワタシにもちょっとちょうだい」

「はい」

 

 応じながら、光秋は曽我の皿にも葉を載せる。

 と、桜が不満そうな顔で言ってくる。

 

「ていうかさー、何で光秋こっちのテーブルに座っちゃったの?」

「……どういうことだ?」

「だからさ、まだ誰も座ってない時に、あっちのテーブルにアタシらいつもの4人が座れば、キレイに収まったじゃん。そしたらアタシと菫もケンカすることなかったし……」

 

 口を尖らせながら、桜は曽我と北大路が座っているテーブルを指さして言ってくる。

 

「いや、一応今回の集まり、僕と徳川さんの間で交流を持とうってとこから始まったわけで、僕としては徳川さんと同じテーブルに座らないと意味がないというかね……」

 

 その指を追いながら光秋が事情を説明していると、子規がカウンターの奥から盆に載った料理を運んでくる。

 

「ほいっ。鶏とタコの唐揚げ、あとフライドポテトお待ち」

 

 言いながら、子規は光秋たちのテーブルに鶏の唐揚げとフライドポテトを、北大路と曽我のテーブルにタコの唐揚げを置いていく。いずれももくもくと湯気を立て、揚げ物独特の香ばしい匂いを漂わせている。

 

「お!来た来た!」

 

 それを見て多少は機嫌が直ったらしい。桜はいい笑顔を浮かべて大きく開けた口に鶏の唐揚げを運ぶ。

 

「いや、桜さん、あんまり一気に行くと――」

「!熱っつッ!」

 

 その様子に嫌な予感を抱いた光秋が注意しようとするが間に合わず、一口に噛り付いた桜は噛んだ所から漏れてきた肉汁に慌てて口を離し、口に手を当てて悶絶する。

 

「大丈夫か?ほれ、冷やせ」

「っ……」

 

 言いながら光秋は桜のグラスを差し出し、受け取った桜は中のオレンジジュースを口に流し込む。

 

「そんなに慌てなくても、君の取った分は誰も盗らないよ。とりあえず、僕も2つ、あと芋も……」

 

 徐々に落ち着いていく桜にそう告げると、光秋も唐揚げとフライドポテト数切れを皿に取っていく。

 と、今度は菫が、

 

「あっ、熱いッ!」

 

桜同様に唐揚げに勢いよく噛り付き、その熱さに口周りを痛めた。

 

「菫さんもなにやってるんだ……」

「すみません……口、火傷してませんか?」

「んー……?」

 

 たった今目の前で起きた失敗を繰り返す菫に、“らしくない”と思いつつも光秋は呆れの声を漏らし、訊かれたことを調べようと菫の許に顔を寄せる。

 

「………ざっと見、とりあえず大丈夫そうだな。まだ熱いようならそれ飲んで冷やしなさい」

「も、もうちょっとよく診て――」

「ほらっ、とっとと飲め!」

 

 言いながらグラスを指さす光秋に、菫は物足りなさなそうな顔を浮かべるものの、それを絶つ様に桜がグラスを押し付けてくる。

 

「…………お前、あと5年かそこらしたら苦労しそうだな」

「?……どういうことです……?」

 

 そんな3人の様子を見ながら唐突に言ってきた徳川の意図がわからず、光秋は菫から離れながら首を傾げる。

 

「それよりもリオカさん、店に入ってからもずっとフード被ったままですけど、取らないんですか?」

 

 そのままサラダをぱくぱくと食べているリオカを見やり、駅で会ってから今までずっと被ったままのフードを見ながら徳川に問う。

 

「ん?あー、えっとだな…………」

「……」

 

 途端に徳川は表情を曇らせ、リオカもサラダを運んでいた口元が微かに強張る。

 

―……なんか、変なこと訊いちゃったかな……?―

 

 そんな2人の様子に不安を抱きつつも、ややあって徳川が答え出す。

 

「そのー…………!そう!こいつけっこうシャイでさ。フード被ってないとダメなんだよっ」

「……そ、そうです!私シャイだから……」

「…………なるほど」

 

