白い犬   作:一条 秋

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 今回はドラマ重視の回となります。
 戦闘シーンこそありませんが、登場人物たち、特に光秋の心情に注目ください。
 では、どうぞ!


『蜂の巣』攻防編
9 作戦と誕生日


 5月6日木曜日正午。

 休み明けの勤務を半日こなした光秋は、支部近くの牛丼屋、そのカウンター席の右隅で、制帽をテーブル下の荷物置きに置いて1人黙々と昼食をとっている。

と、背後から、

「……あれ?加藤三曹?」

と、聞き覚えのない男の声に名前を呼ばれる。

「?……」

光秋は口の中の牛丼を飲み込んで振り返ると、横に並んで立つ2人の緑服の若い男たちを見る。

―……誰だっけ?―

 元来顔と名前を覚えるのが苦手な質の光秋が記憶を探ろうとすると、

「やっぱり!我ら本年度採用者のエース!」

と、右の男が話し掛けてくる。光秋の名前を呼んだ声である。が、その台詞は、どこか芝居がかった様な違和感を感じる。

―エース?僕が?……―

思いながら光秋は、自分の顔を左の人差し指で指し、2人に尋ねる目を向ける。

「そうそう!就任前にNPの武装集団を1人で、それも2回も退け、先日の我らが合衆国の誇る新兵器の起動実験の際に起こった偶発戦では、実弾なしで何機もの敵を墜とし、サン教の過激派を2人捕らえたという実力者と、まさかこんな所で会えるとはなぁ!」

左の男が嬉しそうな顔で言う。が、その声には、どこか刺す様な響きがある。

「……それはちょっと大袈裟じゃあ?……」

と、光秋が反論すると、

「何を仰る!現に実力を認められたからこそ、正式に就任する前から新兵器のパイロットに採用されたんでしょう!」

と、右の男が断言する調子で、両手を前に出して大袈裟な身振りをしながら言う。

「ま、まぁ…………そうとも?……」―アレは僕しか動かせないから、とも言えないしなぁ……―

光秋は曖昧な返事しか思い浮かばない。

 と、左の男が、

「ハァー」

と、大きな溜め息をつき、

「こんなに実力があって、それでいて謙遜な人が、よりによって藤原組長率いるヤクザ隊の所属とは……」

と、頭と肩を下ろして嘆く様な声で言う。

―『ヤクザ隊』?―

と、突然右の男が、後ろから左の男の両肩を掴み、

「し!本人の前で失礼だろう!」

と、形だけの注意をする。

左の男は、

「それもそうだな。すまない加藤三曹、今言ったことは気にしないでくれ」

と、口先だけの謝罪をして、右の男と一緒にそそくさと店の奥へと移動する。

「……厭味、か?」―にしても『ヤクザ隊』って?……―

気になりながらも光秋は、残りの牛丼を口に運ぶ。

 

 食後、支部地下の水盤で歯磨きを済ませた光秋は、藤原隊の待機室に戻る。

 ドアを開けると、

「……お、加藤。早かったなぁ」

と、先に戻って暇そうに椅子に腰掛けている竹田二尉に言われる。

 竹田の右隣の椅子の上に置いてある自分のカバンに歯ブラシと歯磨き粉の入った筒状のケースを仕舞いながら、光秋は訊く。

「他の皆さんは?」

「まだ食ってるんじゃねぇか?」

カバンを左端に下ろして座った光秋は、先程のことを訊くことにする。

「ところで二尉、訊きたいことがあるんですが……」

「んー?」

「昼を食べてたら、ウチの隊のことを『ヤクザ隊』って言ってた人たちがいたんですが、どういう意味なんです?」

「あぁ、そのことかぁ……その前にお前、それどこで聴いたんだ?」

「支部近くの牛丼屋で、後から入って来た同僚2人にです。顔までは、覚えてません」

「オッサンだったか?」

「いえ、『本年度採用』って言ってた、若い男2人です」

「……新入りかぁ」

と、竹田は困った顔で言う。

―……二尉がこんな顔するなんて、珍しいな―

「新入りにまで浸透してんのかぁ……」

「なにか?……その、やっぱり蔑称かなにかで?」

「まぁ、そうなんだがさぁ。まぁ、一種の妬みだな」

「妬み?」

「あぁ。まだ話してなかったっけな?藤原隊はもともと、隊長の藤原三佐と小田一尉と、オレでできてたんだよ」

「はい?」

「部隊編成の最小人数だったんだが、どいつもけっこうやり手だったから、小さい隊の割にかなり活躍できてよ、上にもいい評価もらってたんだよ」

「はい?」

「ただ、それが面白くねぇ他の隊の連中がな、三佐のあの髭面を、『隊長ってゆうより組長だ』って言いだして、そこから、『藤原組長率いるヤクザ隊』って、一部で呼ばれるようになっちまったんだよ」

「……そういうことですか」

「まぁ、悪口とはいえ強そうだからいいんだけどよ。オレなんか言われ始めた頃、それを逆手にとって、同僚とのケンカなんかでヤクザ映画の真似ごとなんかしたけどよ」

「はぁ……」

光秋は、制服を着崩し、サングラスを掛けた竹田が、

―『奥歯ガタガタいわしたろかぁ?』―

などと言いながら、人の下顎に拳銃を突き付けている様子を想像してみる。

「まぁそれでも、それまでのメンツとは毛色が違う伊部が来た時は、これで少しは収まるかと思ったんだがなぁ。挙句未だに新入りにまで伝わってるとは……ま、一度付いたレッテルはなかなか剥がれねぇってことかぁ……」

と、竹田は遠くを見ながら、独り言の様に言う。

―……妬みかぁ……統一政府ができて、超能力者も存在する様なこの世界にも、そういうのが未だにあるんだぁ……―

 と、不意に待機室のドアが開き、

「おぉお前たち、やはりここにいたか!」

と、藤原三佐が顔を出す。

「三佐?何か?」

光秋が訊くと、

「突然でなんだが、上の会議室で緊急の連絡がある。2人ともすぐ来るように」

と応じて、藤原は顔を引っ込める。

「りょうかーい」

「了解」

答えながら竹田と光秋は席を立ち、先を行く藤原を追って竹田は部屋を出、光秋も制帽を深めに被り直して、ドアの左横にある照明のスイッチを切ってそれに続く。

 速足で通路を進みながら、光秋は、

―『藤原組長』、かぁ……確かに僕も、初めて会った時は『組長』、というより『山賊のお頭』なんて印象を持ったけど、実際付き合ってみれば、博学で、優しい人だ……第一印象なんて、得てして当てにならないって、今までの人生で経験してること……なのに、未だにそれに左右されてしまう僕ってのは、本当にバカ、いや、自覚してるだけまだマシのアホといったところか…………―

と考えながら、藤原と竹田に続いて最寄りのエレベーターに乗り込む。

 

 本舎2階の会議室、光秋が初の戦闘の後に運ばれた部屋に入った光秋は、竹田の後に続いて、前から2列目の中ほどのパイプイスに座り、連絡が始まるのを待つ。

 周囲には、光秋の目分量で50人程の緑服がおり、その殆どが同様に席に付いて、ひそひそと周囲と小声で話しながら連絡が始まるのを待っている。

 元来人の多い所が苦手な光秋であるが、藤原の「緊急の連絡」という言葉と、それによってできた今の周囲の状況から来る緊張感、そして左隣に見知った顔である竹田がいるというある種の安心感で、今は平気でいられる。

 と、伊部二尉と小田一尉が部屋に入ってきて、光秋の右隣に座る。

「遅かったですねぇ。なにかあったんで?」

首を右に回して左耳を聞き取り易い位置に移動させた光秋が、右に座っている伊部に訊く。

「お昼。この時間、どこも混んでてねぇ……」

「あぁ」

小声で言う伊部の返事を、光秋は周囲のざわつきの中からなんとか聞き取り、頷いて相槌を打つ。

 その直後、それまで左端に立っていた藤原が一同の正面に進み出る。それと同時にざわつきがピタリと止む。

「……」

光秋は部屋全体が少し重い緊張感に包まれた様に感じる。

 正面に置かれたホワイト・ボードの前に立った藤原は、

「えー、今回集まってもらったのは、近々行われる対NPの大規模作戦に関しての連絡である」

と、語り出す。

「今回の目的は、京都から大阪にかけて散在する奴らの一大拠点、通称『蜂の巣』、これの制圧である!」

藤原がそう言った瞬間、光秋以外の全員の表情が硬くなる。

―……そんなに危ない所なのか?―

と、光秋が周囲から薄々察する傍ら、藤原はさらに続ける。

「我々は、来月奴らがそこで集会を開くという情報を入手した。が、現在確認されているだけで、ここの武装は自動小銃百丁、拳銃二百丁、その他ロケット弾等の重火器多数。あくまでも確認された範囲でだ」