 どこか歯切れの悪い徳川と、その説明に念を押すように続くリオカに、光秋は内心不信感を抱きつつも首肯を返す。

 気になるという気持ちが消えたわけではなかったが、先程の2人の困った様子に、それ以上追究する気にはなれなかった。

 

―駅で感じた既視感のこととか、結局どういう関係なのかとか、他にも訊きたいことはたくさんあるけど、お世話になった徳川さんが困るのは本意じゃないしな。その知り合いらしいリオカさんもしかりだ…………なにより、自分のことを曖昧にしか説明しなかったのは、僕の方が先じゃないか。お互い様だ―

 

 工場地帯での戦闘の後で初めて会った時のことを思い出して気持ちを割り切ると、光秋はいい具合に冷めた唐揚げを1つ頬張る。

 そうすることで気分転換すると、もう1つ気になっていたことを徳川に問う。

 

「話は変わりますが、徳川さんって超能力者なんですか?この前使ったようなとこ見かけましたけど」

「あー、それなぁ…………」

 

 困り顔に替わって苦々しい顔を浮かべると、徳川はビールを一口飲んで答える。

 

「俺、発火能力者なんだよ。レベル3の」

「やっぱり。てことは、この前ZCたちの服が突然燃えたのも?」

「俺がやった。本当は嫌だったけど、四の五の言ってられる状況でもなかったしな……」

 

 先日の光景を思い出しながら確認する光秋に、徳川は渋い顔を浮かべながら頷く。

 

「嫌だったって…………昔、何かありましたか?超能力関係で……」

 

 そんな徳川の様子に、光秋は悪いと思いながらも好奇心に負けてつい訊いてしまう。

 

「まぁ、あることはあったな……あ、言っとくけど、それが原因でいじめられたとか、そういうことじゃないからな。むしろ俺の自業自得というか……」

「…………何があったんです?」

「あれはそう、高1の頃だったなぁ。休み時間に教室の隅で仲間と駄弁ってたんだよ……確か小田先輩もいたな……そこで、細かい流れは忘れたけど超能力の話題になって、俺もふざけて掌に小ぶりの火の玉出したりしてたんだが、駄弁ってた奴の1人が『もっとデカいの出せないのか?』って言ってきて、俺もムキになって普段やらない力の入れ方したら、思った以上にデカい火の玉が出たんだよ…………」

「…………まさか」

 

 そこで一旦言葉を切り、渋い顔をさらに深める徳川に、「火」という要素から光秋は嫌な予感を覚える。

 

「……まぁ、そのまさかだ……思ったよりデカい火の玉に驚いた俺がつい動揺して、ちょうど窓際で話してたんだが、近くのカーテンに引火してさ……そっからはもう、みんなして必死に消して、教師たちからも大目玉喰らって…………まぁ、要するに、この嫌な思い出を思い出したくなくて、普段から使わないようにしてるんだよ」

「なるほど…………」

 

 嘆息を漏らしながらビールに口を付ける徳川に、光秋はウーロン茶を飲みながら納得の相槌を打つ。

 と、

 

「嫌な思い出、か…………」

「?」

 

隣で残りわずかになったグラスを持ちながら遠くを見るような目で呟く桜の声が耳に入り、顔を向けた光秋は、普段の桜からはあまり見られない陰気さに不安を覚えながら訊ねる。

 

「桜さん……どうかしたか?」

「!な、何もっ!?」

「…………ならいいが」

 

 明らかに何かを誤魔化すように快活な様子で応じる桜にますます不安を覚えるものの、そんな反応が自分の踏み込んではいけない話だという印象を抱かせ、光秋の言葉を詰まらせる。

 

「…………なにかあれば言えよ。頼りないかもしれないけど、今僕は君たちの主任なんだ。僕じゃ解決できなくても、解決できそうな人に話を繋げることくらいはできるし……て、これじゃ結局他人任せだよなぁ…………」

 

 それでもどうにか言葉を紡ごうとして、しかしこんなことしか言えない自分に、我ながら情けなくなる。

 

「っ…………」

 

 一方、桜は顔を微かに赤らめ、居心地悪そうに体をくねらせる。

 

「その、さ…………駅ではごめん。蹴ったりして……」

「ん?あぁ、別にいいけど……?それより、さっきからどうした?…………トイレか?」

「ちげーよッ!」

 