―そりゃあ……本当に危ないな!―

「以上の規模から、今回は州警・合陸軍との共同作戦となる。開始予定は6月18日の早朝。これ以上の詳細は、追って連絡する。各自当日までに調子を整え、万全の態勢で挑むように!以上!」

そこで一同が一斉に立ち上がり、一拍遅れて光秋も立つと、一斉に藤原に向かって敬礼をする。返礼をした藤原が、

「解散!」

と、言うと、皆一斉に部屋の出入り口へと向かう。

 その中で光秋は、イスに腰を戻し、少し顔を俯ける。

―僕の誕生日の翌日、か…………―

 

 待機室に戻った光秋は、一緒にテーブルについている左隣の竹田に、今一番の疑問を尋ねる。

「ところで二尉。『蜂の巣』って、どの辺りにあるんですか?」

「んー?オレも詳しい場所までは知らないんだけどよー」

「知らないって?」

「だって、行く時はどうせ、特務の方からテレポーターの4、5人呼んで、適当な所に集合して、部隊ごと移動させるんだろうし」

「あぁ、なるほど」

「ただ確か、廃ビルだって聞いたことがあるなぁ……」

「廃ビル、ですか……」

「たく、休み明けからこんな大仕事の予告をよー!」

と、竹田は独り天井に向かって愚痴る。

「…………」

光秋はそれに対して、返す言葉を持てない。

 

 翌日の5月7日から、京都支部の実戦部隊はいつも以上に訓練漬けの日々となる。

 銃器の射撃訓練や、体術の訓練、州警・陸軍との共同訓練まで、様々な訓練が行われる。

 が、それらの片隅で藤原隊は、個々の射撃訓練こそ参加するものの、殆どの時間を光秋はニコイチの操縦訓練に、他の4人はソレとの連携訓練に費やす。

 

 5月18日火曜日午後2時50分。

 本舎裏の、ニコイチにとってはあまり広いとはいえないグラウンドの片隅で、午後の訓練の小休止をとっている光秋は、左膝を着いたニコイチの操縦席を機外に出し、制帽を右脇に挟み、シートベルトを外して少し疲れた体をそこに納めながら、目線をぽつぽつと雲が浮かんでいる青空に向け、物思いに耽っている。

―……イメージ操作、最初に比べたらだいぶ負担が掛からなくなった。時々自分の体と区別できない程自然に動かせるもんなぁ……にしても……やっぱり三佐たちには負担掛けてるかなぁ?コイツの超能力耐性を考慮して、隊全員で、現場近くまで本隊とは別行動で行くって言ってたし。耐性のことすっかり忘れてた竹田二尉なんか、『そうだった!』って、本気で驚いてたし…………光秋、その辺にしとけ!そればかしは不可抗力だ!しかたがない!……だな!悩んでもしょうがない!―

 そう割り切ってすぐに、左下から、

「加藤くーん!」

と、伊部の声を聞く。

 光秋が声のした辺りを見下ろすと、ニコイチの左膝のそばで、両手でメガホンを作った伊部が光秋の方を見上げている。

「なにかぁー?」

と、光秋は腹に若干力を込めて返事をする。

「そろそろぉ、訓練再開するよぉー!」

「りょうかぁーい!…………うふっ!」

立て続けに大声を出した光秋は、小さく咳をする。

―久々に大きい声出すからなぁ……―

そう思いながら、左耳に付けたままの通信機の位置を若干調整すると、シートベルトを締めて席を機内へ下ろす。

 ハッチを閉めると、

―あと、普段あんまり話さないからなぁ……―

と、右手で筋肉痛のする両頬を軽く揉む。が、心なしか元気を回復したという自覚もある。

「さてと!」

 それを最後に、光秋は心身を共に訓練時のそれに切り替わる。

 

 5月26日水曜日午後0時45分。本舎1階。

 午後の訓練の前にトイレに立った光秋は、ドアを開けてすぐに、左側の水盤で手を洗っている灰色のツナギを着た大河原主任と会う。

「おぉ、三曹!」

「!」

光秋は軽く頭を下げてそれに答える。

「いやぁ、先日はすまなかったなぁ。こっちの不手際で、あんなことになってしまって」

大河原はハンカチで手を拭きながら言う。

「あぁ、いえ……」

「にしても、まさか砲身を竹刀として使うとはなぁ」

「あぁ、あれは、咄嗟に思いついただけで……」

「しかし、まさかN砲、あぁ、私は01の愛称である『ニコイチ』の頭文字を取って、アレをそう呼んでいるんだがな、その欠点があんなふうに活きるとはなぁ」

「欠点?」

「あぁ、前にも説明したが、アレは戦車の部品を使用しているから、丈夫な分重くてなぁ。データ上、ニコイチなら問題なく持てるから説明の時は言わなかったんだが。その質量さえも武器にするとは……」

「だから、あれは単なる思いつきで……」

「まぁ、その発想力を、『蜂の巣』でも活かしてくれ」

「!……」

『蜂の巣』という単語に、光秋に一瞬緊張が走る。

「ははは、そんなに硬くならんと!まぁ、しっかりな」

「……あぁ、はい!」

微笑みながらトイレから出て行く広い背中を、光秋は少し遅れて敬礼をして見送る。

―……主任も、僕のことを評価してくれてるみたいだ―

そう思いながら光秋は、最寄りの便器へ向かう。

 と、不意に先日の牛丼屋の2人のことを思い出す。

―……光秋、結果だ!結果を出せ!そうすれば、あの言葉も言葉通りの意味を持つ!……だな!―

そう考え、浮かんだ思い出を頭から追い出す。

 

 6月4日金曜日午後9時。

 帰宅してひと風呂浴びた光秋は、青チェック柄のパジャマに着替え、イスに座って物思いに耽っている。

―確か藤原三佐が駆け足で教えてくれたことによれば、NP、正式にはNormal(ノーマル) People(ピープル)、超能力者の排除を理念とする、武装テロ組織……『奴らの主張によれば、「超能力者はその能力故に既存の社会を混乱させ、文明を衰退させ、最終的に人類そのものを滅ぼす」とのことだ』……人の新しい在り方……かもしれないものを否定する者たちの理屈が、これかぁ……統一政権ができても、様々な事情で争う世界。超能力者がでてきても、未だ差別や偏見を克服しきれない人々……この世界は、僕がいた世界以上に可能性に溢れながら、僕の世界以上に、それらを持て余しているのかもしれない…………―

 と、それまで意識の外にしていた雨音が、少し激しくなって耳を突く。

「……そろそろ、寝るか……」

そう呟くと、光秋はイスから立って、カーテンの隙間に手を入れ、風を入れるために全開にしてある大窓を閉め、鍵を掛ける。

 

 6月9日水曜日午後7時半。

 本日分の訓練を終えた光秋は、本舎の食堂で、1人黙々とうどんをすすっている。

 と、

「ここ、いい?」

伊部が正面の席にトレーを置いて訊く。

「どうぞ」

光秋が答えると、伊部は椅子を出して腰を下ろす。

―……そういえば、こうして2人になるの久しぶりだなぁ……―

 光秋がそう思ったすぐ後、

「……やっぱり、慣れるとねぇ……」

「え?」

「……前にね、まだ帽子被ってるって話したじゃない」

「はい……」

「ただ、今は目が慣れたせいか、被ってない方に違和感感じて……」

「……あぁ」

光秋の制帽は今、足元のカバンの上に置いてある。

 「……ところで、二尉」

「なに?」

「いや……今度の作戦、頑張りましょうね!」―いや、それが言いたいんじゃない―

「えぇ」

微笑んで答えた伊部を前に、光秋は、それ以上なにも言えなくなる。

 