 当てずっぽうで言った瞬間、再び向う脛を蹴られた。

 

「光秋さん……」

「ワンちゃん、あなたねぇ……」

「さっきの発言に訂正。5年も経たずに苦労しそうだな……」

「!?…………」

 

 直後に菫、曽我、徳川の順に呟かれた呆れの声に、意図がまるでわからない光秋は痛みに悶絶しつつ困惑するしかなかった。

 

 

 

 

 料理を食べ、ジュースや酒を飲み、食事の席は徐々に温まっていく。

 蹴りの痛みから回復した光秋も、3杯目のウーロン茶を口に注ぎ、塩の効いたフライドポテトを摘まんでいた。

 と、その背中に曽我がもたれ掛かってくる。

 

「あれー?ワンちゃんまたお茶ぁ?なんか飲みなさいよー!」

―うわぁ、これは……―

 

 朱が差した顔色と垂れた目を浮かべた曽我に、首に腕を回されて体重を掛けられた光秋は若干の危機感を覚える。

 

「いや、僕まだ未成年ですから。酒はダメですよ」

「今いくつよ?」

「19です」

「誕生日は?」

「6月」

「あと3カ月じゃないのよっ。それくらい誤差の範囲内だって。ほらぁっ」

「いや、ダメですって」

 

 言いながら手に持ったカシスソーダのグラスを押し付けてくる曽我に、光秋は強い意志で抵抗を続ける。

 

「ほら、お巡りさんが目の前にいるんだら。その辺にしときましょうよ、曽我さん」

「ははっ、今は非番中だけどな」

 

 牽制のつもりで徳川に話を振ると、曽我程ではないがこちらも顔が赤くなってきた徳川はビールを飲みながら苦笑を浮かべる。

 そしてそんな一連のやり取りの間にも、背中に柔らかなものを無遠慮に押し付けられ続け、光秋は自分の中の“男”の領域が活性化していくのを自覚する。

 

―これはこれで、少々不味いかな……?…………もっとも、こうも遠慮も恥じらいもなく押し付けてくる辺り、僕って曽我さんにとって『男』として意識されてないってことなのかなぁ……?からかい甲斐のあるオモチャっていうか…………―

 

 そう思うと、昂りそうになっていたものは目に見えて鎮静化していき、ひとまずの安堵を覚えつつも寂しさも感じる。

 そんな時、桜が2人の間に割って入ってくる。

 

「あぁもうっ。くっ付くなっての!ほら、曽我さん離れてっ!」

「あぁーんっ!」

 

 言いながら、多少は念力も使っているのか、自分より体の大きな曽我を光秋の背中から引き離していく。

 

―助かる……が、何で目が三角になってるんだ?―

 

 どうにも心乱される状況から解放してくれた桜に内心感謝しつつも、その異様に険の強い目付きに光秋は首を傾げる。

 そうしながら腕時計を見ると、すでに8時を回っていた。

 

「8時か……けっこういましたね」

「もうそんな時間か?」

 

 腕時計を見ながら呟く光秋に、徳川はビールを飲む手を休めて意外そうに応じ、桜とじゃれはじめた曽我を見ながら言う。

 

「……今日はここまでにしとくか」

「……ですね。腹もいっぱいになってきたし。みんなもそれでいいか?」

 

 その視線を追って光秋も頷くと、曽我と桜以外の口々から同意の声が上がり、それぞれすでにテーブルの上にある料理を平らげて各自の飲み物で〆る。

 

「すみません。会計を」

「はーい」

 

 徳川の呼び掛けに女性店員が応じ、店の奥から出てきて伝票を差し出す。

 

「…………とりあえず、僕と徳川さんで半分ってことでいいですか?」

 

 書かれている値段を一見して、光秋は控えめに申し出る。

 

「俺はかまわないぞ」

「いやでも、光秋さん……」

 

 頷く徳川に対し、菫が申し訳なさそうに言ってくる。

 

「いいんだよ。もともと君たち3人の分は持つつもりだったし……曽我さん今ちょっと危ういし……」

 

 言いながら光秋は再度曽我を見やると、桜に抱き着いて真っ赤な顔を笑顔に緩ませていた。

 