 6月17日木曜日夕方。本舎1階。

 作戦を翌日に控え、いつもより早めに訓練を終えた光秋は、制帽を足元のカバンの上に脱いで廊下のベンチに腰を下ろして一息ついている。

 ふと左手の時計を見ると、6時半である。

(かぁ)の話だと、確か今頃生まれたんだっけなぁ……おめでとう、光秋…………―

心中に言ってすぐ、光秋は独り身の虚しさを感じる。

 と、

「……加藤くん」

と、左側から声が掛かる。

「……伊部二尉。どうしました?」

「……誕生日、おめでとう」

「?……なんで知ってるんです?教えた覚えは……」

「交換した携帯のデータの中に入ってたよ?」

「え?…………あぁ、そうだ!すみません、すっかり忘れてた」

「で、加藤くん今年でいくつだっけ?」

19(じゅうく)です」

「そう……」

応じながら、伊部は光秋の左隣に腰を下ろす。

「…………」

その状況に光秋は、無条件に心地いい感覚を覚える。

「じゃあ、あと1年でやっと成人かぁ」

「ですね。まだ皆さんと飲みには行けません」

「……それなら心配しなくていい。私飲めない口だから」

「そうなんですか?」

「そう。飲んだ時の記憶に、いい思い出は1つもない」

「あぁ……でも、たかが20年足らずとはいえ、色んなことがありました。物心つく前だから覚えてませんが、生まれて早々目の手術して……あれは、小学校に上がる前、何日か入院して、また手術受けて。麻酔のガスを送るマスクから、子供心にも甘ったるい味のガスが来たところまでは覚えてるんですけどねぇ……」

「……小さい頃は、大変だったのね……」

「大きくなってからも面倒でしたよ。中学の頃なんか、周りと上手く付き合えなくて、それが原因か、本当におかしかったのか、しょっちゅう体調崩して、休みがちで……」

「……そう」

「ただその甲斐あってか、少しはその辺上手くやれるようになった気がします。まぁ、()()()()()()()()、ですけどね……」

「まぁ、確かに付き合いが上手い方とは、言えないよね……」

「えぇ。昔から取り柄といったら、真面目と、いい子くらいで……」

「『いい子』はどうか知らないけど、私は加藤くんの真面目なとこ好きだよ。ただそう言う割に、最近は無茶する機会も増えてるみたいだけどねぇ。ここが襲撃された日とか」

「……僕だって、臨機応変に対処する力は、多少は持ってますよ!あれはその結果です!」

「冗談よ」

「…………」

「さてと……」

と、伊部はベンチから立ち上がる。

「明日も早いし、今日はこの辺にしよう。じゃ」

そう言って右手を軽く振り、右へと歩き始めた伊部を見て、光秋は、

「はい、おやすみなさい」

と言って、右手を軽く上げて見送る。

―……やっぱり、好きなのかな?―

伊部の背中を見ながらそう思った直後、上着の左のポケットに入れてある携帯電話が2回振動し、画面を開くと、先日世話になった合空軍のタッカー中尉からメールが来ているのを見る。

Happy(ハッピー) Birthday(バースデイ) ジャップ』

―……この人はこの人で、好意を持てそうだ…………―

 

 6月18日金曜日午前8時10分。

 早朝にも関わらず、緊張感から光秋には眠気が全くない。いつも通り制服・制帽を着た体を、白のワゴン車の右後部座席に納めている。その表情は、硬い。

「そんなに緊張すんなよ」

座席の左に座る竹田が、軽い調子で言う。が、その顔も、いつものどこか不真面目そうなそれではなく、あからさまに強張って見える。

「二尉の言う通りだよ。訓練通りやれば、絶対上手くいく!」

光秋と竹田の間に座る伊部が、半ば自分に言い聞かせる様に言う。

「えぇ、そうですね……」

汗ばんだ両手を合わせながら、光秋は静かにそれだけ言う。

「加藤だけでなく、2人もだぞ」

前部左座席に座る藤原が、ポツポツと雨が打つフロントガラスを見ながら声だけよこす。

「…………それはそうっすけど、やっぱり、こういう作戦でこういう移動すんの初めてで、落ち着かなくって……」

竹田が俯いて言う。

「それは、出発の時にも話しただろう」

右の運転席でハンドルを握る小田が言う。

「ニコイチがテレポートで運べない以上、包囲陣形を敷く本隊とは一緒に行けない。だからこうして、ありふれた車で現場近くまで行くしかない」

「そう……すけど……」

竹田は、それ以上話すのをやめる。

「……」

そのやり取りに、光秋は自分がお荷物になっている様な罪悪感を感じながらも、すでに「不可抗力」と割り切ったと思い出し、黙って右側の雨に濡れた窓を見つめる。

 と、遠くからゴロゴロ、ゴロゴロと、雷鳴が響くのを聞く。と、

「……!」

光秋は自分の左腕に、伊部の両腕がすがる様に伸ばされていることに気付く。

「そういや、伊部も大丈夫か?」

竹田が俯いていた顔を上げ、光秋たちの方を見て言う。

「大丈夫って?」

「伊部は、雷が苦手なんだよ」

光秋の質問に、竹田はそう答える。

「え?そうなんですか?」

光秋の問いに伊部は、

「…………」

顔を下に伏せることを返事にする。

 「……さて、ドライブはここまだ。そろそろ降りるぞ」

藤原がそう言って間もなく、ワゴン車は近くの人気のない広場へと左折し、入口近くで停車する。

 素早くドアを開けて車から降りた光秋と竹田は、車体後部の荷物入れへと駆け寄り、光秋がドアを上げて開けると、竹田は積んである大小複数の黒く重い箱を1つずつ車体右側の雨打つ地面へと運ぶ。

 光秋以下4人も参加してその作業を終えると、皆次々と箱を開け、中から取り出したヘッドフォン型の通信機と、緑の丸いヘルメット、黒い防弾ベスト、節々を覆う防具を身に付ける。皆が取り出した自動小銃に弾倉を込める中、1人だけ制帽の光秋は、右脹脛に茶色い皮の質感のホルスターを巻きつけ、拳銃の銃床から弾倉を込めてそれをホルスターに仕舞う。

 空になった箱を荷物入れに戻し、その箱の山の上に光秋は制帽を置き、ドアを閉める。と、

「加藤」

後ろから防具に身を固めた竹田が話し掛け、1人ヘッドフォンを付けていない光秋は振り向いて、

「はい?」

と応じる。

「ウチの隊で、オレより階級低いの、お前だけだよな?」

「……あぁ、そうですね」

「だよな。伊部は同じだし、三佐と一尉は上だし!」

「はい……」

「つまり、オレがイバって命令できるのは、お前だけってことだ!」

「はい?……」

「そういう奴が1人いるのといないのとじゃ、仕事に対するやる気が違うって、この三ヵ月でよく判った!」

「はい?……」―二尉はなにが言いたいんだ?―

「だからよ!ここでつまんねぇ怪我して、隊から外れるような真似だけは、()()()()()()絶対にすんなよ!」

言い終えると竹田は、薄赤い顔をしたのも一瞬、光秋の返事を待たずに車体右側に集まる藤原たちの許へ行く。

「……わかってますよ!」

光秋は微笑みを浮かべて、機関銃を右肩に提げた竹田の背に呟くと、その後に続く。

「三佐、そろそろ出しますか?」

光秋の呼び掛けに、藤原は左手の腕時計を一見する

「そうだな、頼む」

「了解」

答えた光秋は、左手で防弾ベストを前に引き、その隙間からなんとか右手を上着の左内ポケットに伸ばし、ニコイチの白いカプセルを取り出す。

 車体右側、何もない空き地に向かって光秋はカプセルから白い光を放ち、すぐに実体化した左膝を着いたニコイチのリフトを掴んでコクピットへ上がり、認証を済ませると、右肘掛にカプセルを納め、入れ違いに通信機を左耳に付け、ハッチを開けて機外へ席を上げる。

「準備完了!」

「よし!訓練通り、竹田と伊部はコクピットに!」

藤原が命令する間に、光秋は伊部を右手に、竹田を左手に乗せ、2人をコクピットへ運ぶ。2人がコクピットに移ったのを確認した光秋は、座席を機内へ戻し、ハッチを閉める。

(よぉし!次は儂と小田だ!)

ヘッドフォンの左スピーカーから伸びるマイクにそう吹き込んだ藤原に応じて、光秋は右手に藤原、左手に小田を掴むと、立ち上がって、2人を掴んでいる両手を慎重に胴体の方へ寄せる。

(いいぞ!やってくれ!)

カメラの死角からそう呼び掛けた藤原に、光秋は、

「了解!」

と通信を送り、右ペダルを軽く踏み込む。

 背部の円を白く輝かせたニコイチは、徐々に足を地面から離し、雨が降りしきる黒の強い灰色の空へと昇って行く。




 いかがでしたか。
 大きな作戦を前に緊張する藤原隊一同。果たして上手くいくのか?
 次回にご期待ください。
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