「ちょ!光秋!助けろぉ!」

「あぁ。ちょっと待ってな」

 

 曽我を鬱陶しそうに離そうとする桜に、光秋は総額の半分のお金を徳川に渡し、2人の許に駆け寄って曽我を後ろから羽交い絞めにする。

 

「ほら曽我さん、帰りますよ」

「あぁんっ、桜ちゃーん!」

 

 名残惜しそうに叫ぶ曽我に構わず出入口まで引き摺って行き、そんな光秋の後を菫と北大路、警戒心満載の桜、会計を済ませた徳川とリオカが続く。

 

「ありがとうございました」

「また来てなぁ!」

「ごちそうさまでした」

 

 女性店員と子規の見送りに徳川が応じると、一行は徳川先導の下に渋谷駅に向かう。

 

「うぅー…………」

「大丈夫ですか曽我さん?お茶でも飲みますか?」

 

 外に出て興奮も冷めたのか、優れない顔色で唸り声を漏らす曽我に、店から引っ張り出した流れのままに肩を貸していた光秋は目の前の自動販売機を指さしながら訊ねる。

 

「……そうする。そこまで連れてって……」

「はい。徳川さんすみません。ちょっと待っててください」

 

 先を行く徳川たちに断りを入れると、光秋は危うい足取りの曽我を自動販売機の前まで誘導し、緑茶を購入した曽我はペットボトルのフタを開けてそれを勢いよく飲む。

 一気に半分近くまで飲んだペットボトルのフタを閉めたのを確認すると、光秋は曽我の足を気遣いながらもやや速い足取りで徳川たちに追い付く。

 

「すみません」

「いや、俺らはいいけど……大丈夫か?曽我さん」

 

 頭を下げる光秋に返しながら、徳川は光秋に引き摺られる様に歩く曽我に不安を浮かべる。

 

「……やっぱり、このままだと移動が遅くなりますよね…………仕方ない。曽我さん」

 

 光秋も視線を追って改めて曽我を見ると、しばし逡巡してその場に屈む。

 

「…………?」

「乗ってください」

 

 焦点のやや怪しい目でそれを見て首を傾げる曽我に、光秋は顔を後ろに向けながら促す。

 

「え…………?」

「千鳥足が見てて危なっかしいんですよ。ほら」

 

 戸惑う曽我にさらに告げると、桜が目を三角にして言ってくる。

 

「べ、別におんぶなんてしなくていいだろうっ?」

「と言っても、今の曽我さんの足取りじゃ危ないだろう。それに時間もかかるし」

「だったらアタシがっ」

 

 光秋の説明にさらに目を鋭くするや、桜は曽我に手をかざして浮き上がらせる。

 

「えっ?ちょっとっ!?」

「お、おいっ。あんまり無茶するなよっ」

 

 急に30センチ程浮かばされた曽我はさらに戸惑い、やや荒っぽい念力に光秋は不安の声を漏らす。

 

「大丈夫だよ。これで問題ないだろう。行こっ」

 

 不機嫌に応じながら桜は曽我を浮かばせたまま移動を再開し、他の一同も不安を浮かべながらもひとまず歩き出す。

 

「…………大丈夫ですか?曽我さん」

「自分の力じゃしょっちゅう浮いてるけど……誰かに浮かされたことってあんまりないから、なんか変な感じ」

 

 どう言葉をかけていいのか迷いながら一言告げた光秋に、曽我はどこか落ち着かない様子で答える。

 

「……気分が悪くなったりしたら言ってくださいね。僕ちょっと」

 

 それでも目に見えた体調の変化があるわけでもなく、肩貸し役を解かれた光秋は断りを入れるや先を行く徳川の許へ歩み寄る。

 

「どうした?」

「いえ、今日なんですが……すみません。徳川さんとあまり話せなくて」

 

 気配を感じて顔を向けた徳川に、店での様子を思い返した光秋は頭を下げる。

 

「別に謝るようなことじゃ……」

「そうかもしれませんが……元を正せば、僕と徳川さんの関係を深めるつもりで用意してもらった機会なのに、その辺が不充分だった気がして…………まさか、子供たちや曽我さんと多く話すことになるなんて……」

 

 最後の方は言い訳と承知しながらも、つい口から漏れてしまった。

 一方、徳川は微笑みを浮かべて返す。

 

「俺としては、お前がどんな奴かある程度知ることができたいい機会だったと思ってるよ」

「そう…………ですか……?」

「あぁ…………だから言わせてもらうが、本当、女の扱いには注意しろよっ」

「は、はぁ…………?」

 

 肩に手を置き、念を押すように強く言う徳川に、その意図を図りかねた光秋は困惑の声で応じた。

 

 

 

 

 スクランブル交差点に近付くにつれて、道を行き交う人の密度が増してくる。

 その様子に、光秋は曽我を浮かせて歩く桜を見やる。

 

「桜さん、そろそろ曽我さん下ろして。人の多い所で超能力は控えた方がいい」

「…………わかった」

 

 周囲の反応を心配して声をかえると、桜はやや不機嫌そうに応じながら曽我を地面に下ろす。

 

「っ!」

「おっとっ」

 

 途端にたたらを踏む曽我に光秋は手を伸ばし、店を出た時のように肩を貸す。

 

「酔いは覚めましたか?」

「さっきよりはいいかな……?」

 

 お茶が効いたのか、桜に浮かさる前よりはいくらか赤味が引いた顔で曽我は応じ、光秋に押しかかる様に歩みを再開する。

 人混みを縫う様に進み、地下構内へ続く階段をいつも以上に注意深く降りて、行きの合流場所にしていた改札機の前に着いた一行は一旦足を止める。

 

「ここでお別れだな。俺たち違う路線だから」

「そうですか……今日はありがとうございました」

 

 リオカを隣に寄せて告げる徳川に、光秋は頭を下げながら応じる。

 

「あぁ。お互い、また仕事頑張ろうや。機会があればまた飲みに行こうぜっ」

「はいっ。ぜひ」

 

 言うと徳川は、一行に別れの一礼をしたリオカを伴って違う路線へ向かい、光秋は次の機会に期待を込めながら2人を見送る。

 2人の姿が人の波に紛れて見えなくなると、光秋は曽我たちに顔を向ける。

 

「僕たちも行きますか」

「そうね」

 

 代表する様に曽我が応じると、一行は改札をくぐる。

 

「あ、すみません。ちょっとトイレ。すぐ済ませるんで、そこで待っててください」

 

 直後に催した光秋はひと息に告げるや、近くのトイレに速足で向かう。

 たくさん飲んだせいか思った以上に長く佇んでいると、再びリオカに感じた既視感が蘇ってくる。

 

―やっぱり、終始フード被ってるとこといい、そこから出たピンク色の髪といい、どっかで見掛けたよな、リオカさん。何処だっけなぁ…………―

 

 曖昧な記憶を辿っている間に出し切ると、水盤で手を洗う。

 

―……別に思い出せないからってどうなるってわけじゃないが…………一度気になり出すとなんかすっきりしないよなぁ…………―

 

 結局思い出せなかった不満足さを持て余しながらハンカチで手を拭き、外に出ると、曽我たちの姿を探す。

 

「…………あれ?」

 

 しかし周囲に一行の姿はなく、はぐれたかと不安に駆られながらもさらに辺りを見回していると、後ろから菫の声がかかる。

 

「光秋さーんっ、こっちです」

「!菫さん。よかった……」

 

 トイレ近くの壁際に佇む菫の姿にほっとしながら、光秋は速足で歩み寄る。

 

「出てきたらいないからびっくりしたぞ。みんなは?」

「えっと、光秋さんがトイレに行った後、他のみんなも行こうってなって。私も今出てきたとこなんですけど」

「てことは、曽我さんたち今中か……」

 

 菫の説明を聞くと、光秋は女子トイレの入り口を見やる。

 と、ちょうど北大路が、その後ろからは曽我と桜が出てくる。

 

「いないんで最初びっくりしましたよ。僕が行く時に一言言ってくれればよかったのに」

「光秋とっとと行っちゃったじゃん。それに言う暇があったって、そんなこと言えるもんじゃ………」

「そういうもんかい?」

「そいうもんなのっ!」

「ワンちゃん…………」

 

 首を傾げる光秋に、説明していた桜は目を三角にして怒り、その様子に大分赤味の引いた曽我は呆れの声を漏らす。

 

「……まぁ、いいわ。ホーム行きましょう」

 

 仕切り直すように言うや曽我は階段を降り、光秋たちもそれに続く。

 ホームに降りて少ししてやって来た電車に乗り込むと、人でごった返す車内をはぐれないよう注意しつつ5人で奥まで進み、光秋と曽我は吊り革を、桜たちは2人の体を掴んで体勢を安定させたところでドアが閉まり、電車が走り出す。

 

「そういえばどうでした?今日の店は。桜さんたちも」

 

 不意に浮かんだ疑問を光秋が一同に投げかけると、真っ先に菫が応じる。

 

「すっごく楽しかったですよっ!ご飯は美味しかったし、店員さんたちも親切そうだったし……それに、光秋さんと一緒に食事できるってだけでもうっ!!」

「わかった、わかった。電車ん中だからもう少し静かにな」

 

 何故か先程までの曽我に迫るくらい顔を赤くして嬉々と語る菫に、光秋は楽しかったらしいと理解しつつも鎮める言葉をかける。

 

「曽我さんはどうでした?」

「いいとこだと思うわよ。お酒……カクテルの種類もけっこう多かったし、また行こうかしら?」

「それは誘った甲斐がありました」

 

 好評価を告げる曽我に、光秋は思わず笑みが浮かぶ。

 と、今度は桜が訊ねてくる。

 

「光秋はどうなのさ?気に入ってたみたいだけど」

「まぁな。機会があればまた行ってみたい……いや違うな。機会作ってまた行ってみたいって思ってる」

「そうとう気に入ったんですね」

 

 若干昂揚した返答に、北大路がどこか関心した様子で相槌を打つ。

 

「もっとも道はうろ覚えだから、その時はまた徳川さんに案内してもらう必要があると思いますけど…………座りな」

 

 そう付け加えた直後に電車が停止して正面の座席が空き、光秋は少女たちの背中を軽く押してそこへ座らせた。

 

 

 

 

 渋谷から離れるにつれて、乗客も徐々に減っていった。

 気付けば同じ車両内の人影も疎らになった頃、アナウンスが東京本部の最寄り駅の名を告げ、席に座っていた桜、菫、北大路、曽我が立ち上がる。

 

「寮まで送るよ」

「いいんですかっ?」

 

 それを見た光秋も席を立ちながら告げると、菫が嬉しそうに応じ、直後に開いたドアから一行は下車する。

 

「そういえば、曽我さんの家もこの近くなんですか?」

「そう。アパート借りてる。道も途中までは一緒だったはず」

「そっちも送りましょうか?」

「いいわよ。酔いもだいぶ醒めたし、下手な暴漢よりもワタシの方が強いし」

「そりゃそうですけど……」

 

 涼しい顔で言ってみせる曽我に、光秋は日頃の光景を思い出して強く納得する。

 そんな話しをしながら一行は改札口をくぐり、構内を出て少女たちの寮へ向かう。

 しばらく歩くと曽我が足を止め、光秋たちもそれに倣う。

 

「じゃあ、ワタシこっちだから」

「はい。気を付けてください」

 

 手を振って違う道に入っていく曽我に光秋が代表して応じると、4人は歩みを再開する。

 またしばらく歩くと、桜たちの住んでいる寮が見えてくる。

 

「じゃあ、僕もこれで。今日はお疲れ様でした。またな」

「「「お疲れ様でしたー」」」

 

 3人の返事を聞くと、光秋は来た道を辿って駅へ戻る。

 

―いい店を見付けられたのは大収穫だったな。徳川さんには感謝だっ。あとは…………今日の訓練の成果を実践で――いや、こういうことに焦りは禁物。なにより、僕自身がまだ桜さんたちの扱いに慣れてないのもある。焦って無茶をせず、もうしばらくは『ゆっくりだけど確実に』で行くか…………―

 

 今日一日のことを振り返りながら、まだ肌寒い夜風に追われる様に駅への歩みを急いだ。

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